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株式会社 日立ハイテクノロジーズ

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30年ほど前、細胞培養は装置のみならず専門的な技術、知識が必要で、経費もかかることからすぐに手を出せる方法ではなかった。
培養細胞を材料として使うにはそれなりの覚悟か、熟練した研究者と共同実験する必要があった。しかし、現在では技術整備が進み、一般的に流通している細胞株(CHO、NRK、MRSK、HeLa、Vero、COS7など)であれば、2~3日の実験で培養できるようになる。これは調整、滅菌済の液体基本培地や培養に必要な混合試薬類が既製品として販売されたことによる。継代や保存時に培養細胞を基質(シャーレ)から遊離させるのに使用するトリプシンEDTAや凍結保存するための保存液も調製滅菌済の既製品がある。また滅菌済ディスポピペットや滅菌済で表面加工された各種培養用シャーレが販売されていることも影響している。
培養以前にしなければならない培地や溶液の調製とそれらの滅菌が省略化されただけでなく、その部分に存在するノウハウも消えた。今や培養細胞は誰でも使える生命機能評価のための材料になったといえる。もちろん、培養は容易なったがそれなりの装置は必要であり、コンタミには十分注意しなければならない。
ここでは構造細胞生物学に最低限必要と考えられる、接着性細胞株を用いた最も基本的な培養技術を解説する。高度な組織培養やクローニングなどについては説明しないので、それらについては他の専門書を参照し、勉強していただきたい。

細胞を培養するために必要な装置と器具:

  • 炭酸ガス培養装置
  • クリーンベンチ
  • 乾熱滅菌器
  • オートクレーブ装置
  • 倒立位相差顕微鏡
  • 恒温槽
  • 液体窒素細胞保存容器
  • アスピレーター
  • ガスバーナー
  • オートピペッター
  • 滅菌済ピペット(ディスポーザブルが便利)
  • 滅菌済パスツールピペット(滅菌函に入れ乾熱滅菌後そのまま保存しておく)

培養に必要な試薬類:

  • DMEM培地 500mL
    (6本ひとまとめで売られている。シグマ、日水、ニプロをはじめ数社から発売されている。筆者の研究室ではシグマが一番安いので使用している。)
  • 牛胎児血清(FCS またはFBS、250mLまたは500mL単位で売られている)
  • トリプシンEDTA
  • 保存液(商品名:バンバンカー、セルバンカーなど)
  • 抗生物質
  • リン酸緩衝塩(PBS)またはHEPESベースのリンゲル液
  • 70%エタノール霧吹き

培地(培養液)の作製法:

前述の細胞株(CHO、NRK、HeLa、Veroなど)を含む大半の細胞はDMEM培地で培養することができる。

  1. 500mLのDMEM培地溶液(既製品)に56mLの牛胎児血清を加える。(10%の割合で混ぜるのが一般的であるが、厳密ではない)
    血清は購入時凍結状態で業者から供給されるので-20℃以下で保存し、使用時に室温にて解凍する(解凍後は4℃で保存)。解凍後すぐ使用できるが、細胞株(血球由来)によっては、血清に含まれる補体により成長が妨げられるので非働化する必要がある。
    室温にて解凍した血清を恒温槽で56℃、約30分間熱することで非働化する(補体のサブコンポーネントは熱に弱いのでこの程度の温度で良い。逆に温度を上げすぎると他の要素が変性を起こすので要注意)。なお、解凍した血清にオリや沈殿が生じることがよくあるが、問題なく使用できる。
    不透明性が高く気になる時はろ過滅菌をする。
  2. 細菌によるコンタミを防止するために抗生物質を添加する。(培地500mLに対し50~100U/mL濃度になるようにPenicillin-Streptomycinを加える)
    GibcoBRLから溶液として発売されているPenicillin-Streptomycin(10,000U/mL)が便利である。この場合500mLの培地に対し2.5~5mL入れる。
  3. 完成培地は湯煎にて37℃まであたためて使用する。

培養の手順:

形態観察に用いることを前提に、基質に接着する接着系細胞株の培養を紹介する。
細胞株は購入する場合も他の研究者から譲り受ける場合も、凍結保存された状態で受け渡しされるので、最初に(A)凍結細胞の解凍から、培養、増殖、凍結保存までの1サイクルを解説する。
続いて(B)形態観察の材料としての培養を紹介する。

(A)培養の基本サイクル

  1. 培地を恒温槽で37℃まであたためておく。
  2. 凍結保存チューブを湯煎であたため、細胞を解凍する。
    15mLディスポチューブにあらかじめ37℃まで暖めた培地を10mLとり、そこに解凍した細胞を入れる。
  3. 1,500rpmで10分間軽く遠心し(細胞を洗浄)、上清を捨てる。
  4. 新鮮な培地15mLを入れ、再度懸濁する。
  5. これを滅菌済9cmディスポシャーレに移し、炭酸ガス培養装置内で培養する。
  6. 5時間からover nightで培養し、細胞がシャーレに定着し増殖しているか倒立型位相差顕微鏡で確認する。死んで浮遊している細胞が多いときにはそれらを取り除く(培地の交換)。
    アスピレーターに乾熱滅菌済みのパスツールピペットを付け、培養 シャーレを少し傾けながら、培地を吸い込み、捨てる。
    培地を除いたら直ちに新しい培地(37℃)を滅菌済みディスポピペットにて注ぐ。再び炭酸ガス培養装置に戻し培養を続ける。
  7. 順調に行けば24時間の培養で対数増殖期になり、シャーレ底面の7~8割を細胞が占める筈である。
  8. この対数増殖期のところで継代または保存を行う。
    アスピレーターに乾熱滅菌済みのパスツールピペットを付け、培養シャーレを少し傾けながら、培地を除く。その後、直ちにトリプシンEDTAを2mL注ぐ。
    ゆっくりとシャーレを動かし、溶液が全体にいき渡るようにする。
    細胞はすぐに遊離し始めるが、さらに1~2分間37℃のホットプレート上に置くか、なければ炭酸ガス培養装置にもどす。
    2分ぐらいでほぼすべての細胞が基質であるシャーレ底面から剥がれて浮遊する。そこで新鮮な培地を10mL追加して、シャーレをゆっくりゆすり溶液が全体に行き渡るようにしながら混ぜる。2/3を保存用、1/3を継代用にする。
  9. 保存のため:細胞が浮遊する上述の培地8mLをピペットで取り出し、15mL滅菌済みプラスチックチューブに移す。
    1,000rpmで遠心し、上清を捨てる。2mLの保存液(セルバンカーなど)を注ぎ、懸濁したのち、新しい2本の滅菌済み保存チューブ(1.5mL)に移す。
    -80℃のフリーザで2時間放置し凍結する。その後、液体窒素保存容器に移す。凍結する前に細胞の密度を測定し記録しておくと次回の培養の時に役立つ。
    測定にはヘモサイトメーターを用いる。
  10. 継代のため:残りの4mLは6cmの新しい滅菌済のディスポシャーレに移して培養を続ける。この時、形態観察用に継代培養するならば次項Bのようにおこなう。
    なお、ここでは保存と継代を同時に行うため最初の培養を9cmのシャーレを使用したが、普通6cmシャーレを使用する。
    細胞密度の分からない、凍結細胞株を起こす時は小さなシャーレを用いて、1倍、2倍希釈、3倍希釈の三つぐらいにわけて培養すると良い。
    35時間ぐらいでシャーレの底面がほぼ一杯になるぐらいがいい。シャーレのサイズと培地の必要量は以下の通り。
    したがって、小さなシャーレを用いたほうが培地の消費が少なく、経済的である。
    電子顕微鏡の材料としては少量で済むので、我々は3.5cmサイズのシャーレを頻繁に使用している。
シャーレのサイズ 9cm 6cm 3.5cm 24穴プレートの1穴
培地の必要量 16mL 6mL 2mL 1mL

(1)~(5)は操作の順番を表している。

(B)形態観察の材料としての培養

シャーレの底面に接着した細胞を、そのまま電子顕微鏡観察用の材料とするのは多少困難を伴うので、我々は小さなガラス片を新たな基質としてシャーレ内に入れている。
フリーズエッチング法で観察する場合と切片として観察する場合とでは、異なるガラス片を使用している。
フリーズエッチング法ではレプリカをフッ化水素酸でガラス表面から剥がしやすいように0.12mm厚のカバーガラスを2.5×2.5mmのサイズに切断したものを用いている(松浪硝子工業(株)にて商品化されている)。一方、切片用には3mm径のサファイアガラスにカーボンを蒸着して用いている。これはサファイアガラスのほうが温度変化による収縮が大きいため、カーボン膜とガラスの間で剥離が起き、容易に樹脂包埋した細胞とガラスを分離できるからである。また熱伝導率が高く急速凍結に向いているため使用しているが、必ずしもサファイアである必要なない。
ここでの重要なノウハウはカーボン蒸着である(第4章(2):超薄切片法の培養細胞の項を参照)。ガラス表面やカーボン膜はスパッタ装置で、イオンクリーニングして親水化しておくと細胞が増殖しやすい。シャーレにこれらガラス片を置いた後、培地を注ぎ、さらにA項で遊離させた継代用の細胞を均一になるようにゆっくりと回しながら注ぐ。フタを被せ炭酸ガス培養装置に入れる。

対数増殖期に入り、基質(シャーレ)の8割方が細胞で埋め尽くされた状態。形態実験には最も適した状態である。

コラム

コンタミについて

コンタミについて本文では触れなかったが、細胞培養における一番の問題はコンタミである。
一番多いのが大腸菌、そしてマイコプラズマ、ウイルス、酵母、カビがこれに続く。コンタミしてしまったら、それを除去するのは難しいので、培養中の細胞を全て廃棄し、新たに凍結保存細胞から培養を始める。この時、どの過程でコンタミしたかを十分検討し対処する。すでに培地がコンタミを起こしている時は培地から作り直さなければならない。また、炭酸ガス培養装置にコンタミが広がっている時は70%アルコールを含んだキムワイプまたは脱脂綿で内部をよく拭き消毒をする。
かび対策のためには保湿用water bathの水はミリQ純水かオートクレーブ水とし、パラヒドロキシ安息香酸エステルを適当量(5gほど)入れると良い。
一番コンタミが起きやすいのは恒温槽にて培地などをあたためる時である。
恒温槽の水位はメディウムビンの高さの半分ぐらいまでとする。決してキャップ近くまで入れないこと。水滴がメディウムビンのキャップに飛ぶのを防ぐため震盪装置は使用しない。
あたため終えた培地のメディウムビンの表面に70%エタノールを霧吹きでかけ、キムワイプや脱脂綿で良く拭き取る。また使用する時はクリーンベンチ内でガスバーナーの炎で一瞬炙ってから開ける。
凍結培養細胞を解凍する時も同様な注意が必要である。培地や細胞を扱う時、炭酸ガス培養装置を開ける時は常に70%エタノールを霧吹きで手にかけて消毒してから操作をする。手は常に清潔に保つとともに培養実験中は無駄な会話をしない。また、培養ディッシュのフタに培地がつきコンタミを引き起こすこともよくある。培地は必要以上入れず、また激しく動かさないことが重要である。

滅菌について:

前述のようにピペット、チップ、ディシュなどの全てのプラスチック製品、また培地や各種溶液に至るまで滅菌済の既製品が売られている。多少贅沢であるが、これらを使用すれば滅菌の手間は省ける。しかし、経済的理由からピペットなど再利用せざるをえない時、またどうしても滅菌を必要とする時はあるので滅菌装置は必需品である。
滅菌の目安は以下の通り。乾熱滅菌は160℃2時間にセットし運転する。オートクレーブは120℃30分にセットし運転する。

コラム

培地ついて

ここでは初心者でも容易に動物細胞を培養できるDMEM培地を紹介したが、実は培地にはいろいろな種類があり、次のようなものが一般的である。
MEM(1959年にEagle,H.が発表したMinimum essential mediumに準拠した培地)、DMEM(Dulbecco's Modified Eagle's Medium)、F12(Ham's Nutrient Mixture F12)、RPMI(1967年Moore,G.E.らがRoswell Park Memorial Instituteの培地を正常ヒト造血細胞用に改良した処方に準拠した培地)などである。
これらは特定の用途を満たすために開発されたものである。培地の特性を理解すると効率良く細胞を培養することができる。
分化誘導を目的とした培養や初代組織培養にはこれら基本培地に成長因子、non-essential amino acids、糖類などをさらに添加して用いる。本来、培地は細胞の種類や目的に応じて選ぶべきものである。細胞株をわけてもらう時や購入時にはどのような培地で培養されてきたかを聞いておくと良い。
DMEMは高栄養培地であるため、MEMで培養されたHeLa細胞でも、F12で培養されたCHOでも一応培養できる。しかし、培地を変えると一時的に成育が鈍る。できればその細胞株にあった培地で育成したほうがいい。
培養に慣れてきたら、培地の種類を増やし、細胞にあった培地で育てるようにすると良い(既製品を使用すれば培地の作製は全ておなじであり、血清を10%の割合で添加するだけである)。
DMEMのような高栄養の培地では細胞はウイルスに感染しても生き続けるため、感染実験に使用されてきた。そのため、正常細胞を観察するためには良くないとする見方もある。少々のコンタミでも細胞が生き続けるので、おかしくなった細胞を観察することになりかねない。したがって、自分の培養している細胞の健康時の本来の形がどのようであるかを知ることは重要である。培養歴の長い研究者に聞き、さらに自分で普段から観察するのが大切である。何年か前までは血清はロットチェック(商品の一部をいただいて実際に使用してみる)をして、問題なければ購入するというのが一般的であった。しかも良いロットを大量に買うといこともあったようだ。このため培養はかなり研究資金が潤沢でないと手を出せないという雰囲気があった。現在は品質にかなり安定性が出てきている。
我々はロットチェックせず、銘柄も一定ではなく、比較的安いものを手に入れているが、問題は起きていない。少なくとも我々が材料として用いているHeLa、Vero、COS7などは癌細胞由来であり、元々よく育つ細胞である。神経初期胚や、難しい組織培養を考えない限りあまり気を使う必要はないと思われる。

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