サステナビリティへの取り組み
誰もがスマートフォンを持ち、調べ物はAI(人工知能)に相談し、ウェビナーや海外とのリモート会議も当たり前に。DX(デジタル・トランスフォーメーション)によって、私たちは一昔前では考えられない便利な暮らしを手にしました。しかしデジタル化が進むにつれて、電力消費量の増大が危惧されています。
特に、DXの要を担うデータセンターについては2030年までに40%の省電力化をめざし、産学官連携で取り組みが進められています。その実現に欠かせない革新的な技術の一つが、光集積回路(PIC:Photonic Integrated Circuit)。これは光信号を処理する機能をチップ上に集積し、通信の高速化・大容量化と同時に省電力化を実現するものです。
PICはほかにも、モビリティの自動運転化、個人情報の暗号化といった情報セキュリティ強化、ヘルスケアにおいては医療機器の小型化や診断の迅速化など、幅広い分野への普及が期待されています。
日立ハイテクはPICを次世代デジタルインフラ構築のカギを握る技術に位置付け、社会実装に向けた取り組みを強化しています。2020年にはPICの先進企業であるスペインのVLCフォトニクス社をグループに迎え、グローバルな事業展開をさらに加速させる体制を整えました。
光集積回路(フォトニック集積回路:PIC)とは、光を処理するさまざまな機能を一つのチップ上に集積したものです。チップは大きなもので数センチ角から小さなものでは1ミリを下回り、その上にレーザー、フォトダイオード、変調器といった部品が最大で1万個、マイクロメートルレベル(※)の間隔で配置されています。
スマホやパソコンをはじめとする電子機器に使われる半導体集積回路(IC: Integrated Circuit)のような形といえば、イメージしやすいかもしれません。ICが電気信号を処理するのに対して、PICは光信号を扱います。これがPIC最大の特徴であり、注目を集めている理由です。光信号には電気信号と比較して、以下のような特徴があります。
さらにPICは、光の持つさまざまな機能を一つのチップ上に集積することで、小型化や多用途への展開も可能にしました。近い将来、PICが身近なモバイル機器に搭載され、より高速・省電力で快適に使える環境が実現するかもしれません。PICは半導体と並ぶ、未来のデジタル社会の担い手をして期待されています。
日立ハイテクは長年にわたり光通信用の部材やモジュールの販売と、半導体製造装置の開発・製造を手がけてきました。これらの事業を通じて培ってきた光と集積回路の両方の技術・ノウハウを活かし、PICの社会実装に向けた取り組みを本格化させています。
産業・社会インフラ事業統括本部通信インフラ事業本部イノベーティブフォトニクス部の高槻優飛は、PICに期待を込めてこう話します。
「すでにPICは開発から量産に移行する段階にあり、2026年〜27年の社会実装をめざしています。現在最も注目を集める分野がデーターセンターで、2030年までに現在よりも電力消費量を40%以上削減するための研究開発が産学官連携で進んでいます。その要素技術の一つとしてPICは欠かせないもので、省電力を実現した上でネットワーク遅延を200分の1に抑制できると目されています」
データセンターは、DX(デジタル・トランスフォーメーション)の要を担う存在です。内部ではサーバーやネットワーク機器が24時間365日稼働し、膨大やデータを処理しています。そして社会のデジタル化が加速するほど、取り扱うデータ量は増加の一途をたどっています。
それに伴い、危惧されるのがデータセンターの電力消費量で、国際エネルギー機関(IEA)は2030年までに全世界で2024年の約2倍の9450億kWh(※)になると試算します。そこで課題解決の切り札として、大幅な省電力化を後押しするPICに期待が集まっています。
高槻は、PICの可能性について説明を続けます。
「光が持つ、さまざまな機能を一つのチップ上に集積するPICなら、これまで100個必要だったデバイスの部材を1個にするといったことも実現できます。こうした特性を活かし、今後さまざまな分野で変革をもたらしていくと期待されています」
その一つが、自動車やドローン(無人航空機)といったモビリティの自動化です。自動運転についてはレベル5(※)を目標に、コア技術となるLiDAR (※)の研究開発が官民各所で進められています。これはレーザーによって自動車と対象物との距離を測るもので、PICを用いれば通信の遅延を10分の1に短縮できます。
遅延が短くなれば早めに歩行者や障がい物を検知し、余裕を持って事故を回避することが可能に。PICを用いた LiDARは自動運転の「眼」として、人々の生命と安全を守る大切な役割を果たします。PICはシステムのサイズを従来の半分以下にできるため、スペースが限られた車体への搭載も有利です。
デジタル化が進むにつれて課題となるのが、セキュリティの強化です。光には観測されると状態が変化する特性があります。これを応用して暗号化が盗聴・解読されるリスクをゼロにすするのが量子暗号(※)で、その開発には光を扱うPICが必要不可欠です。
デジタル化が進む現在、情報の漏洩は深刻な問題となっています。だからこそ、暗証番号やパスワードの管理から企業の顧客情報、国や自治体のサイバーセキュリティ強化まで、さまざまな場面でPICがもたらすメリットは計り知れません。
ヘルスケアも期待を集める分野です。医療機器や通信機器にPICを用いれば、複数の医療機関の間で疾患に関する膨大なデータを迅速に転送することが可能に。ロボットを用いた手術もよりスムーズに行えるなど、PICには遠隔医療を大きく前進させるポテンシャルがあります。
高額な大型医療機器の小型化・低コスト化が進み、大きな病院に行かなければ受けられなかった高度な検査を、自宅にいながら、手のひらサイズの機器で行うことも夢ではなくなります。
PICによるイノベーションは、少子高齢化が進む日本はもちろん、医療インフラが発達していない国や地域にも大きな恩恵をもたらすことでしょう。
日立ハイテクはPICのグローバルな事業展開を加速させるため、2020年にスペインのVLCフォトニクス社をグループに迎えました。同社はバレンシア工科大学発のスタートアップとして2011年に創業。PICの設計・開発にとどまらず、コンサルティングから試作・製造、評価・試験、パッケージングに至るサービスを一貫して提供しています。
高槻は2024年からVLCフォトニクス社に出向しており、共創する意義をこう語ります。
「PICの先進企業だけあり、私たちが知らない知見を多く持っています。例えば集積回路にはシリコンを使うのが一般的ですが、VLC社はグラフェン(※)などの新素材を使った研究開発に取り組んでいます。そして何より、お客さまの課題解決を通して社会課題の解決に貢献するという意識が高く、日立ハイテクのめざすものと親和性を感じました」
ヨーロッパはPICの先進地域であり、スペインには関連企業や研究機関が多く点在しています。日立ハイテクグループのPIC事業におけるグローバルな拠点として、VLCフォトニクス社はますます重要な役割を担っていきます。
日立ハイテクグループはSDGs(持続可能な開発目標)を踏まえて、社会課題の解決に向けて5つのサステナビリティ注力領域(マテリアリティ)を掲げています。
PICは「1)持続可能な地球環境への貢献」と深く関係しています。データセンターをはじめさまざまな場面での電力消費量削減はCO2削減につながり、年々深刻化する気候変動の緩和や、世界的な目標となった2050年カーボンニュートラル実現への道を切り拓きます。
「2)健康で安全、安心な暮らしへの貢献」も、PICが担う重要な領域です。イノベーティブフォトニクス部 部長代理の後藤広弥は、こう説明します。
「PICの取り組みでは、重要なキーワードとして『ウェルビーイング』(※)を掲げています。PICの普及が期待される分野は人々の暮らしと密接に関わっており、自動運転やヘルスケアなどさまざまな分野に広げることで、安全性や快適性の向上に貢献したいと強く願っています」
この先数年の間にPICが普及しても、日常生活の中でその存在を意識する機会はほとんどないかもしれません。しかしSDGsの目標年である2030年が迫る中、PICは縁の下の力持ちとして静かに、そして着実に、暮らしへ変革をもたらしてくれるはずです。