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日立ハイテク

原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡

Atomic resolution holography electron microscope

株式会社 日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 主管研究長 日本顕微鏡学会会員、応用物理学会、計測自動制御学会会員 品田 博之(工学博士)

株式会社 日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 主管研究長
日本顕微鏡学会会員、応用物理学会、計測自動制御学会会員
品田 博之 (工学博士)

はじめに

画期的な機能や特性を持つ材料を開発するためには、その機能や特性を生み出している材料内部の電磁場を原子レベルの分解能で計測し、その量子現象を解明することが必要となってきている。これを実現できる強力なツールである1.2 MVの超高圧ホログラフィー電子顕微鏡が開発された。
ホログラフィー電子顕微鏡は、1978年に外村彰博士が、電界放出電子銃を用いることで初めて実用化に成功した計測装置である1, 2)。その後加速電圧を高め、高分解能化と、より厚い試料の観察を可能にしていった。2000年には世界初の超高圧1 MVホログラフィー電子顕微鏡を開発し3)、酸化物高温超伝導のメカニズム解明に寄与した4)。それから10年以上が経過し、電子顕微鏡周辺技術も大きく進歩した。そこで、それらの技術を結集した究極のホログラフィー電子顕微鏡の開発に取り組み、世界最高分解能43 pmを達成した。この開発の概要について紹介する。

装置の概要と四大技術課題

原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡の概要は図1に示す通り、1.2 MV高電圧発生回路、電子銃制御電源、そして電子銃と加速管が収められた三個のタンクを備えている。これらの機器にはマイナス1.2 MVの高電圧が印加されるため、放電抑制ガスであるSF6(六フッ化硫黄)を充填したタンク内に収められている。また、高圧電源から発生する各種ノイズの影響を抑えるため電子顕微鏡本体から離して設置し、その間を高電圧ケーブルで繋ぐ構造となっている。基本構成は、2000年に完成した1 MV超高圧ホログラフィー電子顕微鏡3)を踏襲しているが、今回、分解能を大幅に向上させるために以下の四つの課題を解決した。

原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡の概要
図1 原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡の概要
高い安定性を確保するため、高圧電源を電子顕微鏡本体から分離した3タンク方式の1.2 MVの超高圧電子顕微鏡。
タンクの間は高電圧ケーブルで結ばれている。

球面収差補正器を世界で初めて超高圧電子顕微鏡に搭載

光学顕微鏡では凸レンズと凹レンズを組み合わせてレンズの球面収差を補正している。一方、電子顕微鏡に用いる電子レンズでは、長い間凹レンズの機能を出すことができなかったため球面収差により分解能の向上が阻まれてきた。この収差を補正する装置は1995年に実用化されたが5)、その性能を引き出すには搭載される電子顕微鏡本体に高い安定性が求められるため、大型の超高圧電子顕微鏡には搭載されていなかった。そこで以下に記載の技術課題を解決して装置安定性を大幅に高め、超高圧電子顕微鏡に世界で初めて球面収差補正器を搭載した。

エネルギーのばらつきを抑えた1.2 MeVの電子ビーム

電子ビームのエネルギーがばらつくと球面収差補正器を備えていても焦点ぼけを生じてしまう。したがって電子ビームを非常に安定した電圧で加速することが不可欠である。40 pm台の目標分解能を得るには、1.2 MeVの高いエネルギーを持ちながら、そのばらつきを0.6 eV未満に抑えた電子ビームを得ることが必要という試算が得られた。そこで電子ビームを加速するための電圧の安定度を高めるため、ノイズが少なくかつ温度係数の小さい抵抗器、ノイズフィルタ機能を有する高電圧ケーブルなどを開発し、従来装置の安定度を約70%上回る、安定度3 x 10-7の1.2 MV超高圧電源システムを開発した。

電子ビームを長時間安定して放出する電子銃

1 MVの超高圧電子顕微鏡やそのほかの一般的な電界放出電子銃は、電子を引き出すための電圧(引き出し電圧)を印加して電子放出を開始した直後から放出電子電流が減少する。そのため一日に1~2回は引き出し電圧を調整しながら使用する必要があった。しかし、引き出し電圧を調整するたびに電子ビームの軌道がわずかだが変化するため、最適な光軸条件で球面収差補正器を動作させることが容易ではない。一日の観察の間、無調整で使用できる電界放出電子銃が必要と考えた。近年高安定な電界放出電子銃が実用化しつつあるが、それをさらに高度化し電子銃内部の真空度を最新型のものよりさらに数倍以上、また2000年に開発された1 MV機より約100倍の高真空である3 x 10-10 Pa(パスカル)とした電子銃を開発した(図2)8)

高安定高輝度電子銃
図2 高安定高輝度電子銃
これまでの電子銃は電子放出直後に放出電子が減少してしまうため、引き出し電圧などを調整しながら安定するのを待って使用していた。
今回の開発では極高真空化することで電子ビーム引き出し直後から安定して使用できるようになった。

分解能の劣化要因を排除する設備技術の開発

原子レベルの観察を行うためには、電子ビームや観察する試料に対する振動、音響、磁場などの外部からの乱れ要因を極限まで抑える必要がある。これらを抑制するために専用の建屋を建設し、建屋室内に吸音材を貼り付け、また精密な室温制御も実現した。その結果、目標を上回る高い遮音性と低雑音性:20 dB以下(> 200 Hz)、床振動:7.2×10-4 cm/sec2(@100 Hz)、室温変化:±0.2℃ /8 hrを達成した(図3)7)

低ノイズで安定な環境を確保する電子顕微鏡専用建屋
図3 低ノイズで安定な環境を確保する電子顕微鏡専用建屋
高い遮音性と低雑音性能: 20 dB以下(> 200 Hz)
床振動の低減: 7.2 x 10-4 cm/sec2 (100 Hz)
顕微鏡周りの温度変化(室温): ±0.2°C /8 hr

開発の経緯

開発の過程では多くの予期せぬ不幸やトラブルに見舞われた。ここではそのうち特に重大な4件について触れることにする。

中心的ベテランエンジニアの逝去

2010年3月正式にプロジェクトがスタートしたが、今回の開発プロジェクト提案の要であり、超高圧電子顕微鏡の開発を長年手がけてきたベテランエンジニアの松井功氏がスキルス性の胃がんに倒れ急逝してしまったのである。二人三脚でプロジェクトを推進してきた外村博士が最もショックを受けたことは間違いなかった。しかし、そのような姿は見せずプロジェクトメンバーを鼓舞してくれたおかげで、残されたメンバーは粛々と開発を続けた。専用建屋、高圧ケーブル、高電圧機器を納める高圧タンクなどの大型部品の設計と製作手配が引き継いだ設計者たちの努力により予定通り進められた。

東日本大震災

2011年3月、東日本大震災が発生した。埼玉県にある開発拠点には大きな被害はなかったが、茨城県で製作中の高電圧ケーブルが津波で冠水した(図4)。直径12.5 cmの特殊な高電圧ケーブルを一から作り直すことは予算的にも日程的にも不可能であった。ところが奇跡的にも工程途中の予備品が冠水を逃れたためわずかな遅延で完成させることができた。もう一か所危機一髪だったのは、この顕微鏡の心臓部とも言える超高安定電源類の開発を担当していた宮城県の電源メーカーである。津波は工場の直前で奇跡的に止まり、電源は無事納品された。一方でそのころ外村博士がすい臓がんと診断されるという出来事が起きた。本人は気丈にもその直後に全プロジェクトメンバーに事実を伝え、治療後には必ず戻ってくると宣言した。

完成直前で津波を受けた高電圧ケーブル
図4 完成直前で津波を受けた高電圧ケーブル

高電圧ケーブルの耐電圧

2011年8月末、顕微鏡を収める建屋が当初の計画通りに竣工した(図3)7)。その後、電源や高電圧ケーブルも設置され、1.2 MVの高電圧の印加テストを2012年1月末に実施したが900 kVで放電を起こしてしまった(図5)。工場出荷前に1.3 MVの電圧印加試験をパスしていたのでこんなに低い電圧で放電してしまうとは予想もしておらず、ショックは大きかった。社内の高電圧有識者で対策チームを作り、シミュレーションと評価実験の検討を重ねた結果、動的なシミュレーションにおいて、電場がほとんどゼロであるとみなされていた場所に高い電場が発生するタイミングがあることが分かった。設計時の静的なシミュレーションでは見逃されていたのだった。問題となる部位の電場上昇を抑える電極を新設し耐電圧試験をクリアしたのは2012年7月であった。

高電圧ケーブルのケーブル端部で放電が発生
図5 高電圧ケーブルのケーブル端部で放電が発生
先端部はマイナスの高電圧が印加され、根元部分はグランドである。
ケーブル先端に高電圧を印加する試験を行ったところ、所定の電圧1.2 MVに達する前に放電が発生し、樹脂の表面に放電痕が残った。

外村博士の逝去

2011年4月に手術を受けた外村博士は、その半年後には研究所に出てこられるところまでに一時回復したのだが2012年5月2日に帰らぬ人となってしまった。一同大変に動揺したことは確かだが、開発に従事するメンバー全員に、外村博士の意向で病状がほぼ隠さずに伝えられており、ある程度の覚悟はできていた。プロジェクトの代表(中心研究者)を誰が引き継ぐかが大問題であったが、研究者時代に外村グループで顕著な成果を多数挙げ、2012年当時は中央研究所所長であった長我部博士が引き継ぐことでプロジェクトを継続することができた。

世界最高分解能への挑戦

2014年3月には1.2 MVの加速電圧で電子顕微鏡像を出せるところまで来た。次は世界最高分解能の達成へ挑戦した。高電圧の安定度、装置設置環境、電子ビームの安定性、収差補正器の動作などは個別に確認できており、40 pm台の分解能が達成できるはずであった。2014年前半にはすぐに分解能60 pmまで到達できたが、その後の進みは遅く10月になっても50 pmにとどまっていた。この原因は、ステージの静止性能、電気的な外乱ノイズ、試料ダメージなど複数あると考えた。その中でも特に試料ダメージに注意を払うこととした。原子一個ずつを捉えて分解能を実証するため数原子の厚さしかない部分を観察していたので、じっくり見ていると電子照射でその構造が壊れてしまうのである。そこで電子ビームの焦点を別の個所で合わせたのちに素早く観察場所に移動し多数か所を撮影することとした。その結果、44 pmのGa原子の間隙を観察することに成功した(図6)。さらに、タングステン単結晶を用いて別の方法で分解能を検証し、より良好な43 pmの格子間隔を再現性よく捉えることができた。この結果を論文発表し9) 分解能世界一として認められるに至った。図7は完成した原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡の主要部である。

窒化ガリウム(GaN)のGa原子間隔を確認
図6 窒化ガリウム(GaN)のGa原子間隔を確認電子顕微鏡の分解能実力を示すために窒化ガリウムの単結晶を用いて、二つのガリウム原子の44 pmの間隔を電子顕微鏡像で捉える事ができた。

原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡
図7 原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡

おわりに

この装置の真価は単に世界最高分解能の電子顕微鏡というのではなく、原子分解能で電磁場を定量的に計測できるというところにある。この機能を最大限に活用し、磁石、電池、超伝導材などの高機能材料の機能・特性を生み出している量子現象の解明など、画期的な先端機能性材料の研究開発を通して、基礎科学の発展へ貢献していきたい。
本開発は、総合科学技術会議により制度設計された最先端研究開発支援プログラムにより、独立行政法人日本学術振興会を通じて助成された。

参考文献

1)
外村, 他:電界放射形電子顕微鏡による電子線ホログラフィー, 日立評論, Vol.61 No.11 795-798(1979)
2)
A. Tonomura, et al. : High resolution electron holography with field emission electron microscope: Jpn. J. Appl. Phys. 18 No.1 (1979).
3)
T. Kawasaki, et al. : Development of a 1 MV field-emission transmission electron microscope, J. Electron Microsc. 49 No. 6 711- 718 (2000).
4)
A.Tonomura, et al. : Observation of Individual vortices trapped along columnar defects in high-temperature superconductors, Nature 412 No.6847 (2001).
5)
M Haider, et al. : Correction of the spherical aberration of a 200 kV TEM by means of a hexapole corrector, Optik 99, 167-179 (1995).
6)
L. W. Swanson : Comparative study of the zirconiated and built-up W thermal-field cathode, J. Vac. Sci. Technol. 12, 1228 (1975).
7)
川崎猛, 他 : 1.2 MVホログラフィー電子顕微鏡の設置環境, 日本顕微鏡学会 第69回学術講演会(2013.5.20-22).
8)
K. Kasuya, et al. : Magnetic field superimposed cold field emission gun under extreme-high vacuum, J. Vac. Sci. Technol. B32(3), 031802 (2014) .
9)
T. Akashi, et al. : Aberration corrected 1.2-MV cold field-emission transmission electron microscope with a sub-50-pm resolution, Appl. Phys. Lett. 106, 074101 (2015).

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