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技術機関誌 SI NEWS日立ハイテクノロジーズ

掛川 賢

はじめに

欧州連合(EU)の特定有害物質規制であるRestriction of Hazardous Substance(RoHS)の改正(2011/65/EU)により、2019年7月以降、フタル酸エステル類4種*1が規制対象物質に加わる。フタル酸エステル類は樹脂やゴムなどに柔軟性を持たせるために可塑剤として使用されている。特に電線被覆剤、電気絶縁テープ、包装用フィルムなどの塩化ビニル製品に多く使用されており、玩具・家電製品・エレクトロニクス製品から一般消費財に至るあらゆる製品に使用されている。
RoHS指令の改正では、医療機器や、監視・制御機器を除くすべての電気電子機器は2019年7月から、医療機器や監視・制御機器は2021年7月から基準値を超える規制対象物質を含む製品は欧州市場に販売ができなくなる。そのため、各企業では、製品・部品に含まれるフタル酸エステル類の含有状況の把握・管理への対応が必要である。
環境規制物質の管理方法としては、まずスクリーニング検査を行い、基準値を超える、もしくは基準値付近の結果が得られた場合に、詳細分析を行う方法が広く適用されている。しかし、フタル酸エステル類の測定では、「前処理に時間がかかる」「溶媒を多量に使用する複雑な装置のため専門知識が必要」といった課題がある。このため、調達や製造の現場で簡単・迅速に測定ができるスクリーニング装置が求められている。
当社では、フタル酸エステル類を「迅速・簡単に測定できる」をキーワードに加熱脱離質量分析計「HM1000」を2017年7月より販売してきた。HM1000では、カラムを使用しないことで1試料あたり10分以下でのフタル酸エステル類のスクリーニング検査を可能にした。
本稿では、HM1000の「迅速・簡単に測定できる」のコンセプトを踏襲し、スクリーニング精度をより向上させるためにカラムレス成分分離法を用いたHM1000Aを開発したので紹介する。

*1
フタル酸エステル類4種:フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)、フタル酸ブチルベンジル(BBP)、フタル酸ジブチル(DBP)、フタル酸ジイソブチル(DIBP)の4種。最大許容濃度は0.1 wt%(1,000 mg/kg)。

測定原理

HM1000Aにおいても、「迅速・簡単に測定ができる」を可能にするためHM1000の測定原理を継承している。
図1にHM1000Aの装置外観および測定原理の概略を示す。装置は、試料からフタル酸エステル類を気化させる試料加熱部と、気化したフタル酸エステル類をイオン化するイオン源部およびイオン化された成分を分析する質量分析部で構成されている。イオン化法は放電針に電圧を印加し発生するコロナ放電を利用した大気圧化学イオン化法であり、ソフトイオン化による直接分析が可能である。また、専用のソフトウェアによってサンプルの搬送から測定・定量・判定まで自動化されており、オートサンプラにより最大50個(標準物質、補正用試料を含む)の試料を約8時間で連続自動測定が可能である。このため、ユーザーはあらかじめ設定された測定レシピを選択するだけでよく、専門知識がなくてもフタル酸エステル類の有無を判定できる。
HM1000Aでは、高速測定を維持するため、カラムなどの分離機構を搭載していない。このため、代替可塑剤の1種であるDOTP〔テレフタル酸ビス(2-エチルヘキシル)〕や滑剤などのポリマー成分と規制対象フタル酸エステル類を分離するために、フラグメンテーションやマススペクトルの特性を解析することでカラムを必要としない成分分離法を開発しHM1000Aに採用した。

図1 装置外観および測定原理の概念図
図1 装置外観および測定原理の概念図

カラムレス成分分離法

フラグメントピークを用いた分離手法

HM1000Aでは、構造異性体の関係にあるDEHPとDOTPを分離するために、それぞれのフラグメンテーションの差異に着目している。図2にHM1000Aで測定したDEHPとDOTP(1,000 mg/kg相当)のマススペクトルを示す。DEHPの定量測定には、DEHPのプロトン化分子が検出されるm/z 391.3を用いている。このため図2より、m/z 391.3において、DEHPとDOTPのどちらもプロトン化分子のピークが確認され、DOTPがDEHPとして誤検出されてしまう。一方でDOTPのマススペクトルでは、m/z 300以下の領域において多数のフラグメントイオンのピークが検出されており、このピークを用いて分離を行う。

図2 DEHPとDOTPのマススペクトル
図2 DEHPとDOTPのマススペクトル

図3(a)にHM1000Aで測定したDOTPのプロトン化分子とフラグメントイオンのクロマトグラムを示す。図3(b)は、図3(a)における同一時刻でのDOTPのプロトン化分子の強度、およびフラグメントイオンの強度をプロットした相関図である。図3(b)よりプロトン化分子の強度とフラグメントイオンの強度は式(1)に示すような関係式で表される。

IDOTP_Protonatedt)= ƒ〔IDOTP_Fragmentt)〕…(1)

ここで、IDOTP_Protonatedt)はDOTPのプロトン化分子の強度、IDOTP_Fragmentt)はDOTPのフラグメントイオンの強度である。式(1)よりDOTPのフラグメントイオンのクロマトグラムを取得すれば、DOTPのプロトン化分子の強度を見積もることができる。したがって、分離の方法としてまず、DOTPの標準試料を測定し、式(1)の関係式を求める。その後、実試料の測定を行い、DOTP由来のフラグメントイオンのクロマトグラムを取得し、DOTPのm/z 391.3のイオン強度を算出する。そして、そのイオン強度をm/z 391.3のトータルイオン強度から差し引くことでDEHPの定量計算を行う。なお、実試料にDOTPが含まれない場合にはDOTPのフラグメントイオンが検出されないため、DOTPの有無にかかわらず本手法を適用することができる。

図3 DOTPのプロトン化分子とフラグメントイオン
図3 DOTPのプロトン化分子とフラグメントイオン

ポリマー成分のための分離手法

滑剤などのポリマー成分を含む試料は、熱分解によって図4に示すような、m/z 14(-CH2)ごとの周期性のあるマススペクトルを検出する場合がある。これらの周期的なピークが規制フタル酸エステル類のピークと重なり、誤検出の原因となる。このような周期性のあるマススペクトルの影響は、特定の質量のイオンのみを検出するSIM測定だけでは判別ができない。
このためHM1000Aでは、SIM測定と広い質量範囲のマススペクトルを取得するSCAN測定を同時に実施するSIM・SCAN同時測定を実装した。これにより、SCAN測定によって規制対象フタル酸エステル類のプロトン化分子などの付近に検出されるポリマー由来のピークの周期性とそれらのピーク強度から、誤検出の原因となるピーク強度の割合を見積もり、その割合に応じて新たなベースラインを算出する。そして、その新たなベースラインおよびSIM測定から得られたクロマトグラムから規制対象フタル酸エステル類の定量値を算出する。HM1000Aにおいて、これらの一連の計算は一度の測定中に自動で行われる。

図4 ポリマーのマスペクトル
図4 ポリマーのマスペクトル

HM1000Aの測定事例

1.と2.で紹介した2つの分離手法の効果を検証するために、実際の電気電子機器部材などで使用されている約80件の実試料を用いてDEHPの定量測定を行った。
図5に分離手法を適用した場合、適用しない場合について、熱分解GC/MSとの相関図を示す。本装置はスクリーニング装置であることから、図5より分離手法のあり・なしにかかわらず規制値である1,000 ppm以上の濃度を越える試料を規制値以下で誤検出していないことを確認することができる。一方で、規制値以下の一部の試料において、分離手法を適用しない場合では規制値を超える濃度として誤検出している。これらの試料は分離手法を適用することで、おおよそ規制値以下で検出することができ、熱分解GC/MSと良好な相関を示すことができた。

図5 DEHPの測定値の比較
図5 DEHPの測定値の比較

おわりに

RoHS指令の改正に伴い規制対象となったフタル酸エステル類のスクリーニング装置であるHM1000Aは、迅速・簡単測定を可能とするためカラムを搭載していない。そのため、HM1000Aには、スクリーニング精度に影響を与える可能性のある「代替可塑剤」や「滑剤などの低分子成分」の影響を自動で補正するカラムレス成分分離手法を採用した。
この手法により専門知識がなくても正確なスクリーニング測定を行うことが可能であり、HM1000Aを用いることで製品・部品メーカーにおけるフタル酸エステル類の検査工程の効率化へ貢献できると期待している。

出典

月刊誌「工業材料」12月号掲載

著者紹介

掛川 賢
(株)日立ハイテクサイエンス 分析設計部

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