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日立ハイテク

添田 直希

はじめに

誘導結合プラズマ発光分光分析装置(ICP-OES)は試料中に含まれる元素をプラズマ内で励起し、放出される光を測定することで定性、定量分析を行う装置である。
ICP-OES は多元素を一斉分析でき、かつダイナミックレンジが広いという特徴を活かすことができる研究開発、品質保証、環境など幅広い分野で使用されている。SPECTRO ARCOS は、ハイエンドの多元素同時型(マルチ型)のICP-OESとして、従来機より感度、精度、耐マトリクスなどの性能を向上させ、さらに独自のユニークなプラズマ測光方式を搭載している。

図1 マルチ型ICP発光分光分析装置 SPECTRO ARCOSの外観図

図1 マルチ型ICP発光分光分析装置 SPECTRO ARCOSの外観図

ICP発光分光分析装置の役割

ICP-OES は、光源にアルゴンガスからなる高周波誘導結合プラズマ(ICP)を用い、元素を測定する分析法の一つである。分析対象は一般に溶液で、試料を霧化してICP に導入し、ICP のエネルギーにより分析試料中の原子やイオンを励起、発光させる。放出された発光線は各元素固有の波長を持つために、測定された波長の値から元素の定性を、発光の強度から定量分析を行うことができる。ICP-OES で発生するプラズマは、一般に温度が5000 ~ 8000 Kと高温であるため、ほとんどの元素を励起発光させることが可能である。

ICP 発光分光分析法は以下に示す特徴を持つ。

1)
約70元素の測定が可能。
2)
多元素一斉(または同時)分析が可能。
3)
高感度である(検出下限はほとんどの元素に対して10 μg/L 以下)。
4)
検量線の直線範囲が5から6桁あり、測定ダイナミックレンジが極めて広い。
5)
プラズマの温度が極めて高く、共存元素による化学干渉やイオン化干渉が少ない。
6)
安定性が高く、測定値の繰り返し性が良い。

これらの特徴からICP-OES は、有機・無機材料、環境、食品、薬品などの幅広い分野の元素分析ツールとして用いられ、多くの公定法にも採用されている。

        

図2 ICP発光分光分析装置の構成例

図2 ICP発光分光分析装置の構成例

ICP-OES は、図2のように試料導入部、光源部、分光器、検出器から構成される。分光器、検出器の違いにより、逐次測定のシーケンシャル型と多元素同時測定のマルチ型に分類される。シーケンシャル型はマルチ型に比べ2 ~ 3倍高い分解能を有しており、材料分析等の分野に多く用いられている。一方、マルチ型は、測定元素数にかかわらず一定の時間で測定できるため、環境、材料、石油化学等の分野で多く使用されている。またプラズマを軸方向で観測する方式(アキシャル測光)とプラズマを側面から観測する方式(ラジアル測光)とで、得られる検出感度や耐マトリックス性が異なる。

 

SPECTRO ARCOSの特長

パッシェンルンゲ分光器

パッシェンルンゲ方式は多元素同時測定のための分光方式として最も古くから用いられている分光方式である。この方式は、光源から1次光のみの光を利用し、多数のミラーを使用しない単純な構造で、最も明るい分光器として知られている。従来は、回折格子により分光した波長が結像するローランド円上に光電子増倍管を並べて測定していたが、SPECTROARCOS はCMOS を敷き詰めることで全波長領域(130 nm ~ 770 nm)の同時測定を可能にした。この検出システムを用いることで、検出器が横一列に並び、一般的に用いられる面検出の半導体検出器より広い検出面積を確保することができるため、広範囲のスペクトル情報を得ることができる。また1次光のみを使用するため、多くのマルチ型で使用されているエシェル分光器の複雑な次数分離の概念も存在せず、広い波長範囲において高い分解能を得ることが可能である。
エシェル分光器は、エシェル回折格子とプリズム等を組み合わせて2次元に光を分散し、面の半導体検出器により検出を行う。次数分離により分解能を向上でき、比較的短い焦点距離で構成可能なため、装置を小型化することが可能となる。一方、複雑な光学系を介するため、強度が減感し暗い分光器となる。そのため、次項で解説するアキシャル測光と組み合わせて使用されることが多い。

マルチ測光方式

ICP-OES の測光方式は、一般に、ラジアル測光、アキシャル測光、デュアル測光の3種類に分類される。ラジアル測光はプラズマの側面から発光を観測する方法で、ICP-OES の開発当初から使用されている測光方式である。この方式は、プラズマ内の発光現象の一部分を観測するため干渉を受けにくく、耐マトリックス性が高い。一方、プラズマを真上から観測するアキシャル測光は、低濃度化する試料の測定に対応するために1990年代に開発された測光方式である。アキシャル測光方式はプラズマの端から端まで観測できることから、得られる強度が高くラジアル測光の5 ~ 10倍以上の感度向上が期待できる。しかし、干渉を強く受ける等のデメリットがあり、この欠点を解決する一つの方法としてデュアル測光が開発された。これはアキシャル測光またはラジアル測光を主の測光方式とし、ペリスコープを用いてもう一方の測光方式も観測可能な構造となっている。ペリスコープを用いるとその測光方式の光の強度は減感するが、主とする測光方式の不得意な部分を補うことが可能である。SPECTRO ARCOS では、ラジアル測光を進化させ、感度向上を実現した新しい測光方式、デュアルサイドオン(DSOI)測光を搭載している。DSOI 測光は通常のラジアル測光のインターフェースの反対側にミラーを配置し、プラズマ内で放射状に放出される光を折り返し、分光器へ導くことで、通常のラジアル測光の2倍の光量を得ることができる。これにより、ラジアル測光の特長を活かしつつ、課題となっていた感度の向上を実現した。明るいパッシェンルンゲ分光器とDSOI 測光の採用により、ほとんどの元素の測定において、一般的なエシェル分光器のアキシャル測光と同等の感度を得ることに成功した。

図3 SPECTRO ARCOS測光方式の切り替え

図3 SPECTRO ARCOS測光方式の切り替え

SPECTRO ARCOS のマルチ測光方式ではワークコイルを回転させることでアキシャル専用機、ラジアル専用機、DSOI専用機を切り替え、種々の測光方式を完全に一台で実現できる(図3)。これによりそれぞれの測光方式の特長を活かすことができ、高精度分析にはラジアル測光を、一般分析や有機溶媒の測定にはDSOI 測光を、そして微量元素分析が必要な場合はアキシャル測光に切り替えて多角的に測定することが可能になった。

アプリケーション例:リチウムイオン二次電池の主成分および不純物の測定

リチウムイオン二次電池(LIB)は正極と負極の間をリチウムイオンが移動することで充放電を行うことができる二次電池であり、多くの電子・電気機器や輸送システムのデバイスに利用されている。大容量の電力を充放電できることから、二酸化炭素を排出しない、クリーンな動力源として大きな需要があり、今後もますますの拡大が見込まれる。LIB の元素分析のニーズは、移動イオンであるLi+ だけでなく、正極材のCo, Ni, Mnといった複数の主成分元素の高精度測定や、LIB中の不純物元素の測定など多岐にわたる。
ラジアル測光を用いて、LIB の主成分元素測定を行った例を表1に示す。ここでは、Ni、Mn、Co が5:3:2で混合されたNMC532と6:2:2で混合されたNMC622を測定対象試料とし、マイクロ波試料分解装置で溶液化して分析を行った。ICP-OES によって得られた濃度をモル濃度に換算し、Ni 濃度で規格化して、混合比を算出した。表1の測定結果に示すように、いずれの分析値も既知の濃度値と一致する結果が得られ、繰り返しの相対標準偏差(RSD)が0.1%程度と高い精度で測定できていることも確認できる。

表1 LIB主成分元素の測定結果

表1LIB主成分元素の測定結果

また、NMC532の不純物を測定した結果を表2に示す。測定値で未検出だった元素に関しては検出下限値(LOD)を算出し、LOD 未満(< LOD)と記載した。LOD はBlank 溶液の強度のばらつきの3倍に相当する濃度として算出、その値を固体中の濃度に換算した値を表記した。ほとんどの元素においてmg/kg 以下の検出下限を得ることができた。

表2 NMC532の不純物測定結果

表2 NMC532の不純物測定結果

SPECTRO ARCOS は130 nm の波長から測定が可能な装置である。したがって、200 nm 以下の真空紫外(VUV)領域の波長を活用することで、他のマルチICP-OES では得られない拡張性を有する。塩素、臭素といったハロゲン元素を始め、多くの元素がVUV 領域に高感度な発光線を持っている。今回Pb は168 nm を使用して測定を行った。従来の測定波長では、マトリックスの干渉を受けて十分な感度が得られないため、VUV 領域の発光線を利用した。このようなケースも多く、真空紫外域の波長における測定が可能となることによりICP-OES の適用の拡大が期待できる。

おわりに

SPECTRO ARCOSは測定対象のアプリケーションに応じて測光方式を切り替えることのできるユニークな装置である。また、マルチICP-OES の中でも真空紫外領域の波長測定、高い分解能、高感度、耐マトリックス性を活かすことが可能な装置である。この多彩な機能を発揮することで、これまでは困難だった分析を解決できるトップグレードの装置として様々な分野での活躍が大いに期待できる。

  1. SPECTRO、ARCOS は、SPECTRO Analytical Instruments 社の日本およびその他の国における登録商標です。

著者紹介

添田 直希
(株)日立ハイテクサイエンス 分析開発設計本部 アプリケーション開発センタ 応用技術一課

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