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脳科学者・医学博士 中野 信子氏
脳科学者・医学博士 中野 信子氏

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INTRO

何かが、いつも、まわりの人と違う。幼いころから、常に違和感を抱えて生きてきた。もしかして私の脳は、どこかおかしいの? 悩みは中学生になると深刻なレベルに。みんなと同じように、普通に生きたい。そんな思いに導かれるように脳の研究に取り組み、やがて東京大学に進学する。

取材が行われたのは、東京大学工学部5号館にある教室。入ってきた中野氏の第一声は「うわぁ~、懐かしい」だった。そこは、工学部応用化学科出身の中野氏が、まさに講義を受けていた場所だ。工学研究科修士課程を経て医学系研究科に移り、脳神経医学を専攻、博士課程に進んだ氏の原点は、幼いころから感じていた違和感にあるという。

どうしてかな?
まわりの人がドン引きするのは。

自分では変なことをしたつもりなどまったくないのに、私が何かすると、なぜか、まわりの人がサーッと引いていく。幼い頃から、そんな経験を重ねてきました。例えば学校で、「夏休みにラジオ体操したほうが良いと思う人は?」 と尋ねられたら、「体操するのは良いことなんだから、当然やるべきでしょ」と、周りの反応も見ずにサッと手を挙げてしまう。みんなは、朝早くから体操なんかやってられないよと思ってるのにね。
要するにまわりの空気を読めないのです。勉強はできるんだけれど、親からも扱いにくい子どもと思われていたようで、どうも話がかみ合いませんでした。なんか私は違うんだなって意識し始めたのは、5歳ぐらいからだったでしょうか。
まわりを観察していると、みんなが私に違和感を持っているのはわかるんです。けれども、私としては、違和感を持たれる理由がわからない。相手の感情を読んだり、相手がどのように感じているかを把握する能力が極めて低かったのでしょう。
人と関わっていても話についていけなくてつまらないので、自然と私の関心は違う方向に向かいました。家にあった百科事典でメンデルの法則を読んで、赤いコスモスの花粉を白のコスモスに受粉させると、その数は本当に法則通りになるのかな?なんて実験をしたりしていました。人と関わりさえしなければ、何も悩むことはなく楽しい毎日だったのです。

普通に生きたい

そのためには脳を知らなければならない。

中学生になると、決定的な事件が起こりました。私が通っていた学校では、中間や期末テストの成績が貼り出されていたのですが、当時の私は、テストに出される内容は、授業で習ったことばかりだから、満点を取れて当たり前だと思っていました。なのに、決まったように平均点は60~70点代なのです。
そこで、私だけが知らない暗黙のルールがあるのかしらと、つい聞いてしまったんです。
「もしかして、テストって100点を取っちゃダメで70点ぐらいに合わせるルールがあるの?」って。
その時の同級生の反応、奇妙な生き物を眺めるような表情を、たぶん一生忘れないでしょう。私って、やっぱり変なんだ。脳がどこかおかしいんだろう。だから、みんなが感じている空気みたいなものを、私だけが理解できない。そう思うと非常に焦りを感じました。
みんなと同じような理解をするには、脳の機能を勉強しなければならない。とりあえず本屋に行ってみたものの、心理学の本は根拠が不明瞭であまり役に立ちそうにもないし、神経科学の本にはニューロンの話しか書いていない。人間を科学した本はなかったのです。自分で研究するしかないのかなと思いました。
研究そのものに対する興味もありました。加えて、私のような人間が、普通の会社に勤めることは絶対ムリだろうというあきらめもあった。研究室なら、少々偏っている人間でも、存在を許してもらえるんじゃないかと、研究者を目指すことにしたのです。

脳を解明する機械を作る。

ところが、大学に入ってびっくり、当時の東大には意外に変な人が多くて、類が類を呼ぶのか、まわりにいるのは私以上におかしな人ばかり。自分が変だなんて気にする必要がまったくなく、毎日が楽しかった。
工学部に進んだのは、脳の動態を調べる機械を作る必要があると思っていたからです。神経科学の先生に聞いたところ、脳を観察する手段としては脳波や脳磁図ぐらいしかなく、「脳機能は克明に観察できない」と言われました。となると、これは自分で何とかするしかないのかな、と思ったのです。
けれどもちょうどその頃に、fMRI(ファンクショナルMRI=脳内の血流動態反応を視覚化する機器)が開発されました。これを使えば、脳を傷つけることなく、血流の変化を通じて、脳が活動する様子を観察できる。ただ、血流の動きが神経活動を完璧に反映しているかといえば、そこは学問的には未だに議論が残るところです。個人的には、可能なら神経系の動態をリアルタイムに可視化できる装置ができるなら、それが理想だと今でも思っています。とはいえ、とりあえずfMRIでもある程度はわかるのだからということで、私の関心は機械から認知科学、つまり情報処理の観点から知的システムと知能の性質を解明する研究分野に向かいました。

つい「空気を読んでしまう」同調圧力ってとても危ない。

今、関心を持っているのは、人が同調圧力に誘導されるメカニズムです。なぜ人はつい、空気を読んでしまうのか。個人の意思決定より、集団の意思決定を優先するように多くの人は動き、それを正しいと認識する。これが私には未だに謎です。そうした認知の判断基準はどうなっているのか。認知の源と、認知が左右される条件を解き明かすことができれば面白い。そこには遺伝的な形質も何らかの形で関係していることが示唆されています。
仮に認知を操作する方法があるとすれば、それを一部の人に独占させるようなことがあってはならないでしょう。逆に認知など簡単に操作できるんだとみんなが知っていれば、自分を守ることができます。
近頃よく言われるポピュリズムの台頭ともからむ問題で、その背景には民主主義が破綻し始めている状況があります。そもそも民主主義とは何かと突き詰めるなら、多くの人の脳をどう動かすかという話に行き着くでしょう。では、人の脳は、どんなときに、どのように動かされるのか。意思決定のメカニズムは、もっと真剣に研究されるべきです。

人にしか認知できない
「美しさ」が未来を拓く。

AI(人工知能)などの急激な進化もあり、脳科学は今とても注目されています。テクノロジーの進化はすさまじく、最近読んだレポートでは、2020年のアメリカ大統領選挙にAIが立候補する可能性が示唆されていました。そんなバカなと思う気持ちがある一方、現実にそういうことを考える人がいるのかと思うと慄然としました。
AIが進化し認知の領域に介入するようになると、AIが人をコントロールするという時代の到来があり得る。そこに恐ろしさを感じる人もいるでしょう。けれども、そもそも人が自分の行動を自分で決めているのかと言えば、決してそうは言えない。AIどころか根拠のよくわからない占いを信じて、今日着ていく服の色を決める人だってたくさんいるのです。
ただしAIがどれだけ進化しても、何が適切なのかをAIが判断するのは難しいでしょう。たとえば利他行動を現在のところ、AIは理解できません。他人のために自分を犠牲にできるのは人間だけです。しかもそうした行為を人は、なぜか美しいと感じる。これは高度な認知機能で、不要なようにみえながら、人類が進化する上では重要な役割を果たしてきた独特の機能といえます。
利他的な行動を、なぜ脳が「美しい」と判断するのか。その理由はおそらく、他人を助けて共同して物事に当たる方が、厳しい環境のなかで生き残る確率が高かったからだろうと考えられます。何を美しいと思うかは人それぞれですが、これはその可塑性が高いことを意味します。適応力の高さ、と言い換えてもいいかもしれません。進化の歴史から考えても、一人ひとりが、自分の置かれた場所において、自分なりの「美しさ」を求めることはとても大切だろうと思います。空気を読む日本の文化の中では、まわりの空気なんか読まない、という選択が、社会の多様性を保持し、豊かにしていく戦略として機能します。まず、自分なりの美しさを追求することから、はじめてみてはいかがでしょうか。

PROFILE

中野 信子

1975年東京都生まれ。1998年東京大学工学部応用化学科卒業、2008年同大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。フランス国立研究所ニューロスピンで博士研究員として勤務し、現在は東日本国際大学教授を務める。脳や心理学をテーマに研究や執筆活動を行うほか、テレビ番組のコメンテーターとしても人気を集めている。『脳はどこまでコントロールできるか』(ベスト新書2014年)、『あなたの脳のしつけ方』(青春出版社2015年)、『生きるのが楽しくなる脳に効く言葉』(セブン&アイ出版2016年)、『サイコパス』(文春新書2016年)など著書多数。

中野信子オフィシャルサイト
https://ameblo.jp/nobukonakano