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技術機関誌 SI NEWS日立ハイテクノロジーズ

Chromaster® 5610による天然物合成中間体の質量情報の確認

MS measurement of the synthetic intermediates in natural product synthesis by Chromaster® 5610

明治薬科大学 薬学部 生命創薬科学科 助教 小林 健一 博士(理学)

明治薬科大学 薬学部 生命創薬科学科
助教
小林 健一 博士(理学)

はじめに

有機化合物の構造決定のための機器分析技術は目覚しく進歩しており、多数の不斉中心を有するような複雑な天然有機化合物でさえ、 極微量のサンプル量で構造決定が可能となっている。天然物や合成した有機化合物の構造決定では、X線結晶解析によって一義的に構造を決定できる場合を除き、一般にNMR、IR、MS、比旋光度、融点などの各種機器データを収集してそれらを総合的に判断するのが常法である。なお、有機化学系の学術論文投稿の際には、これら機器分析データの提出が必須となっている。
これら機器分析法のなかでX線結晶解析、NMR、MSは、既知・未知物質に関わらず有機化合物の構造決定に絶大な威力を発揮する。X線結晶解析は化合物の構造決定において最も有効な手段の一つであるが、そもそも試料の結晶化ができなければ測定は不可能である(最近報告された結晶スポンジ法は、試料の結晶化を必要としないX線結晶解析である)1)。またNMRの技術は近年急速に発展し、化合物の構造に関する膨大な情報を得ることができる。しかし、例えば複雑な天然物の構造決定では、そのスペクトルの複雑さゆえ、解析のミスによって誤った構造が提出される問題がしばしば起こる2)。一方MSは、化合物の分子量情報がダイレクトに得られる。フラグメントイオンが検出できれば、分子量だけでなく化合物の部分構造解析も可能となるうえ、高分解能質量分析(HRMS)を行えば化合物の原子組成も決定できることから、MSは有機化合物の構造決定において最も確実で汎用性の高い機器分析法の一つである。
今回、日立ハイテクサイエンス社製Chromaster 5610質量検出器を研究室に導入し、合成有機化合物の質量情報の確認を行ったので本稿で紹介する。

Chromaster 5610質量検出器

日立ハイテクサイエンス社製Chromaster 5610質量検出器は、従来の質量分析計とは異なる新しいコンセプトで開発された質量検出器である。本検出器とシリンジポンプを併用することで、化合物のサンプル溶液をダイレクトに質量検出器に導入し、化合物の質量情報を取得することができる。これにより、合成した有機化合物の質量情報の確認や合成条件検討の際の化合物確認の簡易モニタリングが可能となっている。
大学の研究室において質量分析計の導入を考えた場合、設置場所やコスト、また操作やメンテナンス(学生は概して機器類を雑に扱いがちである・・・)などの問題が生じる。しかし、本製品は非常にコンパクトに設計され、LCシステムと同等の省スペース化を実現しており、煩雑な操作も必要としない。日常のメンテナンスも極めて簡便化されており、大気圧イオンフィルター(AIF)を取り外して超音波洗浄するのみである。さらに同等の機能を有する他社製品と比較して、価格が低く設定されていることも大学の研究室に導入するには大きなメリットである。

Chromaster 5610
図1 Chromaster 5610

STAT3阻害活性天然物phaeosphaeride Aの合成中間体の質量情報の確認

私たちの研究グループでは、新規な作用機序を有する抗がん剤の創製に向けた天然物の全合成研究を行っている。その中で、signal transducer and activator of transcription3(STAT3)の阻害活性を有する天然物であるphaeosphaeride Aの全合成研究を展開しており、これまでに天然物のエナンチオマー体の全合成に成功している3, 4)。今回、以下のスキームで合成した中間体4種について、Chromaster 5610質量検出器を用いて質量分析を行った。

クリーンフード内に設置された外洋水中微量元素濃縮分離用のSPE-100
図2 ent-Phaeosphaeride Aの合成スキーム

測定結果

[測定条件]
測定機器:Chromaster 5610
イオン化法:ESI
イオン化モード:Positive
イオン化電圧:2,200 V
測定モード:Scan mode
ガス流量:0.5 L/min
IS/AIF 温度:70°C/120°C ポンプ流速:2 µL/min(インフュージョン測定)

[測定方法]
それぞれの化合物A-Dをメタノールで10 ppm に希釈し、ダイレクトに質量検出器で測定した。結果を以下に示す。いずれの化合物についても[M+Na]+としてナトリウム付加型分子イオンが観測された。このように、わずか5分間の測定で化合物の質量情報を確認できた。

Chromaster 5610による合成化合物A-Dの質量情報の確認
図3 Chromaster 5610による合成化合物A-Dの質量情報の確認

おわりに

本稿では、日立ハイテクサイエンス社製Chromaster 5610による、天然物の全合成研究における中間体の質量情報確認について紹介した。今回測定したサンプルは分子量200-500程度の低分子有機化合物であるが、本装置は分子量1,000程度までの化合物の質量測定に対応している。本装置は省スペース・扱い易さ・低価格を実現しており、実験室レベルでの簡易的な質量分析に大きく貢献するものと期待される。

謝辞

本研究は、日本学術振興会の科学研究費 若手研究(B)(課題番号25860015)の助成を受けて行われたものであり、厚く御礼申し上げます。

参考文献

1)
Y. Inokuma,S. Yoshioka,J. Ariyoshi,T. Arai,Y. Hitora,K. Takeda,S. Matsunaga,K. Rissanen,M. Fujita,Nature,495,461-466 (2013).
2)
K. C. Nicolaou,S. A. Snyder,Angew. Chem. Int. Ed.,44,1012-1044 (2005).
3)
K. Kobayashi,Y. Kobayashi,M. Nakamura,O. Tamura,H. Kogen,J. Org. Chem.,80,1243-1248 (2015).

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