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  • 卓上大気圧顕微鏡 AeroSurf® 1500の特長と応用 拡がるSEMの可能性 ~進化を遂げた大気圧走査電子顕微鏡~

大南 祐介*1坂上 万里*2高岡 信也*3

はじめに

微細形態の評価に用いられる走査電子顕微鏡(以下SEM)は、現在、さまざまな分野の研究や開発に欠くことのできない重要なツールになっています。そのような中、ソフトマテリアル材や生体材料などの含水試料のSEM観察に向けて、大気圧中におかれた試料のSEM観察を行う大気圧走査電子顕微鏡(Atmospheric SEM:ASEM)法がこれまで報告されています。従来のASEMのほとんどは、電子線が透過可能で、大気と真空を分離できる隔膜に試料を接触させて観察する隔膜- 試料接触型ASEMでしたが、隔膜に接触させることが困難なバルク試料は観察が難しいという問題がありました。また、この方式のASEM観察では、試料を観察するたびに隔膜を交換する必要があるといった問題がありました。
そこで、我々は、隔膜と試料が接触しない隔膜-試料非接触型の大気圧SEM観察法を考案し、大気圧下で観察可能な卓上大気圧顕微鏡(AeroSurf 1500)を製品化しました(図1)。AeroSurf 1500では、真空側から飛来してきた電子線は隔膜に侵入し、散乱を受けるなどして、大気側に電子線が到達します。大気と真空とを分離するための隔膜としてシリコンナイトライド(SiNx)の隔膜を採用しています。さらに大気ガスによって散乱を受けたのち、試料に電子線が到達し、高エネルギーをもつ反射電子が大気部及び隔膜部を再通過して反射電子検出器に到達することができる構成になっています(図2)。本稿では、AeroSurf 1500 の特長と観察事例を紹介します。また、隔膜と試料との間の電子線散乱による画像ぼけを改善するための電子線散乱補正技術について紹介します。

装置外観
図1 装置外観

観察例(免疫染色した血球の大気圧SEM観察事例)
図2 観察例(免疫染色した血球の大気圧SEM観察事例)

装置構成

AeroSurf 1500の内部構成図を図3に示します1)。AeroSurf 1500では真空内部に大気空間を維持可能な空間を備えています(図3(a))。大気圧チャンバの内部上側には真空と大気とを分離する隔膜を備え、SEM内部を真空に維持したまま、試料空間を大気圧状態(一気圧:約101,300 Pa)にすることができます。試料搭載の際は、試料台に試料を設置し、その後試料ステージをチャンバ側に入れるだけで隔膜直下に試料を配置することができます(図3(b))。さらに、本装置は、付属の真空ポンプにて試料雰囲気を低気圧状態(数千 Pa~101,300 Pa)にすることができ(図3(c))、隔膜を取り外した状態にすることによって、低真空状態(数 Pa~数10 Pa)にすることもできます(図3(d))。

AeroSurf 1500内部構成図
図3 AeroSurf 1500内部構成図

隔膜と試料との距離の関係

AeroSurf 1500では隔膜に対して試料を接近させて観察する必要があります。隔膜と試料との距離をh、圧力をpとした場合の隔膜と試料との関係を図4に示します。大気圧(101 kPa)の時は隔膜と試料との距離を100 µm以下にすると散乱の影響により良好な画像は観察されませんが、圧力を下げると良好な画質が取得されます。室温での水の飽和上気圧は2.3 kPaであり、それ以上であれば、含水した状態で試料観察を実施することができますので、試料の状態や形状に応じて、試料空間を減圧にして観察を実施します。

隔膜-試料間距離と画質との関係
図4 隔膜-試料間距離と画質との関係

観察事例

大気圧下観察と真空観察の比較

AeroSurf 1500は試料を大気下に設置しながらSEM観察ができるため、これまでよりさらに実形態に近い試料の形状観察を行うことができます。図5に大気圧下と真空下で取得したカイワレ大根の比較画像を示します。大気圧下では真空引きによる水分蒸発が起こらないため、試料が含水した生の状態をSEM観察できます。

AeroSurf 1500における観察結果
図5 AeroSurf 1500における観察結果

真空下で同一部位観察が可能

AeroSurf 1500では隔膜を外すと低真空下でSEM観察することができるため、大気で見た状態と真空で見た状態での違いが観察可能です。図6に、大気下と真空下で同一位置を観察したパスタの表面像を示します。大気下では見られなかった試料表面のひびが、真空下での観察では発生していることが確認できます。アーティファクト防止には大気での観察を、高分解能で観察したい場合は真空にて観察できます。

AeroSurf 1500における観察結果
図6 AeroSurf 1500における観察結果

乾燥過程の観察

化粧品を基材に塗布し乾燥していく過程を観察した結果を図7に示します。塗布後30秒後に多量に存在していた水分は、5分後には大部分が蒸発し、15分後にほぼ乾燥し、微粒子が多数析出した様子が確認できます。

化粧品の乾燥過程観察結果
図7 化粧品の乾燥過程観察結果

電子線散乱画像補正(ES-Corrector®)機能

AeroSurfは、大気圧下での電子線散乱の影響により劣化した画質を改善するために開発された電子線散乱補正(Electron Scattering Corrector)ソフトウェア2)、ES-Correctorを標準搭載しています。本ソフトウェアを用いることで、負圧~大気圧で観察した画像の画質改善を行うことができます。図8に大気圧下で観察した各種画像の画質改善を行った結果を示します。

化粧品の乾燥過程観察結果
図8 (a)(d)銅メッシュ. (b)(e)カイワレ大根の葉. (c)(f)金コロイドで免疫染色されたラット赤血球.
加速電圧:15 kV、室温、1気圧下にて観察

まとめ

AeroSurf 1500では、隔膜と試料とが非接触な状態でASEM観察ができるようになりました。大気圧下での観察によって、無処理の状態でさまざまな含水バルク試料を確認できます。また、隔膜を外すことで、通常の低真空観察を行うことも可能です。さらに、ASEM 画像から電子線散乱の影響を打ち消すことが可能な電子線散乱補正機能(ES-Corrector)を開発しました。この結果、ASEM像を大幅に画質改善できることを示しました。今後、AeroSurf 1500を用いて、これまで観察できなかった試料のSEM画像を提供していきます。

参考文献

1)
Y. Ominami,S. Kawanishi,T. Ushiki,S. Ito.,A novel approach to scanning electron microscopy at ambient atmospheric pressure,Microscopy,64,97 (2015).
2)
Y. Ominami,K. Nakahira,S. Kawanishi,T. Ushiki,S. Ito,A novel approach for scanning electron microscopic observation in atmospheric pressure,Proc. of SPIE,9236,923604-1 (2014).

著者所属

*1
大南 祐介
株式会社日立ハイテク
科学システム設計開発本部 電子顕微鏡第二設計部
*2
坂上 万里
株式会社日立ハイテク
科学システム設計開発本部 アプリケーション開発部
*3
高岡 信也
株式会社日立ハイテク
科学システム営業本部 マーケティング部

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