ページの本文へ

日立ハイテク
  • ホーム
  • 報文
  • 燃料電池自動車用高活性・高耐久性Pt系触媒の開発

燃料電池自動車用高活性・高耐久性Pt系触媒の開発

Development of Highly Active and Durable Pt-Based Catalysts for Fuel Cell Electric Vehicles

同志社大学理工学部 電気化学教室 大門 英夫 (工学博士)

同志社大学理工学部
電気化学教室
大門 英夫 (工学博士)

はじめに

地球環境保全の観点から、二酸化炭素を排出することなく高効率な電気エネルギー変換システムが求められている。固体高分子形燃料電池(Polymer Electrolyte Fuel Cell: PEFC)は水素ガスと大気中の酸素ガスを化学反応させて水を生成し、その化学反応で生じるエネルギーを直接電気エネルギーとして高効率に取り出すクリーンエネルギー変換デバイスとして着目されている。PEFC は常温から約80℃の温度領域で発電可能な燃料電池であり、日本では2009年より出力1 kW級の家庭用コジェネレーションシステム(ENE・FARM)が商品化され、2014年からPEFC を搭載した燃料電池自動車(FuelCell Electric Vehicle: FCEV)の市販が開始された。PEFC では水素と酸素から水を生成する化学反応を促進させるため、アノードとカソードに白金(Pt)触媒が使用されている。Pt 触媒上のカソード反応である酸素還元反応(Oxygen Reduction Reaction: ORR)はアノードでの水素酸化反応に比べて過電圧(反応抵抗)が大きいため、カソードではより多くのPt 触媒が使用されている(アノードで0.05-0.1 mg/cm2、カソードで0.3-0.5 mg/cm21)。しかし、Pt は希少で高価な貴金属であるため(¥4,500 /g, 2022年2月)、FCEV を本格普及させるにはPEFC のカソードで使用されるPt 使用量を削減し、低コスト化を図る必要がある。
Pt 触媒の使用量を削減するにはそのORR 活性とPt 利用率を高める必要があり、これまでPt にCo やNi 等の3d 遷移金属を添加したPt 合金触媒2-5)、非Pt 金属コア粒子表面にPtシェルを設けたPtコアシェル触媒6-9)、特定のPt 結晶面を露出させたPt 形状制御触媒10-12)に関して精力的な検討が行われてきた。これらのPt 系触媒では、触媒粒子の最表面に存在するPt 原子の電子状態を下層に存在する非Pt 金属原子との相互作用、具体的には歪効果と電子的効果によってORR 活性を高めている。その高活性化機構の詳細については参考文献を参照して頂きたい13-15)
PEFC のカソード環境は極めて厳しく、作動温度80℃、pH が約1の強酸性下、電位が0.6-1.0 V vs. ReversibleHydrogen Electrode( RHE)の範囲で変化するため、通常環境で安定なPtが酸化還元される。2014年から市販されたFCEV ではPEFC のカソード触媒にPtCo 合金触媒が使用されており、Co の酸化溶出を抑制してそのORR 活性を維持するため、システムによってカソードに高電位が印加されないよう制御されている16)。したがって、Pt 系触媒の耐久性向上は極めて重要な課題であり、これまでPt 系触媒表面にSiO2保護膜17-19)や炭素保護膜20-22)を設ける方法、触媒を担持する炭素担体表面にアミノ基等の官能基を導入してPt 系触媒粒子を固定化する方法23-25)が検討されてきた。また、PEFCカソードでは1.0 V vs. RHE 以上の高電位が発生する場合があり、Pt 触媒の担体である炭素材料の酸化腐食が加速するため、Nb やAs を添加したSnO226-28)マグネリ相Ti4O729-31)等の電子伝導性を示す安定な金属酸化物担体の検討も行われている。
本稿ではPEFCカソードに使用されるPt 系触媒の高活性化と高耐久性化を中心に解説し、高い電池特性を目指した実用触媒への取り組みについて述べる。

Pt触媒の微粒子化による高活性化

Pt は希少な貴金属であるため、燃料電池の世界では単位Pt 重量当たりのORR 活性(ORR 質量活性: A/g-Pt at 0.9 V vs. RHE)が重要な指標である。Pt 触媒のORR 質量活性はその比表面積(m2/g-Pt)と単位面積当たりのORR 活性(ORR面積比活性: A/m2 at 0.9 V vs. RHE)の積であるため、Pt 触媒のORR 質量活性を高めると同時にその利用率を向上させる最も有用な手段はPt 触媒の微粒子化である。図1に、球体近似したPt 触媒の直径とその表面積およびPt 利用率(触媒反応は表面で起こるため、表面のPt 原子数を全Pt 原子数で除した値)の関係を示す。Pt 触媒の直径が減少すると(微粒子化すると)表面積と利用率が増加し、直径1 nm のPt 触媒では比表面積が280 m2/g、利用率は0.91に達する。

図1 Pt触媒の直径とPt表面積およびPt利用率

図1 Pt触媒の直径とPt表面積およびPt利用率

しかし、単純にPt 触媒の微粒子化によりORR 質量活性を高めることはできない。図2に、Ptナノ粒子の安定形態と考えられている立方八面体の直径とその(111)面と(100)面ファセットおよび稜とコーナーを形成する表面Pt 原子割合を示す32)。立方八面体の直径が減少するにしたがい、(111)面と(100)面のPt 原子割合が減少して稜とコーナーの原子割合が増加し、粒径が2 nm 以下になると稜とコーナーのPt 原子割合が急増する。稜とコーナーのPt 原子は(111)面や(100)面ファセットに比べて配位数が低く不安定であるため、ORR 過程で生じる酸素種と強く結合して安定化し、ORR に寄与しなくなる。Pt 触媒のORR 質量活性は前述したようにその表面積とORR 面積比活性の積である。Pt 触媒の微粒子化が進行すると表面積は増加するが、その直径が2 nm 以下になると触媒粒子表面で低配位数の稜とコーナーのPt 原子割合が急増してORR 面積比活性が大きく減少する。

図2 Pt直径と(111),( 100)およびステップの表面割合

図2 Pt直径と(111),( 100)およびステップの表面割合

図3に、直径が異なるPt 触媒を合成してORR 面積比活性と質量活性を調べた例を示す33)。Pt 触媒の直径が2 nm 以下になると上述した理由によりORR 面積比活性が大きく低下していることがわかる。Pt 触媒のORR 質量活性は直径が2-3 nmで最大値を示しており、他の研究においてもPt 触媒が最大のORR 質量活性を示す直径は3 nm 前後である34, 35)。Pt 触媒の耐久性の観点からも、直径が2 nm 以下のPt 触媒粒子はPEFCカソードで生じる電位変動(0.6-1.0 V vs. RHE)により溶解再析出(オストワルド成長)を起こしやすく、触媒粒径が増加してORR 質量活性が低下する。したがって、Pt 系触媒のORR 質量活性と耐久性を考慮すると 触媒直径は3-4 nm が適していると考えられる。

図3 Pt直径とORR面積比活性およびORR質量活性

図3 Pt直径とORR面積比活性およびORR質量活性

Pt合金触媒とPtコアシェル触媒のORR活性と耐久性

Pt 触媒のORR 活性を高める手段として、Pt に3d 遷移金属を添加したPt 合金触媒と非Pt 金属コア粒子表面にPtシェルを設けたPtコアシェル触媒が検討されている2-9)。これまでPt 合金触媒とPtコアシェル触媒は異なる触媒として分類されてきたが、PEFCカソード環境で両触媒はPtコアシェル触媒として存在している。例えばPtCo やPtNi 合金触媒では、触媒粒子表面近傍に存在するCoとNi はPEFC の酸性環境で自発的に酸化溶出するため、触媒構造はPtCo(PtNi)合金コアPtシェル構造に変化する。Pt 合金触媒の高いORR 活性は、単結晶モデル電極を使用した基礎研究で明らかにされており3, 4)、Ptシェルの下層に存在する3d 遷移金属(Co, Ni)が重要な役割を果たしている13-15)。Ptコアシェル触媒でも同様に、Ptシェルの下層に存在する非Pt 金属コアがORR 活性を高める役割を担っている。種々の非Ptコア金属を用いた先行研究から、Pdを金属コアに選択した場合、Ptコアシェル触媒のORR 活性が高まることが報告されている6-9)
図4に、炭素担体にKetjen Black EC-600JD(KB-600JD)を用いて合成したPtCo/KB-600JD 合金触媒とPt/Pd/KB-600JDコアシェル触媒の耐久性を加速耐久性試験(Accelerated Durability Test: ADT, 矩形波0.6 V( 3秒) - 1.0 V( 3秒)vs. RHE, Ar 飽和した0.1 M HClO4中, 80℃で10,000サイクル)で調べた結果を示す。PtCo/KB-600JD 合金触媒の初期ORR 質量活性は約1,500 A/g-Ptと高いが、3,000サイクルまでのADT によりORR 質量活性が急激に低下し、10,000サイクル後には340 A/g-Pt まで低下した。このORR 質量活性は標準Pt 触媒(Pt/C, TEC10E50, 田中貴金属製, ORR 質量活性320 A/g-Pt)と同等な値である。一方、Pt/Pd/KB-600JDコアシェル触媒ではADT によるORR 質量活性の低下がPtCo 合金触媒に比べて小さく、10,000サイクルのADT 後においてもORR 質量活性は740 A/g-Pt であり、標準Pt/C 触媒の2倍以上のORR 質量活性を維持している。

図4 ADTによるPtCo/KB-600JDとPt/Pd/KB-600JD触媒の電気化学特性変化

図4 ADTによるPtCo/KB-600JDとPt/Pd/KB-600JD触媒の電気化学特性変化

両触媒で観察されたADT 耐久性の差異は、表1に示したCoとPd の酸化還元電位およびPtとの混合熱36)で解釈することができる。Co の酸化還元電位はマイナスであり、酸性環境でCo は自発的に酸化溶解する。一方、Pd の酸化還元電位は高いプラスの値であり、酸性環境で自発的に酸化溶出することはない。さらに、Co のPt への混合熱(組成Pt50Co50, 原子%)はマイナスであり、熱力学的にCo はPtと混合しやすい金属である。一方、Pd のPtとの混合熱(組成Pt50Pd50, 原子%)はプラスであり、Pd はCo に比べてPtと混合し難い金属である。ADT の電位窓である0.6-1.0 V vs. RHE では、図5に示したPt/C 触媒のサイクリックボルタモグラム(CV)から明らかなようにPt 触媒表面が酸化還元される。ADT によって触媒表面近傍でPt 原子が酸化還元されることで下層に存在するCo あるいはPd にエネルギーが与えられる。表1に示したPtとの混合熱からCo はPtシェルに移動しやすく、触媒表面近傍に達するとCo のマイナスの酸化還元電位によって自発的に酸化溶出する。一方、Pd はPtとの混合熱がプラスでPtシェルに移動し難いことに加え、Pd の酸化還元電位が高いプラスであるため酸化溶出が抑制される。ADT 前後の触媒についてTEM-EDX で組成変化を調べた結果、PtCo 合金触媒では81% のCoが酸化溶出したのに対し、Pd@Ptコアシェル触媒からのPd 酸化溶出は60% であった。図4に示したようにPtCo 合金触媒のORR 面積比活性が初期ADTサイクルで大きく減少しており、この急激な減少はPtCo 合金触媒の高いORR 活性を担っているCo が酸化溶出したためである16)

表1 CoとPtの酸化還元電位およびPtとの混合熱

表1 CoとPtの酸化還元電位およびPtとの混合熱

Pt系触媒の耐久性向上

実用触媒としてPt 系触媒の耐久性は極めて重要である。前述した加速耐久性試験ADT の電位窓である0.6-1.0 vs. RHEはFCEV が加速減速する際のPEFCカソードの電位変化に対応しており、図5に示したようにPt が酸化還元される。この酸化還元に伴い、粒径の小さいPt 触媒粒子が選択的にPt2+イオンとして酸化溶出し、粒径が大きいPt 粒子表面に還元析出することで触媒粒径が増加して表面積が減少し(オストワルド成長)、ORR 質量活性が低下する。また、PEFCカソードの電位変化に伴って触媒粒子が移動凝集して粒径が増大し、ORR 質量活性が減少する。これまでPt 系触媒の耐久性を高めるため、Au、Rh およびIr 等の貴金属を微量添加する方法37-39)、SiO2やカーボン保護膜を設ける方法17-22)およびPt 系触媒を担持する炭素担体表面にアミノ基(-NH2)等の官能基を導入してPt 系触媒を固定化する方法23-25)が検討されてきた。

図5 Pt/C触媒のサイクリックボルタモグラム

図5 Pt/C触媒のサイクリックボルタモグラム

Au、Rh およびIr 等の貴金属を微量添加する方法では37-39)、添加した貴金属はPt 系触媒表面の稜やコーナーといった低配位数Pt 原子近傍に存在すると考えられる。Pt は配位数の減少によって酸化還元電位が低下し、酸化溶出しやすくなることが理論計算によって示されている40, 41)。したがって、これらの添加貴金属は稜やコーナーに存在する低配位数Pt 原子に選択的に配位してPt の酸化還元電位を高め、耐久性が向上すると考えられる。筆者の研究室で上述した貴金属をPt/Pd/KB-600JDコアシェル触媒に5-10原子% 添加して加速耐久性試験ADT を行ったが、80℃のADT 耐久性試験では顕著な効果は見られなかった。論文上で行われている加速耐久性試験は常温で行われている場合が多い。現行のPEFC の作動温度が80℃であることを考慮すると、開発触媒の耐久性を調べる際の試験温度には注意が必要である。
図6に、SiO2保護膜をPt/Pd/KB-300Jコアシェル触媒に設けてADT 耐久性試験を行い、電気化学的表面積(Electrochemical Surface Area: ECSA)の変化を調べた結果を示す19)。SiO2保護膜の形成により、ADT に伴うECSA 減少が抑制されていることがわかる。図7に、ADT 前後における触媒のTEM 像を示す。SiO2保護膜を設けていない触媒ではADT の電位変動(0.6-1.0 V vs. RHE)によってオストワルド成長が進行し、微細触媒粒子が消失して粒子密度が低下した。同時に触媒粒子の移動凝集が生じて触媒粒径が大きく増加した。一方、SiO2保護膜を設けた触媒では、ADT によるオストワルド成長と移動凝集が抑制されて触媒粒径の増加が抑えられており、図6に示したECSA の変化と対応した。図8に、ADT前後のORR 質量活性を示す。SiO2 保護膜を設けていない触媒ではADT によりORR 質量活性が562 A/g-Pt まで低下したが、SiO2保護膜形成によりADT 後のORR 質量活性は960 A/g-Pt であり、標準Pt/C 触媒(TEC10E50, ORR 質量活性320 A/g-Pt, 田中貴金属製)の3倍の高いORR 質量活性を維持した。炭素保護膜ではないがドーパミンを重合させたポリドーパミン保護膜を設けた触媒においても、SiO2保護膜と同等の効果が得られることを確認している42)

図6 ADTによるPt/Pd/C触媒のECSA変化

図6 ADTによるPt/Pd/C触媒のECSA変化

図7 ADT前後のPt/Pd/C触媒のTEM像

図7 ADT前後のPt/Pd/C触媒のTEM像

図8 ADTによるPt/Pd/C触媒のORR質量活性変化

図8 ADTによるPt/Pd/C触媒のORR質量活性変化

Pt 系触媒の耐久性に関し、その粒径による差異は極めて大きい。粒径が異なるPt/C 触媒についてADT 加速耐久性試験を行った際のECSA 変化を図9に、 ADT 加速耐久性試験前後のPt/C 触媒のTEM 像を図10に示す。粒径2.5 nm のPt/C 触媒はADT によりECSA が大きく減少し、10,000サイクル後にECSA は66% 減少した。一方、粒径5.1 nm のPt/C 触媒ではECSA はADT により徐々に低下し、10,000サイクルのADT によるECSA の減少率は25% であり、初期粒径が2.5 nm のPt/C 触媒に比べて耐久性が大きく向上した。TEM 観察から粒径2.5 nm のPt/C 触媒ではADT により粒径が8.5 nm に増加し、粒径5.1 nm のPt/C 触媒では7.0 nm の増加に抑えられており、図9に示したECSA の変化と対応している。

図8 ADTによるPt/Pd/C触媒のORR質量活性変化

図9 ADTによるPt/C触媒のECSA変化

図10 ADT前後のPt/C触媒のTEM像

図10 ADT前後のPt/C触媒のTEM像

粒径2.5 nmと5.1 nm のPt/C 触媒の初期ORR 質量活性はそれぞれ320 A/g-Ptと200 A/g-Pt であり、ADT 後のORR 質量活性は同等であった(約150 A/g-Pt)。Pt 系触媒を微粒子化するとECSA が増加して初期ORR 質量活性は高まるが、粒子径効果によって耐久性が低下する。一方、粒径が大きいPt 系触媒では初期活性は低いが、上述したように耐久性は高い。高活性で高耐久性を有するPt 系触媒の開発では、常にこのジレンマによって悩まされる。
Pt 系触媒の担体である炭素材料表面にアミノ基(-NH2)等の官能基を導入し、触媒粒子を固定化して耐久性を高める検討では、アミノ基に存在する孤立電子対がPt 表面と配位結合することで電位変動による触媒粒子の移動凝集を抑制していると考えられる。Xinらは、炭素担体を硝酸酸性水溶液中でp-phenylenediamineと反応させて炭素担体表面にアミノ基を導入した。アミノ基を導入した炭素担体上でPt 触媒粒子は高分散に担持されており、高い電位変動耐久性を示すことを示した23)。衣本らは、2,2’-azobis (2-amidinopropane) dihydrochloride を水溶液中でラジカル反応させて炭素担体表面にアミジン基を導入した。アミジン基で修飾した炭素担体上に設けたPt 触媒粒子は高分散に担持され、高い電位変動耐久性を示すことを報告している25)

担体材料の耐久性向上

炭素は式(1)で示すように、熱力学的には約0.2 V vs. RHE の低電位で酸化してCO2化する。速度論的には炭素の酸化反応は1.0 V vs. RHE 以上の電位で加速するため、PEFC のカソード環境ではPt の触媒作用も加わって炭素担体材料が酸化腐食する。炭素担体が酸化してCO2化すると担持されていたPt 触媒が宙に浮いた状態になり、炭素担体からORR に必要な電子供給が絶たれてORR に寄与することができなくなる。このため、高電位で安定かつ電子伝導性を有するマグネリ相Ti4O7とSnO2金属酸化物が炭素担体の弱点を克服する担体材料として検討されている26-31)

C + 2H2O = CO2 + 4H+ + 4e- E0: 0.207 V vs . RHE ( 1)

この解説では金属酸化物担体材料の詳細を論じないが、以下の点を考慮して検討を進めるべきと考える。マグネリ相Ti4O7は酸素欠損により電子伝導性が発現しており、SnO2ではドープしたNb 等の効果によって電子伝導性が向上している。この電子伝導性がPEFC のカソード環境で長期間にわたって変化しないことが必要である。FCEV ではカソード電極層の厚さを薄くして物質拡散抵抗を低減し、高電流密度領域での電池電圧低下を抑える必要がある。このためには、比表面積が大きい担体材料(≧ 1,000 m2/g)を使用してPt 系触媒を高担持率(≧ 50 wt.%)で担持させる必要がある。ナノ材料とバルク材料ではその性質が異なるため、金属酸化物担体材料を数十から数百nm まで微細化して比表面積を高めた場合、その表面は安定な酸化物に変化して電子伝導性が低下し、電気抵抗が増加すると考えられる。したがって、PEFC のカソード触媒層ではこの電気抵抗が積算されて抵抗過電圧が増加し、高電流密度領域で電池電圧が低下することが懸念される。この点を考慮した金属酸化物担体の材料開発が必要と考えられる。

高い電池特性を目指した実用触媒への取り組み

2020年12月に発売されたFCEV ではカソードにPtCo 合金触媒が用いられており43)、その担体としてメソポーラスカーボン(Mesoporous carbon: MPC)の一種であるエスカーボン®が採用された44)。MPC 担体の利点は高い酸素拡散性を維持しながらメソ孔内に約80% のPtCo 合金触媒粒子を担持させることにより、イオノマーが触媒表面に直接吸着することを防いでORR 活性の低下を抑えられることである。Pt 触媒表面にイオノマーに存在するスルホン酸基(-SO3-) が吸着することでORR 活性が低下することがわかっており45-47)、MPC はPt 系触媒の新しい担体材料として着目されている48)。図11に、PEFC の電池特性に与える炭素担体の多孔性の影響を概念的に示す。Vulcan は非多孔質の炭素担体であり、Pt 触媒粒子は担体の外表面に存在している。このため、水色で示したイオノマーが直接Pt 触媒表面に吸着してORR 活性が低下しやすい。酸素拡散性はPt 触媒粒子が外表面にのみ存在しているため、抵抗成分がなく高い。KB(Ketjen Black)は多孔性の炭素担体であり、一部のPt 触媒粒子が細孔内部に存在する。このためVulcan に比べてイオノマー吸着による被毒が軽減される。しかし、細孔内にPt 触媒粒子が存在するため、酸素拡散性はVulcan に比べて低下する。図12に、VulcanとKBに担持したPt系触媒の同一視野をSEMとTEMで観察した例を示す49)。非多孔質炭素担体であるVulcanに担持した場合、Pt 系触媒の数はSEM 像とTEM 像で大差なく、Pt 系触媒粒子のほとんどが炭素担体表面に担持されていることがわかる。Vulcan に対して多孔質炭素担体であるKB に担持した場合、SEM 像に比べてTEM 像で触媒粒子数が多く観察されており、一部の触媒粒子が担体に存在する細孔内に存在していることがわかる。VulcanとKBと比較し、MPC には連通性が高いメソ孔が存在しており、メソ孔内に担持されたPt 触媒粒子への酸素拡散は大きく低下しない。さらに、多くのPt 触媒粒子がメソ孔内に存在するため(≧ 80%)、イオノマー吸着による被毒が軽減されてORR 活性の低下も抑制される。

図11 電池特性に与える炭素担体の多孔性の影響

図11 電池特性に与える炭素担体の多孔性の影響

図12 VulcanとKBに担持したPt系触媒の同一視野SEM像とTEM像

図12 VulcanとKBに担持したPt系触媒の同一視野SEM像とTEM像

これらの理由によりMPC 担体への期待が高まっているが、PEFCカソードでは物質拡散抵抗を軽減するため、前述したように高担持率触媒を合成して触媒層を薄膜化する必要がある。したがって、MPC には大きな比表面積、特に、大きな内表面積を有していることが求められる。さらに2030年以降、FCEV の効率を向上させるため作動温度が現行の80℃から100℃以上に高められる予定である。作動温度が100℃以上のPEFCカソードは低湿度環境に変化するため、イオノマーによるプロトン(H+)伝導性を確保することが困難になる。イオノマーがH+ を伝導するには水が必要であり、低湿度環境ではMPC のメソ孔内に担持されたPt 系触媒粒子へのH+ 伝導は一層困難になる。ORR 活性を高めるにはPt 系触媒粒子を細孔内に存在させてイオノマーの直接吸着を抑える必要があるが、イオノマーからの距離が遠くなると低湿度環境ではH+ 伝導がより困難になり、ORR に寄与できない触媒粒子が増加する。MPC は今後のPt 系触媒開発で魅力的な担体材料であるが、メソ孔表面から所定の距離に触媒粒子を偏在させる技術はなく、その多孔性の特長を最大限に活かしたPt 系触媒の合成方法は確立していない。 今後、MPC に担持したPt 系触媒を慎重に分析し、その電池特性評価を行いながらMPC の特長を最大限活かした触媒合成法を開発していき、高い電池特性を示す実用触媒に繋げていきたい。

おわりに

新しいPt 系触媒を開発する際、その電気化学特性と電位変動耐久性は、まずハーフセルを用いて評価される。ハーフセルはglassy carbon 電極にPt 系触媒を塗布した作用極、Pt 線対極および可逆水素標準電極(RHE)から構成され、電解液には0.1 M の過塩素酸(HClO4)水溶液が使用される。このため、ハーフセル測定系内にはORR に必要なH+ が十分存在し、酸素(O2)はHClO4水溶液に飽和溶解して存在している。一方、PEFC ではアノードで生成したH+ は、パーフルオロスルホン酸ポリマーである固体高分子電解質膜とイオノマーによってカソードのPt 触媒表面に運ばれる。また、O2は大気からガス拡散層とマイクロポーラスレーヤーを通し、カソード触媒層内にガス拡散によって供給される。したがって、ハーフセルとPEFC では物質の輸送現象が大きく異なっていることを十分認識しておく必要がある。ハーフセルでスクリーニングしたPt 系触媒の実用触媒としてのポテンシャルを見極めるには、電池特性評価によるフィードバックが必須である。

謝辞

本研究の一部はNEDO の支援を受けて実施された。関係各位に感謝の意を表す。

参考文献

1)
DOE Hydrogen and Fuel Cells Program, FY 2018 Annual Progress Report, April 2019,
https://www.hydrogen.energy.gov/pdfs/progress18/fc_borup_2018.pdf.
2)
T. Toda, H. Igarashi, H. Uchida, M. Watanabe, J. Electrochem. Soc., 146, 3750 (1999).
3)
V. R. Stamenkovic, B. Fowler, B. S. Mun, G. Wang, P. N. Ross, C. A. Lucas, N. M. Markovic, Science, 315, 493 (2007).
4)
V. R. Stamenkovic, B. S. Mun, M. Arenz, K. J. J. Mayrhofer, C. A. Lucas, G. Wang, P. N. Ross, N. M. Markovic, Nat. Mater., 6, 241(2007).
5)
P. Strasser, S. Koh, T. Anniyev, J. Greeley, K. More, C. Yu, Z. Liu, S. Kaya, D. Nordlund, H. Ogasawara, M. F. Toney, A. Nilsson, Nat. Chem., 2, 454 (2010).
6)
J. Zhang, Y. Mo, M. B. Vukmirovic, R. Klie, K. Sasaki, R. R. Adzic, J. Phys. Chem. B, 108, 10955 (2004).
7)
J. Zhang, M. B. Vukmirovic, Y. Xu, M. Mavrikakis, R. R. Adzic, Angew. Chem. Int. Ed., 44, 2132 (2005).
8)
A. U. Nilekar, Y. Xu, J. Zhang, M. B. Vukmirovic, K. Sasaki, R. R. Adzic, M. Mavrikakis, Top Catal., 46, 276 (2007).
9)
K. Sasaki, H. Naohara, Y. Cai, Y. Choi, P. Liu, M. B. Vukmirovic, J. X. Wang, R. R. Adzic, Angew. Chem. Int. Ed. 49, 8602 (2010).
10)
C. Wang, H. Daimon, T. Onodera, T. Koda, S. Sun, Angew. Chem. Int. Ed., 47, 3588 (2008).
11)
C. Cui, L. Gan, H. H. Li, S. H. Yu, M. Heggen, P. Strasser, Nano Lett., 12, 5885 (2012).
12)
Y. Shi, Z. Lyu, M. Zhao, R. Chen, Q. N. Nguyen, Y. Xia, Chem. Rev., 121, 649 (2021).
13)
V. R. Stamenkovic, B. S. Mun, K. J. J. Mayrhofer, P. N. Ross, N. M. Markovic, J. Rossmeisl, J. Greeley, J. K. Nørskov, Angew. Chem. Int. Ed., 45, 2897 (2006).
14)
大門英夫,稲葉 稔, 科学と工業, 85, 340 (2011).
15)
大門英夫,稲葉 稔, 触媒, 54, 190 (2012).
16)
R. L. Borup, A. Kusoglu, K. C. Neyerlin, R. Mukundan, R. K. Ahluwalia, D. A. Cullen, K. L. More, A. Z. Weber, D. J. Myers, Curr. Opin. Electrochem., 21, 192 (2020).
17)
S. Takenaka, H. Matsumori, K. Nakagawa, H. Matsune, E. Tanabe, M. Kishida, J. Phys. Chem. C, 111, 15133 (2007).
18)
S. Takenaka, H. Miyamoto, Y. Utsunomiya, H. Matsune, M. Kishida, J. Phys. Chem. C, 118, 774 (2014).
19)
N. Aoki, H. Inoue, H. Kawasaki, H. Daimon, T. Doi, M. Inaba, J. Electrochem. Soc., 165, F737 (2018).
20)
D. Y. Chung, S. W. Jun, G. Yoon, S. G. Kwon, D. Y. Shin, P. Seo, J. M. Yoo, H. Shin, Y. H. Chung, H. Kim, B. S. Mun, K. S. Lee, N. S. Lee, S. J. Yoo, D. H. Lim, K. Kang, Y. E. Sung, T. Hyeon, J. Am. Chem. Soc., 137, 15478 (2015).
21)
Y. Cho, W. H. Lee, H. Kim, J. Electrochem. Soc., 164, F65 (2016).
22)
Q. Wang, S. Chen, F. Shi, K. Chen, Y. Nie, Y. Wang, R. Wu, J. Li, Y. Zhang, W. Ding, Y. Li, L. Li and Z. Wei, Adv. Mater., 28, 10673(2016).
23)
L. Xin, F. Yang, S. Rasouli, Y. Qiu, Z. F. Li, A. Uzunoglu, C. J. Sun, Y. Liu, P. Ferreira, W. Li, Y. Ren, L. A. Stanciu, J. Xie, ACS Catal., 6, 2642 (2016).
24)
H. Schmies, E. Hornberger, B. Anke, T. Jurzinsky, H. N. Nong, F. Dionigi, S. Kuhl, J. Drnec, M. Lerch, C. Cremers, P. Strasser, Chem. Mater., 30, 7287 (2018).
25)
K. Matsutori, P. Y. Olu, M. Matsuoka, T. Nakazawa, T. Kinumoto, Electrochem. Sci. Adv., 1, e2100014 (2021).
26)
A. Masao, S. Noda, F. Takasaki, K. Ito, K. Sasaki, Electrochem. Solid-State Lett., 12, B119 (2009).
27)
K. Kakinuma, R. Kobayashi, A. Iiyama, M. Uchida, J. Electrochem. Soc., 165, J3083 (2018).
28)
G. Shi, T. Tano, D. A. Tryk, A. Iiyama, M. Uchida, K. Kakinuma, ACS Catal., 11, 5222 (2021).
29)
T. Ioroi , Z. Siroma, N. Fujiwara, S. Yamazaki, K. Yasuda, Electrochem. Commun., 7, 183 (2005).
30)
T. Ioroi, T. Akita, M. Asahi, S. Yamazaki, Z. Siroma, N. Fujiwara, K. Yasuda, J. Power Sources, 223, 183 (2013).
31)
M. Chisaka, W. Nagano, B. Delgertsetseg, T. Takeguchi, Chem. Commun., 57, 12772 (2021).
32)
G. A. Tritsaris, J. Greeley, J. Rossmeisl, J. K. Nørskov, Catal. Lett., 141, 909 (2011).
33)
M. Shao, A. Peles, K. Shoemaker, Nano Lett., 11, 3714 (2011).
34)
H. A. Gasteiger, S. S. Kocha, B. Sompalli, F. T. Wagner, Appl. Catal. B, 56, 9 (2005).
35)
Z. Xu, H. Zhang, H. Zhong, Q. Lu, Y. Wang, D. Su, Appl. Catal. B Environ., 111-112, 264 (2012).
36)
F.R. de Boer, R. Boom, W. C. M. Mattens, A. R. Miedema, A. K. Niessen, Cohesion in Metals-Transition Metal Alloys, North-Holland, p. 624, Amsterdam, 1988.
37)
J. Zhang, K. Sasaki, E. Sutter, R. R. Adzic, Science, 315, 220 (2007).
38)
V. Beermann, M. Gocyla, E. Willinger, S. Rudi, M. Heggen, R. E. D. Borkowski, M. G. Willinger, P. Strasser, Nano Lett., 16, 1719(2016).
39)
Y. Li, J. L. Hart, M. L. Taheri, J. D. Snyder, ACS Catal., 7, 7995 (2017).
40)
R. Jinnouchi, E. Toyoda, T. Hatanaka, Y. Morimoto, J. Phys. Chem. C, 114, 17557 (2010).
41)
R. Jinnouchi, K. Kodama, T. Suzuki, Y. Morimoto, Catal. Today, 262, 100 (2016).
42)
大門英夫, 川崎久志, 野口優衣, 土井貴之, 稲葉 稔, 第120 回触媒討論会, 1H28, 愛媛, 2017 年9月.
43)
CATALER, https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M106759/202108319444/_prw_PR1fl_277e67h4.pdf, 2021 年4月.
44)
日鉄ケミカル&マテリアル株式会社, https://www.nscm.nipponsteel.com/news/pdf/210402.pdf, 2021 年4 月.
45)
R. Subbaraman, D. Strmcnik, A. P. Paulikas, V. R. Stamenkovic, N. M. Markovic, ChemPhysChem., 11, 2825 (2010).
46)
A. Ohma, K. Fushinobu, K. Okazaki, Electrochim. Acta, 55, 8829 (2010).
47)
K. Shinozaki, Y. Morimoto, B. S. Pivovar, S. S. Kocha, J. Power Sources, 325, 745 (2016).
48)
V. Yarlagadda, M. K. Carpenter, T. E. Moylan, R. S. Kukreja, R. Koestner, W. Gu, L Thompson, A. Kongkanand, ACS Energy Lett., 3, 618 (2018).
49)
H. Daimon, Y. Kurobe, Catal. Today, 111, 182 (2006).

関連製品カテゴリ

関連する記事

登録記事数 203
まだまだあります。

ページ先頭へ