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技術機関誌 SI NEWS日立ハイテク

nature research custom media

この記事はNature Research Custom MediaとSI NEWSが協力し制作しました。
Nature Research Custom Mediaによる取材記事でお伝えします。

Rapid X-ray imaging technology ensures high-quality fuel cells for electric vehicles

燃料電池が抱える金属異物の混入という問題を解決するため、日本を代表する2大製造企業がタッグを組んだ

トヨタ自動車の新型MIRAIは、水素を燃料とする燃料電池自動車である。

トヨタ自動車の新型MIRAIは、水素を燃料とする燃料電池自動車である。

【出典】https://global.toyota/en/album/images/33558148/

©トヨタ自動車

トヨタ自動車は2020年12月、新たな燃料電池自動車(FCV)として新型「MIRAI」を発表した。このとき前面に打ち出されたのは、航続距離の延長、乗車定員の増加、スタイリッシュな外観といった性能とデザインに関する特徴だったが、その生産技術においても、高品質、低コスト、高生産性を可能にする数々の画期的な技術革新があった。それらはいずれも、ゼロエミッション型FCVの普及と、二酸化炭素の排出量削減による地球温暖化の抑制への貢献につながるもので、世界各国がカーボンニュートラル経済の数十年以内の実現を宣言している現状を踏まえると、これは非常に重要なステップである。今回、日立ハイテクとトヨタ自動車が協力し、高品質と高生産性を両立する革新技術の実現に取り組んだ。

2020年に発売されたトヨタMIRAIの燃料電池スタック(後部車軸上の銀色の箱状部分に収められている)。黄色い筒状容器は高圧水素タンク。

2020年に発売されたトヨタMIRAIの燃料電池スタック(後部車軸上の銀色の箱状部分に収められている)。黄色い筒状容器は高圧水素タンク。

【出典】https://global.toyota/en/album/images/33558148/

©トヨタ自動車

MIRAIの心臓部を再設計する

FCVは、水素と酸素の化学反応によって生み出される電力でモーターを動かし、走行する。この化学反応が起こるのが、FCVの心臓部、燃料電池スタック(FCスタック)だ。第2世代となる新型MIRAIに搭載されているFCスタックは、330枚の燃料電池(セル)からなる。個々のセルは、中央のプロトン交換膜と、それを挟み込む触媒層、ガス拡散層、セパレータで構成されている。車外の空気から取り込まれた酸素はカソード側のセパレータ内に、燃料の水素はアノード側に供給される。水素はアノード側の触媒によってプロトンと電子に分離され、生じた電子は外部回路に押し出されてモーター駆動用の電力を生み出す。一方、プロトンは交換膜を通ってカソード側へと移動し、触媒上で酸素と反応して水を生成する。この化学反応では、大気を汚染するガスは一切発生しない。

水素燃料電池の模式図。供給された水素(対になった赤い球)は、触媒層でプロトン(赤い球)と電子(黄色い球)に分離される。電子の流れによって電流が発生し、この電流が自動車のエネルギー源となる。プロトンは交換膜(中央)を通って反対側の触媒層に移動し、電子と空気中の酸素(青い球)と結合して水蒸気を生成する。一連の過程では水しか排出されない。

水素燃料電池の模式図。供給された水素(対になった赤い球)は、触媒層でプロトン(赤い球)と電子(黄色い球)に分離される。電子の流れによって電流が発生し、この電流が自動車のエネルギー源となる。プロトンは交換膜(中央)を通って反対側の触媒層に移動し、電子と空気中の酸素(青い球)と結合して水蒸気を生成する。一連の過程では水しか排出されない。

【出典】https://www.sciencephoto.com/media/1037856/view

©MIKKEL JUUL JENSEN/SCIENCE PHOTO LIBRARY

新型MIRAIでは、FCスタックの小型化、低コスト化、高効率化のため、セル内のプロトン交換膜を薄くすることでプロトン伝導率が高められている。しかし、交換膜を薄くすると、製造過程で混入する微小な金属異物による悪影響を受けやすくなるという問題があった。ここで問題となるのは、サイズが直径100μmレベルの非常に小さな金属異物で、こうした微小な異物はプロトン交換膜の化学劣化を引き起こし、放置すれば燃費の悪化や発電性能の低下を招きかねない。セルの品質を確保するには、製造時に金属異物が混入したセルの検出と除去が不可欠で、技術者チームは、こうした異物検出に適した、信頼性が高く効率の良い方法を必要としていた。

高速かつ高精度の検査を実現

セルの異物は製品の表面ではなく内部にあるため、光学検査は現実的ではない。そこでチームは、物体の内部を外から透視できるX線に着目した。理論的には適した概念に思われたが、トヨタZEVファクトリー本社工場FC製造部の技術者、竹下慎也氏は「従来のX線検査技術には大きな問題がありました」と振り返る。「X線画像では、金属異物は平面的な2次元の影として映ります。けれどもその異物が実際に膜の劣化を引き起こすかどうかを判断するには、3次元的なサイズを把握する必要があるのです」。

そうした微細な立体サイズを捉えることのできる方法に、3次元X線コンピューター断層撮影(3DX線CT)があるが、1回の測定に数時間を要するため、自動車の大量生産では到底利用できない。必要なのは、秒単位で結果の得られる検査だった。そこで竹下氏は、ビジネスパートナーである計測・分析機器メーカーの日立ハイテクに相談することにした。2000年に設立された日立ハイテクは、電子顕微鏡や集束イオンビーム装置からX線検査装置まで、幅広い機器を製造している。日立ハイテクがもつこうした豊富なノウハウが、今回のゼロエミッション車MIRAIの再設計には欠かせないものとなった。

両社は共同で、異物の立体サイズを高速かつ高精度で把握できるX線検査装置の開発に取り組んだ。竹下氏は、ある実験データに注目した。異物の厚さとX線画像の影の濃さとの間だけでなく、異物の平面サイズと影の濃さの間にも相関関係が見られたからだ。その理由に思いを巡らせていた日立ハイテクの高原稔幸プロジェクトリーダーは、光が障害物の端から裏側に回り込む「回折現象」が原因かもしれないと口にする。このとき、竹下氏の頭にアイデアがひらめいた。

2人は、X線画像の影の濃さが回折の量に応じて変化するとすれば、この現象を使って異物の立体サイズを推定できるのではないかと考えた。実験でこの効果が裏付けられると、2人は協力して、セル内の除去すべき金属異物の有無をわずか数秒で判断できる新たな検査システムの開発を進めた。そして試作品ができると、彼らはそれを用いてデータを集め、実際の生産速度での検査精度を統計的に評価し、さらに、どうすれば製造ラインのようなノイズの多い環境でもシステムを安定化できるか検証し、システムの信頼性を鍛え上げていった。こうして、セルの製造ラインで混入異物の立体サイズを数秒で予測・判定できる、迅速で正確な自動検査システムが完成したのである。

高原氏は、「この検査システムの最大の特徴の1つは、世界最速クラスであるということです」と説明する。「トヨタ自動車のサプライヤーとして、我々には、世界で最も優れたFCスタックと自動車を製造し、社会に貢献するという共通の目標がありました」。

日立ハイテクサイエンス富士小山事業所にて、新型トヨタMIRAIの横に立つトヨタ自動車の竹下慎也氏と日立ハイテクの高原稔幸氏。燃料電池の品質検査のための新たなX線画像化技術の開発には、互いのチームの協力が不可欠だった。

日立ハイテクサイエンス富士小山事業所にて、新型トヨタMIRAIの横に立つトヨタ自動車の竹下慎也氏と日立ハイテクの高原稔幸氏。燃料電池の品質検査のための新たなX線画像化技術の開発には、互いのチームの協力が不可欠だった。

©SI NEWS

環境に優しい未来へ向けて

高性能・高品質なセルの量産化に貢献する検査技術と工程の開発に成功した竹下氏は、「このプロジェクトには、高原氏のほかにも、設備メーカーやサプライヤー、トヨタの開発チームなど、多くの人たちの協力がありました。このチームワークこそが、革新的な技術を形にする大きな躍進力となったのです」と語る。

トヨタ自動車の竹下慎也氏は、X線画像化技術が燃料電池の高機能・高品質の実現に不可欠であったと考えている。

トヨタ自動車の竹下慎也氏は、X線画像化技術が燃料電池の高機能・高品質の実現に不可欠であったと考えている。

©SI NEWS

トヨタ自動車の前田昌彦執行役員CTO(最高技術責任者)は新型MIRAI発表会で、この車を「本格的な水素普及に向けた『出発点』としての使命を担った車」と位置づけ、「水素を活用したモビリティーを世の中に広げていくことがトヨタの役割であり、トヨタの新しいミッションである『幸せの量産』につながると信じています」と述べた。

竹下氏は、「我々の取り組んできたことが、水素社会実現への貢献、そして人々の幸せな未来を創ることにつながっていくことを願っています」と語る。「次のステージに向けて、技術を磨き続け、さらなる生産技術の進化へとつなげていきます」。

トヨタ自動車の新型MIRAI発表会の動画。前田昌彦執行役員CTO のコメントは7分52秒以降を参照。

トヨタ自動車の新型MIRAI発表会の動画。前田昌彦執行役員CTO のコメントは7分52秒以降を参照。

【出典】https://www.youtube.com/watch?v=ci1n8_-kj_s

Reference

1)
Toyota Technical Review 66, (2021). https://shop.ohmsha.co.jp/shopdetail/000000006978/

この記事はNature Research Custom MediaとSI NEWSが協力し制作しました。

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(日立評論 2016年5月号 )

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