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私たちの身の周りの、当たり前に思っているような現象も「化学」の眼差しで見つめると、そこに理由があることが分かります。

たとえば卵。黄身のほうが固い温泉卵と、白身のほうが固い半熟卵はどうして作り分けられるのでしょう。卵を化学的に見てみると、黄身と白身ではたんぱく質の成分が異なり、固まる温度も黄身は約70℃、白身は約80℃と差があることがわかります。つまり経験的に知られている調理方法はこの性質をうまく生かしているのです。温泉卵は70℃程度のお湯にゆっくり浸すことで白身は柔らかいまま、黄身が先に固まります。一方、半熟卵は高温で温めることで周囲の白身が先に固くなり、中の黄身は柔らかく保たれる、というわけです。

改めて私たちの身の周りを見てみると、あらゆる物質は原子や分子でできていることがわかります。物質の中にどんな原子や分子がどのように含まれ、どんな特徴を作り出しているのか。それを解き明かす学問分野が「分析化学」です。

「分析化学は謎解きの連続です。わからなかったことが一つひとつ解明される過程が面白い」

神奈川大学 理学部化学科教授 西本右子先生

神奈川大学 理学部化学科教授
西本右子先生

分析化学の研究者である神奈川大学理学部化学科教授の西本右子先生は、その魅力を語ります。分析化学によって、物質を特徴づける理由が明らかになれば、それをさまざまなものに応用できます。例えば、工業における新規材料の開発、医療技術の進歩、生命現象の解明など、分析化学は幅広い分野の発展に貢献してきました。

西本先生は特に私たちの暮らしに関わる水や空気などに注目し、「環境を守る」から一歩進んだ「環境を育てる」分析化学をめざしています。環境に悪影響となる負荷を与えないだけでなく、自然の中から環境によい特徴を見つけ出し、役立てる。そのために分析化学を駆使できるはず、と西本先生は考えています。

「私はサイエンスの立場から、自然の力を生かした、より快適で便利な暮らしの可能性を探っています」

身近な環境に目を向け、分析化学を行う西本先生。その研究対象の一つが水です。なかでも先生が注目しているのは「機能水」*1です。機能水とは、人が処理をして性質を変え、機能をもたせた水のこと。現在、医療分野で手指の消毒や病原微生物などの殺菌、胃の病気の改善などに使われているほか、農業でも作物の病気を防ぐ効果が期待されています。

実は、水に処理を加えるとなんらかの効果を発揮することは古くから知られていました。例えば、塩をわずかに加えた水を電気分解すると、殺菌力をもちます。しかし、なぜこのような効果が生まれるのかは長らく分かっていませんでした。

「あるとき雑誌記者から、“肌に良い水”を作れるという水の電気分解装置を渡されたので、その装置で作った水を分析してみたんです。すると、殺菌力の元になっているのは電気分解した際に現れた塩素だとわかりました。塩を入れた水の殺菌力も塩素のせいだったんですよ」

塩素は体に悪い印象がありますが、「このぐらいの量まで、という境界線があるのです。機能を生かしながらも、環境に負荷をかけない“程度”を探ることが大切です」と、西本先生は言います。

神奈川大学で利用されているICP発光分光分析装置。右はプラズマによって試料が発光する様子。

神奈川大学で利用されているICP発光分光分析装置。右はプラズマによって試料が発光する様子。

西本先生は水の性質を知るためにさまざまな分析装置を駆使しています。そのうちの1つが「ICP発光分光分析装置」です。ICP(Inductively Coupled Plasma)は日本語では「高周波誘導結合プラズマ」と呼ばれます。調べたい物質を高温のプラズマに導入すると発光しますが、元素の種類により光の波長が異なります。その波長や強さを測定し、どんな元素がどれだけ含まれるかを調べるのです。水の分析では、水の中に溶け込んでいる元素を測ることができます。

また、溶け込んでいる物質により水の沸点などが異なることから、調べたい物質と基準となる物質の熱量の差を見ることで、調べたい物質の融点などを測定できる示差走査熱量計(DSC:Differential Scanning Calorimetry)も使われています。

示差走査熱量計を扱う西本先生

示差走査熱量計を扱う西本先生。

こうして西本先生は、経験的には知られていた水の機能の理由を解明してきました。そして今、西本先生はナトリウムイオンとカリウムイオン、それぞれが含まれた水に着目しています。

「私たちの体内にも、細胞の外側にはナトリウムイオンが多く、内側にはカリウムイオンが多くあります。その違いには理由があるはず。これらの水の性質を突き詰めていくと、人などの哺乳類の体に、よりよい水をつくれるかもしれません」

西本先生のもう一つの研究対象が、空気です。空気も私たちにとって、普段は意識しないほどありふれたものですが、それはときに人や生物に影響を与えます。

分析化学の研究対象として、建材などに含まれるVOCがあります。VOC(Volatile Organic Compounds)は、塗料や接着剤、ガソリンなどから出てくるような、常温でも液体から空気中に漂いだす有機化合物のこと。建材から出るVOCは、頭痛やぜん息などの体調不良が現れるシックハウス症候群の原因になるおそれもあります。西本先生は、VOC対策に取り組む建設企業とともにこの研究を始めました。

「建材から出てくると思われるVOCを、通常より短い時間で検出する手法を開発しました」と西本先生。本研究においては、熱重量測定(TG:Thermo Gravimetry)と、発生ガス分析(EGA:Evolved Gas Analysis)の装置などを組み合わせた、迅速なVOC測定法を開発しました。

また、西本先生はVOCを吸着する材料の機能も分析しています。ガスクロマトグラフ質量分析(GC-MS:Gas Chromatograph-Mass Spectrometry)装置を使って空気に残されたVOCの量を測り、対象の材料がどれだけVOCを吸着するかを調べています。なかでも吸着力が高いことで知られているのが、竹炭などの炭です。

青森県産業技術センターから提供されたリンゴ炭とヒバ炭。研究室には大量の試料が積まれていた。

青森県産業技術センターから提供されたリンゴ炭とヒバ炭。研究室には大量の試料が積まれていた。

ある時、西本先生は青森県工業研究センター(現・青森県産業技術センター)から、「ジュースの製造などで生じる大量のリンゴの搾りカスを、VOCの吸着剤として使えないか」という提案を受けます。提供された「リンゴ炭」を分析すると、塗料の溶剤などにも使われるベンゼンに対して80%、水蒸気で処理すると95%という高いVOC吸着率を示すことがわかりました。「通常であれば捨てられてしまうものを有効活用したい」と西本先生は言います。

「分析化学を通して材料のもつ付加価値を高めれば、活用の場を広げられるのではないか、と思っています」

わからないことが一つひとつ、分かってくる過程は推理小説にも似ている。学生たちにもこの面白さを伝えたい、と西本先生。

わからないことが一つひとつ、分かってくる過程は推理小説にも似ている。学生たちにもこの面白さを伝えたい、と西本先生。

西本先生は、分析化学の研究を進める中で、「自然そのものの力を活用することが大切」という思いに至ります。物質と物質を化合させてつくったようなものは、相互作用が強くなることが多く、環境に負担を与えてしまうおそれがあると先生は言います。

「自然の物質がもっている作用をうまく引き出したいんです。だから、いろいろな物質を混ぜたり組み合わせたりするよりも、水なら水、リンゴ炭ならリンゴ炭を単独で使っていくことを考えています」

物質の性質を詳しく分析することで、その機能をより発揮させるための方法が見えてきます。ひとつずつ結果を出すことで新しい技術が生まれていくし、興味もどんどん湧いてくるからやめられない、という西本先生。広く、深く物質を知ることを出発点に、西本先生の目は未来に向けられています。

「私たちの未来を守るために、これからも分析化学ができることを実行していきます」

その教えは、西本先生の研究室で学ぶ後進たちに受け継がれていくことでしょう。日立ハイテクノロジーズも、研究者の飽くなき探求心に最先端技術で応えていきます。

*1 日本機能水学会は「機能水とは、人為的な処理によって再現性のある有用な機能を獲得した水溶液の中で、処理と機能に関して科学的根拠が明かにされたもの、及び明かにされようとしているもの」と定義している。機能水の代表的なものにオゾン水、アルカリイオン水などがある。

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※本文中の情報は、2016年4月当時のものです。