もうひとつの「はやぶさプロジェクト」
ー小惑星イトカワのサンプルをとらえたー

2010年6月13日、小惑星探査機「はやぶさ」が地球に帰還した。2003年の打ち上げから7年、数々のトラブルを乗り越えて満身創痍で戻ってきた「はやぶさ」に国民が熱狂した。「はやぶさ」が小惑星イトカワから採取したサンプルは極めて微小・微量であったが、当社を主幹事とするプロジェクトチームが開発・納入した「キュレーション設備(惑星物質試料受け入れ施設)」により、貴重なサンプルの確認・解析は成功した。

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弾丸は発射されなかった

アクシデントは、2005年11月に起きた。

「はやぶさ」は、地球から約3億km離れた小惑星イトカワに無事到達し、地表へのタッチダウンを行った。その際、金属の弾丸を打ち込んで飛散する砂粒をキャッチする計画であったが、故障で弾丸が発射されなかったことが判明したのである。サンプル採取が失敗すれば、2002年から開発を進めてきた「キュレーション設備」の出番はなくなる。

「しかし、宇宙航空開発機構(JAXA)の教授陣は『弾丸は打ち込まれなかったが、タッチダウンの衝撃で舞い上がった微粒子を捕捉している可能性がある』と望みを捨てていませんでした。ただし、肉眼で確認できないほどの極微粒子だろうということでした」と科学システム営業本部分析システム二部の田中努部長代理(当時)は振り返る。

この言葉に励まされ、開発チームは、極微粒子を想定して、その回収・観察・加工ができるように設備の改造を進めた。

もう一つの「はやぶさプロジェクト」前編(Hitachi theater)

日立ハイテクが契約主体となって開発

キュレーション設備の開発のきっかけは、JAXAから株式会社日立プラントテクノロジー(現日立製作所インフラシステム社)に入ったクリーンルームに関する電話照会だった。「はやぶさ」が持ち帰る予定のサンプルを解析・保管する設備ということだったが、サンプルを扱う機器、走査型電子顕微鏡などが必要となる。そこで、2002年に株式会社日立製作所中央研究所(中研)、株式会社日立ハイテクノロジーズ、さらにJAXAのグローブボックスで実績豊富な株式会社美和製作所が加わり、当社が契約窓口となってプロジェクトチームとして提案することになった。

当社にとって宇宙関連の装置開発は初めてである。チームは月1回のぺースで仕様書の検討を行った。ポイントは、宇宙空間と同様の真空度を保つクリーンチャンバーの中でカプセルを開封し、その後、チャンバーに窒素を充填してサンプルの変質を防ぐことにある。当社製品では、大気に触れないで観察できる「雰囲気遮断システム」を組み込んだ「電界放射型走査電子顕微鏡S-4300SE/N」と、サンプルをカットする「集束イオンビーム加工観察装置FB2200」が採用された。

ようやく仕様が固まったところで、冒頭の「はやぶさ」のアクシデントが伝えられたのである。サンプルが極微粒子となれば、コンテナを不用意に開封すると飛び散ってしまうおそれがあった。眼に見えない極微粒子の回収方法も難題だった。技術面は(中研)が中心になって取り組んだが、コンテナの開封方法を見直し、極微粒子の採取には静電気を帯びた針を使用することも検討した。結局、効率を考えて内壁をヘラでなぞって回収する方法を採用したが、サンプルを汚染させないヘラの材質の選定にも苦労が絶えなかった。混成チームだけに議論が白熱し険悪な状況になることもあった。

「メンバーの意見調整に神経を使いました。難しい状況にぶちあたったときや困難を乗り越えたときは、飲み会が大いに潤滑油になりました」と田中は語る。その間にも「はやぶさ」は刻々と地球に近づいており、2008年には帰還する。何とか、2007年に仕様変更を終えた設備を納入することができた。その後、1年かけて実際に操作を行う研究者の意見を入れて細かい調整、手直しが続いた。

電界放射型走査電子顕微鏡S-4300SE/N©宇宙航空研究開発機構(JAXA)

集束イオンビーム 加工観察装置FB2200

2,000粒を超える微粒子を回収・解析

「はやぶさ」は、エンジンの不具合、燃料漏れ、バッテリー切れ、通信途絶などのトラブルが相次いだが、奇跡的に飛行を続けた。

「もう地球に戻れないのではないかと思ったこともありましたね。結果的に、帰還が2010年にずれ込んだため、じっくりシミュレーションを繰り返すことができました」と田中は振り返る。

「はやぶさ」は最後の力を振り絞って2010年6月13日に帰還し、オーストラリアの砂漠でカプセルが無事回収された。

JAXA相模原に届いたコンテナはキュレーション設備で開封されたが予想通り肉眼では何も認められなかった。ヘラで内壁を慎重にかきとってS-4300SE/Nで観察すると2,000粒以上の粒子が見つかった。その粒子の解析の結果、イトカワ由来であることが確認された。

もう一つの「はやぶさプロジェクト」後編(Hitachi theater)
イトカワから採取した極微粒子のSEM像©宇宙航空研究開発機構(JAXA)

メーカーと商社の融合の成果

当社は、2010年12月にJAXAから「はやぶさプロジェクト」功労賞を受賞した。

「JAXAの厳しい要求仕様にチームで対応し、最善のシステムをまとめあげることができました。メーカー機能・商社機能があってこその成果であり、システムの保守管理で株式会社日立ハイテクフィールディングも活躍しました。イトカワのサンプルは世界中の研究者に配られて、さまざまな惑星研究に生かされています。2015年には「はやぶさ2」が打ち上げられましたが、このプロジェクトでも貢献したいと思っています。また、プロジェクトの成果として、電子顕微鏡の雰囲気遮断システムが、リチウムイオン電池や触媒をはじめとする先端素材の研究現場で広く使われるようになりました」と田中は、その波及効果について語っている。

「はやぶさ功労者に対する感謝状贈呈式」(2010年12月)