Groundwater flow in Cenozoic sedimentary aquifer characterized by excitation-emission matrix and multivariate analysis
一般財団法人 電力中央研究所 地球工学研究所 地圏科学領域
主任研究員
伊藤 由紀 (理学博士)
廃棄物処分・CO2地下貯留などの地下空間利用、および深部地下水利用の観点から、浅部~深部地下水の流動評価が必要とされている。地下水の流動は通常主要元素や同位体比、クロロフルオロカーボン類(CFCs)など複数の指標を用いて総合的な評価を行うが、指標が多いほど信頼性が高くなる。わが国では沿岸部を中心とした平野や丘陵地において新生代の堆積岩が多く分布しており、腐植物質(HS)注1をはじめとした溶存有機物(DOM)が多い地下水が存在する。しかしながら、DOMは起源となる有機物の種類や植生、気候、埋没深度などの影響を受けて不均質な集合体として存在するため1)、これまで地下水流動の指標物質として着目されてこなかった。しかし、DOMの特性を適切に把握できれば、地下水の起源を区別・推定できる可能性がある。
腐植物質を中心とした環境水中のDOMは紫外光(一部可視光)によって励起されると、DOM中の共鳴構造をもつ分子団が蛍光を発する2)。多くの発蛍光団は、励起波長250-400 nm、蛍光波長350-500 nmの間にあり、DOMの種類により励起・蛍光ピークの位置が変化する3)。よって励起波長を変化させながら蛍光スペクトルを得る励起蛍光マトリクス(EEM)で地下水中のDOMの分類ができれば、地下水流動の新しい指標となりうる。
ここではさまざまな堆積環境・地質年代の堆積岩が存在する北海道十勝平野東部地域の地下水についてEEMを取得し、さらに多変量解析の一つであるPARAFAC解析および主成分分析(PCA)を適用し、従来法の流動評価と比較した例を示す4)。
十勝平野の東縁には台地・丘陵群がある。平野との地形境界にほぼ南北100 kmの活断層帯があり、これは十勝中央断層(TCF)と総称されている(図1)5)。十勝平野は、主に約530万年前以降に発達した十勝堆積盆地に堆積した地層群からなり、大局的に海成―陸成―海成と堆積環境が変化した中で形成されたとされる6)。断面図によると、TCFの西側で地下1,000 m以深に存在した(浅)海成層が、TCFの東側では地表面近くまで隆起している(図1)。
これらの地層の下位には透水性が著しく低い約2,300万年前の基盤が分布するため、TCF以西の地下水は、山間部で涵養された水が十勝平野の基盤より上部の地層内を通過しているものと考えられ、最終的にTCF付近で湧出していると考えられている。一方、TCFより東側では地層が古く透水性が低いため、地下水流動域は限定的で、流動速度は遅いと考えられている7)。
図1 a)十勝平野東部の地形と採水個所(黄色丸印)、b)層序区分、c)断面図(a のA-A’間)
試料は深度30-1,500 mの井戸17ヶ所および河川表層から採水した(図1)。試料は遮光・冷蔵し、孔径0.45 µmPVDF製フィルターでろ過した。また、地下水からIHSS法8)に基づき分離・抽出したフミン酸(HA)とフルボ酸(FA)を10 mg/Lの濃度になるよう調製した溶液を作成した。これらの地下水、HA、FAについて、日立ハイテクサイエンス社製分光蛍光光度計F-7000を用いてEEM測定を行った。分析前に励起・蛍光装置関数を取得し、補正後のEEMを用いた。さらに純水(Milli-Q)のラマンピーク強度で正規化した後、ラマンピーク強度で正規化した純水のEEMをブランクとして差引いた。なおDOMは紫外・可視光の吸収が強いため、別途紫外可視スペクトル測定を行い、ブランク差引後のEEMについて内部フィルター効果を補正した。
上記補正後のEEMについて、Matlab7.8(The Mathworks)上でPARAFACモデリングソフトDOM Fluor toolbox9)を用いて解析を行った。PARAFAC法とは、残差が最小となるように交互最小法によりフィッティングを行って3次元のデータ行列(励起波長、蛍光波長と一連の試料の並び積)をモデリングする方法である9)。フィッティングの結果、理想的には潜在的な発蛍光団の濃度、蛍光スペクトル、励起スペクトルが定まる。複数の発蛍光団が相互作用せず、かつBeer-Lambertの法則注2に従うとすれば、EEMは各発蛍光団の足し合わせとなる。こうして得られた各成分の寄与割合からDOMの起源を推定することが可能になる9)。
得られたEEM についてPARAFAC 解析を行ったところ、図2に示した4成分モデルでフィッティングすることができた。これらの成分は、他の水圏環境中のDOM成分と類似しており(表1)、全て腐植物質由来の発蛍光団と考えられる。成分1は、主に陸源(高等植物)・土壌由来のHA成分とされる10)。成分2は、海洋や廃水に多く見られるため11、12)、微生物活動に関係した腐植成分と考えられる。成分3は、フロリダ湾周辺浅部地下水中などにみられ、腐植様成分が微生物作用により分解したもので10)、主にFA成分とされる12)。成分4は、表層海水の腐植様成分と類似しており、光により減少し微生物作用により増加することが報告されている13)。
図2 地下水、HA、AのPARAFAC解析による4成分モデルのコンタープロットと励起・蛍光スペクトル特性
(右側のスペクトルのうち点線は折半法の結果で、実線が全データを用いた結果)
PARAFACによって得られた4成分の和を100%と仮定し各成分の相対割合を用いてPCAを行った。その結果、HAが成分1と4の間に分布するのに対し、FAは成分2と3方向に分布したため、成分1と4が主にHA由来の成分で、成分2と3が主にFA由来の成分であることが示唆された(図3)。また、地下水はHAとFAの2つの系列上に分布していた。HA系列には主に陸成~浅海成層、FA系列には主に海成層から採水した地下水が分布する傾向がみられた。よって、DOMの種類は地層の堆積環境に関係していると考えられた。
成分 | 本研究 | 既往研究のピーク帰属 | 既往研究による各ピークの特徴 | 本研究における各ピークの特徴 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
励起最大(nm) | 蛍光最大(nm) | [3,11] | [13] | [10] | [12] | |||
1 | 260 | 466 | A | 1 | 1 | 1 | 腐植物質様ピークA[3,11] 、陸地・海水普遍的にみられる[3、10、12、13] | 陸源(高等植物)・土壌由来の腐植物質(HA) |
2 | <240(305) | 366 | M | 3 | 3 | 6 | 海洋腐植物質様ピークM[3、11]廃水中に多くみられる[12]、光により減少、微生物作用で増加[13] | 微生物活動に関連した腐植物質(FA) |
3 | <240(335) | 406 | A | 6 | 4 | 腐植物質様ピークA[3、11]、沿岸浅層地下水中に多くみられる[10]、FA 類[12] | 微生物活動に関連した腐植物質、FA 分解生成物 | |
4 | <240(340) | 374 | 2 | 腐植物質様ピーク、光により減少、微生物作用で増加[13] | 微生物活動に関連した腐植物質(HA) |
図3 地下水、HA、FAのPARAFAC成分相対割合の主成分分析結果
次に、PARAFAC各成分割合を層序順に並べたところ、採水地層が古いほど、陸源・土壌由来のHAと考えられる成分1が少なく、微生物活動由来のFA、HAと考えられる成分2、3、4が相対的に多い傾向であった(図4a)。ただし、対象地層のうち最も古い海成層は、採水深度300 m以浅では成分1が多く、成分2が少ない傾向を示した。また、採水深度(または孔長)の増大に伴い、成分1 が相対的に減少し、成分2が相対的に増加する傾向を示した(図4b)。ただし採水深度1,200-1,400 mの井戸のうちTCF以西(および近傍)については、同深度のTCF以東の地点とは異なり、浅井戸(0-400 m)と似た傾向を示した。 以上のことから、採水地層が古いほど、また採水深度が大きくなるほど、陸源・土壌由来のHA起源と考えられる成分が相対的に減少する傾向で、陸成~浅海成層では主に微生物関連HAが、また海成層では主に微生物関連FAが相対的に増加する傾向であると解釈できた。例外として、古い地層の浅部地下水や、TCF以西の深部地下水については、陸源・土壌由来のHA起源の成分が多く、地表近傍の地下水の混合が示唆された。
このように、地下水中のDOMについてEEM-PARAFAC解析およびPCAを適用した結果、TCF以西および浅部地下水においては、地表付近の地下水の影響が強く流動が比較的速いこと、TCF以東の深部地下水においては、地表付近の天水の影響は比較的小さく微生物活性の高い地下水が存在すること、さらに深部地下水は地層内の流動に留まっていることが推定できた。この推定結果は、主要元素および安定同位体比の結果から得られた地下水流動形態7)とも調和的であったため、本手法が新たな地下水流動履歴の指標の一つとして利用できる可能性が示された。
図4 地下水、HA、FA のPARAFAC 成分の相対割合 a)採水地層(層序順)、b)採水深度(または孔長)
従来、地下水を含む環境水中のDOMについては適切な分析方法が少なく、また濃縮などの操作が必要であった。励起光波長固定の蛍光スペクトル分析例はあったものの、最大強度となる励起・蛍光波長位置は有機物の構造や周辺の化学条件によって容易に変化するため評価が困難であった。しかし、2000年代から分析・情報機器の発達によりEEM-PARAFACが環境水中のDOM評価に適用され始め、現在ではさまざまな環境中のDOMの動態が明らかになりつつある。地下水中のDOMについての研究例はまだ多くないが、浅部地下水のトレーサーとしてEEMが適用された例もあり、今後の発展が期待できる。
参考文献
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