岡山県立倉敷工業高等学校は、1939年(昭和14年)の開校以来、地域や社会との連携を重視してきた。近年はSDGsやPBL(問題解決型学習)といった新たな視点を取り入れ、主体的・対話的で深い学びを実践することで、生徒の主体性と探究心を育む工夫を重ねている。教員も、生徒がこれまで体験したことのない分野や新しい挑戦に触れられる機会を積極的に提供し、生徒自身が新たなテーマやアイデアを持ち込むことを常に歓迎している。
また、研究活動においては社会と同様に資金調達の苦労を経験させ、研究の重要性や社会とのつながりを実感できるようにしている。今回紹介する生徒たちも、企業や財団との関係づくりを自ら行い、その結果としてさまざまな支援や指導を受けながら、自分たちの研究が社会にいかに役立つのかを意識して取り組んでいる。
本記事では、「天然樹脂を利用したモデルロケットコーティング技術の開発」に取り組む3年生の山野井さんと志水さん、そして「撚糸の方法や生地の織り方と放出される洗濯くずの相関関係の研究」に取り組む2年生の安原さんと渡谷さんに、それぞれの研究内容をうかがった。
(ご参加いただいた皆さん)
藤田学教諭
山野井さん(3年)・志水さん(3年)「天然樹脂を利用したモデルロケットコーティング技術の開発」
安原さん(2年)・渡谷さん(2年)「撚糸の方法や生地の織り方と放出される洗濯くずの相関関係の研究」
藤田 学 岡山県立倉敷工業高等学校 教諭
山野井彩乃さん 岡山県立倉敷工業高等学校3年生
志水絢香さん 岡山県立倉敷工業高等学校3年生
電子顕微鏡画像
(柿渋を塗る前の紙表面)
電子顕微鏡画像
(柿渋を複数回塗った後の紙表面)
藤田:山野井さんと志水さんは、電子顕微鏡を活用し「天然樹脂を利用したモデルロケットコーティング技術の開発」に取り組んでいます。ここでいう天然樹脂とは柿渋のことで、これをロケットの外壁素材として応用する研究です。ロケットを舞台に、耐水性・耐熱性・表面の滑らかさを追求するには、広い視野や幅広い知識、そして繰り返しの実験が欠かせません。
山野井:私が科学やロケットに興味を持ったきっかけは、マンガ『宇宙兄弟』を読んだことでした。そのため、高校で先生が提示してくださった複数の研究テーマの中から、迷わずロケット開発を選びました。外壁に柿渋を用いるという発想は、ロケットに求められる耐熱性や耐水性を満たす塗料を探す過程で生まれたものです。繊維分野の学習で、柿渋が竹や傘に使われ、耐水性のある素材であることを知り、自然由来のこの素材に注目しました。
志水:柿渋の塗布回数や順番、ほかの素材との組み合わせなどを繰り返し試しました。ロケットを何度も打ち上げ、飛行の安定性や強度、落下までの時間を計測し、改良を重ねています。火薬の選定やエンジンの性能差といった予期せぬ要素にも対応しながら、安定した飛行を目指して検証と改良を続けました。その結果、柿渋には耐水性のものと耐熱性のものがあることが分かり、それぞれの塗布順や回数を工夫して検証した結果、最終的に「耐水性の後に耐熱性の柿渋を2回ずつ塗る」という最適な方法を見いだしました。先日開催された第45回モデルロケット全国大会(JAXA筑波宇宙センター)でも、滞空競技団体3位、高度競技第3位、総合第3位という成績を収めることができました。
藤田:彼女たちがこの研究を始める大きなきっかけとなったのが、「Girls Rocketry Challenge」です。リバネス社とロッキード・マーティン社などが資金や機材を提供し、女子生徒のロケット工学への挑戦を支援するプログラムで、全国で選ばれた4チームのうちの一つに彼女たちが入ったのです。
山野井:この実験の成果が社会のどこにつながっているのか、企業は何を求めているのか。資金をいただくだけでなく、企業や外部の専門家の皆さんから「本気の指導」やアドバイスを受けられたことは、社会人の知識や考え方に触れる貴重な機会となりました。 そして、この研究で大きな役割を果たしたのが電子顕微鏡です。柿渋をさまざまなパターンで塗布した中で、良い結果が得られたロケット外装がどのような状態になっていたのかを自分の目で確認できたことが重要でした。例えば、柿渋を塗ることで外壁表面の隙間が埋まり、密度が高まって滑らかになり、その結果空気抵抗が減少していることを電子顕微鏡で視覚的に確認できました。「なぜそうなるのか」というメカニズムを理解できたことで、次の仮説を立て、検証する力につながりました。
志水:なかなか良い結果が出ず悩んでいたときも、藤田先生がいつも前向きなアドバイスをくださったのは、とても心強かったです。
安原なつみさん 岡山県立倉敷工業高等学校2年生
渡谷結衣さん 岡山県立倉敷工業高等学校2年生
電子顕微鏡画像(繊維くず)
Miniscope は研究にフル活用されている
天然樹脂の柿渋を外壁素材として利用したロケット
環境に優しい繊維の開発に向けて洗濯を繰り返す毎日
藤田:「撚糸の方法や生地の織り方と放出される洗濯くずの相関関係の研究」に取り組んでいるのは、安原さんと渡谷さんです。科学部の活動ではなく、自主的に放課後の時間を使ってテーマを見つけ、研究を続けています。岡山県の名産であるデニムと帆布(はんぷ)という異なる織り方の布を用い、洗濯くずの出方の違いを調べるというものです。身近な洗濯という行為を入り口に、より大きな環境問題へと視野を広げる、意欲的なテーマです。
安原:研究を始めたきっかけは、生地構造(平織りと綾織り)の違いによって洗濯くずの出方や、そこに含まれるタテ糸とヨコ糸の割合を観察すれば、学校で学んでいるテキスタイルの専門知識をより楽しく理解できるのではないかと思ったからです。最終的には、撚糸(※)の方法や織り方と洗濯くず排出の関係を解明し、マイクロプラスチックの放出を抑える技術に結びつけたいと考えています。
渡谷:最初は、デニム(綾織り)と帆布(平織り)の洗濯くず発生を比較する実験から始めました。分かったのは、デニムからは多くのくずが出るのに対し、帆布からはほとんど出てこないということ。その原因は織り方にあると考えました。綾織りのデニムはタテ糸が露出している部分が多く、そのタテ糸が洗濯くずとして放出されやすいのに対し、平織りはしっかりと織り込まれているため、ほとんどくずが出ないことが分かりました。
安原:この傾向は洗濯を繰り返しても同じで、デニムからは毎回ほぼ同じ量のくずが出る一方、帆布からは一貫して出ませんでした。実験は、同じ大きさの布を準備し、端を縫って洗濯機で同じ条件(時間・水量)で洗い、排水をフィルターでろ過して繊維くずを集め、乾燥させて質量を測定する方法で行いました。その際、電子顕微鏡を使って繊維くずを観察しました。肉眼では見えない細かな違い、例えば一本の繊維の中にさらに細い繊維が含まれるといった質的な差があることを確認できたのです。これは原因究明を進めるうえで大きな発見でした。
渡谷:現在はこうした結果を踏まえ、タテ糸やヨコ糸にどのような素材を使えば、より環境にやさしい繊維ができるのか研究を進めています。
藤田:この研究でも、大学や企業との貴重な交流がありました。リバネスのチャレンジプログラムを通じて、慶應義塾大学の繊維専門の学生チューターから月1回ほど面談指導を受け、研究の進め方や発表資料の作り方について助言を得ています。また、パタゴニア社からは実験に不可欠なフィルターの提供を受けました。現在、マリンチャレンジプログラムの中国地方代表として全国大会での発表を控えています。この研究は、日本の家電メーカーや繊維メーカーでもまだ手がけられていないテーマです。ぜひ積極的に成果を発信し、社会とのつながりを実感してほしいですね。
安原:大学や企業の方々、藤田先生からいただくアドバイスはとても参考になります。「気になったことは調べる」という習慣が身についたのもその一つで、研究に限らず多くの場面に役立つ大切な学びだと感じています。
渡谷:私にとって一番印象に残っているのは、研究に行き詰まっていたときに、藤田先生がさりげなく美味しいアイスを差し入れてくれたことです(笑)。
安原・渡谷:ほんと最高でした!
藤田:え、それなの?!(笑)
※ 撚糸(ねんし)とは、複数の糸をねじり合わせることで出来上がった素材。ここではこの技術で出来上がった糸のこと。
岡山県立倉敷工業高等学校は、昭和14年に岡山県倉敷工業学校として開校し、昭和23年の学制改革により現校名となり、本年(2025年)創立86周年を迎える。
本校は、一般教養の基礎の上に専門的な知識と技術を修得し、創造性に富み、自主的に行動できる心身ともに健全な工業人の育成を教育目標としている。その実現のために、機械科、電子機械科、電気科、工業化学科、テキスタイル工学科の5学科を設置している。
生徒は日々の学習に加え、資格取得や部活動、ものづくりにも積極的に取り組んでいる。検定前には補習を行うこともあり、各学科で培った専門分野の学習や技術の成果が確実に表れている。
また、社会や地域に貢献できる人材の育成を重視しており、科学部をはじめとする部活動においても、地域社会や企業との連携を意識して活動している。自らの学びや研究が社会といかに関わり、貢献しているかを常に念頭に置いているのである。