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技術機関誌 SI NEWS日立ハイテクノロジーズ

温度波熱分析とは

Temperature Wave Analysis

株式会社アイフェイズ 代表取締役/東京工業大学名誉教授 橋本 壽正

株式会社アイフェイズ 代表取締役
東京工業大学名誉教授
橋本 壽正

はじめに

熱物性に関する測定法には、重量あたりで求めるものと、長さあたりで求めるものがある。DSCなどの熱分析機は前者で、精密天秤は必帯の付属品となる。一方で、熱伝導率測定では試料の厚さが問題となり、サンプル重量は必要とされない。両者は伝統的に別の道を歩み、教科書での扱いも学会も別になっていることが多いが、実際の材料熱物性には、この両方の性質が反映されることはいうまでもない。熱エネルギーは、格子振動や電子振動などの運動エネルギーが本質である。ただし、エネルギーが直接測定できない点では、どちらの測定法でも同じである。比熱容量と熱伝導率は共に熱エネルギーに関する物性値で、測定されるのはあくまで熱刺激を与えられたときの温度の時間変化である。では、温度とはなにか。国際会議で決められたスケールで、古くは水の融点と沸点間を100等分した摂氏温度のように定点を決めて定義される測定可能な示強量である。繰り返しになるが、実質として意味を持つのは熱量移動であるが、これはポテンシャルである温度差で生じ、熱エネルギー差(エンタルピーの分布など)で流れるわけではない。温度と熱量の換算は、物質という実体を介在して行われ、その変換係数が比熱容量と呼ばれる物性値である。測定法上は、熱刺激の与え方として、パルス的(フラッシュ法)、ステップ的(熱線法)、交流的(温度波法)、一定昇温(DSC)など力学物性や電気物性の測定方法と同様である。
筆者らは、高分子材料薄膜を中心に少量かつ薄い材料の熱拡散率測定に温度波熱分析法が有効であることを提唱してきた。振幅で1°C以下の微弱な温度波を試料に与え、その伝搬を解析し、温度振幅減衰から熱伝導率λが、位相遅れ計測からは熱拡散率αが求められる方法である。具体的な測定装置を産業界へ提供する目的で大学発ベンチャー(株式会社アイフェイズ)を2002年に立ち上げた。温度波法の市販装置はテスター感覚で、サンプリング不要、経験不要、省エネルギー、かつハンディで小型なものとし、現場での測定を可能とした。

物性値と機能値

比熱容量や熱伝導率などは、物質の大きさや質量に依存しない固有値であり物性値と呼ばれる概念値である。一方、実際の測定時や実用上は、決められたサイズでの性質が問題となる。たとえば、断熱材では、低い熱伝導率の材料を選択するほかに、材料を厚くすることでも断熱性向上の目的は達成できる。熱抵抗 (その逆数の熱コンダクタンス)などの機能値が現実系では意味を持ってくる。表1は熱物性値の単位を示す。それに対応した熱機能値は表2のようになる。実測では熱容量や熱抵抗を求めて、質量や厚さで規格化して物性値へ変換する。熱量を必要とする融解エンタルピーや熱拡散率は、値が既知の標準物質を必要とする。物性値は理論的考察や材料間の比較には必要であるが、実際の製品設計は機能値で評価が行われていることに留意する必要がある。実用面では、さらにコスト制限が入って来るために、もっとも良い物性値を持つ材料が選択されるとは限らない。通常の電線に銀が使われないことなどがその典型例である。
熱物性の中で熱伝導率と熱拡散率の区別がもっとも判りにくい。熱物性の定義としては、比熱容量と熱伝導率が一義的であるが、先にのべたように熱量を直接測定することができない。実際は、熱量は体積当たりの比熱を使って温度に換算され、熱伝導率は熱拡散率に換算されて、温度の拡散方程式として解かれる。熱伝導率が熱量の移動速度とするなら、熱拡散率は温度の移動速度と言うことができる。これらの関係をまとめると以下の式になる。

λ = α • Cp • ρ

この四つの物性値を熱の4定数と呼ぶことがある。物性として扱う場合は、均一物質を前提としていているので、多層系などの複合材料で機能値があっても、厳密な意味での物性値が存在しないことになる。

表1
物性値とは

表2
計測値とは

熱拡散長・熱的に厚い条件と薄い条件

物質中のある面(一次元の数式上はある点)に交流的な発熱を与えると、全方向に波として拡散するので、熱波と呼ばれる。地表の太陽による日較差も熱波の典型である。計測の立場からは、温度変化が観測可能量なので温度波と呼ぶことが多い。弾性波などと異なり非常に減衰が速いが、温度がどこまで伝わるかの指標として熱拡散長µが定義される。正弦波形の温度波では、ある点から出た温度波の振幅は指数関数的に減衰して拡散していくが、振幅が1/eになる距離を熱拡散長という。熱拡散長µは、(α/πf)の平方根で定義される。高分子材料では、1 Hzの温度波でおよそ数百µm程度になる。試料の厚さdと熱拡散長µと同じとき(d/µ=1)を中心に、周波数を変化させて熱拡散長を変化させることが可能である。高周波数では熱拡散長が短くなり、表面近くで減衰するために熱的に厚い条件といい、外乱の少ない状態で熱拡散率測定に適する。反対に低周波数では、熱的に薄い条件となり、表裏の温度差がつきにくい反面、その外側の物質など環境の影響が受けやすくなり、接した材料の熱伝導率を求めることができる。

温度波法の原理と市販装置

温度波の位相と角周波数の関係から熱拡散率を求める方法

筆者らが、アイフェイズ・モバイル1として上市した装置は、図1のように全体的にコンパクトで軽量で、現場への持ち込みが可能となっている。サンプル設置部とアンプ部の2つからなり、サンプル部をデシケータやグローブボックスなどの容器に入れることもできる。アンプ部は、シグナル発生用発振器、AD コンバータ、ロックインアンプ、マイコン、温度コントローラなどを内蔵し、外部機器を必要とせず単独でも熱拡散率測定を可能としている。
図2は、試料部分の断面模式図であるが、マイクロヒーターと温度センサーを対抗して取り付け、その間に試料を挟む構造となっている。ヒーターへは微弱な正弦波電力が供給され、試料表面に温度波を発生させる。センサーは高感度抵抗型で、微弱シグナルはプリアンプで増幅された後、ディジタルロックインアンプへ導かれる。観測される温度シグナルは、室温などの環境温度と刺激温度波のミックスである。交流測定では、ロックイン増幅の利点でもある指定した周波数成分の変化分のみを抽出して解析できるため、大きなオフセット成分である室温の寄与、ノイズ成分などがキャンセルでき、高感度化が達成できる。実際に与える温度波の振幅は1°C以下と、対流や輻射を極力抑え、また試料に与えるダメージはほとんど無い。またセンサーサイズを0.25×0.5 mmとし、非常に微細な部分の熱拡散率が求まるようになっている。

アイフェイズ・モバイル(薄膜・熱拡散率測定型)
図1 アイフェイズ・モバイル(薄膜・熱拡散率測定型)

試料部分の断面模式図
図2 試料部分の断面模式図

このうち表裏の位相遅れに着目すると、厚さ/熱拡散長が3~4程度になる周波数領域では、周囲の状況に関係なく、

という関係になる。すなわち周波数の平方根に対して位相の遅れをプロットし、別途計測した厚みを用いて熱拡散率が算定できる。本装置では、可動アームに取り付けた差動トランスで逐次試料厚さを測定し、測定中の変形もモニターしている。
図3は、厚さの異なる純銅試料(約2 mmと0.1 mm)について、周波数の平方根と位相差の測定結果を示す。実線は試料のない状態で測定したブランク曲線で、特に低周波数側で環境(センサーヒータ自体の熱容量、リード線への逃げなど)の影響が現れる。測定値からブランク分を差し引き、√fとΔθの関係が直線となる周波数帯で傾きを求める。この例では厚さが異なるので、適切な周波数が異なっているものの、熱拡散率は同じ値になっていることがわかる。ただし、輸送熱量が関係していないため、熱伝導率は直接求まらないので、熱拡散率から上記の関係式によって換算することになる。位相測定は厚さや熱拡散率の異なるものについて、周波数を0.02 Hz から2 kHzまで変化させ、熱拡散長と試料厚さをマッチングさせることで、ダイヤモンドから絶縁体まで、同一装置で対応できるのである。導体では、厚さ3 mm程度まで、絶縁体でも1 mm程度を上限として、ミクロンオーダーの厚みのあらゆる物質材料へ適用可能である。測定は温度抵抗(図のプロットの傾き)であり、均一系物質は厚さを用いて、物性値である熱拡散率が確定される。なお傾きの二乗を均熱化時定数τと呼び、本装置での実測値である。τは時間の次元で、試料表裏の伝搬にかかる時間的目安となる。

純銅試料周波数の平方根と位相差の測定結果
図3 純銅試料(約2 mmと0.1 mm)周波数の平方根と位相差の測定結果

振幅の減衰から熱伝導率を測定する方法

温度波伝搬解析で、振幅には熱量変化が含まれる。前法とは反対に低周波数すなわち熱的に薄い条件では、測定系の外側に設置した物体の熱伝導率が強く反映される。この振幅減衰の変化を利用した方法を紹介する。
図5は、開発した装置のヒーター・センサーの構成を模式的に示したものである。ヒーターとしてペルチェ素子を用い、一方の面を熱容量の大きなアルミブロックのヒートシンクに密着させている。もう一方は、温度センサー、参照試料(0.5 mm アクリル板など)、温度センサーの順に取り付け、薄い保護フィルム(密着性を向上させる役割を含む)を介して被測定物に圧着させる方式である。この温度波プローブ全体は、30 mm角の面積で積層されているが、温度センサーは、その中心部に面積約1×5 mm2の狭い範囲に5本熱電対を配置しサーモパイルとしてある。センサー周囲はガードヒーターとしての役割を持たせている。ヒーターへの交流を供給する発振器と、温度出力を増幅するロックインアンプ等は前項の方法と同様である。
装置の概観は図6に示したようにアンプ部と試料プローブからなっている。測定は参照試料の両面の温度波伝搬を熱的に薄い条件で測定している。参照試料の裏面(ヒーター側から見た)に被測定試料を密着させ、中心部分では一元的な交流定常熱流を仮定できるとすると、参照試料を通過する温度波の振幅は、裏面に接した測定検体の熱伝導率に敏感に影響される。
測定は、ヒーターへ供給する交流の電圧、周波数を固定し、参照試料の表裏の振幅減衰比を求める。このときの周波数は、振幅が表面の約50%程度の減衰となるような周波数を選択する。参照物質を通過して被測定サンプルに流れ込む温度波は試料内のどこかで振幅がゼロ(実用上は0.1%程度)になる。実際に厚さを変えた発泡材では、0.05 Hzの周波数では1 mm程度以上で厚み依存性がなくなり、減衰比は一定値になることを確認している。この減衰比は、温度波の周波数、参照試料の熱抵抗、さらにその外に接した物体の熱的性質に依存する。言い換えると基準熱抵抗体の両端の温度変化を用いて一元方向へ流れていく熱流をモニターすることに相当する。 減衰比からは、被測定物の熱インピーダンス(熱容量と熱抵抗の比に相当すなわち熱浸透率に関係した量)が求まるが、熱伝導率既知の物質の減衰比と比較することで、熱伝導率へ換算することもできる。
適用対象は、無機物を含む発泡体、粉体ならびにその圧縮体、紙束、布、ポリマーブロック、ゴム、水・油脂などの液体等々、0.02-5 W/mKの材料である。粉体や液体は図6のように袋に入れたまま測定し相互比較することもできる。相対変化であれば、真空断熱材の内部の情報も検討可能である。また参照試料の熱抵抗を変化させることで適用範囲は可変となっているので、伝熱ゴムなどにも適用できる。本方法は、簡便でかつ測定時間が数分以内という画期的な方法である。

ヒーター・センサー構成模式図
図5 ヒーター・センサー構成模式図

アイフェイズ・モバイル(バルク材・熱伝導率測定型)装置全体と袋入り粉体の測定状況
図6 アイフェイズ・モバイル(バルク材・熱伝導率測定型)装置全体と袋入り粉体の測定状況

まとめ

熱エネルギーは特定の場所にとどめておくことが出来ないエネルギーであり、それらの移動速度(熱伝導率)を測定することは非常に困難とされてきた。このため、測定試料の熱環境を規定するなどの工夫した測定方法が多数考案されてきた。温度波法は、微弱な交流刺激を与えて、振幅減衰と位相遅れを測定する方法である。安定な方法である位相観測法は、あらゆる薄膜試料に適用できることを示してきた。測定の簡便性および迅速性から、10~100回の測定も容易であり、熱拡散率データを統計学的に扱うことを可能としている。このことは、試料の状態に強く依存する熱物性を分布として捉えることを意味している。一方振幅減衰を利用した方法は、低周波数を用いることで、厚い絶縁物に適用でき熱伝導率が直読できることを示した。このように温度波法は、周波数を選択することで幅広い材料熱物性測定に適用できることを明らかにした。
測定法の普及には標準化は避けられないが、会社の設立と同時にISOへ温度波法を提案し、幾多の試練を乗り越え日本発の提案として認められISO22007-3(位相解析型薄膜用)として2008年にプラスチックの熱伝導分野(TC-61)で認定されている。さらにISO-22007-6として振幅解析型も認定された。熱伝導に関する測定法は多数存在するが、ラウンドロビングテストなどを経て制定される標準化された手法を用いるのが最も効率的で、ときとして複数の測定法での相互比較も必要となる。ともすれば、測定値に、期待値が込められることにもなりかねないが、複雑な材料の正しい評価は、安全性にも直結するので、多数のデータ収集が必要となろう。熱の問題は古くて新しい問題であり、現在の材料開発において「熱を制するものは材料を制す」時代の到来と考えている。我々の開発した方法と装置群が材料開発の支えになることを願っている。

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