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金属組織評価へのSEM内加熱その場観察の応用

Application of In Situ Heating SEM Observation for Characterization of Metal Microstructure

大阪大学大学院工学研究科 特任教授 杉山 昌章 工学博士

大阪大学大学院工学研究科
特任教授
杉山 昌章 工学博士

はじめに

金属材料は、半導体材料や高分子材料に較べると温度変化させた時の材料組織変化の多様性が大きい。そこでは析出現象や相変態、また特徴的な温度での元素分配が起こり、その機械的特性や機能的特性を考慮して、それらの材料組織変化を制御することで我々の身の回りの様々な工業製品が作られている。しかしながら、その組織制御のための材料解析の多くは常温で行われるために、高温での組織変化を知るためには急冷により組織を凍結するか、計算科学的手法で予測しながら経験的に制御していくのが常套手段である。そこで高温状態で起きている組織変化の実態をその場観察手法で直接的に観測したい、というニーズは常にあり、顕微鏡学会でも走査電子顕微鏡の現状課題と将来展望の中で取り上げている1)。しかしながら、電子顕微鏡的手法が真空中での観察であったり、また光学顕微鏡等の大気中の観察では逆に酸化による問題が観察の妨げになったり、さらには検出器そのものが高温まで耐えることができなかった等の様々な技術課題により、なかなか汎用的観察手法として高温その場観察手法は自在に活用されるところまでには至っていない。
これらに対して昨今の材料組織解析技術の進歩は著しく、また計算科学技術の進展も高温で起きている組織変化を現実に近い形で解こうとする傾向にあり、実験と計算の双方から、高温で起きている組織変化を動的に直接知りたいというニーズが高まっている。このような中にあり、比較的大きな材料を取り扱うことができる走査電子顕微鏡の活用法は、マクロな現象をメソスコピックなレンジで再現できるミニラボ的な位置づけとして、改めて重要な役割を担いつつある。特に最近では、多結晶金属材料の結晶方位が容易に測定できるようになってきたので、加熱した時の結晶相の変化を加熱EBSDステージを用いて走査電子顕微鏡の中で計測したり2)、金属の変形特性を調べるために大きな2軸引張試験機を走査電子顕微鏡の中に持ち込み実験を行った例も報告されている3)。半導体ボンディングワイヤの分野などにおいても、経時的なその場観察ができる走査電子顕微鏡技術への期待が提示されている4)。このような状況になると、どのくらいまで安定に加熱できるかという点や、検出器側に対しては、高温仕様への期待が高まってくる。
本稿では、そのような観点でドローアウト方式の高分解能走査電子顕微鏡を使って、加熱その場観察実験を行った結果を、特に高温での元素マッピングの妥当性なども含め報告する5)

SU5000をベースにした加熱観察装置の構成

走査電子顕微鏡の中をミニラボ化していくためには、ドローアウト方式の試料交換が必須であり、また高分解能仕様としてのショットキー型電子銃が必要である。このようなニーズに応えているのがSU5000走査電子顕微鏡であり、筐体内には、加熱ステージをはじめとして様々なステージが装着できる構造になっている。また同装置では、ライブで3次元的に組織が観測できる機能を有しており、従来の立体的な像が得やすい走査電子顕微鏡の機能をさらに拡充した仕様となっている。同装置の写真と、SU5000に装着可能なGatan社製Murano加熱ステージユニットを図1に示す。

図1 SU5000走査電子顕微鏡外観と同装置仕様に合わせたGatan社製Murao加熱ステージの外観

図1 SU5000走査電子顕微鏡外観と同装置仕様に合わせたGatan社製Murao加熱ステージの外観

本研究では加熱その場観察実験条件の検討を目的として、図2(a)に示す耐熱性の高いSiNウィンドウと加熱分析用フィルタを搭載したアメテック社製EDAX OctaneシリコンナイトライドSDD検出器を用いることで、図2(b)に示すように950℃でもピークシフトのないFeのEDSスペクトルが計測できることが確認できた。なお、従来のEDS検出器を用いた場合、図3に900℃での計測結果を示すが、計測中に徐々に検出されるFeのEDSピーク位置が高エネルギー側にシフトしていく様子が観測された。図3ではFeの特性X 線のエネルギー線のシフトがわかりやすいように、1 keVと6 keV のところに点線を挿入している。試料のFeは走査電子顕微鏡内でも高温になると発光するので、まさにその影響と考えられる。成分既知の材料を加熱している時は問題ないが、析出や相分解挙動を伴う材料の高温でのEDSスペクトルの検出においては、このピークシフトが発生しないシステムが非常に重要である。

図2 アメテック社製 EDAXシリコンナイトライドSDD検出器の外観(a)と、常温と950℃で計測したFe試料からのEDSプロファイル(b)

図2 アメテック社製 EDAXシリコンナイトライドSDD検出器の外観(a)と、常温と950℃で計測したFe試料からのEDSプロファイル(b)

図3 汎用EDS検出器(従来型)で900℃計測時のFeスペクトル位置の変化

図3 汎用EDS検出器(従来型)で900℃計測時のFeスペクトル位置の変化

SEM内で加熱時の組織変化

本実験における試料の選択では、相変態を起こさないオーステナイト系ステンレスであるSUS304合金を用いた。試料成分は、汎用的なFe-0.06C-18Cr-8Ni(wt%)系である。このSUS304は450〜850℃の温度範囲でオーステナイト粒界にCrを主成分とする炭化物M23C6(MはCr、Feを指す)が析出し、また同時に隣接してCr欠乏層が形成される鋭敏化(sensitization)現象を起こすことが古くから知られている6)。また粒界近傍でのCr濃度の減少はステンレスの持つ本来の耐食性の劣化を引き起こし、酸素の存在状態との関連も含め、ステンレスの使用環境に近い温度域における高温特性に関する諸特性研究は重要である7)。特に鋭敏化に関するCr欠乏層生成挙動の研究は多いが、500℃以下での低温での挙動など、まだ議論の残るところもある。さらに、学術的には、700℃で100時間の鋭敏化処理を施したSUS304系試料において、粒界近傍と粒内で異なる等温マルテンサイト変態が起きることが見出されている8)。この掛下らの研究で行われた試料と同じものを今回の実験では使用している。
図4にSEM内で試料を加熱した時の組織変化を示す。観察時の加速電圧は20kVで、WDは約10 mm、観察倍率は2,000倍で2次電子像を観察した。加熱条件は、常温から600℃まで50℃/分の平均速度となるようにステップ加熱を行い、600℃で保持実験、また同じ条件でさらなる加熱を行った。600℃までの加熱時における2次電子像のドリフトはほとんどなく、加熱ステージ環境は安定していた。また組織変化は600℃付近から粒界での窪みが観察されるようになる。図4(c)の650℃では明瞭に不連続な黒い点がオーステナイト粒界に観察される。なお、FCC 結晶のオーステナイト粒内には{111} 双晶が多く存在するが、矢印で示すようにこの双晶界面では特に何も変化は起きない。750℃ではさらにこの粒界の窪みは大きくなりCr炭化物の形成やCrの欠損領域が進行していることが予想される。鋭敏化現象の中でおきる炭化物の形成は、粒界の整合性が悪い方が生成しやすいことが報告されており、整合性のよい双晶界面などでは発生しないのは十分に理解できる。この実験では600℃まで12分で加熱しているので、従来の研究からはこの処理時間内ではCrの拡散量から考慮して、炭化物の形成はまだ十分に起きていない9)。ただ、組織観察では、すでに十分な結晶粒界部における黒いコントラストは観察されており、より高分解能でのその場観察が必要である。

図4 SEM内で加熱その場観察時のSUS304の2次電子像の変化。矢印は双晶境界面を示す

図4 SEM内で加熱その場観察時のSUS304の2次電子像の変化。矢印は双晶境界面を示す

2次電子像において観測されている粒界の黒いコントラストについて、凹部であることを確認する意味でも3次元的な観測を行った。様々な3次元観測機能を有するSU5000走査電子顕微鏡の一つの特徴として、4分割された反射電子検出器を装着しており、この4分割された各素子の画像データを再構成することにより、試料の表面凹凸状態の鳥瞰図を作製することができる。まだ反射電子検出器の高温での耐性テストはしていないため、加熱後の試料を常温に戻してその表面凹凸の3次元形状を計測した。その結果について、4分割反射電子検出器を用いた測定時の模式図と共に図5に示す。図5(a)は反射電子像であり、その凹凸状態を3次元構築した鳥瞰図が図5(b)である。同図よりこの粒界での窪みは100 〜200nm程度であることがわかる。ただし、この検出精度の検証や高温での動作保証については、今後の課題である。

図5 4分割反射電子検出器の模式図と2次電子像(a)と画像再構築された凹凸状態を示す鳥瞰図(b)

図5 4分割反射電子検出器の模式図と2次電子像(a)と画像再構築された凹凸状態を示す鳥瞰図(b)

その場観察とEDS元素分析マッピング

SUS304合金では、粒界近傍でのCr欠乏領域の形成と共にその耐腐食特性が変化し、またその他の元素との相互作用も重要であるので、高温域でのEDSマッピング技術との併合は興味深い。図6に粒界部分での変化が始まった600℃での元素マッピングを行った結果を示す。ドリフト補正機能を使って測定時間は約1時間で行った。図6(b)に挿入された矢印で示す2次電子コントラストの変化した部分は双晶界面であり、ここでの変化はほとんどないので、中央部の3重点を形成しているオーステナイト粒界付近の元素濃度変化に注目した。図6(d)(e)(f)に、O、Fe、Cr元素のマッピング結果をそれぞれ示す。マッピング結果から明らかなように、今回の実験では全てではないが多くの粒界で優先的な酸化現象が見出された。組織的には図6(c)に示すように粒界を挟んで独特な組織が観察され、それらは(d)の酸素分布と一致するので、Cr系の酸化物が生成したのではないかと考えている。酸素分圧に依存して、Fe-Cr-O系の酸化物の可能性も考えられるが、図6( e)に示すFeの濃化位置とO の濃化位置が逆転していることから、Cr-O 系ではないかと考えている。なお、この粒界近傍での酸化現象の促進は粒界方位との関連性もあり、図6(f)において赤丸で囲んだ粒界での酸化物の生成は少ない。むしろ粒界内にCrの濃化が観測され、粒界部分に形成されているはずのM23C6に関連しているかもしれない。ただし、図6(d)に示すようにこのCrの濃化した粒界にも酸素の濃化が検出されるので、炭化物からのCrを検出している保証はない。これは図5の表面凹凸の鳥瞰図からも明らかなように、粒界部分は大きく窪んでいるのでEDS分析には不適な条件となっていて、高温時における単純な元素分析や組織観察だけからは詳細はわからない。

図6 600℃で計測した2次電子像(b)(c)と対応する元素分布。(d) Oマッピング像、(e) Feマッピング像、(f) Crマッピング像

図6 600℃で計測した2次電子像(b)(c)と対応する元素分布。(d) Oマッピング像、(e) Feマッピング像、(f) Crマッピング像

SEM内その場観察において、組織変化や元素マッピングが十分にできることは検証できているが、粒界近傍での酸化物の形成は、SEM内の残留酸素や試料から持ち込む酸素に起因しているはずであり、SEM内をミニラボ化していく時には重要な課題である。本試料のSUS304は、本質的に表面にCr-O系不働態皮膜を有していることと、特に実験前に特別な試料前処理を施さなかったので、持ち込み酸素の影響を考慮する必要がある。そこで平面イオンミリング処理の効果を検討した。イオンミリング装置はArBlade5000を活用し、その写真と模式図を図7に示す。処理条件は4kVで10分間、試料全面を対象として行った。

図7 イオンミリング装置と平面ミリング条件の概略図

図7 イオンミリング装置と平面ミリング条件の概略図

その結果、図8に示すように、一連の200℃から800℃までの加熱その場観察において、顕著な粒界近傍での酸化物の形成は観測されなかった。それほど長時間保持の検証を行ったわけではないが、図6で示した酸化物の形成は試料からの持ち込み酸素の可能性が高いことを示している。なお、600℃での組織を比較すると粒界部で生じる窪みの発生もやや遅れている傾向が観測される。800℃では、粒界での炭化物生成に起因すると考えられる粒界部分での不均一な凹部の形成が観測された。なお、さらに温度を上げるとこの粒界の黒いコントラストは消失して、粒界の凹部の形成は改善されていく。

図8 平面イオンミリング後のSUS304の加熱その場観察結果

図8 平面イオンミリング後のSUS304の加熱その場観察結果

酸化物も含め、粒界部分での不連続な黒いコントラストも消えた様子を図9(a)に示す。鋭敏化処理で生成した炭化物が高温での固溶化処理により再びオーステナイト中に固溶していくことはよく知られているので、これは粒界内部に形成された不均一なM23C6析出粒子による表面凹凸の形成と、その粒内への再固溶に基づく不均一性の消失に対応していると考えている。SUS304系オーステナイトステンレス鋼の均一化処理は1,000℃以上でよく行われるが、SEM内のその場観察でも図9(b)に示すように、950℃では顕著なオーステナイト粒界の移動が始まっている。すなわち、産業上必要な高温処理における材料組織変化の特徴は、SEM内でのその場観察でも十分に追跡できると考えられる。また、SEM内ミニラボ化という視点では、加熱だけでなく変形応力下での低温度域における鋭敏化現象なども昔からの課題であり10)、最近の技術で新たな検討を加えられることが出来れば興味深い。

図9 高温での粒成長挙動をその場観察した時の2次電子像の変化

図9 高温での粒成長挙動をその場観察した時の2次電子像の変化

おわりに

高分解能なショットキー型電子銃を搭載したドローアウト方式で筐体内を広く使えるSU5000走査電子顕微鏡における一つの応用事例として、加熱ステージの活用について検討した。耐熱性や耐食性に優れるオーステナイト系ステンレスをはじめとして、様々な鉄鋼製品の応用においては、溶接時の問題や高温腐食の問題を含め、温度軸での材料組織変化の研究課題は非常に多い。その場観察する時には、ステージの実際の温度や残留ガスの影響、また、そもそも真空中であるということも含め、実環境との差異は常に問題になるが、最近のダイナミックな計測技術の進歩は、これらの課題を一つずつ解決していくことが可能な要素技術として進んでいる。今回は多くの装置を株式会社日立ハイテクのご厚意によりお借りしながら実験したが、SEM内をミニラボ化という視点で考え直す良い機会であり、汎用的なSUS304試料を用いて、その加熱実験環境についての様々な検討を行うことができた。種々得られた実験条件は、今後の具体的な研究課題への展開に大いに役立つことになる。

謝辞

本研究は、加熱ステージや一連の装置の借用も含め、株式会社日立ハイテクの谷友樹様、重藤訓志様のご協力を多々頂きました。ここに心より感謝申し上げます。EDAX 検出器においては、アメテック株式会社の山田学様にも大変ご協力頂きました。ここに感謝申し上げます。また本稿は、日本顕微鏡学会学術講演大会に2018 年に発表された内容に基づいております。

参考文献

1)
稲里幸子,渡邉俊哉,許斐麻美ほか,顕微鏡,48,133(2013).
2)
鈴木清一,顕微鏡,45,166(2010)
3)
久保雅寛,吉田博司,上西朗弘,鈴木清一,中澤嘉明,浜孝之,宅田裕彦,鉄と鋼,105,86(2019).
4)
栗原宏明,半澤規子,顕微鏡,44,3(2009).
5)
谷友樹,重藤訓志,山田学,杉山昌章,日本顕微鏡学会学術講演大会(2018)
6)
新井宏,鉄と鋼,56,44(1970)
7)
菊池正夫,山陽特殊製鋼技報,21,11(2014).
8)
J. Lee, T. Fukuda and T. Kakeshita, J. Physics,Conf. Ser., 165, 012058(2009).
9)
梅村文夫,川本輝明,日本金属学会会報,22,894(1983).
10)
今野薫,千葉浩幸,鉄と鋼,76,102(1990)

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