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株式会社 日立ハイテクノロジーズ

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生物分野にかぎらず物質の立体構造を知ることはその物質の性質を推測する上で重要である。とりわけ生物では蛋白質が様々な複合体を形成し、いろいろな機能を生み出すので、立体構造の解明は必須である。
また、細胞内における標的蛋白質の位置を決めるにはその周辺のオルガネラ、膜との相対的な空間構造が必要である。電子顕微鏡トモグラフィーも形態観察から構造測定への過程で必要手段として開発されている。
我々は凍結エッチングレプリカ法(freeze deep etching replica)(第5章参照)とその変法を主な手段として膜の裏打ち細胞骨格を解析している。膜直下の細胞骨格と膜蛋白の相互関係を調べるとき、膜表面から骨格線維までの距離の測定は重要である。そのためトモグラフィーを導入し、計測している。
ここでは凍結エッチングレプリカ法により明らかとなった膜細胞骨格構造のトモグラフィーについて記述するが、レプリカは表面構造しか情報を持たないので適当なトモグラフィーの例とは言えないかもしれない。しかし、その原理を説明するには十分である。最初に対象となる試料の大きさと立体再構築の関係(意味合い)から述べる。

(1)蛋白質分子レベル

蛋白質分子の高分解能構造観察には立体再構築を伴うのが普通である。なぜなら三次元的に観察しない限り、原子座標は決まらないからである。高分解能構造解析では二次元や三次元結晶試料の電子線回折と、単分子解析による研究が行われている。
結晶化を伴わない蛋白質の電子線回折でもっとも有名なのはバクテリオロドプシンの構造解析である。もともとバクテリオロドプシンはHalobacteriaとよばれる高度好塩菌の細胞膜中にP3の格子をもつ天然の二次元結晶としてパッチ状に存在する。バクテリオロドプシンの結晶を含む膜画分を精製すると鮮やかな紫色を呈することから、この膜を紫膜(Purple membrane)と呼んでいる。
紫膜は電子線が透過できるほど十分薄い細胞膜中にバクテリオロドプシンの結晶が埋め込まれていることから、電子線回折の格好の材料となった1)、2)。しかし、電子線の欠点は照射により熱が発生することであり、蛋白質は熱によりすぐに変性してしまう。したがって、回折像は液体窒素や液体ヘリウムで冷却しながら測定されるのが普通である(いわゆるクライオ電子顕微鏡法)。
回折像は位相の情報を含まないのでこのままでは分子の立体構造は求まらない。そこで、試料を傾斜させながら、様々な角度からの回折像を求め、そこから構造を推測することになる。
生物材料を観察するという意味ではこのクライオ電子顕微鏡による結晶回折がもっとも分解能が高い方法である。しかし、結晶もしくは結晶化が必要ということで応用範囲は限られる。一方、単分子解析法は分解能が悪いが結晶化を必要としないので応用範囲は広いものの、実際には高度に精製された蛋白質が必要であること、クライオ電子顕微鏡を必要とすること、さらに解析用ソフトウェアの取り扱いが難しいことなど、一般への普及にはまだ時間がかかる3)、4)
単分子解析法といってもただ1個の分子を電子顕微鏡で観察するわけではない。精製した蛋白質をカーボンマイクログリッドの上に載せ、余剰液を濾紙で吸い取った後、液体エタンに浸漬し急速凍結する。こうするとマイクログリッド上で蛋白は薄い氷の膜の中に閉じこめられた状態となる。これをクライオ電子顕微鏡で観察するのであるが、電子線を当てすぎると熱ダメージにより蛋白分子はすぐに消滅してしまう。そこでLow dose法(焦点合わせの場所と異なる場所に電子線を振り撮影)を用いることになる。
多くの分散している蛋白質の写真を撮り基礎データとする(数千~数万枚が理想的)。これをもとにSpider(SPIDER)やImagicに代表されるソフトウェアを用いて画像処理をし、分子の立体構造を求める。この方法では試料蛋白を傾斜して観察する必要はなく、得られた多くの蛋白質分子の写真を観察方向別にわけることになる。
たとえば、正面像、側面像、底面像という具合に観察方向別投影像に分類し、多くの像から平均化した面を求め、立体を推測するという方法である。撮影像の数が増えれば増えるほど分解能と信頼性は向上する。平均化という意味では回折法と同じであるが、実像を用いて処理するため表面の静電場を含めた像の平均化となる。したがって、数千の平均化程度ではαへリックスやβシートなどの内部状況はわからない。このように蛋白分子は十分小さいのでのその構造の解析はおのずと立体構造解析となり、トモグラフィー(断層写真からの立体再構築)という概念はなかった。
一方、大きな蛋白分子や蛋白質複合体を底角度回転蒸着法やマイカフレーク法5)で観察し、トモグラフィーを用いて立体再構築が試みられているが、これらは狭義での単分子解析法には入らない。
これらの方法ではあらかじめ白金を蒸着するので分子の内部情報が完全に失われるだけでなく、蒸着分だけ分解能が落ち、もはや分子の構造解析とはならないとの解釈であろう。確かにその通りであるが、分子の「形」が分かるという意味では単分子解析法の仲間である。分解能は低いが複合体や他分子との相互作用を形態的に捉えられるメリットは大きい。また、白金蒸着により分解能は落ちるが逆にコントラストは高くなり、照射ダメージにも強くなる。したがって、一分子に着目し十分な電子線量でその表面を観察し、試料分子を傾斜させながら多くの写真を撮影し、トモグラフィーにより表面の立体構造を明らかにできる。
生物では3nm程度の分解能でも十分機能を類推することが可能な場合が多いので、生物学の分野では底角度回転蒸着法やマイカフレーク法は今後とも極めて有力な分子観察手段となるであろう。

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