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日立ハイテクサイエンス

1.1 あなたはどんな時に興奮しますか(励起スペクトル)

次のような場面で、興奮する度合いに点数をつけてください。
1) ジェットコースターに乗る
2) 峠道を車で走る
3) サッカーゲームをスタジアムで観戦する

この問いに対するAさん、Bさん、Cさんの回答は次のとおりでした。

  Aさん Bさん Cさん
ジェットコースター 70 90 30
車で走る 80 30 40
サッカー観戦 60 60 90

Aさん、Bさん、Cさん、それぞれの性格がよく表れていると思いませんか。

もうすこし一般的に分析すると、人間は、刺激を与えられたときには興奮します。しかし、人によってはどういった刺激に対して興奮しやすいかが違ってくる、ということが言えます。第三者は、ある人間を知るのに、刺激を与えて、それによって興奮しているかどうかを見極めることによって、その人間の性格が見えてくる、ということです。
では、その人が興奮しているかどうかはどうやって知るのでしょうか。答えは簡単です。人間は興奮すると心拍数が上がったり、汗をかいたり、顔が紅潮したり、泣いたり、叫んだり、いろいろな現象が現れます。その中のどれでもいいから、一つの項目について観察していればよいのです。

さて、話を実際の蛍光分析に切り替えます。
蛍光分析で取り扱う試料は、やはり刺激に対して興奮します。しかも、試料によって(物質によって)どんな刺激に対して興奮するかが大きく違うのです。試料も興奮すると、興奮していることを裏付けるさまざまな現象が現れます。
例えば、発光するのです。強く発光しているときはかなり興奮しているという裏付けであり、ほとんど発光していないときは、ほとんど興奮していないということです。
ところで、試料にとって刺激とは何でしょう。蛍光法では、光を照射することを試料を刺激する手段として採用しています。そして、照射する光の波長(色)を変えることによって、別の刺激を与えたことになります。

これらをふまえて、冒頭のアンケートを蛍光分析用に書き直してみます。

次のような場面で、各試料が興奮する度合い(発光強度)に点数をつけてください。
1) 紫色の光を浴びる。
2) 青色の光を浴びる。
3) 緑色の光を浴びる。

この問いに対する試料A、試料B、試料Cの反応(発光強度)は次のとおりでした。

浴びせる光 試料 A 試料 B 試料 C
紫色 70 90 30
青色 80 30 40
緑色 60 60 90

試料A、試料B、試料Cのそれぞれの違いがよく表れていると思いませんか。

もうすこし一般的に解説すると、蛍光分析で扱う試料は、光を照射したときに興奮し、発光します。しかし、試料によってはどういった波長の光に対して興奮(発光)しやすいかが違ってくる、ということが言えます。私たちは、ある試料の性質を知るのに、種々の波長の光を照射し、それによって発光しているかどうかを見極めることによって、その試料の性質が見えてくる、ということです。

ちなみに、
試料が興奮している状態・・・・励起状態
励起するために照射する光・・・・励起光
励起後の発光・・・・蛍光
上のアンケートの回答・・・・励起スペクトル

と呼びます。
また、人間の目では励起光は、紫、青、緑などの色の名前でしか区別できませんが、蛍光分析のみならず分光分析では、光の色を波長(単位:nm、ナノメートル、1 nm=10億分の1メートル)を使って区別します。見る人の目にも大きく関係しますが

紫: 400 - 420 nm
青: 450 - 500 nm
緑: 500 - 550 nm

といったところでしょうか。

一般的な励起スペクトルの形は次のようになります。この試料は、400 nmの光で励起したときに(刺激を与えたときに)、もっとも蛍光を強く発する(興奮してその結果発光する)こと、またそれほどではないにしても、350 nmの励起光でもかなり蛍光を出すことがわかります。さらに詳しい測定例を付録で示しています。

1.2 興奮した後どうなりますか(蛍光スペクトル)

前節では、興奮したという事実を確認するために、一つの現象に注目していればよいという話をしました。それはそれでよいのですが、さらに詳しく試料の性質を見極める鍵がここにあります。 再びアンケートをしましょう。
あなたは興奮したら、次のうちどのようになりやすいか、それぞれに点数をつけてください。
1) 汗をかく。
2) 顔が紅潮する。
3) 心臓がどきどきする。

この問いに対するAさん、Bさん、Cさん、の回答は次のとおりでした。

  Aさん Bさん Cさん
汗をかく 70 90 30
紅潮 80 30 40
どきどき 60 60 90

これもまたAさん、Bさん、Cさん、それぞれの特徴がよく表れていると思いませんか。
興奮した後にどうなるかという情報も、その人の特徴をよく表しています(例えば、Cさんは他の2人に比べて汗っかきだ、といったような)。第三者は興奮した人間がどのようになるかということを観察することも、その人の性質を知る手がかりとするのです。

蛍光分析では興奮した後の発光を測定の対象にしていることはすでにお話しました。人間が興奮した後どうなるか、ということで区別できるように、蛍光発光も、その発光の光の色(波長)で区別できるのです。このアンケートを蛍光分析に書き直すと次のようになります。

励起された試料が、次のうちどのように発光するか(蛍光を発するか)、それぞれに点数をつけてください。
1) 黄色の蛍光を発する
2) 橙色の蛍光を発する
3) 赤色の蛍光を発する

この問いに対する試料A、試料B、試料Cの反応は次のとおりでした。

  試料A 試料B 試料C
(1) 黄色 30 40 80
(2) 橙色 60 80 40
(3) 赤色 90 60 50

これもまた試料A、試料B、試料Cのそれぞれの特徴がよく表れていると思いませんか。
励起された後の試料がどういった色(波長)の蛍光を発するかという情報も、その試料の特徴をよく表しています。第三者は励起された試料がどういった波長の蛍光を発するかということを観察することによっても、その試料の性質を知る手がかりになるのです。

このアンケートの結果を蛍光スペクトルと呼びます。一般的な蛍光スペクトルの形は右のようになります。この試料を励起したとき、波長500 nmの蛍光をもっとも強く発すること、またそれほどではないにしても450 nmの蛍光もかなり発していることがわかります。更に詳しい測定例を付録で示しています。

1.3 クローン人間がたくさんいたら?(定量測定)

SFです。クローン人間(複製人間)をたくさん造れたとします。100人造ったことにしましょう。
そのオリジナルの人は、興奮したときに、思わず「うわー!」と叫んでしまう人でした。このクローン人間の集団を一部屋に集め、興奮させるべく刺激を与えたらどうなるでしょう?
完璧なクローン人間達だったので、一人が「うわー!」と叫んだ場合の100倍の音量で絶叫が部屋中に響き渡るはずです。
逆に、一人が叫んだときの音量をあらかじめ測定しておいて、クローン人間がたくさんいるところで(何人いるかわからない)刺激を与え、皆が絶叫したトータルの音量を測定すれば、その部屋に何人のクローン人間がいるかわかります。

蛍光法によって、試料の濃度を測定する定量演算はこれによく似ています。
同じ成分で、濃度のみが異なる試料が幾つかあったとき、試料が薄ければ(クローン人間でいえば人数が少なければ)、蛍光強度は小さく(叫び声の音量は小さく)、試料が濃ければ(人数が多ければ)、蛍光強度が大きく(音量が大きく)なります。

標準試料の濃度(ppm) 蛍光強度
00
05
10
15
20
25
05.0
15.0
25.0
35.0
45.0
55.0

あらかじめ濃度のわかっている試料(標準試料)をいくつか用意し、蛍光強度を測定します。これをグラフにして、検量線を作成します。検量線を作成したら、濃度のわからない試料を測定してみます。
例えば、その試料の蛍光強度が40だったとします。検量線を右図のようにたどることで、試料の濃度が16 ppmであることがわかります。

さて、一体どのくらいの濃度範囲を測定することができるのでしょうか。
この項の冒頭に書いた理屈では、いくら濃いところでも測定できそうに思えてきますが、そうではありません。あまり試料が濃すぎると、試料セル内のある部分で発した蛍光を、その近辺の部分が吸収してしまったり(このことは励起/蛍光スペクトルの形をも歪めてしまいます)、試料セルの奥まで十分励起光が届かなかったりして、かえって蛍光が減少してしまうことがあります。もちろん薄すぎても、蛍光が弱くなりすぎて検出できなくなってしまいます。いずれの場合も、測定できる濃度の範囲は測定対象に大きく依存しています。

1.4 吸光光度法とはどこが違うか

1.4.1 測定する波長

紫外可視の分光光度計を使った吸光光度法も、分光蛍光光度計を使った蛍光測定も試料にいろいろな波長の光を照射して測定を行います。この部分においては、装置のハードウェアの構成の面からみても、非常によく似通っています。また光を検出し、スペクトルのグラフを描いたときに横軸が波長である点もよく似ています。
しかし、これらの測定の間には決定的な違いがあります。

吸光光度法は、照射した光がどのくらい試料に吸収されているかを測定しています。吸収された光以外は試料を素通りするわけですから、素通りした光の強度を測定(透過率、反射率の測定)することによって、どのくらいの光が吸収されているかがわかるわけです。
ここで注目してほしいのは、照射した光の減り具合を見ているわけですから、照射している光の波長と観測している光の波長が同じである、ということです。

これに対し、蛍光測定は、発光を観測している、つまり、照射した光と観測している光は別のもの、当然違った波長です。

もう少し詳しく解説します。
光の波長と、その光の光子1個が持っているエネルギーの間には次の関係があります。

蛍光とは、励起光の持つエネルギーをいったん吸収して、このエネルギーを蛍光という別の光エネルギーに変換して発散しているのです。しかし、この変換の過程には若干のエネルギーロス(損失)があります。吸収した励起光のエネルギーのすべてを蛍光に変換できるわけではないのです。ロスがあるから、発する蛍光のエネルギーは吸収したエネルギーよりも小さくなります。 よって、蛍光の波長は必ず励起光の波長よりも長くなります(Stokesの法則)。

図には励起光の進行方向と蛍光の検出方向が90度であるように示しました。例えば吸光光度法のように照射した光が素通りしていく方向で検出したとすると、照射した励起光そのものも検出してしまいます。
先に述べたように、蛍光法では励起光は測定せず、二次的に発せられた蛍光を検出するわけですから、励起光が検出系に入射するのは好ましくありません。

そこで、励起光が検出系にもっとも入射しない方向として、90度の方向で検出するわけです。蛍光は通常、四方八方に等方的に発光しますから、90度の方向で観測できます。
それでも種々の乱反射で励起光は蛍光検出系に若干入り込んでしまいます。

1.4.2 高感度

吸光光度法、蛍光法の定量測定を比較すると、一般的に蛍光法の方が1/1000程度薄い試料まで定量することができます。蛍光法の方が検出限界が3桁低いといった言い方もします。
これはなぜでしょう。
下図を一瞬見たときに、吸光光度法の低濃度のものは、ブランクと試料の透過の棒グラフの高さの差(濃度の情報)を感じにくいでしょう。しかし、蛍光法の低濃度のものは、全く発光していない状態に比べると、いくら低い棒グラフであっても、その存在には気付きやすいはずです。
蛍光法は低濃度で有利なのです。

このことを理論的に説明すると次のようになります。
99%の透過率を持つ薄い試料について考えます。すべての測定には必ず誤差が含まれていますが、この場合、0.1%と仮定します。通常の吸光光度法では、ブランク(濃度ゼロ)に対して、どのくらい光が透過するかを測定しています。ブランク、試料共に同じ比率で誤差要因が加わるため、

のように、透過率の差1.0%に対して濃度測定の誤差は0.2%ですから、20%の誤差を含んでしまうことになります。これに対し、蛍光法では、多くの場合ゼロレベルとの差が試料濃度に対応するため、

のようになります。
蛍光法では、誤差のパーセンテージが、試料の濃度によらず、低濃度で極めて有利になります。
吸光光度法では、上図の矢印で表した濃度情報(ブランクと試料の透過の差)が、ノイズレベルと同程度になる点が検出限界となります(この例でいうところの0.2%)。
蛍光法では蛍光量そのものが濃度情報である(吸光光度法のように差ではない)ため、蛍光が出ていれば電気信号を増幅して検出することが可能です。

分光光度計と分光蛍光光度計による検出限界の比較(濃度単位:µg/ml)

物質 分光光度計吸光度0.001 分光蛍光光度計検出限界
ベンゼン 1×10-3 1×10-3
アントラセン 2×10-3 5×10-4
硫酸キニーネ 2.3×10-2 1×10-5
リボフラビン 1.9×10-2 1×10-5
ローダミンB 8.2×10-3 1×10-6
クロロフィル 5×10-1 5×10-3

注)分光蛍光光度計は、650-10S形を使用。蛍光信号がバックグラウンドの2倍になるところで検出限界を定義。

1.4.3 情報量が多い

蛍光法では、一口に波長といっても励起波長、蛍光波長の2種類が存在します。スペクトル測定といえば、励起スペクトル、蛍光スペクトルの2種類のスペクトルを指します。吸光光度法では、スペクトルといえば吸収スペクトル1つですから、同じ試料についての情報は、蛍光法の方が吸光光度法より多いということになります。
ところで、励起スペクトルは、どのような波長の励起光を照射したらもっとも蛍光を発しやすいか、ということを調べるためのものでした。
蛍光を発するには励起光のエネルギーを吸収しなければなりません。多く吸収されれば、多く蛍光を発すると考えるのが自然です。つまり、励起スペクトルは吸光光度法の吸収スペクトルに非常によく似たスペクトルになります。

1.4.4 一つの成分を狙い撃ち

一つの試料セルの中に複数の成分A、Bが混在していたとします。しかも、これらの吸収波長がほとんど同じだったら・・・・・。
吸光光度法ではこれらを区別することはできません。しかし蛍光法では、吸収波長が同じでも、もし蛍光波長が違っていれば、複数の成分を区別することができます(各成分の励起スペクトルはほとんど同じになりますが)。多くの成分の中から一つの成分を狙い撃ちして測定をすることがあり得るのです。

1.4.5 蛍光法の弱点

ここまで、蛍光法は、吸光光度法に比べると、ずっと優れているような書き方をしてきました。
しかし、蛍光法にも弱点があります。

  1. 世の中の物質は、実はいろいろ波長を変えて励起光を照射してみても、蛍光を発しない物質がほとんどなのです。吸光光度法に比べて測定可能な成分が限られたものでしかありません。蛍光を発しない物質を測定するときに、前処理をすれば測定可能になる場合もありますが前処理は往々にして煩雑です。
  2. 吸光法での測定結果は万国共通の値です。どのメーカーのどの装置で測定しても、原則的に同じ値が得られます。
    しかし、蛍光法では、蛍光強度の値は相対的強度です。単位もないのです。例えば、検出器の固体差などによって、同じメーカーの同じ型の装置で測定しても、結果の数値が違ってしまうことがしばしばあります。同じ試料を測定しても、その発光強度は、100であったり50であったりまちまちです(そのスペクトルの形は変わりませんが)。他のメーカーの装置であれば言わずもがなです。