ページの本文へ

日立ハイテク
  1. Home
  2. ニュース・イベント一覧
  3. ナノ粒子の表面プラズモン励起緩和過程を観察

ナノ粒子の表面プラズモン励起緩和過程を観察
~ピコ秒パルス電子線を用いた100kV透過電子顕微鏡の実現とそれを用いたエネルギー分析法の確立~

2022年10月14日
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学
学校法人東邦大学
株式会社日立ハイテク

本研究のポイント

  • 100kVレーザー駆動型フォトカソード電子銃注1)を活用した時間分解電子顕微鏡を実現。
  • パルス電子をプローブとした電子エネルギー損失分光法を用いて、金ナノ粒子上の表面プラズモン注2)の光励起緩和過程注3)をピコ秒時間分解能で測定。
  • 光励起したナノ粒子の緩和時間の計測に成功した。

研究概要

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学未来材料・システム研究所の桒原 真人 准教授、水野 りら 博士前期課程学生らの研究グループは、日立製作所の森下 英郎 主任研究員、東邦大学理学部の桒原 彰太 准教授、株式会社日立ハイテクの揚村 寿英 本部長との共同研究で、100 kV時間分解電子顕微鏡を開発し、ナノ粒子における表面プラズモンの光励起緩和過程をピコ秒オーダーで観察することに成功しました。ピコ秒パルス電子をプローブとした電子エネルギー損失分光において、エネルギー損失強度、ピーク位置とその幅の緩和過程を計測することにより、光励起したナノ粒子の緩和時間の測定や温度変化の見積りに成功しました。プラズモニクス注4)材料へ適応を介して、パルス電子線を用いたエネルギー損失分光法による物質への応用を実現しました。
 本研究では、産学連携による新しい時間分解ナノ計測装置の実現を示しました。また、プラズモニクス材料を用いた光エネルギー変換過程、熱電変換材料の局所的な熱緩和ナノ計測への展開が期待されます。
 本研究成果は、2022年10月6日付学術雑誌「Applied Physics Letters」に掲載されました。

研究背景と内容

研究背景

 表面プラズモンは、ナノ粒子の構成材料や形状に大きく依存することから吸収波長を制御しやすく、かつ狙った波長に強い吸収効率を有することから、光エネルギー変換材料や生体センサーなどの応用が期待される現象です。これにおける光励起と緩和過程、エネルギー輸送などの過度現象を詳細に捉えることで、光応答特性の改善や高効率化の鍵を得ることができます。これまで、表面プラズモンの光応答特性は、光プローブを用いた過渡吸収分光法注5)により精力的に研究されてきました。しかし、その空間分解能は数マイクロメートル以上と大きく、また分析可能なエネルギー領域は近赤外から可視領域であり、紫外線を越える短い波長の情報は得られていませんでした。
 このため、数百meVから数keVまでのエネルギー分光が可能な電子エネルギー損失分光を用いて、プラズモン緩和過程の測定の実現を目指しました。そして、十分な透過能をもつ透過電子顕微鏡注6)において、フェムト秒パルスレーザーをサンプルに照射し、これをピコ秒パルス電子線により分析する計測器を開発するに至りました。

研究内容

 生物医学用100 kV透過電子顕微鏡に、NEA表面を有する半導体注7)を用いたレーザー駆動型フォトカソード電子銃を搭載することで、ピコ秒パルス電子線を用いた超高速ナノ計測を実現しました(図1)。また、試料への励起レーザー照射を可能にし、エネルギー分光装置を備えることで、電子エネルギー損失分光の時間分解計測を実施しました。
 ナノ粒子には、化学合成により生成された金ナノ三角形粒子を用いて、波長780ナノメートルの150フェムト秒パルスレーザーを試料励起に、80 keVエネルギーの8.5ピコ秒パルス電子線をプローブとして時間分解計測を実施しました(図2)。この結果、表面プラズモン励起とバルクプラズモン励起に起因するエネルギー損失ピークに、光励起に依存したエネルギー損失強度の減衰、ピークエネルギーのシフト、ピーク幅の変化を観測することに成功しました。これらは、光励起によりナノ粒子内部の電子温度および格子温度の昇温と降温に起因した変化であり、図3に示す電子-フォノン散乱による約7.8 ピコ秒の緩和時間、フォノン-フォノン散乱による100ピコ秒以上の長い緩和時間の測定に成功しました。

図1. 開発した時間分解透過電子顕微鏡。
図1. 開発した時間分解透過電子顕微鏡。
図2. 時間分解計測により得られた電子線エネルギー損失スペクトル。
図2. 時間分解計測により得られた電子線エネルギー損失スペクトル。
(Figure 2 in the journal paper)
図3. プラズモンによる電子線エネルギー損失強度の時間変化。
図3. プラズモンによる電子線エネルギー損失強度の時間変化。
(Figure 3 in the journal paper)

成果の意義

 本研究では、名古屋大学が先駆的に研究してきたNEA表面半導体フォトカソードを汎用透過電子顕微鏡への応用することで、ピコ秒時間分解ナノ計測に成功したものであり、実用的に利用可能な新しい計測手法を実現しました。
 この新しい電子顕微鏡を用いたエネルギー損失分光法(過渡電子エネルギー損失分光)により、ナノ粒子の光励起とその緩和の動的観察を実現しました。この成果は、プラズモニクス材料を用いた光エネルギー変換過程、熱電変換材料の局所的な熱緩和ナノ計測への展開が期待され、省エネルギーに資する光電変換や熱電変換材料・その応用デバイスの解析が可能となります。特に、これまでプローブにパルスレーザーを用いた分析手法では難しい空間分解能(マイクロメートル程度)を越える小さな構造材料の個々の時間変化を捉える強力なツールとなり得ます。
 また、産学連携チームによる新しい時間分解ナノ計測装置の実現は、実用的な計測装置の創出が可能であることを示唆する内容となります。
 本研究は、2021年度から始まった科学研究費補助金・基盤研究(A)(21H04637)の支援のもとで行われたものです。

用語説明

注1) レーザー駆動型フォトカソード電子銃:
フォトカソードを用いた電子線発生装置であり、その電子線発生にレーザーを用いる。照射レーザーの時間、空間、偏光を制御することで発生電子を制御する。
※フォトカソード:
光電効果を用いた電子発生源(光陰極)であり、光が照射されると電子線発生が可能になる。応答速度、輝度などの電子ビーム特性は、材料とその表面状態、励起波長に依存する。

注2) 表面プラズモン:
金属表面の自由電子が集団振動することにより生成される量子。
マイクロメートル:1mの106分の1
マイクロ秒:1秒の106分の1
ナノメートル:1mの109分の1
ピコ秒:1秒の1012分の1
フェムト秒:1秒の1015分の1

注3) 光励起緩和過程:
物質に光を照射した瞬間、物質内では基底状態からある励起状態へと遷移が起きる。その励起状態は様々な散乱を介して緩和していき、基底状態へと戻る一連の過程のこと。

注4) プラズモニクス:
プラズモンの励起波長や電場増強効果などを、構成材料や構造、媒質などによる適切に制御する技術分野をプラズモニクスという。例えば、金属ナノ構造を用いたLEDや太陽電池の量子効率向上への応用などがある。

注5) 過渡吸収分光法:
パルスレーザー等により励起された試料に対して、ある遅延時間における透過率を計測することにより、透過率の時間変化を計測する手法。透過率を計測するために、励起に用いたレーザーと同期したパルスレーザーやフラッシュランプなどを用いる。

注6) 透過電子顕微鏡:
試料を透過した電子線を電子レンズにより結像する電子顕微鏡である。一般にナノメートル以下の空間分解能をもつ空間イメージングが可能である。

注7) NEA表面を有する半導体:
清浄表面にアルカリ金属を付加することで表面ポテンシャルが低下し、伝導帯底のエネルギーよりも低いポテンシャルとなった表面状態を有する半導体。

論文情報

雑誌名:Applied Physics Letters
論文タイトル:Transient electron energy-loss spectroscopy of optically stimulated gold nanoparticles using picosecond pulsed electron beam
著者:Makoto Kuwahara(名古屋大学), Lira Mizuno(名古屋大学), Rina Yokoi(名古屋大学), Hideo Morishita(日立製作所), Takafumi Ishida(名古屋大学), Koh Saitoh(名古屋大学), Nobuo Tanaka(名古屋大学), Shota Kuwahara(東邦大学), and Toshihide Agemura(日立ハイテク)
DOI:10.1063/5.0108266
URL:https://aip.scitation.org/doi/10.1063/5.0108266