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技術機関誌 SI NEWS日立ハイテクノロジーズ

へリンボーン模様と高分解能電子顕微鏡像

Herring bone pattern and high resolution TEM images

東京工業大学 大学院理工学研究科材料工学専攻 教授 中村 吉男

東京工業大学
大学院理工学研究科
材料工学専攻
教授
中村 吉男

へリン(グ)ボーン模様ってご存知ですか?名前は知らなくとも柄は見たことありますよね。図1はヘリンボーン布生地の写真見本です。ウール地のジャケット、コートなどでよく使われていますね。Herringはニシン、boneは骨ということで、魚を開いた時の骨の模様がその語源です。への字やV字など折れ曲がりの角度と間隔、大きさで模様としての印象が変わります。図1の写真をまっすぐにみると、右上がりと右下がりの部分は同じ模様で向きだけ違うので、コントラストに違いは見られませんが、斜めから見るとその向きに沿った斜面だけが強調され、濃淡のあるストライプに見えます。このようにちょっとした光の当て方・見方で絵柄が変わって見えるのがヘリンボーン模様の特徴です。ちなみにですが、この模様を90度回転させて縞を横にしてみると、同じ平面にあるにもかかわらず高さが違って見えたり、周辺が浮き上がったり見えたりします。ヘリンボーン模様はシンプルな模様にもかかわらず、見え方は意外と複雑です。服装・ファッションには全く縁がない私ですが、ヘリンボーン模様を見るたびに思うことがあります。

ヘリンボーン模様の布生地
図1 ヘリンボーン模様の布生地

30年前の夏、私は博士論文を書いていました。主題は焼入れた炭素鋼を焼き戻していくときに出現する種々の状態、析出物の結晶構造と母相との関連性を電子回折・電子顕微鏡で解き明かしていくものでした。その中で、最終析出物であるセメンタイトと呼ばれる炭化物(Fe3C)にも触れておりました。図2は当時撮影したセメンタイト[100]入射の高分解能電子顕微鏡像です。

セメンタイトFe3C[100]入射の高分解能電子顕微鏡像
図2 セメンタイトFe3C[100]入射の高分解能電子顕微鏡像

薄い領域の右端で左右対称の"へ"の字模様が観察されています。この像(というかネガ)を見たとき、真っ先にヘリンボーン模様を思い出しました。よく似ているのです。しかし左右対称のヘリンボーン模様の像を得るのは大変でした。それは析出物であるがゆえ電解研磨で極薄の試料を得にくかったこと、もう一つは"遠回り反射"により禁制反射が出現し、実際像と違う対称性の像となってしまうからです。2回らせん軸や映進面を持つ結晶では、ℓが奇数の00ℓ反射は禁制でたとえ多重回折があっても強度を持たないのですが、晶帯軸から少しでもずれてしまうとたちまち強度を持ち、片側の斜面を強調したり等間隔であった右上がりと左上りが(または左下がりと右上がりが)ペア化するなどの現象が起こります。このことを計算機シミュレーションにて再現し、論文としていました1)。本来強度を持たないはずの禁制反射が強度を持つということは、撮影した高分解能電子顕微鏡像はもはや一致せず、撮影像失敗となる大きな要因でした。ヘリンボーン模様を見るとき、ちょっとしたライティングや見る方向の違いで模様が変わって見えるのは、光も電子線も同じなのだなあと妙に感心したものでした。
学位取得をきっかけに炭素鋼の焼戻し過程の研究を自主卒業し、結晶の中の自然美を求め、論文で見たγ-黄銅の長周期規則構造の研究をしていました。γ-黄銅の長周期規則構造の写真は今見ても幾何学的に美しく、またその自然の美には感動します。図3にCu-Znγ-黄銅に見られたストライプ状の1次元長周期構造と三角形タイル状の2次元長周期構造が共存した領域の電子顕微鏡を示します。

Cu-Znγ-黄銅に見られる2種の長周期構造
図3 Cu-Znγ-黄銅に見られる2種の長周期構造

中心対称がないこの結晶に対し、電子線入射方向を立方晶の[111]晶帯軸から意図的にはずし、ある反射をブラッグ条件にして撮影した暗視野像です。フリーデル則の破れを利用し極性の違いを濃淡で表現する手法です(中村が最初に見出したわけではなく、ただまねしただけです)。ストライプ状の1次元長周期構造は、当時高分解能電子顕微鏡を使って盛んに行われていた金属系の長周期規則構造と比べ1段階層の深く、そのストライプの界面は反転反位相境界(InversionAnti-PhaseBoundary, IAPB)と認識されていました。私も1次元長周期構造の高分解能電子顕微鏡像を撮影を試みましたが、なかなか納得いく写真が取れません。極性の違いと逆位相境界の特徴の2つがわかる像でなくてはなりません。図4はいつもより低い倍率で撮影し、(都合の良い場所を)あとから引き伸ばしたγ-Cu-Alの1次元長周期規則構造の高分解能電子顕微鏡像です。

Cu-Al系γ-黄銅に見られる1次元長周期反転反位境界構造の高分解能電子顕微鏡像
図4 Cu-Al系γ-黄銅に見られる1次元長周期反転反位境界構造の高分解能電子顕微鏡像

3回対称の六角形(上向きと下向き)の2種類があり、1つの領域には中心対称がないことがわかります。またIAPBと書かれた領域を境に向きが反転しているのがわかります。3回対称の六角形を連ねていくと右上がりと左下がりを繰り返しています。これまたヘリンボーン模様になっています。単位胞が決まる結晶だけでなく、長周期構造にまでヘリンボーン模様が出てきたのにはびっくりしました。
長周期反転反位相境界構造という長い名前の構造ですが、これを的確に描写する電子顕微鏡像は図4だけかなあと勝手に思っており、私の若き日の宝物の1つです。

著者略歴
1980年 東京工業大学工学部金属工学科卒
1983年 同大学院理工学研究科金属工学専攻博士後期課程中退 同大学工学部助手
1992年 同大学工学部 助教授
2003年 同大学大学院理工学研究科 教授

参考文献

1)
Jpn. J. Appl. Phys., 21, L449-L451, (1982).

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