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京都大学
「何としても国産の装置を」途絶えさせない思いがつないだ開発
中村 私たちは現在、日立ハイテクと共同開発したX線治療装置「OXRAY」を用いた臨床を実施していますが、溝脇先生はOXRAYの前身となるX線治療装置の開発段階から携わっておられましたね。
溝脇 前任の平岡教授の下で当該X線治療装置の開発を始めたのは2002年のことです。当時、放射線治療の分野では、強度変調放射線治療(IMRT)*1は登場していたものの、画像誘導放射線治療(IGRT)*2のように、腫瘍に対して正確に位置決めを行う技術はまだ出始めで、対応できる会社も海外メーカーのみという状況でした。そのため、共同開発の仕様案策定に際して、実用化予定の10年後を想定すると、IGRTが標準化されている可能性が高いため、同機能搭載を強く訴えました。結果としてIGRTは広く普及し、臨床側の要求に応えられる装置を共同開発することができました。
中村 ただ、その後2016年に、当時X線治療装置を開発していた会社の経営方針が変わり、開発は一時途絶えかけましたよね。
溝脇 他の分野に経営資源を集中させるためX線治療装置の新規開発は中止と伺いました。しかし、その時点ですでに次世代のプロトタイプ機の試作が進行中で、何よりも動体追尾照射*3や二軸同時回転原体照射*4ができるX線治療装置が失われてしまうのは、あまりにも惜しいと感じていました。
X線治療装置に限らず、国内で築いた技術が一度途絶えてしまうと、ノウハウやリソースの面から見ても、再び開発を始めるのは極めて困難になります。これは、将来的には国力の低下にもつながりかねない、大きな損失です。だからこそ、「何としても国産の技術を残さなければ」という強い使命感を抱いていました。
中村 私も同じように考えます。X線治療装置に関して言えば、たとえマジョリティが海外製であったとしても、国内での開発を続けることで、次の世代に可能性を残すことができますから。国産装置だからこその強みを感じた場面はありましたか?
溝脇 やはり、開発のスピードでしょう。言語と文化の壁がないため、トラブル解決やソフトウェアの改良も円滑に行うことができました。そのため、「OXRAY」共同開発の当初、「位置決め装置」については海外メーカー品を利用するという話が出たのですが、私は「それだけは絶対に日立さんで開発してください」と強く主張したのを覚えています。
*1放射線の照射中に、照射野内の放射線の強さに強弱をつけ、腫瘍の形状に応じて照射を行う方法
*2治療計画用画像と、治療直前に撮影した画像を比較し、腫瘍の位置ずれをミリ単位で補正することで、より正確に放射線を照射する方法
*3呼吸などによって動くがんの位置をリアルタイムで追跡し、それに合わせて照射範囲を移動させる方法
*42つの独立した回転軸を活用し、異なる平面から放射線を照射することで、複雑な形状の腫瘍に対しても高精度かつ効率的な治療を可能にする方法
線形加速器システム OXRAY
日立グループが培ってきた照射技術と画像技術を統合し、2023年7月に国内販売を開始した画像誘導型X線治療装置。装置の回転の自由度を高めた「Oリング型のガントリー構造」により、患者寝台を動かすことなく多方向(非同一平面)から連続的に照射することができ、線量分布の改善が期待できる。X線画像とコーンビームCT画像を撮像可能な2対のkVイメージャ装置と照合装置を搭載しており、位置照合の高速化に寄与。超小型の加速管と照射野を成形するマルチリーフコリメータはジンバル機構に搭載され、治療用X線の照射方向を変化させることで、動くターゲットに対する追尾照射を可能にしている。
治療時間の短縮によって 患者の負担軽減に寄与
中村 そうして2023年に導入された「OXRAY」ですが、前身のX線治療装置と比較すると、その性能は格段に向上しましたね。
溝脇 前身のX線治療装置も画期的な装置ではありましたが、いくつか課題もありました。最大の課題は、照射野サイズが狭く、広範な標的には対応できなかった点です。そのため、本来外部照射が担うべき疾患のうち、約40%程度しかカバーできていませんでした。しかし、「OXRAY」では照射範囲を広げ、さらにジンバルの回転角度を広げることで、放射線治療が適用となる疾患の90%以上をカバーできるようになりました。これまで以上に広範囲の疾患に対して治療を提供できるようになったのは、大きな進歩です。
中村 私が特に感じたのは、「動体追尾照射の照射時間が格段に短くなった」という点です。動体追尾照射は前身のX線治療装置から可能でしたが、さまざまな方向から放射線を照射する必要があり、照射時間は30分以上と、かなり長くかかっていました。治療中、患者さんには放射線を当てたくない腕を上げていただくなど、無理な姿勢を取ってもらう場面もあり、照射時間が長くなると、その分だけ身体的な負担も大きくなります。「OXRAY」では、動体追尾照射と強度変調回転照射(VMAT)*5を融合させることで、位置合わせから照射完了までをわずか10分足らずで終えられるようになりました。
また、照射時間が長いと、その間に体内の腫瘍の位置がずれるというデータもあり、治療を早く終えられることは、患者さんの負担軽減だけでなく、より正確にピンポイントで照射できるという意味でも大きなメリットがあると考えています。
*5IMRTの応用形で、装置を止めることなく、回転しながら放射線を照射する方法
「その日の状態」に合わせた
より確実な治療を実現するために
溝脇 今後、患者さんの負担をさらに軽減していくには、「マーカーレス動体追尾照射」の実現が不可欠です。現在の動体追尾照射では、腫瘍の位置を正確に把握するために金マーカーを体内に留置する必要がありますが、患者さんにとって大きな負担となっています。より広く動体追尾照射を普及させるには、金マーカーを使わずに腫瘍を追尾できる機能を開発していく必要があります。現在、「マーカーレス動体追尾照射」の実現に向けて、研究を進めているところです。
そしてもう一つ、放射線治療分野で今後主流となると見られる「適応放射線治療(ART)」への対応も不可欠です。
中村 そうですね。動体追尾照射は、呼吸などの周期的な動きに合わせて照射する手法ですが、例えば今こうして話している間にも、膀胱には尿が溜まったり、胃にガスが溜まったりと、非周期的な動きも数多く起きています。ですから、日によって病巣や臓器の形や位置は変化しているのです。本来であれば、その日の病巣や臓器の状態に合わせて治療計画を立て直すのが理想であり、それを実現するのが「適応放射線治療(ART)」です。非同一平面からのピンポイント照射という特長に加え、ARTを実現できるのは、「OXRAY」の強みと私たちは考えています。
「OXRAY」は、2方向から画像を撮影できるため、その日の体内の状態をより正確に反映することが可能で、ARTの計画を立てやすいというメリットがあります。こうした特長をいかして、私たちの研究室では新しい治療法の開発を進めており、今後その成果を「OXRAY」に反映させていく予定です。
溝脇 がん治療を広い視点でとらえると、「抗腫瘍免疫」、つまりがん細胞を認識して排除する免疫力が100%正常に機能していれば、がんは発症しないとも言えます。言い換えれば、その免疫機能の低下や損傷を防ぐことができれば、抗がん剤も放射線治療も必要なくなるかもしれません。
もちろん、現在そのような治療の実現は非常にハードルが高いですが、放射線治療はがん細胞を直接攻撃するだけでなく、体の免疫システムを活性化し、がんに対する免疫反応を促進する面もあるという報告もあります。今後は、中村さんが言ったようなピンポイント照射に、免疫療法を組み合わせて、再発を防ぐような新しい方向性も模索されていくと思います。
中村 新たながん治療を実現するためには、臨床現場と装置開発の協創が必要です。その際、臨床および技術者それぞれの立場が分かる医学物理士として、がん治療への貢献をめざして協創効果を最大限発揮できるような橋渡しを行っていきたいです。
