ダイバーシティ
東京2025デフリンピック 金メダル獲得
聞こえに関係なく誰もが輝ける社会へ
デフバスケットボール女子日本代表
製造部モノづくりDXグループ|入社9年目(原籍:日立ハイテク)
橋本 樹里 さん
デフバスケットにはいつ出会いましたか。
最初は小学3年のときに友だちにバスケットボールに誘われ、高校まで健常者と同じ環境で続けてきました。その後、筑波技術大学のときに先輩からデフバスケ(デフバスケットボール)を一緒にやらないかと誘ってもらいました。
デフバスケとは、聴覚障害のある選手がプレーするバスケットボール種目で、競技ルールは一般のバスケットボールと同じです。コート内では補聴器は使わず、音の代わりに手話やサイン、旗など目に見える情報や合図で試合を進めます。自分と同じ聴覚障害をもった仲間と一緒に手話でコミュニケーションをとりながらデフバスケができることがとても嬉しく、新しい発見の連続でした。ただ、指示が瞬時に伝わらず周囲とタイミングが合わないとチームプレーに影響が出てしまうものです。その際には手話やアイコンタクト、サインを使いながらチーム内で何度も話し合い、信頼関係を築いてきました。どんなときも「できない理由」ではなく「工夫するきっかけ」に変えて、前向きに乗り越えてきました。
デフリンピックに出場するまでの道のりについて教えてください。
デフリンピック(聴覚障害があるアスリートのための国際総合スポーツ競技大会)出場に向け、2025年には、北海道にて長期合宿を2回実施しました。個々で練習してきた全国の選手が集結して長期間一緒に過ごしながら、同じ目標に向かって本気で向き合う時間でした。手話やアイコンタクト、サインを使って何度も話し合いぶつかり合いながらお互いを深く知ることで、副キャプテンとしてチームづくりに力を注いできました。東京2025年デフリンピック(以下、東京デフリンピック)は日本国内で開催され、多くの方々に応援していただける環境のなか行われました。このとき、未来を担う子ども達に夢を与えられるプレーがしたいという気持ちで挑みました。
私は、東京デフリンピックで全5試合中3試合に出場したものの、決勝戦ではコートに立てなかったため、チームメンバーを信じてサポートにまわりました。その結果、世界ランキング1位のアメリカに1点差で勝ち、デフバスケットボール女子代表チームが金メダルを獲得。本当に嬉しくて、応援してくださった皆さんに感謝の気持ちでいっぱいでした。これを機に「デフバスケをやりたい」と言ってくれるお子さんもいて感激しました。
現在の仕事を通してみえてきた、スポーツと仕事の共通点についてお聞かせください。
大学卒業後、茨城県の日立ハイテクに5年間勤めた後、現在の日立ハイテク九州に3年前に異動し、製造部の事務職として、ものづくりを支える仕事に携わっています。製品の生産に必要な部品や材料の手配、在庫の確認などを通じて、製造がスムーズに進むようサポートしています。現場で働く皆さんが安心して仕事に集中できるよう支えるのが、私の大切な役目です。職場には個性豊かな方が多く、明るく話しやすい環境です。
スポーツでも仕事でもチームワークが大切で、なかでも一番共通しているのは、「信頼(仲間を信じて任せる)」「コミュニケーション(遠慮せず、自分の想いを伝える)」「自分の役割を果たすこと(自分にできることを責任もってやりきること)」です。この3つを意識して実行するようにすると、自然にチームの力は大きくなると感じています。
聴覚障害をもちながら仕事をする上で、どんな工夫をされていますか?
私は生まれたときから聴覚障害があり、言葉の教室で先生とマンツーマンで発声(話し方)を習いました。小学校からは普通の学校に通い、口話の読み取りをするのは慣れている方だと思います。現在の職場では、会議や電話などで難しさを感じる場面もありますが、筆談をする、事前に会議の資料をもらう、携帯電話で文字アプリを使ってコミュニケーションをとるなどの工夫をしています。社内の研修では手話通訳の方を付けていただき、サポート体制も整っています。また、周囲の方も手話を教えてほしいと言ってくれることもあり、ありがたいです。
現在、平日は一般職として仕事を行い、それ以外の限られた時間で自らのトレーニングを実施。両立はたいへんな面もありますが、夢があれば頑張れます!
今後の競技や仕事の目標について教えてください。
東京デフリンピックのチームメンバーは学生が多く年齢層も若いので、32歳の私が一番年上でした。本当は東京デフリンピックで選手生活は終わりだと思っていましたが、決勝戦に出られなかった悔しさもあり、2年後、4年後の国際大会にもう一度挑戦したいという気持ちもあります。チーム数や競技人口が減りつつあるデフバスケを周囲の方々と力を合わせて盛り上げていきたいです。
仕事については、現在先輩から教えていただいていますが、いつか独り立ちして周りの人から「任せたい」と思ってもらえるようになるのが大きな目標です。そのためにも計画性をしっかりと高め、自分から進んで仕事ができるよう努めていきます。
誰もが輝ける社会についてどうお考えですか。同じ境遇の方々へメッセージをお願いします。
私が考える「誰もが輝ける社会」とは、「聞こえないから出来ない」ではなく、「聞こえなくても一人の人としてお互いに認め合える」社会です。手話やジェスチャー、文字、字幕など、さまざまなコミュニケーション方法が当たり前に使われ、どんな人も自分の力を発揮できる環境が整っていること。そして、挑戦する姿そのものが認められる社会が「誰もが輝ける社会」だと思います。実家の愛媛から大学という新しい環境へ飛びこみ、同じ聴覚障害の仲間たちに出会ってから、そんな想いをもつようになりました。
聴覚障害の方々には、あきらめず自分の好きなことに挑戦してほしいと伝えたいです。私もたくさんの壁にぶつかりましたが、それでも挑戦できることが多くありました。一人で抱え込まず、周りのサポートを受けながら自分の夢や目標に向かって力強く進んでいただきたいです。
