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Hitachi

株式会社 日立ハイテクノロジーズ

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電子が試料を通過する時、試料構成元素の原子核やそのまわりの電子からクーロン力を受け、また入射電子もこれらにクーロン力を及ぼす。
この力により試料側の原子核と電子に新たな運動が励起されなければ、入射電子と試料の間にエネルギーの授受はない。このような散乱を弾性散乱といい結像の主要部分を占めている。
弾性散乱は入射電子が外殻電子から少し離れた原子核の近くを通過するときに起こりやすい。この場合、入射電子は原子核の静電場から力を受けて大きな角度で屈折する。
大きな核を持つ(原子番号が高い)原子ほど電子線を大きく屈曲させる。あまり強く屈折すると光路から外れ結像面に到達しない。
したがって、まっすぐ通過してきた電子と弾性散乱電子の数(強度)に大きな差ができる。これが強度コントラストである。
一方、入射電子が原子核より少し遠い外殻軌道上の電子あるいは励起電子塊(プラズモン)周辺を通過するときは、入射電子と軌道上の電子はともに同じ質量であるから、近傍を通過したときのクーロン力や衝突はこの電子に新たな運動を起こさせる(図1)。このとき必要とする余分なエネルギーは入射電子から供給される。
このような散乱では、入射電子は一般に100eV前後の小さなエネルギーを損失する。このようなエネルギーの変化をともなう散乱を非弾性散乱と呼ぶ。
すなわち試料を透過した電子線は弾性散乱電子と非弾性散乱電子から構成されている。
弾性散乱電子が像形成の主役であり、非弾性散乱電子は結像面が弾性散乱電子とは異なり、焦点の異なる像が重なるようなものであり、最終像を劣化させる。
しかし、非弾性散乱電子は相互作用した元素固有のエネルギーを失うので、その元素の種類と位置に関する情報を含んでいる。
このような電子のことを専門用語でコアロス電子と呼んでいる。ちなみに弾性散乱電子はエネルギーを失わないのでゼロロス電子と呼んでいる。

さて、光をプリズムで7色の虹スペクトルに分けるように、もしこれらの電子をエネルギーのスペクトルに分け、特定のエネルギーの電子線のみで結像できれば非弾性散乱電子を除去して分解能やコントラストを改善できるのみならず、逆に非弾性散乱電子から特定元素の位置情報(元素マッピング)を得ることもできる。
このように電子線をエネルギースペクトルに分け、特定エネルギーの電子だけで結像させる方法が電子分光結像法(Electron Spectroscopic Imaging)であり、そのための特定エネルギーの電子線だけを抽出する装置をエネルギーフィルターという。
エネルギーフィルターは質量分析機に似ており、対物、中間レンズ透過後に電子線を付加的な磁場軌道に導き、損失エネルギーに依存する屈折角の違いをもとにスペクトルに分ける。これがElectron Energy Loss Spectrum(一般にEELS)である。
このスペクトルの一部分を取り出して、像形成を行うのがエネルギーフィルター(分光器)電子顕微鏡である。
フィルターは中間レンズと投射レンズの間に置くin columnタイプとカメラ室の後につけるpost columnタイプの2種類あるが、結像をおもな目的とする場合、前者が一般的である。
図2は日立ハイテクノロジーズの田谷、谷口らが開発したタイプのエネルギーフィルター顕微鏡(エネルギーフィルター像観察システム 日立電子顕微鏡EF-1000)の結像光学系である。
フィルター内の電子線の軌道がギリシャ文字の"γ"に似ているのでこの名前が付けられた。フィルター前方(中間レンズの後焦点面)に収束した回折像をフィルター後面のエネルギー分散面上に倍率1で結像している。
同様に像面もフィルター入口前方に存在する入射像はフィルター出口後方の像面に同じく倍率1で結像する。
エネルギーフィルター内部では磁場によりいったんエネルギー分散されるものの、このフィルター出口後方の像面に再びエネルギーが収束して通常の透過電子顕微鏡像が現れる(エネルギー分散が一時的に隠されるところから、この像面を色消し像面と呼ぶ)。その後再び分散を始め、エネルギー分散面上ではElectron Energy Loss Spectrum(EELS)が形成される。
図2ではゼロロス電子(エネルギーEo)の軌道は黒で、試料中でΔEだけエネルギーロスした電子(エネルギーEoE)の軌道は赤で示してある。
エネルギー分散面にエネルギー選択用のスリットを設けて、色消し像を形成する電子のうち特定のエネルギー電子のみを選択できるようにする。そして、投影レンズには特定エネルギー電子のみが入射され、拡大されて蛍光板に結像する。すなわち、色消し像に含まれる特定エネルギー電子による結像部分(たとえば特定元素に由来する像)だけをろ過(フィルター)していることになる。
したがって、最終像をフィルター像ともいい、このような顕微鏡をフィルター顕微鏡と呼んでいる。
エネルギーの選択はスリットを動かすのではなく、ΔEだけエネルギーロスした電子による像を得るには加速電圧をΔEだけ上げればいい。 これにより目的の電子線のエネルギーはEoに戻りスリットを通過できる。したがって、さまざまなエネルギーを持つ電子線を選択的に結像できる。
スリット幅は観察視野との関係から極端に狭くすることはできず、せいぜい20~30µmであるから、エネルギーフィルターの性能はその分散能力で決まる。
分散能力が高ければスリット幅はある程度広げたままでも(観察視野を広げたまま)像のエネルギー分解能を向上させることができる。
今のところ普通の電子顕微鏡の視野と比べ70%程度の視野率で、像のエネルギー分解能は10~20eVである。
参考例としてエネルギーフィルター顕微鏡により得られたカエル視細胞シナプス部のCaとリン(P)のマッピング像を図に掲載する(図3)。

Caコアロス電子だけによる像を得るため、実際には多重散乱などでCaコアロスピークには多くの背景電子が含まれる。そこで、コンピュータ画像処理によりCaコアロス電子のピークを含むスペクトル像から隣接する20eV幅のスペクトル像を差し引いて、バックグラウンドを除くことで求められた(図4)。

Caは外節円板膜とミトコンドリア内膜に存在するが、Pはリン脂質を反映してか、全ての膜系に存在する。

電子分光結像法の手順:

電子分光法による元素分析で最も良い試料処理法は凍結乾燥である。
凍結乾燥では固定脱水過程おける物質の流失を最小限に食い止めることができる。

  1. 試料の急速凍結(第3章を参照
  2. 凍結試料の凍結乾燥(分子蒸留乾燥:第9章参照
  3. オスミウム蒸気により5分間固定する(免疫標識をする時はパラフォルム蒸気による固定:第9章参照
  4. エポキシ系樹脂に包埋
  5. 超薄切片を作製
  6. エネルギーフィルター顕微鏡で観察。この観察時に多少のノウハウがある。コアロス近辺の像は暗いのが普通であり、十分な形態情報や元素の位置情報を得るためには十分な電子線を照射しなければならない。例えばCaのコアロス像を形成する電子数は照射電子の100分の1以下である。
    したがって、長時間露出するか、多量の電子を照射するかどちらかである。論理的にはどちらも同じに思えるが、私の経験では多量にあてシャッタースピードを短くした方がいい。
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