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技術機関誌 SI NEWS日立ハイテクノロジーズ

ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)のためのホウ素キャリア開発研究におけるLC-DAD-MSDの活用

Applications of LC-DAD-MSD in The Development of Boron Carriers for Boron Neutron Capture Therapy (BNCT)

岐阜薬科大学 薬化学研究室 教授 永澤 秀子 博士(薬学)

岐阜薬科大学
薬化学研究室
教授
永澤 秀子 博士(薬学)

はじめに

ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)は、あらかじめがん細胞に選択的に取り込ませた10B原子と比較的エネルギーの低い熱中性子との核反応によって生じる強力な粒子線(α線と7Li粒子)によって、がん細胞を選択的に損傷する放射線療法である1)。ここで発生するα線と7Li粒子は、X線やガンマ線と異なり、発生してから止まるまでの距離(飛程)がほぼ5~9 µmと非常に短く、細胞1個分の長さ程度なので、うまく腫瘍細胞だけに10B原子を取り込ませることができれば、真の意味でピンポイント照射が可能になる。また、BNCTは1968年に世界に先駆けて日本で初めてがん治療に用いられた画期的な放射線治療法であり、世界で唯一の原爆被災国である我が国でこのような核反応の有効利用法を確立することは大変重要な意義を持つと考えられる。一方、中性子源として、これまで巨大な実験用原子炉が用いられてきたが、近年、実験室や医療施設に設置できる規模の小型BNCT用加速器(サイクロトロン)が国内で開発され、2012年から前臨床試験が全国的に展開しており、一気にその実用化への機運が高まっている2)。このようにBNCTは副作用の少ない理想的ながん治療法となり得るが、そのためには、10B原子を含むホウ素キャリアを腫瘍選択的に送達し、集積させなければならない。現在、臨床適用されているホウ素キャリアは、sodium borocaptate(BSH)およびL-p-boronophenylalanine(BPA)に限られ、これらの腫瘍への集積は十分とは言えず、がん組織に選択的に高濃度の10B原子を集積できる、新たなホウ素キャリアの開発が強く求められている。
このような背景のもと、我々はペプチド化学に基づく腫瘍選択的ホウ素キャリアの開発に取り組んできた3、4)。最近、膜透過性リポペプチドを利用した化学的分子送達システムを基盤とするホウ素キャリアの開発を行った5)(図1)。本研究において、分子設計したホウ素キャリアは、膜透過性リポペプチドヴィークルに、リンカーを介して積荷の陰イオン性ホウ素クラスターのBSHを搭載した構造を有する(図2)。陰イオン性ホウ素クラスターには膜透過性がないため、リポペプチド部分を構造最適化することによってBSHを細胞内に効率的に送達、集積させることを目指した。
リポペプチド部の構造展開のため、様々なアミノ酸配列のペプチドと種々の脂質を組み合わせて多様なヴィークル分子を合成した。リポペプチドの合成は固相法で行ったが、分子量が1,000以上と比較的大きく、親水性も高いため、通常の有機合成反応のように簡単にTLCによる確認を行うことができなかった。そこでLC-DAD-MSDによる反応追跡を行うことによって、効率的に研究を進めることができた。その実例を一部紹介する。

図1 ChemMedChemのバックカバーを飾った辻美恵子助教制作のカバーアート
図1 ChemMedChemのバックカバーを飾った辻美恵子助教制作のカバーアート

図2 膜透過性ホウ素キャリアの分子設計
図2 膜透過性ホウ素キャリアの分子設計

実験

ホウ素キャリアの合成

リポペプチドヴィークル部は、pepducinとして知られるGPCRモジュレーターのP1pal-136)をリードとして、ペプチド配列と脂質構造について、それぞれ図2のように構造展開したホウ素キャリアを設計・合成した。リポペプチドはFmoc法によるマイクロウェーブ固相合成によって調製した。ペプチド合成は、Fmoc-L-Ala-OH、Fmoc-L-Val-OH、Fmoc-L-Leu-OH、Fmoc-L-Asn(Trt)-OH、Fmoc-L-Arg(Pbf)-OH、Fmoc-L-Ser(t-Bu)-OH、Fmoc-L-Lys(Boc)-OHおよび、NovaSyn TGR resin(0.24 mmol/g)を用い、0.05-0.5 mmolスケールで行った。積荷部分として、BSHにつないだリンカーをジスルフィド結合でリポペプチドに結合させるため、ピリジルジスルフィド基を導入した誘導体を合成した。リンカー部としては、アルキレンリンカー、ピペラジンリンカー、直鎖状アミンリンカーをそれぞれ合成し、以上の3つのパーツを縮合して種々の候補化合物を得た。以上のうち、固相合成の場合は、固相から一部切り出した反応物について、また縮合反応の場合は粗抽出物についてLC-MSまたは直接注入によるMS解析を行って反応の進行状況を追跡した。

サンプルの調製:
ペプチド固相合成の場合、数残基縮合するごとに、次のように一部を固相から切り出して反応の進行状況を確認した。樹脂担持ペプチド20 mgを測りとり、m-cresol/H2O/TFA(10:10:80(v/v))を加え、3時間室温にて撹拌した。ろ過後、Et2Oを用いてペプチドを沈降させ、乾燥させた。得られた粗ペプチドをMeCN/H2O(1:1)約1 mLで溶解し、フィルターろ過してLC-MS分析またはdirect MS分析を実施した。化合物1から2へのジスルフィド交換反応では、経時的に反応液を一部採取し、MeCN/H2O(2:1)で希釈し、フィルターろ過してLC-MS分析を行った。

使用機種:高速液体クロマトグラフ Chromaster®

  • 5110ポンプ
  • 5210オートサンプラー
  • 5310カラムオーブン
  • 5430ダイオードアレイ検出器
  • 5610質量検出器

図3 高速液体クロマトグラフ Chromaster®
図3 高速液体クロマトグラフ Chromaster®

分析条件:

  • カラム:Symmetry C18(Waters社)
  • サイズ:4.6×75 mm
  • カラム温度:40℃
  • 移動相:0.05% HCOOH in CH3CN-H2O(20 minリニアグラジエント10-80%)
  • 流速:0.5 mL/min
  • UV検出:DAD:190-400 nm
  • MS検出:m/z 100~1,000
  • インジェクション量:20 µL

細胞内取込の評価

神経膠芽腫細胞T98G細胞に10または20 µMのホウ素キャリアを12時間処理した後、PBSで洗浄し、細胞を集めた。集めた細胞を硝酸で溶解させ、水で希釈後、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-AES)によってホウ素濃度を測定した。

中性子線増感効果の評価

T98G 細胞に20 µMのBSH、ホウ素キャリア2および3を24時間処理し、PBSで洗浄後、細胞を集めテフロンチューブに移した。京都大学原子炉重水施設にて1 MWの強度で室温で中性子ビームを照射した後、コロニー形成アッセイで生存率を求めた。これより線形回帰分析により生存曲線を得て、10%生存率を与える物理照射線量のD10値を求めた。

測定結果

図4Aに、ペプチド固相合成反応における、中間体(5残基縮合段階)の粗生成物(上段)および、化合物1の反応粗生成物(下段)の分析データを示す。前者において、目的化合物の予想分子量592のピークがメインピークとして観察されたことから、縮合反応が収率よく進行していることが示唆された。このようにペプチド固相合成では、数残基毎に固相の一部から生成物を切り出してLC-MSまたはdirect MSにて確認しながら反応を進めることで、最終生成物を収率よく得ることができる。一方、後者は、化合物1の粗抽出物のマススペクトルで、m/z 634.4のピークがメインで観察され、これは、目的物(MW1900.2)の3価イオンであることが示唆された。ついで、図4Bには、化合物1から2へのジスルフィド交換反応のLC-MSによる経時的な反応追跡のデータを示した。反応溶液を一部とって、粗抽出物を分析したところ、原料1と目的物2のピークがブロードで重なっており、LCチャートだけでは判断が困難だったが、それぞれのピークのマススペクトルを調べたところ、反応開始15分後のピークaでは、原料1の2価イオン(m/z 951.7)および3価イオン(634.7)が検出されたが、8時間後のピークbからは、目的物2の3価イオン(783.9)および4価イオン(587.4)が検出されたことから、反応が進んだことがわかった。

図4 A)反応の粗生成物のdirect MS分析データ B)化合物1から2への変換反応のLC-MSモニタリング
図4 A)反応の粗生成物のdirect MS分析データ B)化合物1から2への変換反応のLC-MSモニタリング

結果と考察

ペプチド配列と細胞内取り込みの相関解析の結果、P1pal-13由来のオリジナルの13残基とパルミトイル基を有するホウ素キャリア3が最大の取り込み量を示した。この配列からN末側を除いたC末端側の7残基や10残基の場合、細胞内への取り込みはほとんど認められなかった。一方、N末端側の7残基および10残基のペプチドでは中程度の取り込みが見られた。これらの結果から、N末端側の配列が細胞内取り込みには重要であることが示唆された。また、C末端側の3つの疎水性残基をN末端側に移動した配列は、中程度の取り込みを示した。ペプチド配列を無秩序に並び替えたペプチドやC末端側とN末端側を逆にした逆向き配列のペプチドでは、ほとんど取り込まれなかった。脂質の構造展開として、パルミトイル基をアセチル基に変えると全く取り込まれなくなった。ステロイド骨格を持つリトコール酸では細胞内への取り込みは見られなかった。直鎖不飽和脂肪酸であるドコサヘキサエン酸および直鎖飽和脂肪酸であるミリストイル基は、中程度の取り込みを示した。結果としてパルミトイル基が最大の取り込み量を示し、直鎖脂肪酸の構造も重要であることがわかった。さらなる細胞内取り込みの向上を目指して、生理的条件でカチオンとなって細胞膜への親和性を高めることが期待されるアミンリンカーを導入した誘導体の評価も行った。10 µM、12時間処理の場合、ピペラジン型リンカーを持つ誘導体2は化合物3と同程度の取り込みを示した。一方、直鎖状アミンリンカーでは有意に取り込み量が減少した。
以上の結果をもとに、ホウ素キャリア2および3をT98G細胞に作用させて、一定時間後に細胞を洗浄し、新しい培地に交換してから中性子照射実験を行った。図5の表に非照射におけるコロニー形成率、D10値および増感率を示した。BSH処理におけるD10値およびコロニー形成率が、コントロールとほぼ同等であったことから、BSHは細胞内にほとんど取り込まれないことが明らかになった。さらに、増感率として、コントロールのD10値に対するホウ素キャリア処理群のD10値の比を求めると、2および3の増感率はそれぞれ5.79と7.69であり、強い増感効果が認められた。

図5 新規ホウ素キャリアの構造および中性子増感作用
図5 新規ホウ素キャリアの構造および中性子増感作用

まとめと展望

BNCTのためのホウ素キャリアとしてリポペプチド結合型ホウ素クラスター2および3を開発した。これらは、現在臨床試験されている陰イオンホウ素クラスターBSHに比べて、細胞膜透過性が大きく向上し、細胞に処理した場合、中性子線感受性を大幅に増感させることがわかった。今回開発したリポペプチド結合型膜透過性分子の設計指針は、他の膜非透過性薬物にも応用でき、薬物の細胞内送達のための有用な戦略となるものと期待される。

参考文献

1)
R. F. Barth et al., Clin. Cancer Res., 11, 3987-4002 (2005).
2)
M. Suzuki et al., Radiother. Oncol., 92, 89-95 (2009).
3)
S. Kimura et al., Bioorg. Med. Chem., 19, 1721-1728 (2011).
4)
S. I. Masunaga et al., World J. Oncol., 3, 103-112 (2012).
5)
A. Isono et al., ChemMedChem, 14, 823-832 (2019).
6)
L. Covic et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 99, 643-648 (2002).

謝辞

今回紹介した研究は、博士課程学生の磯野蒼さんが中心的に行った成果です。中性子照射実験は、京都大学複合原子力科学研究所・増永慎一郎教授、真田悠生助教のご指導のもとに実施しました。また、ホウ素濃度定量のための、ICP-AES測定については、岐阜大学工学部・櫻田修教授にご指導いただきました。この場を借りて皆様に感謝申し上げます。

  1. “Chromaster®”は、株式会社日立ハイテクサイエンスの日本における登録商標です。

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