サステナビリティへの取り組み
日立ハイテクは、さまざまな計測・分析・解析装置を、半導体、ヘルスケア、環境・エネルギー、材料、産業・社会インフラなど幅広いお客さまに提供しています。脱炭素やサーキュラーエコノミーなど社会課題が複雑化・深刻化するなか、その解決を支える装置にも、より高度な性能が求められています。
こうした装置の開発・製造現場を支えているのが熟練技能者たちで、「匠の技」を駆使して加工、溶接、組み立て・調整などの精緻な作業に向き合い、装置の完成度を高めています。さらに、教育や技術承継を通して、モノづくりの技能を未来へ引き継いでいくことも、大切な役割です。
日立ハイテクには、それぞれの製造分野で卓越した技能を持つ技能者が多数在籍しています。今回は、国の「現代の名工」に選ばれた4人が、現在までの道のりや日々の仕事を通して追求してきた「技と心」、そして、その技能を社会のためにどう生かし、未来へつないでいくのかを語ります。
卓越した技能を持ち、産業の発展などに貢献し、他の模範となる技能者を厚生労働大臣が表彰する制度。1967年度に創設され、延べ7,000人以上が表彰されている。
綿引正則は、入社以来37年間にわたって電子顕微鏡の精密組み立てに携わってきました。電子顕微鏡は数万点の部品で構成され、もっとも小さな部品は1ミリメートル程度。その組み立ては、人の手によって行われます。
近年は電子顕微鏡の分解能(※)が上がるにつれて、要求される精度も高まる一方だと、綿引は語ります。
「特に収差補正器という、電子線の収差を補正して原子レベルの観察を可能にする装置が搭載されるようになってからは、ミクロンレベル(※)の組み立て精度が求められるようになりました」
これほど精密な作業なら、ロボットによる自動化が向いていると思えるかもしれません。
しかし、綿引はそうではないと言い切ります。
「仕上がりの確認は測定設備を用いますが、組み立ての工程は人差し指でミクロン単位の調整を行っていく。指先が少し触れるだけで数ミクロンの違いが出る世界には、自動化された作業ではなく、人による繊細な感覚が欠かせません」
一方で、綿引は技能を個人の経験や勘に頼ったままにしておくべきではないと考えています。そのため、現在は経験が浅くてもベテラン並の組み立てを可能にする専用器具や、熟練技能者の経験や勘をデータとして可視化し自動化に生かすシステムの開発にも取り組んでいます。
「将来的には、部品をセットしたら自動で組み立てて、AIを使って仕上がり具合を判定する。そんなことも可能になると思っています」
鈴木房志は、電子顕微鏡の部品のなかでも特に高度な性能が求められる電磁レンズの組み立て、調整を行っています。過去には、鉄道車両用電動機やハードディスクの制作などにも携わっていました。入社して46年が経った今、異なる職種を経験したことが財産になったといいます。
「電子顕微鏡との出会いは1988年で、私が師と仰ぐ設計者・佐藤貢さんの『現場には最先端の科学がある』という言葉に触発されました。そして、ある先輩から『現場で物理をやろうぜ』と言われ、好奇心とワクワク感が刺激されたことが技能向上の源泉になっています」
同じ部品を用いて標準化された工程で作り上げた電子顕微鏡にも、1台ごとの「個性」(性能のばらつき)が出ると鈴木は言います。この差を解消し、どの装置で計測を行なっても同一の結果が得られるようにするには、熟練した経験と感覚による調整が求められます。
「モノづくりの質を高めるには、音や手触りといった五感を研ぎ澄ます感性が必要です。電子顕微鏡においては、わずかな調整の差で画質が変わってしまいます。こうした変化がなぜ、どのように生じるのかを知るために、先輩に言われた『物理』の扉を開けることが重要になります」
高橋忍は入社以来39年間、一貫して金属溶接に従事してきました。はじめて溶接に触れたのは、中学卒業後に入った日立工業専修学校だったといいます。
「溶接も人に大きく依存する工程です。同じものを何百、何千と作る量産品であれば自動化も可能でしょうが、日立ハイテクの製品は多品種・小ロット生産が基本。製品ごとに自動化のプログラムを作成するとなると時間がかかるため、人の手で溶接しています」
高度な溶接が求められる装置の一例として、電子顕微鏡の重要部品であるガンチャンバーがあります。これは筒状の部品で、電子線を安定させて高精細な観察を可能にするために、内部が高真空状態に保たれるよう溶接しなければなりません。
高橋が主に行うのは「アーク溶接」で、電気の放電(アーク)によってプラズマ状態を作り出し、その高熱で金属を溶かして溶接します。高橋は手先の繊細な感覚を生かすため、薄い綿の手袋で作業を行います。
高橋は入社後に「師」と仰ぐ先輩に出会い、数値だけでは表せない溶接の勘所を学んだと振り返ります。
「溶接の仕上がりには、作業者の力量がそのまま表れます。その良否は、溶接の幅や高さの一貫性、波目、色味などで判断します。色味は赤みがかった金色が理想的で、何回作業を繰り返しても同じ仕上がりにならなければ一流といえません。先輩に追いつこうと数年かけて研鑽に励み『良い出来だ』と言われたときは嬉しかったですね」
高橋は、さらに一歩先のこだわりについて話します。
「これは性能に直接影響しない部分ですが、キリッと通った溶接の線といった、見た目の美しさにもこだわっています。お客さまの目に触れない部分であっても、溶接がわかる人が見れば『良い出来だ』と思ってもらえる仕事をする。見えない部分にも手を抜かないことを大切にしています」
増子衛が担う機械加工は、旋盤やフライス盤などの工作機械を用いて金属部品を図面どおりの寸法・形状・精度に仕上げます。
各種の分析装置や医療機器、電子顕微鏡、半導体検査装置など、作る装置の部品は多岐にわたります。そして、部品の仕上がりの精度を高めることが、装置1台ごとの性能のばらつきを抑え、信頼性の向上につながります。
増子が入社した当時、周囲には仕事のスピードや判断の速い先輩が多く、自分もそうなりたいと技能の向上に励んだと振り返ります。
「転機になったのは、社内の技能競技大会への出場でした。旋盤とフライスの両方を使う競技に2度挑戦し、2度目に1位を獲得できました。そこで感じたのは、モノづくりには『上限』というものが存在しないこと。一般的な試験では100点満点で80点を取れば合格ですが、モノづくりの技能には100点より上の世界があるんです」
増子は、こう続けます。
「設計や開発が求める以上の精度を実現することで、装置の完成度がさらに高まる。それがこの仕事の面白さです。どんな高度な要求でも『無理だ』と思ったことは一度もありません。現状の設備や環境では難しいと感じることはあっても、知恵を絞れば何とかなるものです」
実際に、ある測定器を導入することで、それまで経験や勘に頼っていた工程を数値化し、不可能と思われた作業を可能にした経験もあるといいます。
今後もAIやデジタル技術の進化によって、人の技能に依存していた部分の可視化は進んでいくと予想されます。しかし、そうなっても人が重要な役割を担うことには変りはないと、増子は強調します。
「どんな課題をどんなふうに解決するか。そのためにどの工程を可視化し、どんな設備やプログラムを用意するか。それらを考えるのは人の役割。だからこそ人の知識や経験は、ますます重要になっていくと考えています」
4人の仕事はそれぞれ異なります。しかし、より装置の品質を高めるには「人の意志」が重要である点は共通しています。
4人は、技能を一人で磨いてきたわけではありません。綿引には「図面通りに作るだけでは一人前になれない。その先を考えなさい」と指導してくれた先輩がいました。その言葉の意味を、綿引はこう理解します。
「作業の手順を覚えるだけではなく、なぜその作業が必要なのか、どんな理由でそういう工程にしているのかまで考えなさい、ということだったのだと思っています」
その考え方を深めるきっかけとなったのが、入社2年後に経験したサービス部門への出向でした。そこでお客さまを訪ねて装置のメンテナンスや修理を行い、コミュニケーションを取ることで装置がどのように使われ、お客さまが何に悩んでいるのかを理解できたといいます。
「ある大学で『電子顕微鏡の電子ビームの光軸を微調整するアライメント機能をオフにした状態でもビームが正確に下りてくる』と、お褒めの言葉をいただきました。自分が組み立てた装置の性能を、お客さまがどのように判断しているのか。若いうちに身をもって知ることができた経験が、その後の仕事観につながっています」
さまざまな人と交わる中で得られる気づきは、成長の原動力です。日立ハイテクでは、社内の部門を超えた交流も日常的です。その様子を、増子はこう語ります。
「那珂地区生産本部には、我々が所属する製造以外にも設計、生産技術、技能教育などの各部門が集まっており、設計者の熱い想いを直接聞く機会も多くあります。このように近い距離で関係性を築ける環境が、積極果敢な人財を育てる土壌になっていると思います」
高橋は、こう補足します。
「設計が求めるレベルがどんなに難しくても、知恵を出し合ってなんとか形にしようという風土があります。先輩からは、自分の技能向上が設計の要求を満たすことになると教わってきました。これは実際に装置を使うお客さまに貢献することでもあり、そのために『なんとかする』のが製造の役割だと思っています」
さらに、鈴木はこう語ります。
「日立ハイテクは、2018年に他社に先駆けて高度技能専門職(※)を制度化しました。また、若手がモノづくりの技能を競い合う技能五輪に、50年以上にわたって挑戦し続けています」
技能五輪は「技能者版オリンピック」といえる大会で、国内で行われる全国大会と世界の技能者が参加する国際大会の2つがあります。日立ハイテクはその両方で100個以上の金・銀・銅メダルを獲得してきました。
鈴木は続けます。
「技能五輪選手と指導員は、勝つことを目標に鍛え合います。日々の現場で働く技能者も同様に、各々の目的を達成するために心血を注いでいます。このようにそれぞれの現場で仲間たちと競い合い、技と心を磨き合う循環型の輪が生まれています」
「技能以外で、名工に必要な要素は何か」と4人に尋ねると、少しずつ違う言葉が返ってきました。
綿引が挙げたのは「責任感」。「責任感があれば、最後まで妥協しない姿勢が養われます。どれほど高い技能を持っていても、その先にいるお客さまや社会に対する責任を忘れては意味がありません」
実際に、お客さま先で不具合が発生した際に、原因を突き止めて装置が復旧するまで1週間にわたって対応したことも。粘り強く対応を続けられた背景には、「日立ハイテクの製造部門を代表している」という責任感だったといいます。
鈴木が挙げたのは「あきらめない強い心」。「好きな作家の言葉に『少しだけ、無理をして生きる』(※)があります。常に熱意を持ち、成長しようとする意志を失わないことが大切です」
鈴木は今後の抱負は、電子線応用装置に用いるキーパーツの新しい製造プロセスを開発すること。現在の作業方法に満足せず、ベターな方法を模索し続けることが新しい価値を生み出し、社会へのさらなる貢献につながると説きます。
高橋が大切にするのは「向上心」。「溶接は、個人の技量に依存する部分が大きく、職人の個性や経験が品質に現れます。だからこそ『いつかはその道の第一人者として認められたい』という想いを持って研鑽に取り組んできました」
「一口に溶接といっても種類はさまざまです。アーク溶接の一種であるTIG(ティグ溶接)と可燃性のガスを用いるガス溶接ついては知識と経験がありますが、それ以外の溶接方法にも対応できるようになって進化するモノづくりに貢献したい」と、高橋は今後を見据えます。
増子が挙げたのは「強い興味」。「問題が起きてから調べるのではなく、普段から『知りたい』という気持ちを持って解析する。その積み重ねから、他の人が見逃すような小さなポイントも『もっと改善できるのではないか』というアイデアが生まれます」
増子は今、加工の現場で材料や工具に生じる「変形」と向き合っています。材料が刃物から離れていったり、逆に刃物が食い込み過ぎたりして起きる微細な変形をいかに抑えるか。日々の仕事の中に、追求すべきテーマが無限にあるといいます。
「現代の名工」は産業部門にとどまらず、伝統工芸や料理、美容、園芸など多岐にわたる分野の受賞者を輩出しています。4人は他の受賞者と交流して感じたことを、こう語ります。
「分野を問わず、現状に満足せず学び続ける姿勢は共通している」(綿引)
「伝統工芸の匠の方の『お客さまの支持がないと、技は残らない』という理念に強く惹かれた」(鈴木)
「長年培った技能によって生み出される優美さや機能など、高い付加価値を持つ成果物を生み出している」(高橋)
「ひとりひとりが勉強家で、自分の行なっていることに深く興味を持っている」(増子)
鈴木は、受賞した2017年に耳にした「Ancora Imparo(私はまだ学んでいる)」というイタリア語のフレーズが印象に残っているといいます。キャリアや年齢を重ねても現状に満足せず、常に「その上をめざす」姿勢も名工の秘訣かもしれません。
若い技能者へのメッセージも、4人それぞれです。
「失敗を恐れず挑戦してほしい。失敗も含めて経験したことが必ず自分自身の財産になる」と語る綿引は、茨城県のマイスターとして工業高校での指導にも力を入れています。若い世代にモノづくりの楽しさを知ってもらうことが、日本の産業振興にもつながると将来を見据えます。
「今ある技に満足したら、成長は止まるという事実をしっかり認識してほしい」と語る鈴木は、変えるべき技能と変えてはならない技能を常に考え、謎解きを繰り返すことがやりたい領域への挑戦権を広げ「真の匠」への道につながると、エールを贈ります。
「先達から受け継いだ技能に磨きをかけて『世界一のモノづくり』をめざしてほしい」と語る高橋も、工業高校などで溶接の魅力や奥深さを伝え、モノづくりの裾野を広げたいといいます。
「仕事とは一見関係のないことにも広く興味を持ってほしい。長い目で見ると、それが仕事につながる」と語る増子は「モノづくりは人づくり」と、言葉に力を込めます。
日立ハイテクグループは日立グループサステナビリティ戦略PLEDGES(※)のもと、5つの「サステナビリティ注力領域」をベースに事業を展開することで財務・未財務価値を最大化し、企業ビジョンを実現しています。
当社の 計測・分析・解析装置は、品質の安定や工程の効率化、研究開発の加速を通じて、お客さまの課題解決に貢献しています。装置が生み出すこれらの価値は、半導体や医療、環境・エネルギー分野の技術革新を支え、日立ハイテクのサステナビリティ注力領域である「持続可能な地球環境」「健康で安心・安全な暮らし」「科学と産業の発展」につながる社会・環境価値を創出しています。
こうした装置の開発・製造を支える現場では、現代の名工たちが「より良いものを」という思いを胸に、日々の改善や技能承継に取り組み、さらにその先のモノづくりの可能性を模索しています。