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技術機関誌 SI NEWS日立ハイテクノロジーズ

次世代の電子顕微鏡を創る

~若手研究者たちがめざす、これからの技術と可能性~

名古屋大学において、スピン偏極パルス透過電子顕微鏡の開発を手がける桒原真人氏、ファインセラミックスセンター(JFCC)で収差補正器の開発に従事する川﨑忠寛氏、同じくJFCCにて電子線ホログラフィーの研究に取り組む山本和生氏。
電子顕微鏡の次世代技術の研究開発を担う30~40代の若手研究者が集い、これからの電子顕微鏡のあるべき姿と、それを実現するためのそれぞれの取り組みや展望について語りあった。

対談参加者紹介

桒原 真人

桒原 真人

名古屋大学 未来材料・システム研究所
付属高度計測技術実践センター 電子顕微鏡計測部
大学院工学研究科 応用物理学専攻 准教授

電子顕微鏡において電子ビームの供給源である電子銃に光陰極(フォトカソード)を導入した、新しい電子顕微鏡の開発に取り組んでいます。これを用いて時間を分割して計測したり、電子ビームにスピンを制御した電子を使うことで、これまで見えなかったものを可視化しようとしています。スピンというのは、電子がもつ自由度のこと。たとえるならコマの回転運動のようなもので、アップとダウンという二つの状態しかとることができません。そのスピン状態をそろえたパルス電子線を試料に照射することで、空間の三次元情報だけでなく、時間分解能やスピン分解能を付加し性能を高めようとしています。

川﨑 忠寛

川﨑 忠寛

一般財団法人ファインセラミックスセンター
ナノ構造研究所 環境電子顕微鏡グループ
グループ長 主任研究員

私は、大きく分けて二つのテーマの研究を手がけています。一つは、走査電子顕微鏡(SEM)の分解能を上げるために、分解能を制限するボケの原因である収差を補正するための収差補正器の開発。既存のものに比べて、よりシンプルにコンパクトに、そして安価につくることで、汎用SEMへの搭載をめざしています。現在、国のプロジェクト*1において日立ハイテクと共同開発を進めています。もう一つは、環境制御型電子顕微鏡による「その場観察」です。ガス中や液中にあるサンプルをリアルタイムに観察するというもので、たとえばガス中の触媒反応や電池内部の電気化学反応などをダイレクトに見るための技術開発をしています。

*1 国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)先端計測分析技術・機器開発プログラム

山本 和生

山本 和生

一般財団法人ファインセラミックスセンター
ナノ構造研究所 電子線ホログラフィーグループ
グループ長 主任研究員

私は学生時代から一貫して、電子線ホログラフィーの研究をしています。電子線ホログラフィーというのは、電子の波としての性質を利用して、その干渉現象から材料中の電場や磁場を直視するという透過電子顕微鏡技術の一つです。これまで、電子線ホログラフィーの感度と空間分解能を同時に上げる技術的な研究をしてきた他、磁性体ナノ粒子への応用観察などを手がけてきました。研究を始めて今年で20年になりますが、この手法を使った観察は非常に面白く、いまだ興味が尽きません。10年ほど前からは、リチウムイオン電池の観察をしています。特に、高いエネルギー密度と安全性を持つことから、次世代の電池として期待される全固体型リチウムイオン電池を観察の対象にしています。リチウムというのは原子番号が3と小さい軽元素で、電子散乱能が小さく、その分布や変化を観察することが容易ではありませんでした。そこで、リチウムが電極内に挿入/脱離するときに生じる電位の変化を捉えてはどうかという発想から、電子線ホログラフィーを用いたリチウムイオン電池のその場観察を始めました。

揚村 寿英

揚村 寿英

株式会社 日立ハイテクノロジーズ
科学・医用システム事業統括本部 科学システム製品本部
電子顕微鏡 第二設計部 部長

【聞き手】
私は電界放出形走査電子顕微鏡(FE-SEM)をはじめ、長くSEMの研究開発に従事してきました。現在は、電子顕微鏡第二設計部において、120 kVの透過電子顕微鏡(TEM)の開発も手がけています。今回は次世代の電子顕微鏡がめざす方向性について、自分自身も一人の技術者として掘り下げてみたいと思います。

日立とともに、電子顕微鏡開発を牽引する若手研究者たち

揚村 本日は、次世代の電子顕微鏡の開発を担う若手研究者の方々にお集まりいただきました。これからの電子顕微鏡のあるべき姿や可能性、展望について議論したいと思います。じつは私自身、名古屋大学の出身で、皆さんとほぼ同年代ということもあり、本日はざっくばらんにお話ができたらと思っています。
さて、皆さまとはこれまで、当社も共同研究開発をさせていただいてきたご縁があります。それぞれ、きっかけや概要などをお聞きしたいと思います。まずは、川﨑先生の収差補正の技術についてお聞かせください。

川﨑 技術そのものは、私が学生時代から師事している大阪電気通信大学の生田孝先生が発想されたもので、円環電極と円孔電極の2枚の電極だけで収差補正ができるというものです。これを我々が電子顕微鏡で実証しようと開発を進めてきました。

揚村 あの技術は、ちょうど私がFE-SEM(電界放出形走査電子顕微鏡)の開発に従事していた時に、川﨑先生が学会で発表されているのをお聞きして、SEM(走査電子顕微鏡)に活用できるのではないかと思い、アプローチさせていただきました。というのも、従来の収差補正器に比べて簡便な方法で、かなり小型化できるだろうと直感したためです。少しずつ成果も出始めています。

川﨑 究極の分解能は狙えないかもしれませんが、簡便な方法で分解能を上げるという意味では、大変使いやすい装置だと思います。今はSEMだけですが、いずれTEM(透過電子顕微鏡)やリソグラフィーなど広範に応用できるのではないかと思っています。
成果が出るまで、あともう一息のところまできました。残る課題は、収差補正器とSEMの光軸のズレをいかに合わせるかです。実験で実証を重ねつつ、少なくとも今年度中には良い結果を出すべく取り組んでいるところです。

揚村 桒原先生が日立と関わりを持つようになられたのは、いつからでしょうか?

桒原 学生時代に素粒子実験用の加速器の開発をしていたとき、スピン偏極した電子を電子線として取り出す研究でご一緒したことがあります。私の先生である中西 彊(つとむ)先生が日立の電子顕微鏡用光学システムやスピン制御装置を使われていたことがきっかけです。その後、電子源の研究に関しても、いろいろお話をいただいて共同研究を進めています。電子顕微鏡の分野で研究を始めたのは7年ほど前からになります。

山本 私も、学生時代からのお付き合いになります。名古屋大学の丹司敬義先生の研究室に在籍しておりまして、先生が大学に着任される前に、科学技術振興機構ERATOの「外村位相情報プロジェクト」(1989-1994)に参加されていて、その研究内容に大きな影響を受けました。研究総括を務められていた日立製作所の外村彰先生の本を読んだり、現在JFCCの平山司先生が撮影されたバリウムフェライトの磁場観察結果などを見たりして、電子線ホログラフィーでミクロな領域の電場や磁場観察ができることに大変衝撃を受けました。JFCCに所属してからは、日立の谷口佳史さんには、我々の新しいホログラフィー電子顕微鏡の開発にご尽力いただきました。オンリーワンの優れた装置に仕上げていただいたことに、感謝しています。

世界初となる「スピン偏極パルスTEM」で、時間分解能を飛躍的に高める

揚村 桒原先生のスピン偏極パルスを初めて見たとき、電子源としての可能性を大いに感じました。そもそも、スピン偏極した電子を試料に当てて、スピン偏極して出てきた電子を見るということ自体、世界初の試みです。さらに、エネルギー幅(電子が持つエネルギーのばらつき)も0.24 eVと低く、輝度も出ていて、これはすごい技術だと思いました。理論上は、エネルギー幅をさらに下げることができるということですが。

桒原 できると思います。もっと良い条件を探れば、0.1 eVを切るようなエネルギー幅が実現できると思います。しかも引出電極を用いずに、一段で最終電圧に加速できるという利点もあります。これにより、一個のパルスの中に詰め込められる電子の数を増やすことができるようになります。

揚村 ご存知のように引出電極というのは、電界放出電子銃において、電子放出させるのに十分な電界をエミッタ(細いタングステン単結晶の陰極)表面につくるための電圧のことで、通常3.5~5 kVくらい必要になります。ところが、このパルス電子源だとそれが無いので光源位置が動かず、非常に安定します。先生がおっしゃるように、さらにエネルギー幅を減らすことができることを期待しています。

山本 スピン偏極のTEM、あるいはSEMに関して、類似研究は無いのでしょうか?

桒原 スピンSEMの研究はありますが、これは入射電子は普通の無偏極の電子で、取り出した二次電子のスピン偏極度を計測し、マッピングすることで磁気構造を見るというものです。入射する電子にスピン偏極を使うという試みは類を見ません。

揚村 スピン偏極させるためにレーザー光を円偏光させて制御するわけですが、難しい技術だけに差別化できると思っています。日立にはスピンの研究をしている研究者もいますから、さらに応用展開もできるでしょう。

桒原 もう一つ、時間分解能の部分での我々の強みは、干渉性のあるパルス電子を出せるところにあります。これにより、位相情報のダイナミクスも見ることができるのではないかと思っています。

電子線ホログラフィーは定量的な計測に不可欠な存在

揚村 位相情報というのは、ホログラフィーにつながる話ですので、次に山本先生に伺いたいと思います。私自身は電子線ホログラフィーにはあまり詳しくないのですが、ピクセル検出器による、いわゆる四次元情報を用いた高分解能イメージングができる4D-STEM(STEM:走査透過電子顕微鏡)やタイコグラフィーにおいても、位相情報や電場情報などを見ようとする動きがあるかと思います。それらと電子線ホログラフィーとは、どのように違うのでしょうか?

山本 最近、同じ材料を電子線ホログラフィーと、STEMによる微分位相コントラスト(DPC)法で電場の観察をしているのですが、良い点としては、定量性に優れていることです。たとえば、半導体デバイスの電位分布の計測には、やはり定量的に評価して、デバイスのプロセスにフィードバックさせることが必須となります。劣る点としては、簡便性でしょうか。簡単に測るという意味では皆さんが使い慣れたSTEMを使ったほうがいいように思います。
また、電子線ホログラフィーでは、干渉性の制限があるために、試料のエッジしか見ることができないという制約もあります。
STEMを用いた新しい観察技術として期待されている4D-STEMやタイコグラフィー、DPCなどは、現在、技術開発の過渡期にあって、今後、理論と電子線ホログラフィーの計測を補う形で普及していくのではないかと思っています。

大きな期待が寄せられる、化学反応を直に見る「その場観察」の意義

揚村 電子線ホログラフィーと同様、in situ(その場)観察も、重要な可視化技術として期待されています。川﨑先生は、なぜin situ観察を手がけられるようになったのでしょうか?

川﨑 学生時代はTEMの収差補正技術の開発を研究テーマとしていましたが、その際、観察対象としていたのが触媒のナノ粒子でした。これを無収差の位相像で原子構造を解析しようとしていたのです。
ところが当時は、真空中の触媒しか見ることができませんでした。いつか反応している最中の触媒を観たいと思っていて、名古屋大学に移ったのを機に研究を始めました。そのために、日立の透過電子顕微鏡H-8000を自分で改造して、ガスを入れられるように工夫しました。

桒原 in situ観察という意味では、先ほど話題に挙がったスピン偏極パルスも有用だと思います。他の方法だと時間を短くして計測していくと、計測に用いる電子の量(ドース量)が少なく、観察が難しくなりますが、我々の方法を使えば、一つのパルスに詰め込むことができる電子の数を増やすことができ、時間分解能を上げることができます。これにより、これまで見えなかったダイナミクスを見ることができるようになると期待しています。

揚村 いろいろ話がつながってきましたね。現在は、皆さまとは個別に共同研究をさせていただいていますが、今後は、さまざまに融合しながら進めていけたらと思っています。その際は、よろしくお願いします。

日立の電子顕微鏡に求めるのは、ありのままの姿を簡便に見るということ

揚村 これまでのご研究の中で、それぞれ日立の電子顕微鏡をお使いいただいていると思いますが、この機会に、ぜひご要望をお聞かせください。

川﨑 私自身は、自分の実験に即した、他に無い装置をつくりたいと考えていて、我々のアイデアを共に実現してくれるような体制が整っているとありがたいと思っています。
とくに今、課題なのが、in situ観察において、電子線を照射することにより、試料になんらかの変調がもたらされることです。本来は電子線を当てずに、そのままの姿を観察したいわけです。もちろんそれは無理なので、パルスを用いることで、電子線を当てたときと当てていないときの差異をストロボ的に観察できないかと。これにより、電子線の影響を考慮したin situ観察が実現できるのではないかと考えています。

山本 日立の電子顕微鏡は、操作性に優れていて、誰でも使えるというのは大きな利点だと思います。今後はさらに、スマートフォン世代の若い人にも使い勝手が良いようなインターフェースが必要になってくるのではないでしょうか。たとえば、スマホのように画面を指で触れて見たい部分を拡大したり、入力したりするインターフェースなどがあると斬新だと思います。デジタル化することで、操作性も楽になるはずです。4年ほど前から、いろいろな人にアイデアをお伝えしているのですが、はたしてどこのメーカーがいち早く取り入れてくるのか、楽しみにしています。

揚村 面白いですね。アメリカのテレビドラマ「新スタートレック」(1987)では、宇宙船のコントロールのインターフェースにすでにタッチパネルを採用していました。このように技術を先取りしていく発想というのは、とても大事だと思います。参考にさせていただきます。

桒原 私自身は、改造前の日立の透過電子顕微鏡をあまり触ったことは無いのですが、これまで課題とされてきた収差補正の技術は進みつつあるので、次は電子源と検出器がカギを握ると思っています。日立の高い技術力を持ってして、世界を圧倒するような革新的な電子顕微鏡を開発していただければと思います。

山本 とくに電子源のところは、ずっと古い技術のままできていますから、革新していく必要があるでしょう。磁場を重畳してビームを収束する磁界重畳型電界放出電子銃は、私が学生の頃、すでに日立で開発されたものですが、一般の装置にはまだ搭載されていないかと思います。こうしたものを搭載することで、より高性能な製品をつくることができるのではないでしょうか。

揚村 電子源に関しては、桒原先生の電子ビームは干渉性も高く、我々も大きな期待を寄せています。

桒原 目下の課題は、どこまでコンパクトに、簡便にできるかにあります。前処理として、半導体の表面にアルカリ金属を付ける必要があります。その際に、真空チャンバーが必要となり、通常のTEMには無い出っ張りが生じてしまいます。ここをいかにコンパクトにできるかも課題です。また、光源系はレーザーを収束させているので、1 µm程度あります。この部分も、より小さくしていく必要があるでしょう。

山本 そうしたデバイスの形状を共同研究によって改良し、輝度を大きく向上させることができれば、世界が大きく変わります。

川﨑 もっとも、外村先生の電界放出形電子顕微鏡の開発にも10年要したと言いますから、ある程度、時間が必要なのかもしれません。

揚村 電子源というのは材料が関わってくるので、どうしても開発に時間がかかってしまうのですが、研究を加速させていく必要があります。よりよい電子顕微鏡の実現をめざして、これからも引き続きご一緒に、研究開発を進めていけたらと思っています。

見えなかったものを見るために、電子顕微鏡のあるべき姿を究める

揚村 次に、今後の電子顕微鏡のあるべき姿について語っていただきたいと思います。それぞれ、どのような電子顕微鏡をめざしていらっしゃるのでしょうか。

桒原 光学顕微鏡と電子顕微鏡を比べると、粒子数を詰め込めるという点では光が有利ですが、電子は電荷による相互作用を活用できることから、より細かいものを見るのに適しています。そこを、さらに究めていくことが重要だと思っています。
私が最初に電子顕微鏡の研究に携わって感動を覚えたのは、電子線の波がそろっていて、その制御された電子を使って像が映し出されるのを見たときです。それまでは素粒子の研究をしていて、電子を詰め込んでぶつける際に、波面まで考えたことはありませんでした。ホログラフィーなど、波の干渉を実際に目で見ることができて、非常に面白いと思いました。
また、光で詳細に見るものとしてはX線顕微鏡がありますが、これは装置が大型なのに対して、電子顕微鏡なら実験室サイズに収めることができます。研究を加速させるうえで、各施設で日常的に使える装置があるのは大きな意義があると思います。そうした意味でも、私の装置をもっと小型化していく必要があると思っています。

川﨑 私が手がけているin situ観察の観点から言えば、電子顕微鏡も光学顕微鏡のように、試料のまわりの空間を広げて開放できれば、もっと複雑な実験ができるのではないかと思っています。高分解能のTEMやSTEMの場合、試料は数mmほどの真空の空間に収めることになり、プローブを入れたり、加熱したり、冷却をしたりといった試料操作を組み合わせて実施することは困難です。かといって、試料まわりの空間を広げれば、分解能が落ちてしまう。今後は、収差補正器で分解能をカバーしつつ、空間を広げて、さまざまな実験ができるような電子顕微鏡がつくれたらと思っています。

山本 顕微鏡の歴史を振り返ると、光の顕微鏡の方が圧倒的に歴史が長く、さまざまなアイデアが蓄積されています。ソフトウエアにしても、光や放射光を用いた研究分野では非常に進んでいると思います。そういう別の分野からアイデアを借りて、電子顕微鏡に取り込んでいくことも必要ではないでしょうか。
そうしたこともあり、私自身、電子の世界にだけ閉じこもらないように、さまざまなイメージング技術に関する研究会や学会に顔を出すようにしています。光学顕微鏡の世界では「超解像」という、従来の空間分解能の限界を超える取り組みも行われています。同様のことが、電子顕微鏡でもできるといいですね。

揚村 おっしゃる通り、他の分野の技術から学ぶことは大切だと思います。放射線の計測などは、捉えたいものが明確であることが、検出器の発展を牽引してきました。たとえば、従来はシリコンリチウム半導体検出器を使っていましたが、今はより多くのX線を計数することが可能なシリコンドリフト検出器(SDD)が主流になっています。これなどは、20年以上も前に、すでに本に掲載されていたアイデアです。そうした他分野の優れた技術にキャッチアップして、吸収していくことも非常に大事だと思います。

究極の電子顕微鏡で何を見てみたいのか、夢を語る

揚村 最後に、将来、理想の電子顕微鏡ができたとして、何を観察してみたいですか?

桒原 一つは、試料中の磁性状態を細かく、動画で見てみたいと思います。スピンを三次元的に捉えることができたら画期的です。もう一つは、電子顕微鏡に量子状態を持ち込んで観察することです。試料に、真空状態と電子がある状態のもつれあい状態という量子状態を組み合わせた電子線を当てることで、電子線が当たっていない状態の試料情報が検出できるのではないかと。こうすれば、究極的に試料にダメージを与えずに計測ができるのではないかと考えています。

川﨑 私は化学反応をダイレクトに見てみたいと思っています。今、環境顕微鏡を使ってガス中の試料を見ていますが、ガス分子の動きまでは捉えることができません。そうしたものをダイレクトに見ることができれば、一酸化炭素の分子と酸素の分子が反応して二酸化炭素に変わる瞬間も捉えることができるはずです。どういうタイミングで分子が反応して別のものに変わっていくのか、すべてをつまびらかにするというのが理想です。
やはり技術的には、先ほども言いましたが、電子ビームの照射による相互作用をいかに小さくするか、というところがポイントになります。そのためには、空間分解能、時間分解能、検出器の感度、電子源の性能、それらすべてを向上させる必要がありますが、究極的にはそうした電子顕微鏡を実現できたらと思っています。

山本 私は電子線ホログラフィーを使って、今見ているような磁性体や半導体とはまったく別のものを見てみたいと思っています。その一つが生物です。生物というのは、電気信号で筋肉の動きをコントロールしています。つまり、体内の神経細胞を電気が流れているわけで、そこにはポテンシャルの変化があるはずです。その変化を、たとえば筋肉を動かしながら観察してみたい。
そのためにはもちろん、生物の研究者と組む必要があります。そもそも、なぜ、生物は死ぬと動かなくなるのか。エネルギーがどうして電流の変化になって体を動かしているのか。そうした生物に関する究極の問いを、電子線ホログラフィーを使って解き明かすことが夢ですね。それができれば、将来的に、疾患のある部位にマイクロチップなどを使って電気信号を送ることで、盲目の方が視覚を取り戻したりすることができるかもしれません。これまでは産業応用だけを視野に入れて研究に取り組んできましたが、今後は、医療や健康なども含めて、人の役に立つ研究ができればと思っています。まだ誰もやっていない領域を開拓することこそ、研究の醍醐味です。

揚村 生物のダイナミクスを見るというのは、非常に面白そうですね。そのためにもやはり、川﨑先生がおっしゃったように試料にいかにダメージを与えないかということが、重要な課題になり、桒原先生のスピン偏極パルスも活用できそうです。今日は電子顕微鏡の未来につながるお話を伺うことができました。長時間にわたりありがとうございました。今後とも引き続き、よろしくお願いします。

(構成・文=田井中麻都佳)

編集後記

電子顕微鏡で見ることの、こんなたとえ話を聞いたことがある。「その解像度は、月から地球上の10円玉を見るようなもの」そして、「見たい部分を探すのは、校庭で1本の針を探すようなもの」。そこに10円玉や針がある保証は無く、でも必ずあると信じて焦点を合わせていく。研究とはそのようなものだろう。
顕微鏡の進化は、医療をはじめとした多くの分野においてその研究を直接的に加速させてきた。未来の電子顕微鏡について楽しそうに語る先生方が、次にどんな装置を開発なさるのか楽しみに待ちたい。

(取材:大塚智恵)

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