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株式会社 日立ハイテクノロジーズ

電子顕微鏡ビジネスの「いま、ここ」 特集 社会を豊かにするハイテクソリューション05 新たな産業分野、学問領域を切り開く 電子顕微鏡技術の高度化をけん引

ナノレベルが当たり前になっている物質・材料研究の現場で、電子顕微鏡はもはや“インフラ”と呼んでも差し支えない存在だ。とりわけ特異な物性や優れた性能を発揮する微量添加元素を明らかにする際には、単に微細な対象を観察するだけでなく、分析や機能測定も可能な電子顕微鏡がなければ研究は進まない。そんな中、日立ハイテクノロジーズがフランスの国立科学研究機関であるCEMES(材料精緻化・構造研究センター)※1とのコラボレーションにより、世界最高クラスの分解能※2を誇る電子顕微鏡を開発、納入したというニュースが飛び込んできた。

*1
Center for Materials Elaboration and Structural Studiesの略
*2
Cs corrector(球面収差補正器)を用い、磁場free位置で空間分解能0.5 nmを達成

CEMESとの協業

CEMES本館

CEMES本館

フランスの国立科学研究機関から届いたリクエスト

CEMES球状研究棟外観
CEMES球状研究棟外観

CEMES球状研究棟内観
CEMES球状研究棟内観

 フランス南西部の都市、トゥールーズに研究施設を構えるCEMESは、CNRS(フランス国立科学研究センター)の数学・物理科学部門に所属する研究機関。欧州でもトップクラスの物質・材料研究所として知られる。

 1958年には独自の超高圧電子顕微鏡を開発、稼働。最近では「暗視野電子線ホログラフィー法」という顕微鏡観察手法を開発し、特許を取得するなど、高い電子顕微鏡技術を有する研究機関としても有名だ。

 そのCEMESが、次世代半導体の研究開発を飛躍的に進展させるため、新たな電子顕微鏡の開発、導入を検討し始めたのは2007年頃のこと。このプロジェクトのパートナーに指名されたのは、日立ハイテクノロジーズ(以下、日立ハイテク)である。高輝度と高エネルギー分解能が同時に得られる日立ハイテクのコールドFE電子銃(冷陰極電界放出形電子銃)技術が、電子線ホログラフィーによる半導体の歪み測定に一番適していると判断されたからだ。

ホログラフィー画像
ホログラフィー画像

 半導体デバイスの高性能化は、これまで微細化技術の進歩によってもたらされてきた。ところが今では技術的な限界が見え、また微細化に起因する障害も見過ごせないレベルになってきた。そこで注目されるようになったのが半導体基板であるSi(シリコン)に代わる代替素材。例えば「歪みSi」である。これはSi結晶格子を意図的に変形させ、Siよりも電子・正孔移動度を高めることで半導体デバイスの性能アップを図る技術だが、これには半導体製造プロセスの管理上、歪み制御がとても重要になる。

 今回のプロジェクトにおけるCEMESの目的のひとつは、半導体の歪み分布を二次元で観察し、歪み測定専用の観察アプリケーションを開発することにあった。

ビジネスを超えたビジネス 研究者たちの熱い想いに応える

株式会社日立ハイテクノロジーズ 科学・医用システム事業統括本部 科学システム営業本部 科学マーケティング二部 部長代理 飯田一志氏
株式会社日立ハイテクノロジーズ 科学・医用システム事業統括本部
科学システム営業本部 科学マーケティング二部
部長代理 飯田一志氏

フランス国立科学研究センター(CNRS)研究員 フローレン・オドリエ氏
フランス国立科学研究センター(CNRS)
研究員
フローレン・オドリエ氏

 「『私たちのプロジェクトに協力してほしい』とCEMESからお声がけいただきましたが、そこにはまず乗り越えなければならない壁がありました」と語るのは、日立ハイテクの飯田一志氏。今回のプロジェクトの営業チームのリーダーである。

 「その理由のひとつが、当社のFE-TEM(電界放出形透過電子顕微鏡)※1「HF-3300」に他社製の球面収差補正器を搭載してほしいというオーダーにありました。頑固かも知れませんが、当社の品質管理基準をクリアした製品しか売らないというのが当社のポリシー。他社の装置を組み込んでモディファイしたものへの性能保証はできないというのが我々のスタンスだったんです」(飯田氏)。

 もちろん、特注案件となれば、現在稼働している工場の生産計画を変更し、CEMESのための製造ラインを割り込ませることになる。他の製品への影響を含め、プロジェクト参画に反対する意見も社内にはあった。そうした反対意見にもかかわらず、日立ハイテクがCEMESとのコラボレーションを最終的に決断した理由はどこにあったのか。「一番の理由は、営業や設計者が“お客様にほれ込んだ”ということでしょうか」(飯田氏)。

 日立ハイテクにとってCEMESとの取り引きは、今回が初めてとなる。ところがCEMESには、日立ハイテクが1989年に発売を開始したFE-TEM「HF-2000」が2基据え付けられていた。実は今回のプロジェクトメンバーの一員であるフローレン・オドリエ氏が、2005年にイギリスとスイスの大学から「HF-2000」を譲り受けたものだ。オドリエ氏は、解体から陸路での輸送、組み立て、電子ビームの調整までを自らの手で行い、これまでCEMESでの各種実験・研究に活用していたそうだ。

 「当社が持つ電子顕微鏡のコア技術が、他には真似のできない素晴らしい技術であることを自らの手で見極めたオドリエ氏。これほどまでの探究心と、行動力を持つ研究者に会ったことがありません。設計チームのリーダーである日立ハイテク那珂地区(茨城県ひたちなか市)の谷口佳史氏や私は、『彼らの力になりたい』そう考えるようになったのです」(飯田氏)。

電子顕微鏡の蛍光板に写った観察画像
電子顕微鏡の蛍光板に写った観察画像

※1
FE-TEM:電子銃から電界放出の原理を用いて発生させた高密度の電子ビームを試料に照射し、試料を透過した電子を蛍光板またはCCDカメラに写して観察する電子顕微鏡。

I2TEMの完成

I2TEMを操作するオドリエ氏(左)とスノーク氏(右)

I2TEMを操作するオドリエ氏(左)とスノーク氏(右)

技術については一切妥協なく、お互いの本音をぶつけ合う

フランス国立科学研究センター(CNRS)研究責任者 エティエンヌ・スノーク氏
フランス国立科学研究センター(CNRS)
研究責任者
エティエンヌ・スノーク氏

 飯田氏は、オドリエ氏をはじめCEMESの研究者の想いに応えるべく行動を開始した。性能保証の問題は、CEMES、日立ハイテクはじめ、関係者でのミーティングを繰り返し、問題点を切り分け、担当部分を細かく定義することで解決した。今回の取り組みで忘れてはならないのが、ともに問題解決に尽力した、設計チームからの後押しだった。

 生産計画の変更についても、その影響以上にCEMESとの協業関係を築くことで得られるメリット、例えば電子顕微鏡技術の進展や市場へのPRなど、期待される効果のほうが何倍も大きいということを社内で訴え、周囲のサポートも得て承認された。

 「我々とCEMESとの距離がグッと縮まったのは2009年11月、オドリエ氏やその上司であるエティエンヌ・スノーク氏を日本に招いて実施した「HF-3300」のデモンストレーションの頃からでしょうか。技術については一切妥協なく、お互いの本音をぶつけ合い、以降1年以上の時間をかけて、じっくりと信頼関係を築いていきました」(飯田氏)。オプションなどの細かな仕様が決まった2011年1月には、CEMESと日立ハイテクとの間で正式な契約が交わされた。

 ところがその2カ月後、未曾有の大地震が東日本を襲う。当初予定していた納期は白紙となり、納入計画書を再提出することになった。「当時、日立ハイテクノロジーズヨーロッパ会社に駐在していた私は、すぐさまCEMESを訪ね、納期が遅れることを謝罪しました。スノーク氏は『どんなに遅れても構わない、確約できる納品期日を改めて教えてほしい』と寛大な心で、我々を迎えてくれたことが唯一の救いでした」(飯田氏)。

 だが、日立ハイテクの生産拠点である那珂地区の被害は甚大だった。約1ヵ月間の閉鎖を余儀なくされ、復旧・再稼働のめどに関する情報が入手困難な状況が続いた。飯田氏は現場で懸命な取り組みを続ける工場スタッフとともに、焦る気持ちを抑え、正確な状況把握とCEMESに対する誠実な報告に努め、この試練を乗り越えたという。

I2TEMのデータは多くのイベント参加者を魅了した

 こうして完成にこぎつけたCEMESオリジナルのFE-TEMは、干渉(interference)縞を観察できるホログラフィー電子顕微鏡であり、原子レベルでの物質の変化を動的に観察できるin-situ観察法を可能にしたローレンツ顕微鏡であることから、2つの頭文字「I」をとって、『I2TEM』と名付けられた。

 このI2TEMの「落成式 & ワークショップ」が、2013年6月17・18日の2日間にわたりCEMESで行われた。実はI2TEMの据え付け、引き渡し自体は2012年9月に完了していた。ただ、CEMESとしてはお披露目会を単なるハードウェアの紹介の場にしたくはなかった。むしろ、I2TEMにはどういった観察ができ、どんなデータが得られるのかを発表することで、今後期待される成果をアピールする場にしたかったのである。

 初日のワークショップには、CEMESをはじめCNRS、欧州内から約100名の研究者、関係者が出席。日本からは飯田氏を加え、日立製作所中央研究所の研究員らが参加した。スノーク氏の講演で発表された研究例は、暗視野電子線ホログラフィー法で観察された半導体の歪み分布と、磁性ナノワイヤの磁場分布。スノーク氏の観察データは多くの参加者を魅了した。

オドリエ氏による観察結果の発表
オドリエ氏による観察結果の発表

トゥールーズ最古の橋「ヌフ橋」から眺めるガロンヌ川。川のほとりのビストロでワークショップのパーティーが行われた
トゥールーズ最古の橋「ヌフ橋」から眺めるガロンヌ川。
川のほとりのビストロでワークショップのパーティーが行われた

落成式の模様
落成式の模様

 2日目の落成式には、ワークショップの参加者に加え、CNRS Institute of Physicsのディレクター、トゥールーズ市長代行、ミディ・ピレネー州の知事や科学研究部門長らも祝辞を述べるために駆けつけた。また、落成式の模様は、仏ル・モンド紙にも取り上げられ、I2TEMがCEMESと日立ハイテクとのコラボレーションによって誕生したと報じられたのである。

未来を見出す電子顕微鏡

I2TEM据え付け完了後の集合写真

I2TEM据え付け完了後の集合写真

CEMESが成果を期待するI2TEMの利用分野

 I2TEM
I2TEM

 前述の通り、CEMESがI2TEMに与えた最初のミッションは、半導体の歪み測定だった。スノーク氏によれば、ワークショップで発表した観察データは「今後、M&M(米電子顕微鏡学会)をはじめとするたくさんの学会で発表する予定だ」という。

 これと並行して、CEMESがI2TEMによるホログラフィー観察の成果に期待を寄せているのが、ハイブリッド車の性能向上をめざした「永久磁石の磁力測定」だ。

 永久磁石とは、ハイブリッド車などの高性能モーターに利用される磁石だが、高温になると磁力が落ちる欠点がある。そこでレアアースを用い、温度が上昇しても磁力が落ちないように工夫を凝らしているが、将来的には代替品を見つけたい。I2TEMで測定するのはレアアースの境界磁力。どのようなメカニズムで永久磁石の磁力を維持しているのかを調べていく予定だ。

 また、HDD(ハードディスクドライブ)の高密度・高速読み込み化を実現するため、「HDD磁気ヘッド部材の磁場測定」を行い、微小レベルのノイズ低減の研究を進める計画だ。この他、産業分野だけでなく、がん治療など医療分野への応用の可能性も模索され、I2TEMには、分解能だけではないプラスアルファの活躍が期待されている。

電子顕微鏡の潜在的な可能性に寄せられるビジネスへの期待

 その昔、光学顕微鏡は微生物などの肉眼で見えないものを見るために開発された。やがて電子顕微鏡が誕生し、ナノレベルまで計測することできるようになると、学術研究や産業の発展に欠かせない存在となる。そして今、電子顕微鏡は微細計測だけでなく、“機能を計測する”ツールへとその守備範囲を広げ、新たな進化を遂げているのだ。

 “機能を計測する”とはどういうことか。例えば、リチウムイオン二次電池の充電・放電といった反応が観察できる電子顕微鏡。水中におけるタンパク質解析など、試料が動いていても観察できる電子顕微鏡。DNAの塩基配列を観察し、DNA解析に新しい知見を見出す電子顕微鏡。ホログラフィー観察あるいはin-situ観察を可能にし、物質や素材の特性や、環境による物性の変化を観察するという意味でいえば、I2TEMも活用範囲を広げた電子顕微鏡のひとつといえるだろう。

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 一般的には、拡大する機能しかないと思われがちな電子顕微鏡だが、技術革新により様々な試料からもっとたくさんの情報を引き出すことができる。

 これからも、半導体産業、材料工学、生物学、医学といった産業や科学技術の発展に、電子顕微鏡の貢献は多いに期待されている。

株式会社日立ハイテクノロジーズ

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ここに掲載しているコンテンツは、日本経済新聞 電子版広告特集「社会を豊かにするハイテクソリューション」として、2012年6月~2015年3月まで掲載されたものの転載です。