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高分解能SEM/STEMによるゼオライトの構造解析の最前線

Characterization of zeolites by advanced SEM/STEM techniques

東京工業大学 資源化学研究所 助教 横井 俊之 博士(工学)

東京工業大学 資源化学研究所
助教
横井 俊之 (工学博士)

はじめに

ゼオライト1)は、ナノ空間が高度に制御された結晶性多孔質材料であり、分子サイズレベルの均一な細孔(0.3~1 nm)を有する(図1、図2)。この構造特性を活かして、「分子ふるい」、「イオン交換能」、「触媒能」という3つの大きな特徴を有している。結晶粒子径は数 µmの大きさであり、外表面積は全表面積の数%程度にすぎない。このため、活性点の大部分は細孔内に存在し、反応物や生成物の大きさがゼオライト細孔と同程度の場合、細孔と分子形状の幾何学的関係により反応の速度や選択性が影響を受ける。この特性は「分子ふるい」、「形状選択性」と呼ばれており、ゼオライトの大きな特徴の一つである。ゼオライトは主にシリカ骨格で構成されており、一般的にはSiの一部がAlに同型置換されている、アルミのケイ酸塩である。Si4+とAl3+の電荷バランスを保つためにもう一つカチオンが必要であり、この特性がイオン交換応、さらには固体酸触媒能をもたらしている。現在、ゼオライト触媒は、石油からの化成品原料製造プロセスのみならず、環境浄化システムにも適用されている。さらにはバイオマス変換による化学品合成反応の触媒としても有望視されている。
ゼオライトの構造解析、特に細孔構造評価は粉末XRD、窒素吸脱着測定、TEMやSEMなどの電子顕微鏡によって行うことができる。中でも電子顕微鏡による構造解析は、細孔構造を直接観察することにより可視化できるといった点で極めて重要である。
今回、均一なミクロ細孔を有するゼオライトに焦点をあて、SEM、STEMを用いたこれらの構造解析の最近のトピックスを報告する。

ゼオライトの特徴
図1 ゼオライトの特徴

ゼオライトの構造モデルとTEM像
図2 ゼオライトの構造モデルとTEM像

実験

乳鉢でよくすり潰した粉末状のサンプルをエタノール溶液に加え、超音波処理により溶媒中に高分散させた。Cuマイクログリッド上に滴下し、乾燥させた後、SEMならびにSTEM観察を実施した。使用した装置は日立ハイテク製電界放出形走査電子顕微鏡 SU9000である。また日立ハイテク製イオンミリング装置 IM4000を用い、粒子の断面観察も行った。

高分解能STEMによるゼオライトの細孔観察

ミクロ細孔を有するゼオライトの細孔観察は、高い分解能が必要なこともあり、もっぱらTEM(200~300 kV)で行われている。
しかし、ゼオライトは電子線ダメージやチャージアップが顕著であり、その観察には高度なテクニックが要求される。そもそも高スペックなTEMは気軽に使える装置でもないため、専門とする方に依頼して観察してもらうことが多い。SU9000を用いたBF-STEM観察では簡便にゼオライトの細孔観察が可能であり、その観察例を紹介する。
MFI型ゼオライトであるZSM-5のBright-field Scanning Transmission Electron Microscope(BF-STEM)像を図3に示す。
左図からは細孔が規則的に配列している様子が、右図からは細孔径が約5 Åであることが確認できる。MFI型ゼオライトの細孔径は約5.5 Åであるので、BF-STEM観察がこのゼオライトの細孔観察に有効であることが分かる。ただし、細孔サイズが3 Å程度と小さいものは分解能の関係で困難であるが、細孔サイズが5 Å以上であればBF-STEM観察によりさまざまなゼオライトの細孔観察が可能であることを確認している。

ZSM-5ゼオライトのBF-STEM像
図3 ZSM-5ゼオライトのBF-STEM像

ゼオライト触媒の断面観察によるコーク分布の可視化

ナフサ接触分解、メタノール転換反応など、ZSM-5やSSZ-13などゼオライトを用いた固体酸触媒プロセスにおいて、反応時間とともに活性は劣化していく。劣化の原因としては構造崩壊、活性点であるゼオライト骨格内Al原子の脱離、コーク生成による活性点の被覆ならびに細孔閉塞などがある。これらを解決するためには活性点の構造、分布およびコークの形成場所に関する情報を得ることが重要となる。すなわち、ゼオライト粒子の断面の様子を詳細に観察することが効果的である。筆者らはイオンミリング装置を用い、ゼオライト触媒の断面観察とエネルギー分散型 X 線分光法、Energy Dispersive X-ray Spectroscopy(EDX)による組成分析を行い、ゼオライト粒子内部の元素分析に取り組んでいる。以下にその一例を示す。
MFI型ゼオライトZSM-5触媒を用いてヘキサン接触分解反応を650°Cにて行った。流通時間3 h、6 h、12 hの触媒上に堆積していたコークの重量は熱重量測定(TG)分析により算出でき、それぞれ、5.3、6.8、8.8 wt%であった。また示差熱分析(DTA)から発熱ピーク温度は600、630、640°Cと徐々に高温化していることが分かった。つまり、反応時間とともにZSM-5触媒上により多くのコークが生成し、しかもコークはより燃えにくい炭素質(分子量が増加している)になっていることが分かった。では、ZSM-5触媒のどこにコークが堆積しているのであろうか?ゼオライトの細孔内であろうか、それとも粒子の外表面であろうか?それを調べるために、イオンミリング装置を用い、ゼオライト触媒の断面観察とEDXによる組成分析を行った。今回の主目的はコーク、つまりカーボンのマッピングである。そのため、通常粉末を固定する際に用いられるペースト類はカーボンを含んでおり、コークのマッピングには適さない。そこで、図4に示すように、銅フィルムに粉末を挟み込むようにサンプルを固定し、イオンミリング処理とEDX解析を実施した。

カーボンマッピング用の試料加工
図4 カーボンマッピング用の試料加工

図5には流通時間3 h 、6 h 、12 hのZSM-5粒子の断面のカーボンのマッピング像を示した。反応時間とともに、結晶内部に比べ、 結晶の縁に沿ってコークが生成している様子が分かる。したがって、生成したコークは細孔内部ではなく、主に外表面もしくは細孔入口近傍に存在していることが分かる。表面から400 nm程度内部までは特にCが多く検出され、反応時間が長くなるほど表面近傍のCの強度が増加することがわかった。一方で、時間とともに内部にも大きなコークが形成していることが分かる。現在、このようにして、触媒の種類や反応を変えコークの分布に関する知見を蓄積し、触媒設計に反映させる、長寿命触媒の開発に取り組んでいる。

ヘキサン接触分解反応後のZSM-5ゼオライト触媒に付着したコーク分布解析
図5 ヘキサン接触分解反応後のZSM-5ゼオライト触媒に付着したコーク分布解析

リターディング法を用いたSEM観察による超精密表面観察

ゼオライトのような「ナノ多孔質材料」の多くは電子線ダメージやチャージアップが顕著な絶縁材料も多く、これまで正確な表面観察はなされていない。より詳細な情報を得ようと、加速電圧を高くすると、分解能は上がるが、一次電子の試料内部への潜り込みが起こり、得られる表面情報は乏しい。近年、 電子の入射エネルギーを小さくして一次電子の試料内部への潜り込みを抑え、最表面の情報をnm程度の空間分解能で選択的に得られる低電圧超高空間分解能SEM法が開発され注目されている2、 3)。中でも、試料に負電圧(リターディング電圧)を印加し、電子銃で加速した電子ビームを試料直前で減速させる「リターディング法」は、材料表面を高分解で観察することができ、実際この手法は、主に電子デバイスやバイオ材料などの分野で積極的に活用されている。
今回、リターディング法による低電圧超高空間分解能SEM法をゼオライトに適用することで、従来の分析手法では得られなかった情報が得られたので紹介する。
FAU型ゼオライトであるYと超安定化Y(USY)をサンプルとした。両者の結晶構造は同じである。異なるのはAlの含有量であり、USYゼオライトはY型ゼオライトを化学処理によりAlを除去する(脱Al処理)ことで調製され、Y型と比較して水熱安定性が向上している。USYゼオライトは石油の流動床接触分解プロセスに広く使用されており、石油精製において重要な触媒である。
まず、USY ゼオライトを加速電圧1 kV下で、リターディング機能有無の条件で観察し、両者の画像を比較する(図6)。

ゼオライトの特徴
図6 市販されているUSY型ゼオライトの低加速電圧によるSEM観察

明らかにリターディング機能を用いることで超高空間分解能を達成できていることが分かる。次に、Yゼオライトの粒子表面を、リターディング機能を用い加速電圧1 kVで観察した(図7)。

ゼオライトの構造モデルとTEM像
図7 市販されているYゼオライトの低加速電圧によるSEM観察

これまで筆者が用いていたリターディング機能無しでは観察できていない、表面に結晶構造の起因するステップが明瞭に観察できている。これまでこのような表面情報は原子間力顕微鏡(AFM)や走査型プローブ顕微鏡(SPM)などを用いて観察されている4)
これらの分析手法と併用することで、凹凸情報、組成分析、3D画像構築など、より多彩な表面解析が期待できる。最後に、YゼオライトとUSY 型ゼオライトの比較を行った(図8)。脱Al処理により、非晶質なシリカ成分が粒子表面に堆積している様子、また、メソ細孔が形成されていることが明瞭に観察できた。

市販されているYとUSYゼオライトの比較
図8 市販されているYとUSYゼオライトの比較

おわりに

本稿では高い性能を有するSU9000を用いたゼオライトの観察例を紹介した。このように、SEMとSTEM機能を合わせて用いることで、粒子形態の把握と細孔の存在の確認ができ、筆者の研究グループにおいて、SU9000は非常に効果的な分析ツールになっている。今後のSEM による構造解析に期待することとして、

低加速電圧下での高分解能SEM像(~3 Å)

TEM やSTEM では薄い粒子を探して観察することが多い。また透過像であるため、粒子表面の情報を反映していない。ゼオライトの粒子表面にどのように細孔が存在しているか、直接観察できれば画期的である。断面観察と合わせて実施することで、粒子表面、内部でのゼオライトの構成原子の分布を可視化できる。現状よりも相当高い(0.3 nm程度)分解能が要求される。

ゼオライトの格子像観察、ディフラクション解析・EELS解析

格子像観察などが可能になれば、形態観察と合わせて結晶構造解析もできる。電子エネルギー損失分光法、Electron Energy-Loss Spectroscopy(EELS)は状態分析が可能&高エネルギー分解能を持っており、軽元素の分析も可能である。EDXと合わせて行うことで、より高精度な組成分布が期待できる。

温度制御・雰囲気制御下・水蒸気共存下での観察

ゼオライトの原料である非晶質ゲルを試料室に導入でき、加温できれば、水熱条件下での結晶成長過程の可視化になる。また、水熱安定性はゼオライトの苦手とするところであるが、水蒸気共存下での構造崩壊過程の可視化も可能になる。これが達成できれば、未だ不明なゼオライトの結晶化機構の解明にもつながり、ゼオライト科学に大きな波及効果をもたらす。また、 全く新しいゼオライトの創製、結晶化機構に基づく活性点の導入手法の改良などが可能になり、より高性能なゼオライトの開発が期待できる。

電子顕微鏡は日々進化している。今後のますますの発展を期待したい。

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