後藤 健
走査電子顕微鏡(以下、SEM:Scanning Electron Microscope)は、物質表面の微細構造を観察する装置として、材料分野やバイオテクノロジー分野をはじめ、あらゆる産業分野において、幅広く利用されている。分野や用途に応じて、世の中にはさまざまな機能を有したSEMが活用されているなか、当社では装置の小型化と操作の簡易化を追求することで、SEMに触れることが初めての方でも手軽に使用できる卓上顕微鏡MiniscopeⓇシリーズを販売し、研究・開発のみならず、製造現場の品質管理、学校の理科教育などの場で利用されてきた。
「最先端の顕微鏡を、もっと使いやすく、もっと身近に」をテーマに開発したMiniscopeⓇシリーズは、光学顕微鏡の使いやすさを追求した従来の概念を覆す電子顕微鏡として広く受け入れられ、2005年に1世代目であるTM-1000の発売を開始して以来、現在にいたるまで国内外で5,000台を超える出荷台数を達成している。
そして2024年に第7世代目となるMiniscopeⓇTM4000plusIII(以下、TM4000PlusIII)を新たにリリースした。本稿では、その特長と応用例について紹介する。

図1 TM4000PlusIII 画像取得事例
昨今、環境に配慮した材料やその製造プロセスの開発、大気・作業環境中の有害物質を分析するなど、MiniscopeⓇは地球環境の保全や人々の健康の維持のために貢献してきた。製造現場においては、試料の微細化や品質管理基準の厳格化及び新たな規制などに伴い、観察箇所が増加傾向にあり、専門知識を持つユーザーだけでなく、さまざまなユーザーが卓上顕微鏡を管理・操作して観察業務を行うケースが増加している。
こうしたなか、専門知識の有無にかかわらず誰が操作してもばらつきのない高精度なデータの取得を実現するため、観察業務の効率化と操作の簡易化をさらに追求したTM4000PlusIIIを開発するに至った。
また、子どもの理科離れを防ぐことを目的とした理科教育支援のための装置というMiniscopeⓇ発売当初からのコンセプトもTM4000PlusIIIでは踏襲しつつ、顕微鏡観察だけではない、一歩先の教育ツールとして活用できる機能も新たに組み込んだ。

図2 TM4000PlusIII本体
TM4000PlusIII では、新たに搭載された観察ワークフロー自動化支援機能を使用することで、ステージ移動・観察倍率変更・撮像などの観察手順をレシピとして保存することができ、レシピ化された観察手順は数クリックで自動実行が可能となる。作業の効率化やユーザー間での観察技術平準化を実現し、観察業務以外にもルーチンワークの多いユーザーや観察条件の設定に不安を持たれているユーザーなど、さまざまなニーズに応えられる機能となっている。

図3 観察ワークフロー自動化支援機能
さらに、TM4000PlusIIIでは安定して高速かつ広範囲の測定を可能にする、大電流モード及び試料への照射電流量の表示機能が搭載されている。これにより測定時間が短縮され、かつ試料へ照射される電流量の安定性チェックを行えるようになったことで、測定点が多く観察に時間を要していた、工業品の洗浄度解析やフィルター補修物等の自動粒子解析業務において、安定した高速・省力分析が行えるようになった。
以下データは、同装置を用いてフィルタ上に捕集された微小異物を解析した結果である。従来の電流モード(mode4)では約16,000個の粒子を2時間強で分析しているが、今回の大電流モード(mode5)で測定を行うと約20,000個の粒子を45分で分析している。
この解析手法は自動車部品の製造現場において行われているISO16232/VDA19に準拠した洗浄度管理の迅速化に期待される。
そして検査工程での繰返し測定を実施する際には、装置UIに表示されている試料電流の値を確認することで、測定中の大きなビーム変動がないか、モニタリングすることも可能となる。

図4 自動粒子解析における大電流化の効果検証
いつでも安心して装置を使用できるよう、新たなサポート機能としてフィラメントインジゲータ機能及び、AutoOQ(Auto Operational Qualification)機能を搭載した。
フィラメントインジゲータについては、電子顕微鏡の主な消耗部品の1つで電子源として使用するフィラメントの交換時期の目安を画面上で確認することができる機能である。汎用SEMの電子線源であるフィラメントはその構造上、突然断線する。そしてその兆候を理解するのは熟練者が継続的に使用した場合のみである。そのため今までは、長時間連続観察を実施している途中に、フィラメントが突然切れてしまい測定を中断し急遽フィラメント交換作業を行わねばならないケースが散見された。フィラメントインジケータにより観察前にフィラメント交換時期(目安)を確認することで、事前に寿命切れ間近のフィラメントを交換しておくといった対応で、観察を中断するケースを防ぐことができるようになった。
AutoOQについては、装置を動作させることで装置状態の確認を自動で行い、ユーザー及びサービスエンジニアによる装置状態の伝達を簡便化するレポート出力が可能となる機能である。同機能を用いることでユーザーによる装置使用前もしくは使用後の装置状態管理や、トラブル発生時のサービスエンジニアへの装置状態連絡の際に、自動で出力されたレポートを用いて的確な状態把握・共有が可能となり、装置運用の効率化を図ることができる。

図5 フィラメントインジケータ及びAutoOQ
TM4000PlusIIIは、MiniscopeⓇシリーズ共通の低真空観察機能を搭載しており、試料の前処理工程を簡素化し、簡単に観察を実施できるため、教育現場においても活用することが可能である。
また日本では高等学校の教育課程において「情報Ⅰ」が必須科目となるなど、デジタル人財の育成が教育現場においても重要な課題とされている。そこで観察ワークフロー自動化支援機能でのPython scriptを用いることで“順次実行”、“繰り返し”、“条件分岐”といったプログラミングにおける重要概念を、TM4000PlusIIIの操作を通じて体感しながら学ぶことができるようになった。

図6 マクロ機能の操作手順
TM4000PlusIIIは、観察ワークフロー自動化支援機能の搭載によって作業の省力化・技術の平均化を可能にした。また操作コマンドのプログラミング機能を搭載させることで、次世代の人財育成のための教育ツールとしての役目も果たすことができ、お客様の多用な観察ニーズに応えられる製品として活用されていくことが期待される。
観察・分析装置としての機能を追求するだけでなく、ますます多様化していく電顕ユーザーの課題解決へ挑戦していきたい。
著者紹介
後藤 健
(株)日立ハイテク コアテクノロジー&ソリューション事業統括本部 CTシステム営業本部 グローバル営業企画部