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技術機関誌 SI NEWS日立ハイテクノロジーズ

動物生体内細胞組織像をそのまま見たい!

~創意工夫と電子顕微鏡の進歩が不可能を可能に~

『SI NEWS Vol.57』において、「一生涯の夢を求めて60年! !」と題して研究者人生を振り返ってくださった、山梨大学の大野伸一先生。
今回は、電子顕微鏡を用いて、細胞組織の構造と機能を解き明かす「機能分子形態学」の分野でめざましい成果を上げてこられた先生のご研究に焦点を当て、電子顕微鏡の果たしてきた役割とともに、お話を伺いました。

山梨大学大学院医学工学総合研究部
解剖分子組織学教室教授
日本顕微鏡学会第56代会長
大野 伸一(医学博士)

大野 伸一(医学博士)

医学生時代に電子顕微鏡の魅力に目覚める

大野伸一氏が、初めて電子顕微鏡に出会ったのは、1973年、信州大学3年(医学部専門1年)の夏休みのこと。当時、解剖学教室の助教授だった永田哲士氏(後に教授、名誉教授)から、「電子顕微鏡観察でもやってみないか」と勧められたのがきっかけだった。ちょうど総合研究室に、日立のHU-11A形に続き、比較的操作がしやすい小型のHU-8形が入ったところで、あっという間にその魅力に取り憑かれたのだという。高価な電子顕微鏡を医学生が触ることにクレームを言う教授もいたが、そんな声をよそに、実験動物の細胞組織の超微形態を探ることに没頭する毎日だった。

大野 伸一(医学博士)

「1970年代になって電子顕微鏡で細胞組織を観察する方法が確立されはじめ、1974年にはG.E.Palade博士らがノーベル医学生理学賞を受賞するなど、まさに医学の新しい発見は電子顕微鏡技術の進展とともにありました。たとえば、ミトコンドリアなどの細胞小器官の構造やタンパク質の構造、さらにはDNAの構造や働きといったものもすべて、電子顕微鏡により明らかにされていったわけです。しかも、組織学授業で勉強したばかりのことが、そのまま目の前で見える。こんなに面白いことはないですよ」、と大野氏は当時を振り返る。
その頃の電子顕微鏡はまだマニュアルに頼る部分も多く、朝早くから総合研究室へ赴き、フィラメント(熱電子放射銃)が切れると交換したり、軸調整をしたり、非点を取るのに半日かかってしまったりと、観察を終える頃には夜中になっていたこともしょっちゅうだった。こうして医学部を卒業するまでの4年近く、電子顕微鏡による細胞組織観察の研究に没頭。卒業後は、永田教授の解剖学教室で助手を務めるかたわら、「臨床も経験したい」と申し出て、信州大学医学部附属病院で内科医として1年間研修した。ここで思いがけず、医学生時代に身につけた電子顕微鏡観察の技術が活かされることになる。
「自分の受け持ちの患者さんの腎臓や骨髄から生検により一部組織を取り出し、電子顕微鏡で診た結果を、回診の際に教授たちに見てもらったのです。こんなことができる研修医はいませんから、とても重宝がられました」
以後、大野氏は電子顕微鏡観察の先駆者としての道を邁進していくことになった。

大野 伸一(医学博士)

「見えているものは真実なのか?」という疑問

とりわけ、大野氏の研究を大きく前進させたのが、1976年に発売されたH-700形電子顕微鏡である。それまで加速電圧は50 kVや75 kV程度だったが、H-700形の加速電圧は200 kV。これまで見えなかったものがより鮮明に見えるようになったことで、次々に新しい知見を見出し、多数の論文を発表した。
一方で、疑問も芽生え始めた。「そもそも私は物理や数学が好きで、論理的に物事を考えるタイプなんですね。そうやって見ると、形態学というのは、嘘の塊に見えてくる。今、電子顕微鏡で見えているものは、真実なのだろうか、と思うようになったのです。なぜなら、細胞組織を観察するためには、動物臓器組織を切り出し、固定、脱水、包埋(合成樹脂に固めてブロック標本にする)し、60~80 nmの超薄切片にしなければなりません。しかも電子顕微鏡観察の際に超薄切片は、電子線により150°Cくらいに加熱されて焼けてしまう。こうなるともう、アーティファクト(artifact)、すなわち人工産物の塊ですよね。本当は海に泳ぐ優雅なイカが見たいのに、飲み屋に出てくる炙ったアタリメを見ているようなものでした。これでは真のイカの姿はわかりません」
見えているからといって、そのまま鵜呑みにしない。さまざまな角度から見て疑ってかかる。これは、研究者としてもっとも大切な姿勢の一つだが、ときに従来の常識的な科学との間に軋轢を生むこともある。大野氏が永田教授に自らの考えをぶつけると、「見えるものは信ずることである。見えるから真実だ」と一蹴されてしまった。そこで発奮して、形態計測学の自らの考えを裏づける学位論文を書くことにした。
「電子顕微鏡で見るためには、球体である細胞小器官を60〜80 nmくらいに薄く切って切片にしなければならないんですね。ところが、その切片の厚み次第で、本来3次元に存在する球体の断面である円分布が大きく変わってしまう。それを理論式を用いて証明したのです」
この学位論文は学会から高い評価を得て、後に、形態計測学の権威であるHansEliasの著書『A Guide to Practical Stereology』(形態計測学)に収録されることになった。大学医学部を卒業したばかりの駆け出しの研究者でありながら、高圧電顕形態計測法の第一人者として認められたのである。同時に、「生きた動物臓器内細胞組織の本当の姿が見たい」という思いは、ますます募っていった。

動物生体内臓器を凍結して観察する

一年間臨床研修医を経た後、解剖学教室に戻っていた大野氏にとって、大きな転機となったのが、1981〜1983年の2年間におよぶ、米国立衛生研究所(NIH)での研究生活である。ここで、大野氏は「急速凍結ディープエッチング法」という最先端の手法と出会うことになる。
「先ほど、電子顕微鏡で観察するためには、切除臓器組織を固定、脱水、包埋しなければならなかったと言いましたが、それは、生物試料中の水が観察を邪魔するからです。ところが、水は凍らせれば味方につけられる。北極の氷の下で発見されたマンモスから遺伝子が採取できるのと同じで、氷に閉じ込めればすべての細胞成分を半永久的に保存できるのです」
さらに、この氷を固定剤を含む有機溶媒アセトンに置き換える「凍結置換固定法」を用いることで、分子架橋によって凍結時の状態のまま組織を固定し、電子顕微鏡で観察できるようになる。これは、じつに画期的な手法である。
「しかし、この手法にも問題がありました。凍結置換固定法は、ときには組織中の電解質や金属成分などと脂質成分を溶出させてしまうことがある。そこで出てきたのが、『急速凍結ディープエッチングレプリカ法』という手法で、極低温で凍らせた組織を-100°C前後に上昇させて10-7torrという高真空の中に入れて、一気に昇華させて氷晶を飛ばすのです。いわばフリーズドライですね。さらに、その細胞組織に白金などの金属を蒸着させて、レプリカ(鋳型)をとる。こうすることで、電子顕微鏡で細胞組織の立体的な構造を見ることができるようになりました。この方法を用いて、米国NIHで細胞内ウイルスの遺伝子を観察する手法を開発したのです。」
これらの手法を携えて帰国した大野氏は、従来の電顕超薄切片法では見ることができなかった実験動物およびヒト組織の超微形態学的変化について観察し、十数年の間に100篇にもおよぶ論文を国際誌に次々と発表。電子顕微鏡形態観察の権威としての地位を不動のものにしたのだった。

ついに動物生体内細胞組織のダイナミックな姿を捉える

1992年、大野氏は山梨医科大学(現山梨大学)の教授に就任。研究者としての道程を順調に歩んでいたが、それでも満足しないのが大野流と言うべきなのだろう。「動物生体内細胞組織像をそのまま見たい」という思いに衝き動かされ、さらなる探究が続いた。
「従来、動物臓器組織の切除から凍結までの時間が短ければ短いほどいい、と考えられてきたわけですが、そもそも細胞レベルで言えば、その時間はせいぜいm(ミリ)秒、あるいはµ(マイクロ)秒の時間が限度でしょう。しかも、虚血、酸欠状態にある切り出した組織を見ることと、生きている状態を見ることでは違う。一方で、生理学や生化学の分野では、生体内の動的に機能している姿を捉えつつありました。今で言うイメージングですね。見たい分子に蛍光などの印をつけて、ダイナミックな姿を観察するのです。しかし、それは特定の役者だけにスポットライトを当てることで、舞台全体を見ていない。私の信条は、『実体を見ずして、機能なし』であり、舞台全体を見るのが生理学とは異なり形態学の役割だと思っています。そこで思いついたのが、『生体内凍結技法』という方法でした」

臨床診断用クライオバイオプシー装置
図1 臨床診断用クライオバイオプシー装置

これは、ある意味、生きたままの機能状態下細胞組織をそのまま寒剤に浸け込んで、動物生体内で瞬間凍結させるというもの。具体的には、液体窒素で冷やしておいた冷却メス刃で組織を切り込み、すかさずビーカー内の-193°Cのイソペンタン・プロパン混合寒剤を、切った部位に流し込むという方法だ。これにより、循環血流を遮断することなく、麻酔下動物生体内臓器をm(ミリ)秒単位で凍結した標本試料を、電子顕微鏡で観察できるようになった。1996年に論文として発表したこの手法が評価され、2007年には日本顕微鏡学会瀬藤賞*を受賞した。
「この方法により、腎臓の糸球体を虚血、酸欠のない状態で観察できるようになりました。糸球体というのは、血流が豊富な部位で、血行動態が腎機能に大きな影響を与えるのです。そのことを裏付けるように、従来の切除試料による電顕試料作製法と生体内凍結技法とでは、まったく違うものが見えたのです。大変インパクトのある仕事になりました」
最近では、このアイデアを人体に応用しようと、内視鏡や腹腔鏡とセットにして、イメージングによって診断をしつつ、その場で内視鏡治療も行う「臨床診断用クライオバイオプシー(凍結生検)装置」の開発も手がける(図1)。また、動物マウス個体によるガン細胞の実験的肺転移の様子を、血行動態を観察しつつ、コマ撮り状態で可視化することにも成功。将来の臨床応用への道を切り拓きつつある。
「若い頃からひたすら学問の世界でがんばってきましたが、今後は、企業や日本顕微鏡学会とともに、研究成果を社会に還元していきたいですね」
今年3 月、山梨大学医学部を定年退官する大野氏。今夏には、生体内凍結技法の集大成となる、300頁におよぶ論文抄録集がSpringer社から出版されるという。今後も研究活動とともに、後進の教育など、忙しい日々が続きそうだ。

大野 伸一(医学博士)

(取材・文:田井中麻都佳)

  • * 瀬藤賞:日本顕微鏡学会賞。顕微鏡の基礎および応用研究ならびに技術の進歩発展に関する功績を顕彰するもの。

編集後記

情熱と独創性。ジャンルを問わず、研究者に必要な資質ではないだろうか。電子顕微鏡をめぐる尽きせぬ情熱と研究のオリジナリティを確信させるお話をしてくださった大野先生。さらに印象的だったのは、「研究というのは何か。研究というのは芸術だよ」と、同じ道を歩む次世代の人々に語られる研究観だ。「もともと私は研究というのは芸術と一緒で、個人個人の思いを吐露して、それがアカデミアでは万人が納得して認める。それがサイエンスだと思う」。個人が吐露する思いがどう受け止められるかという違いはある。だが研究者もアーティストも、周囲の評価やプレッシャーに流されることなく、自らの思いを貫き、物事をやり遂げる重要性は本質的には変わらない。見えることの「真実」を追究し続け、旺盛な科学的創造力を発揮されてきた大野先生の原点を垣間みる思いだった。

(石橋今日美)

編集後記