水素社会に向けた、燃料電池の未来を支える異物検査技術の挑戦と革新
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トヨタ自動車
性能向上と量産化に向けた燃料電池の異物検査の新たな課題
星野 燃料電池自動車は、燃料電池によって水素と酸素の化学反応を発生させ、発電した電気エネルギーを使用して走行します。トヨタ自動車は、燃料電池を開発・製造し世の中に提供しています。2代目MIRAIの開発では、燃料電池をより高出力で、かつ小型化および低コスト化するという目標がありました。そのために、燃料電池セルの中でも核となるプロトン交換膜をより薄く設計しています。しかし、薄くしたことで性能自体は向上したものの、製造過程で混入する微小な金属異物による悪影響を受けやすくなるという、新たな課題が浮かび上がってきました。
セルの品質を確保するためには、100μmレベルのごく小さな金属異物の混入も許されません。金属異物が混入していた場合、発電能力が低下してしまいます。燃料電池セルは多層構造になっているため、異物が層と層の間に入り込むと、既存の光学系検査装置では、微小な異物の検出は困難でした。
加えて、初代モデルは生産の遅延・納期の長期化が課題となったこともあり、2代目では生産スピードの向上・量産体制の強化が強く求められました。そのため、検査も、高速かつ高精度に異物を検出できる技術が不可欠でした。
高原 そうした経緯を受けて、貴社より「X線を使ってセル内部の異物を検出できないか」とご相談いただいたのが、協業のきっかけでした。その後、ご担当者が星野さんに変更になり、装置開発後の継続的な改良・改善に一緒に取り組ませていただいております。最初にお会いしたのは、クリーンルームの中でしたよね。全身クリーンウェアを着用していたため、顔もほとんど見えない状況で現場対応させていただいたのを覚えています。
星野 そのときから本当に丁寧に対応していただき、技術的な部分でも誠実に向き合っていただいたのが印象に残っています。こちらからの要望も多かったと思いますが、柔軟に応えていただきとても助かりました。
高速かつ高精度なX線検査技術を実現
高原 協業当初、X線検査に求められたのは、高速でありながらより微細な異物を確実に検出する、スピードと正確性の両立。しかも、従来のような2次元のX線画像では情報が足りず、異物を立体構造として捉える新たな手法が必要でした。
星野 CTのような高精度な3D撮像は検査に時間がかかるため、量産工程で採用するのは現実的ではありません。いかに高速に立体情報を取得するかが、大きなテーマだったと前任者より聞いています。
高原 最初は我々も、そんなに短時間で立体情報を算出するのは正直難しいだろうと感じていました。ですが、「2D画像から、検査の指標となる『表面積』をより正確に算出したい」というご要望をいただき、2D画像の濃淡から異物の厚みや面積を推定するというアプローチに可能性を見出すことができたのです。
星野 画像の濃淡と異物の表面積に相関があるのではないかという仮説に基づき、日立ハイテクサイエンス(現:日立ハイテクアナリシス)さんが開発していたFIB(集束イオンビーム)を使って厚みの異なる金属片のサンプルを複数ご用意いただきました。それらを撮像して濃淡の違いと実際の表面積の相関を検証したことで、一定の精度で面積を推定できるという手応えが得られました。
高原 そこからは、その推定アルゴリズムを検査装置に組み込む工程に入りました。撮像から数秒以内に異物の立体サイズを導き出す処理を実現したこの技術は、開発プロジェクトの大きな転換点になったと感じています。
星野 異物検査精度が向上したことで、安全率を考慮して高めに設定していた基準を緩和することができました。その結果、過検知を抑えながら、より精度良く判定できるようになり、歩留まりの改善にも大きく寄与しました。
高原 こうした検査技術が現実となったのは、我々日立ハイテクだけの力ではありません。トヨタさんから現場の具体的な要件を明確に共有いただき、課題を一緒に咀嚼しながら進められたことが、今回の成果につながったのだと思います。
水素社会実現をめざし現場の課題を乗り越えるパートナーに
高原 装置を現場に導入して終わりではなく、その後の運用フェーズでも継続的な調整が必要になります。例えば、生産ラインの周辺環境が変わることで、検査画像にノイズが入り、画像が乱れ、正常に検査ができなくなることもあります。その度に、撮像条件や処理パラメーターを見直し、安定した検査結果が得られるよう調整してきました。
星野 検査結果を通じて製造の改善につなげる視点も大切にしています。検査によって異物が見つかったときに、どうしたら異物が混入しないようにできるか、どう工程にフィードバックするか。異物を取り除くことが目的ではなく、そもそも発生させない仕組みづくりをめざしていく──そのためにも、検査装置は単なる判定装置ではなく、製造現場の改善を後押しする“気付きのきっかけ”であるべきだと考えています。
高原 そうした姿勢で向き合っていただけるからこそ、我々としても一緒に考えながら装置を進化させていける実感があります。次世代に向けた技術開発においても、トヨタさんの現場と連携しながら、さらに有効な検査ソリューションを提供していきたいと考えています。
星野 トヨタ自動車がめざすのは、製品の性能や品質を高めるだけでなく、その先にある水素社会の実現です。乗用車だけでなく、大型トラック、建機、船などにも用途を拡げていきたいですね。燃料電池車をもっと身近な存在にしていくには、技術の進化と併せて安定した量産体制が欠かせません。今回のように検査技術を通じて現場の課題を一緒に乗り越えていけるパートナーの存在は、非常に大きな意味を持つと考えています。
高原 日立ハイテクとしても、現場のニーズに根差した技術開発を重ねていくことが、結果として社会に貢献できる道だと認識しています。トヨタ自動車が、当社のレベルを引き上げてくれた。そう感じています。将来を見据えた視点を持ち続けながら、今後も協創を深めていきたいと思います。
