TOTO株式会社(以下、TOTO)の総合研究所は、暮らしに身近な水回り空間を、よりきれいで快適にする研究を重ね、さらにセラミック技術を半導体生産設備に生かす際の開発支援など、幅広い事業に成果を挙げています。今回は同研究所の分析技術部を訪問し、長年分析業務に携わってこられた青島利裕 上席研究員に、TOTOにおける分析業務の成果と、分析データの共有や業務効率化に資するExTOPEの導入などについてお話をうかがいました。
TOTO株式会社
総合研究所
分析技術部
上席研究員
青島利裕 氏
暮らしの中で、誰もが一度は目にしたことがあるだろうTOTOの文字。私たちの日常生活に欠かせない商品群の技術開発において重要な役割を担っているのが、神奈川県茅ケ崎市に位置する総合研究所だ。
同研究所のミッションは、水回り空間を担うトップ企業の研究所として、毎日使うトイレ、浴室、洗面、キッチンの『困ったを良かった』に変える新しい提案、新しい技術を研究することにある。
TOTOは1917年の創立以来、素材や製品の基礎となる研究を担当事業部で行ってきた。その後、研究所を設立し、2002年には総合研究所に発展。現在は、オールTOTOの商品研究、人間工学や感性工学の分野、ライフスタイルや生活様式の研究など、その範囲を広げながら、商品のコアになる技術を創出している。コア技術の開発のポイントの一つが、分析技術だ。現在、ナノレベルの材料開発はどの産業分野にとっても重要課題だが、TOTOにおいても水質や材料、臭気、微生物といった見えないものを解明する分析技術は、魅力ある商品の開発と提供に直結している。
青島氏が入社したのは1978年。翌1979年に発足する研究所の前身である研究室の分析グループに配属されたことが青島氏のキャリアのスタートになった。以来、一貫してTOTOの研究開発や各事業部の重要課題に取り組んできた青島氏は、次のように振り返る。
「研究所の歴史は、この茅ケ崎工場の西端にあった小さな建屋から始まり、私はその地下室で、今思うと運命ともいえる日立X-560と出会いました。X-560はSEMにWDX(波長分散型X線分析器)を搭載した観察と元素分析を両立した局所分析装置で、自動化が進んだ現在の装置とは異なり、最高のマニュアル装置として、観察技術と局所分析の感性を磨くことに役立ちました」
続く1980年は、温水洗浄便座の代名詞となっているウォシュレットⓇが発売されるなど、同社にとって大きな飛躍につながる時期を迎える。さらに、1984年にはセラミック事業部が創設され、以降、事業部とも密接な連携をとりながら、さまざまな分析技術を駆使して現象の理解を深めてきた。
その後、分析グループはスタッフを増やすとともに、最先端の分析装置を次々に導入していった。
「新規の装置導入は、仕事を通じて、分析装置メーカーの開発技術者やアカデミアの研究者と交流する機会にもなり、分析技術者としての成長のチャンスにもなりました。なかでも大きなターニングポイントになったのが日立S-800の導入です」と青島氏。
S-800は、当時世界最高の分解能2 nm(加速電圧30 kV)を実現した高分解能走査電子顕微鏡であり、FE-SEMの操作性を飛躍的に向上したことでユーザーの好評を博し、FE-SEMの急速な普及につながったと言われている機種だ。
「初めて画面に映し出したのは、アルミナ基板に析出したnmサイズのタングステン微粒子でした。暗闇の中、CRTのラスター(画面を上から下に動く一本の走査線)がゆっくり移動して、美しい微粒子がピカッと鮮明に光り輝きました。それまで見たことがない鮮烈な画像の出現にワクワクしたことを昨日のことのように覚えています」
S-800を手に入れたことで、TOTOの研究開発力は大幅に向上したと青島氏は述懐する。
分析技術部の仕事は、TOTOのさまざまな製品開発に貢献している。その一例に、いまもTOTOのトイレの重要な訴求ポイントになっている『セフィオンテクト』がある。トイレの防汚性を飛躍的に高めるという課題に対して、開発メンバーであった青島氏は年数を経た衛生陶器の表面を観察し、その結果、釉薬が溶けて露出したジルコンの凹凸に汚れが蓄積していくことを明らかにした。そこで開発チームは、ジルコンを含まないガラス層をつくることによって課題解決を図った。こうして生まれたセフィオンテクトのガラス層は、100万分の1のナノレベルの平滑性を持ち、汚れが付きにくく、落としやすい便器として10年以上の使用に耐えることも顕微鏡画像で裏付けられた。
水道水に含まれる塩化物イオンを電気分解してつくる『きれい除菌水』では、菌が死滅する様子を捉え、耐久性のある電極の表面素材開発にも貢献している。できるだけ少ない水量でトイレの汚物を流す節水便器の開発では、X線CTによって便器全体を3D化して、流体シミュレーションで水の流れを可視化することで、開発期間の短縮にもつなげている。
これら一連のクリーン技術開発によってTOTOの衛生陶器は30年前の約1/3以下の量まで節水が進んでいる。ユーザーにとっては洗剤や水の使用量の節約になるとともに、貴重な水資源を有効活用するという意味で社会課題への答えにもなっている。
60°傾斜させて観察したアルマイト表面の凹凸形態
分析技術部は製造、品証、研究といったさまざまなフェーズで分析技術に携わり、多様な材料を扱う。その成果を起点に、青島氏の活動は、学会発表やアカデミアとの共同研究にも広がっていった。
「久留米大学医学部の太田啓介教授との共同研究では、防藻メカニズムの解明に取り組み、藻やカビ、菌、バイオフィルムのミクロ構造を明らかにしました」
この研究は光触媒作用を生かした『ハイドロテクト』に展開され、環境浄化作用を持つ素材として建材や建物外壁などに活用されている。
また九州大学大学院では、ものづくり工学教育研究センター主催のセラミック工学コースで、分析技術を駆使した研究開発に関する講義も18年連続で担当している。これは地域企業の若手育成が目的であり、受講者の評価は毎年上位に位置しているという。
ExTOPEによる分析装置の遠隔操作は、いち早く共同研究に協力していただいた事例だ。
茅ヶ崎の高分解能電子顕微鏡を、北九州(本社)、中津、岐阜の事業部から遠隔操作で動かすというプロジェクトは、総合研究所にある分析装置にどんな利用価値があるかを理解してもらうところから始まったと青島氏。当初は通信レスポンスなどの課題もあったが、今ではTOTOの各事業部が、自部門の課題解決や新しい技術の開発に活用している。電子顕微鏡の操作は熟練度が必要とされ、誰でもボタンを押せば見たいものが見られるというものではない。実際に各事業部の担当者が操作する際、青島氏がひと言ふた言アドバイスするだけで、見違えるような画像が得られることに驚かれるという。更に像解釈や課題解決に向けた議論となれば、その場での指導は大きなポイントになる。熟練技術の伝承、後進育成という意味でも、ExTOPEは大事な役割を担うことになりそうだ。
半導体製造装置のキーパーツである静電チャックも成果の一つに挙げられる。開発の過程で導電メカニズムを解明し、優れた耐プラズマ性を持つ製品としてセラミック事業部の主力商品になっている。
「静電チャックは新領域のセラミックス事業のなかでも、新たな収益源として期待されている商品です。半導体製造分野の生産性向上と低コスト化に貢献したことが評価され、セラミック事業部と研究所のメンバーとで2009年度の日本セラミックス協会の技術賞も受賞しました。何より、半導体メーカーの最先端のニーズに追いつき、未来を先取りした提案を行うためには研究を続けることが欠かせません。そのためにもミクロ、ナノ領域を解明する分析技術は大きな鍵を握ります」
TOTOでスペシャリスト制度が始まった2004年秋、TOTOスペシャリストの第1号として主席研究員に任命された青島氏。2010年には上席研究員となり、事業部の分析技術の向上を目指した「分析技術」「分析設備」への指導アドバイス、「分析人財」の育成にも力を注いできた。
分析装置メーカーとの深い関わりや学会活動、アカデミアとの共同研究など、社内にとどまらない活躍はTOTOスペシャリストとして積み重ねてきた経験によるものに違いない。社内外に数々の貢献を果たしてきた氏は、分析の役割を『真実を示すこと』だと断言する。
「真実は目に見える現象や物性に、実に巧みに紐づいているはずです。私たち分析部門に期待されているのは、この実に巧みな世界を紐解き、明らかにすることです。実に巧みな相手と戦うのですから当然のように、この技術は奥深いです。そしてそれを進めるためには多くの経験、ノウハウ、何より勘がモノを言います」
また、スペシャリストとは限界を知っている人だとも言う。
「この材料ならばこう見えるはずと分かるし、そこまでたどりつく力も持っています。報告書に添付する写真一枚ですべてを語れるくらい美しいデータを得ることがとても大事だと思っています」
話しは少しさかのぼるが、S-800が導入された当初、画像はフィルムで撮影していた。当時の技術者たちはそれを暗室で現像し、焼き付けた写真を報告書にボンドで貼るという、面倒な作業をこなしていたという。しかし、そうした手作業の一つ一つが原理を学ぶ格好の教室であり、デジタル化が進んだ現代の分析環境がいかに恵まれているかを後世に伝えるエピソードでもあると話す。
「分析装置の進化はSEMだけでなく、新しい手法が次々に開発され、今まで見ることができなかった、測ることができなかった世界が、鮮やかに見え、高感度に測れるようになっています。私は、日立さんならできると思い『こんなものが見たい』『こんな機能があるといいな』と伝えてきたわがままなユーザーでしたが、それが特許に結びついたこともありました。そうして装置が進化するたびに、私たちの分析技術も伸びていったと感謝しています」
青島氏は、自分たちが育った時代と現在とでは仕事のスピード・情報量・働き方も大きく変わったが、根本にある技術者魂はいつの時代も同じはずと思いを込める。
「むしろ昔より圧倒的に便利になったプラスの側面を上手く利用し、TOTOの名刺を存分に活用することで、企業の技術者として成長することを後輩達に期待しています。日立さんには、ぜひ今後もTOTOの分析技術の進歩を支えていってほしいと願っています」と笑顔で語った。
分析のスペシャリストとしてTOTOの発展を支えてきた青島氏には、TOTO女子バスケットボール部のヘッドコーチというもう一つの横顔がある。日本社会人バスケットボール連盟に加盟し、社会人地域リーグに参戦。2024年度女子東日本地域リーグでは悲願の初優勝を果たした。「You be bright this time!~今を輝け~」を旗印に勝利を目指すかたわら、ミニバスクリニックや体験教室などを通して子どもたちとの交流も熱心に行っているとのこと。これもまた地域社会への貢献であり、社内、社外の多くの人と関わり、多くの課題にトライしてきた青島氏らしい一面としてご紹介する。
編集後記
青島様とは、デモ、学会、セミナーなどを通じて約30年のお付き合いをしています。青島様のSEM分析への情熱はすごく、像解釈や装置改善などについて湘南のファミレスで深夜まで議論したことが昨日のことのように思い出されます。また、TOTOと日立ハイテクのバスケットボールチームの練習試合を観戦した時は、監督として指揮する姿がSEMに向かう情熱と同じ雰囲気であることを感じたことも思い出されます。今回のインタビューでは、総合研究所の設立当時や研究開発のエピソードから数々のご功績を知ることができ、スペシャリストに認定されたのは当然のことであると再認識しました。X-560から多くの日立SEMを採用いただいた青島様とお付き合いできたことは私の財産でもあり、今後もお付き合いを続けられたら光栄です。次回は、湘南の海が見えるお店で、お酒を飲みながら昔話と未来について語り合いたいと思っています。
(多持隆一郎)