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新卒採用サイト日立ハイテクノロジーズ

社員紹介 メーカー営業
発明家に憧れた子供時代。今でもその夢は続いている。

和田

Wada | 

評価解析システム営業本部 2009年度入社

エジソンやダ・ヴィンチに憧れて。

小さい頃から、わからないことを明らかにしたいという気持ちが強い子供だったと思います。恐竜が大好きで本を買い漁って調べたり、宇宙の生誕について考えたり。人類が解明しきれていないことに対しての興味が尽きなかったですね。そんな調子で、先生にわかるはずのない質問をぶつけて困らせるような、扱いづらい子供だったと思います(笑)。

物心がつく頃には、「誰も到達していない新しい領域を知りたい」という興味が次第に「まだ世の中にないものを生み出したい」という想いへ。エジソンやダ・ヴィンチの伝記を読み漁る中で、発明家への憧れがふつふつと湧き上がり、専攻したのは理系の道でした。大学で物質工学をみっちり習得。その先には、通常ならばモノづくりへの道があったのだろうと思いますが、就職を前にふと立ち止まったのです。

より世の中に貢献するために、つくる仕事から、広める仕事へ。

就職活動を前に、「より社会のためになるにはどうしたら良いだろう」と考えました。そこでたどり着いた「社会のために自分ができること、したいこと」は、試験管を振りながら技術の進歩に貢献することよりも、世の中の仕組みを最適化したり、優れた技術を新たな領域に広めるというアプローチでした。そこで、選択したのは商社営業でした。そして、せっかく今まで学んできた化学の専門知識。これを活かした営業がしたいと考え、メーカーと商社が融合した日立ハイテクを選んだのです。

入社後は、プロセス製造装置営業本部に配属。半導体製造装置のひとつである反応性イオンエッチング(ガスをプラズマ化させ、試料へのイオンの衝突と化学反応により試料表面を加工する微細加工技術)装置のアフターサービス事業を担当しました。ありがたいことに、入社当時から「じゃ、和田、ちょっと見に行ってきて」と一人で客先に行かせてもらうことが多かったですね。行き先も、国内・海外問わず様々で、行った事がない場所に行くのが楽しくて、今では旅行が趣味になってしまいました。

頭を抱えるほど行き詰まったプロジェクトが、ある夜の乾杯で大きく前へ進んだ。

海外出張は、今でも学ぶことだらけです。中でも一番心に残っているのは、お客様の装置運用コストを軽減し納期を短縮するために、海外メーカー製の部品を開発するプロジェクトに携わったこと。やり方に答えはありません。サプライヤーや現地法人とネゴシエーションをしたり、人脈づくりやルートづくりに苦戦する日々でした。一生懸命身に付けた言葉が通じたとしても、日本の理屈が通じない。「文化の壁はこんなに高いのか…」と打ちひしがれる毎日。しかし、そんな状況でも希望を持ち続けられた理由は、人と人のつながりの中にありました。

常識もやり方も違うけれど、いい結果を迎えたいという想いはプロジェクトに関わる人たち同士、みんな同じです。「力を合わせて軌道に乗せましょう。」と熱い乾杯を交わす。向いている方向性が全員一致した瞬間でした。苦労の末、プロジェクトはなんとか形に。お客様から感謝の言葉をいただくとともに、チームとして社内の表彰「経営革新賞」をいただくことができました。

人の用意したものでは満足できない。人生の舞台は自分自身でつくりだす。

実は私、発明家という夢を、まだ諦めていません。もちろん、今からエジソンになるという話ではありませんが、ビジネスならば、「発明」できるんじゃないかな、と思っているんです。まずは今の仕事を極めていく中で、事業全体を見るスキルを身に付ける。そして、自分自身で事業を立ち上げることを目標にしています。

人がつくったものでは満足できない。屋台骨を組むような仕事がしたいのです。まだ見ぬものへ憧れる心のともしびは、今も消えていません。そして、この会社ならばその夢を叶えられる土壌があると確信しています。私もまだ一人前とはいえませんが、先輩たちがそうしてきたように、「新しい何かを始めたい!」という想いの種を絶やすことなく、育んでいきたい。社会に大きな影響を与えられる仕事を生み出したいと思っています。

※内容は取材当時のものです。