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低真空SEMの可能性―SEMの基礎研究―

The Potential of Low-Vacuum SEM—Basic research on SEM

筑波大学 数理物質系 教授 関口 隆史 (理学博士)

筑波大学 数理物質系
教授
関口 隆史(理学博士)

新型コロナウイルスのために、我々の大学でも学部生は全てオンライン授業となり、キャンパスは閑散としている。この状況で、授業の質を落とさず、授業についていけない学生を出さないようにするために、大学教員も大いに努力している。しかし、講義はまだ良いとしても、実験をオンラインで行うのは大分無理があるように感じている。特に、自分の手で装置を動かし、失敗しながら創意工夫を凝らして実験を行う経験は何物にも代えがたいものであろう。実験ではないのだが、計測実験学という授業でSEM の講義を行い、低真空卓上顕微鏡(TM4000Plus)で観察したいろいろな塩の観察結果を公開し、それについてレポート課題を出したところ、学生から大きな反響を得た。図1は、その資料(抜粋)である。

図1 いろいろな塩のSEM像(反射電子)とEDX分析結果(加速電圧 10 kV)
図1 いろいろな塩のSEM像(反射電子)とEDX分析結果(加速電圧 10 kV)

食卓塩、ゲランデ塩田の塩、ピンクと黒のヒマラヤ岩塩(おろし器で削ったもの)の4種の形状(反射電子像)と組成(EDXスペクトル)を見せて、味との関連を議論してもらった。同じ塩でも形状や大きさには大きな違いがあり、また純度も違い、不純物もまちまちである。塩の結晶ができたときの環境を議論しているだけで、数ページのレポートができてしまう。バックグラウンドのAl を食卓塩の主成分であると回答したり、EDXスペクトルに現れたC を過大評価して、ゲランデの塩の中には有機物が多量に含まれているなどの珍答もあって面白い。学生と議論することができないので、生の実験結果をどのように値踏みして考えるかを教えることの難しさを実感している。
さて、最近の卓上顕微鏡は、低真空を利点として、導電性コーティングなしで試料を観察できる。これは、SEM にとってはまさに革命的な出来事で、一挙に観察対象が広がった。筑波大では卓上顕微鏡を共用に供しているが、強磁性体の微粒子以外、観察する固体には制限をかけていない。ただ、このことはまだ周知の事実とはなっていないようである。現に、40代以上の研究者の多くは、SEM で絶縁体を観察するときはコーティングが必須であると考えている。ましてや、装置を痛める湿った試料などの観察は避けるべきであると考えている。一方、低真空SEM が普及してからSEM を使いだした若い世代は、SEM 観察に大きなハードルを持っていない。注意していないと、液体まで入れてしまいそうな学生もいるくらいである。
低真空卓上顕微鏡の良いところは、思いついたらすぐ実験ができるところである。コーティングが不要であれば、試料の前処理に時間はかからない。朝のTV では、新型コロナウイルスの感染予防にマスクが有効かどうかの議論をしていた。不織布マスクではウイルスを防御できないと言われていても、ちゃんと納得するのは難しい。そこで、出勤早々、マスクに㎛サイズのナイロン粒子を含んだ空気を透過させ、それをTM4000で観察した。図2に示すように不織布の使い捨てマスクは3層構造になっている。目の粗い不織布で、目の細かい不織布を挟んだ形である。なるほど、目の細かい不織布は1㎛の粒子を取り込んでいる。もっと大きな粒子は外側の不織布の接着部分にへばりついている。静電気の影響なのかもしれない。あいにくサブ㎛の粒子が手元になかったので、ウイルスの挙動についてはまだ答えが出ていないが、マスクの役割についてかなりな部分は納得できた。いずれにせよ、繰り返し使用時には、表と裏を区別しておかないといけない。

図2 不織布マスクのSEM像(反射電子)。新品と微粒子付着後(加速電圧 10 kV)

図2 不織布マスクのSEM像(反射電子)。新品と微粒子付着後(加速電圧 10 kV)

最後の例は、塩の結晶と蜘蛛である。2年前は大きな台風が何個も日本に上陸し、めったに被害を受けない千葉や茨城でも大きな災害があった年である。つくばを大きな風台風が通過した翌日は、台風一過の晴天であったが、車のボンネットがべたべたしていて、台風がいろいろなものを落としていったのだということが分かった。ちょうど、大学の建物の脇に蜘蛛が巣を張っていたので、蜘蛛の巣をTM で観てみようと、一部を採集してみた。それが図3である。図鑑によると蜘蛛の巣は、縦糸は撚った糸であり、横糸は一本の糸に粘球がついた構造をしている。どうやら無分別に採集したために両者が絡み合ってしまったようである。このときは、SEM(反射電子)像に白い斑点が付いていたので、EDX の元素マップを撮ってみた。それが右のカラー像である。白い斑点は、NaとCl のマップで明るくなっており、塩の結晶ができていることが分かった。海から100km 離れたつくばにも海水を運んだ台風もさることながら、それが結晶化して、蜘蛛の巣についているとは想像だにしなかった。この結晶ができるまで、雨粒には塩が凝縮されて、さぞかししょっぱい水滴が蜘蛛の巣についていたのだろう。あの蜘蛛が塩水を飲んで高血圧にならなければ良いがなあと思った次第である。

図3 台風翌日に採取した蜘蛛の糸。SEM像(反射電子)とX線元素マッピング(加速電圧 10 kV)
図3 台風翌日に採取した蜘蛛の糸。SEM像(反射電子)とX線元素マッピング(加速電圧 10 kV)

閑話休題。これまで低真空SEM は、高真空排気系を持たない簡易型のSEM に取り入れられてユーザーを増やしてきた。低真空SEM は、材料のコーティングなどの試料準備に時間をかけなくても済む。これからは、光学顕微鏡のように、実験室にあたりまえに置いてある実験器具としての地位を築いていくであろう。一つ付け加えると、TM の試料室の扉の裏には、ブランク蓋がついており、工夫すれば、電流導入や試料加熱、マニュピレーションなど、いろいろな環境を実現する ことができる。この装置のような使い勝手の良い簡易型低真空SEM がさらに普及して、SEM 観察の裾野が広がることを願っている。

脚注

(*1)
本稿では紹介できなかったが、筑波大学では、特別共同研究事業として、SEM の研究室を運営している(https://advsem.bk.tsukuba.ac.jp/)。
この事業では、測長SEM やSEM の基盤技術の研究と、電子顕微鏡にかかわる人材の育成、教科書作りなどのNPO 事業に取り組んでいる。
(*2)
また、これまでの低真空SEM には、二次電子像が得られないという欠点があったが、二次電子が雰囲気ガスに衝突して生じる発光を検出するUV 検出器は、二次電子検出器の代替として十分な力を発揮しており、低真空二次電子検出器としての地位を確保するものと思われる。試料を選ぶが、このUV 検出器を使えば、カソードルミネッセンス像(パンクロマテックCL 像)も観察できる。更には試料ホルダーを工夫するとSTEM 像も得られる。

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