リチウムイオン電池の安全性について徹底解説
リチウムイオン電池(LIB: Lithium Ion Battery)は、日常生活に電気が欠かせない現代において重要な材料です。しかし、リチウムイオン電池の安全性には、利用者だけでなく、技術者や研究者といったリチウムイオン電池の製造に関わる幅広い人達が注意を払う必要があります。リチウムイオン電池は、正しい取り扱いや管理がされない場合、過熱や膨張などが生じ、最悪の場合に破裂や発火などを引き起こす可能性があります。

近年では、リチウムイオン電池の安全性を確保するための技術が進展しており、自動車業界や家電製品などにおいても厳しい基準が設けられています(参考文献1)。また、日本国内においても2006 年夏に発生したリチウムイオン電池(単電池)を複数用いた組電池の発火事故を契機に、ノート型PC におけるリチウムイオン電池のより安全な利用に関する指針策定の必要性が高まり、2020年3月には一般財団法人 日本品質保証機構より経済産業省に対して「リチウムイオン蓄電池搭載電気製品の安全基準検討に係る調査」の報告が行われています(参考文献2)。
本記事では、リチウムイオン電池の破裂・発火等の危険事象に対する発生原因やそのメカニズムを明らかにしつつ、製造者や設計者に向けた留意点や安全性の評価方法について解説します。また、具体的な事例として、製造工程における金属異物の混入に注目し、リチウムイオン電池の安全性向上に寄与する金属異物の検査や解析技術をご紹介します(参考文献3・4)。
- リチウムイオン電池の基礎知識
- リチウムイオン電池の発火に繋がる熱暴走
- リチウムイオン電池の安全性評価
正極と負極の重要性 - リチウムイオン電池の製造工程における安全対策
製造環境の管理
材料受け入れにおける異物検査の重要性
電極作成・セル作成プロセスにおける異物解析の重要性 - まとめ
リチウムイオン電池の基礎知識
リチウムイオン電池は、1990年代初めにポータブル電子機器用電源として商品化されました。リチウムイオン電池は、高いエネルギー密度を有するという最大の特徴を活かし、ノートパソコンや携帯電話で利用される小型化・軽量化された二次電池(バッテリー)として採用が進んできました。
リチウムイオン電池は、正極にリチウム含有金属系酸化物(Co(コバルト)、Mn(マンガン)、Ni(ニッケル) 等)、負極に炭素材料(黒鉛、ハードカーボン等)、電解液として有機溶媒が用いられています。二次電池としての充放電はリチウムイオンが正極と負極間の電解液内を往復することにより行われており、リチウムが常にイオン状態を保ったままであることから、原理的に高い安全性を保持していると言えます。
しかしながら、冒頭で示したようにリチウムイオン電池の発火事故は後を絶ちません。それでは、リチウムイオン電池の発火に繋がる熱暴走という現象について詳しく見ていきましょう。
リチウムイオン電池の発火に繋がる熱暴走
リチウムイオン電池における熱暴走は、不測の状況がトリガーとなりリチウムイオン電池内部の温度が上昇し、その発熱により内部材料において様々な化学反応が生じることで更なる発熱を招きリチウムイオン電池の温度制御ができなくなる現象です。リチウムイオン電池における熱暴走のトリガーとして、内部短絡・外部短絡・外部加熱・過充電などが知られています(参考文献5)。熱暴走が始まると、リチウムイオン電池内部でガスが発生し筐体の膨張や破裂が生じるだけでなく、最終的には発煙、発火、破裂等に至る危険な現象です。<図1>にリチウムイオン電池における熱暴走のメカニズムを示します。

このような不測の状況は、なぜ発生するか詳しく見ていきましょう。「リチウムイオン二次電池安全利用に関する手引書」(参考文献6)によれば、リチウムイオン電池の市場における破裂・発火等の危険事象に対して、その発生原因とそのメカニズムを詳細に解析しています。ここでは、内部短絡を例にとって紹介します。内部短絡が要因となって発生する熱暴走は、①単電池への異物の混入、②組電池を構成する単電池間の電圧等のバランスの崩れ、③特定単電池への高い充電電圧の印加といった複数の要因が組み合わさっていると推測されています。これは、<図2>に示すような単電池、組電池など様々な形態で用いられるリチウムイオン電池を構成する各要素について、安全対策が必要であることを意味しています。

安全性の観点からは、リチウムイオン電池の製造工程における異物混入の検査や、リチウムイオン電池の利用時の温度管理や電流モニタリングが欠かせません。これにより、リチウムイオン電池の性能を維持し、事故を未然に防ぐことができます。リチウムイオン電池を取り扱う技術者や研究者は、これらの基礎知識をしっかりと理解し、日々の業務に活かすことが求められます。
リチウムイオン電池の安全性評価
リチウムイオン電池の安全性評価は、製品の信頼性を確保するために欠かせないプロセスです。評価には様々なテストがあり、特に過充電、短絡、衝撃や振動などの条件下での動作を評価することが重要です。これにより、電池が極限の状況にも耐えられるかどうかを確認できます。また、温度や湿度の変化がリチウムイオン電池の性能や安全性に与える影響についても評価する必要があります。これらの環境要因は、電池内部の化学反応や構造に影響を及ぼし、場合によっては危険な状態を引き起こす可能性があります。
リチウムイオン電池は電気用品安全法の対象製品となるため、上市の際には各地域にて求められるIEC 62133に基づく試験およびCB証明書の発行や電気用品安全法 別表第9(リチウムイオン蓄電池)に基づく適合性確認試験、UN 38.3等の依頼試験等でその安全性が確認される必要があります。<表1>にリチウムイオン電池の安全性評価として各試験規格にて実施される試験項目を整理します。ここで示した試験項目の多くが、「リチウムイオン二次電池安全利用に関する手引書」(参考文献6)に書かれた安全なリチウムイオン電池の設計に関する留意点と関連があることが分かります。
<表1>リチウムイオン電池の安全性評価にて実施される試験項目
試験項目 | 主な試験規格 | リチウムイオン電池の設計に関する留意点(≒熱暴走トリガー)(参考文献6) | |||
---|---|---|---|---|---|
UL1642 | IEC 62133 | JIS C 8714 | UN38.3 (欧州自動車規格) |
||
圧壊試験 | ○ | ○ | ○ | ○ | (組電池)落下・振動・衝撃、劣化 |
衝突試験 | ○ | ○ | |||
衝撃試験 | ○ | ○ | ○ | ○ | |
振動試験 | ○ | ○ | ○ | ○ | |
低圧試験 | ○ | ○ | ○ | ||
噴射試験 | ○ | ||||
落下試験 | ○ | ○ | |||
加熱試験 | ○ | ○ | ○ | ○ | (単電池)外部加熱 (組電池)温度制御、劣化 |
温度サイクル試験 | ○ | ○ | ○ | ○ | |
異常放電試験 | ○ | ○ | ○ | ○ | (単電池)過充電 (組電池)過充電/過放電保護、劣化 |
強制放電試験 | ○ | ○ | ○ | (○) | |
低レート連続過充電試験 | ○ | ○ | |||
外部短絡試験 | ○ | ○ | ○ | ○ | (単電池)外部短絡 |
強制内部短絡試験 | ○ | (単電池)内部短絡 | |||
強制内部短絡代替試験(IEC) | |||||
釘刺し試験 |
また、安全性評価に加え、製造工程で混入する金属異物のリスクも無視できません。金属異物がリチウムイオン電池の内部に混入すると、内部短絡を引き起こす恐れがあるため、製造工程での厳格な検査が必要になります。こうした安全性評価を通じて、リチウムイオン電池の安心・安全な利用が確保されます。
安全性評価の受託サービスをご提供しております(釘差し試験/圧壊試験/過充電・過放電試験/落下試験/外部短絡試験etc.)。詳しくは以下よりご覧ください。
正極と負極の重要性
リチウムイオン電池において、正極と負極はその性能や安全性に大きく影響を与える重要な要素です。正極には主にリチウムコバルト酸化物やリチウム鉄リン酸塩が使用されており、リチウムイオンのエネルギーを貯蔵する役割を果たしています。これに対して、負極は通常、グラファイトなどの炭素系材料が使われ、リチウムイオンを受け入れたり放出したりすることでエネルギーの出入を行います。
また、正極と負極の材料選定や構造設計は、その電池のエネルギー密度や寿命、さらには安全性にも影響します。例えば、正極が過熱を引き起こす材料である場合、電池全体の温度が上昇し、膨張や破裂に結びつく危険性があります。
そのため、正極と負極の特性を十分に理解し、適切な材料や設計に基づいた電池を製造することが、安全で高性能なリチウムイオン電池を実現するカギとなります。このような観点から、専門家の正しい知識と技術が求められる環境が整っています。
リチウムイオン電池の製造工程における安全対策
リチウムイオン電池の製造工程では、内部短絡の原因となりうる金属異物を早期に発見する安全対策が重要です。製造時における金属異物の混入を防ぐことで、最終製品の安全性を確保することができます。<図3>に製造工程の各プロセスにて利用される金属異物の検査・解析装置を示します。

また、製造工程では生産設備などからの発塵があり、その除塵や集塵が不十分だと製品不良の原因になる可能性もあります。したがって、製造工程における金属異物のモニタリングは、歩留まり低下や製品不良を抑制するための重要な対策となります。
<図3>に示したような各プロセスでの検査も欠かせません。材料受入れ時の検査段階で金属異物の有無を確認し、製品の初期段階で安全性をチェックします。また、電極やセル作成プロセスにおいては、工程中の発塵物検査や電極の全数検査が求められます。検出された発塵物については解析を行い、発塵物の材料同定が行われ、いつどこで金属異物が混入したのか把握され対策が講じられます。
さらに、製造後の製品に対しては上記の安全性評価が行われます。これは適切な使用を期待できるかどうかを判断するために必要です。これらの安全対策を徹底することで、リチウムイオン電池の信頼性を高め、利用者に安心を提供することが可能となります。
製造環境の管理
リチウムイオン電池の製造環境の管理は、品質向上と安全性確保において非常に重要です。特に、製造工程にて微細な金属異物の混入を防ぐためには、クリーンルームの維持が必要不可欠です。クリーンルーム内では、埃や微生物の侵入を防ぐために、空気清浄度が規定されています。これは、リチウムイオン電池の性能や寿命に大きな影響を与える要因となります。
さらに、温度や湿度の管理も重要なポイントです。リチウムイオン電池は、特定の温度や湿度範囲内で最適な性能を発揮します。適切な環境を保持することで異常な反応を防ぎ、安全な製品を製造することができるのです。このように、製造環境の管理は、リチウムイオン電池の安全性を確保するための基盤であり、企業が品質管理に力を入れる理由となっています。
材料受け入れにおける異物検査の重要性
リチウムイオン電池の製造において、材料受け入れ時の検査は材料の品質と安全を確保するための重要な工程です。なぜならば、受け入れ後の材料は電極作成プロセスにおいて原材料をスラリー化した後、集電箔へ塗工し電極が作成されますが、この時点では混入した金属異物を取り除くことはできず、電極の状態で選別廃棄することになってしまうためです。そのため、原材料の受け入れ検査は製造工程に流す前にその素性を理解することが重要であり、正極材、負極材、導電助剤などに対して実施されています。
<図4>に材料受け入れにおける異物検査の例として、A4サイズで厚み0.04 mmの低密度ポリエチレン袋に15 g程度のカーボンブラックを入れ、金属粒子の検出と元素同定を試みた結果を示します。<図4>より透過X線像で確認された大きさ100 μm以下の金属異物がCu(銅)を含むことが蛍光X線スペクトル分析により明らかになりました。

このようにX線異物解析装置は、炭素系材料である負極材および導電助剤に対して、透過X線イメージングの特長を生かした金属異物検査に効果を発揮します。この理由は負極材や導電助剤はX線透過性が高く、金属異物はX線透過性が低いため、そのX線吸収率の差から炭素系負極材や導電助剤中に混入した金属異物を容易に検出できるからです。
電極作成・セル作成プロセスにおける異物解析の重要性
リチウムイオン電池の製造において、電極作成・セル作成プロセスにおいて異物解析を行い、検出された金属異物の材料を同定することも継続的なプロセス改善によるリチウムイオン電池の性能や安全性確保のために重要です。
異物解析は、大面積かつ大量の画像取得し、異物を反射電子像の明るさ・コントラストから探索し、見つけた異物に対して元素分析を実施し材質を同定します。しかし、異物の大きさが小さくなるに従い、SEMの一般的な撮影画素数の設定では異物の形態からの判別が難しくなるため、倍率を上げ、必要な解析領域をカバーするように、撮影枚数を増やさねばならず、多数の撮像、ステージ移動、撮像後の画像処理などの工程が増加し大面積の画像取得には多くの時間を要するという課題がありました。日立ハイテクでは、画像取得時間を短縮するために「SEM撮像の自動化」および 「画素数を上げた高精細画像の取得」を行うEM Flow Creatorを導入し、<図5>に示すように金属異物が含まれるリチウムイオン電池正極材表面の高精細画像の取得を従来の1/20以下となる約4分で行った例が示されています。また、上記金属異物に対して元素分析を実施したところ、この異物はCr(クロム)金属片であることが確認できたそうです。

今回ご紹介したリチウムイオン電池正極材表面における異物解析の詳しい内容に加え、様々な電子顕微鏡の活用例を事例集として公開しております。詳しくは以下よりご覧ください。
こうした抜き取り検査に加え、製造ラインを流れる電極板に混入した金属異物の全数検査ニーズもあります。インラインのX線異物検査装置はすでに実用化されているものの、リチウムイオン電池における電極作製プロセスでの全数検査は,検出対象となる金属異物の粒子径とそのラインスピード面で課題がありました。そこで、日立ハイテクは電極生産プロセスでの全数検査に対応するための高速高分解能TDI(Time Delay Integration:時間遅延積分)カメラを開発し、リアルタイムモニタリングを実現する「X線インライン異物検査システム」を提供しています。
リチウムイオン電池の製造工程での全数検査を可能にした「X線インライン異物検査システム」の開発秘話を公開しております。詳しくは以下よりご覧ください。
このように製造工程における安全対策を徹底することで、金属異物を早期に発見、材料同定を行うことができるためリチウムイオン電池の信頼性を高めることが可能です。こうした異物検査・解析によって得られるデータは、今後の製造プロセスの改善にも役立ちます。結果をもとにしたフィードバックループを構築することで、安全で高品質な電池製品の実現が可能になります。
まとめ
リチウムイオン電池は、私たちの生活に広く浸透している重要な技術ですが、その安全性について十分な理解が必要です。国際的な基準や規制が設けられ、製造工程での金属異物の検査や解析がますます重要視されています。これにより、製品の信頼性が向上し、安全な使用が可能となります。
また、リチウムイオン電池の適切な取り扱いは、事故のリスクを低減するカギとなります。技術者や研究者は、新しい材料や技術の導入によって安全性をさらに高めるための研究を進めています。これらの取り組みが進むことで、今後もリチウムイオン電池は、安心して使用できるエネルギー源として私たちの生活を支えていくでしょう。
参考文献など
- (参考文献1)
- 向井孝志ら:リチウムイオン電池の熱暴走メカニズムと高安全性対策、表面技術、Vol. 70、No. 6、pp. 301~307(2019)
- (参考文献2)
- 一般財団法人日本品質保証機構、令和元年度産業保安等技術基準策定研究開発等事業(リチウムイオン蓄電池搭載電気製品の安全基準検討に係る調査)報告書(2020.3)
- (参考文献3)
- 篠原圭一郎ら:リチウムイオン二次電池の品質管理を支える検査・解析ソリューション、日立評論「社会イノベーションを支えるデジタル計測ソリューション」、Vol. 104、No. 2、(2022)
- (参考文献4)
- 日立ハイテク会員制サイトS.I.navi、アプリケーションデータシート HTD-SEM-221
- (参考文献5)
- 神山敦:リチウムイオン電池の信頼性と安全性について、日本信頼性学会誌「信頼性」、Vol. 40、No. 4、pp. 196~203(2018.7)
- (参考文献6)
- 社団法人電子情報技術産業協会、 社団法人電池工業会「ノート型PC におけるリチウムイオン二次電池の安全利用に関する手引書」(2007.4)