第51回日本集中治療医学会学術集会 教育(ランチョン)セミナー28
株式会社日立ハイテク/株式会社日立ハイテクサイエンス共催
座長:橋本 英樹 氏 日立総合病院救急集中治療科/筑波大学附属病院日立社会連携教育研究センター感染症科
株式会社日立ハイテクと株式会社日立ハイテクサイエンスは共催で、第51回日本集中治療医学会学術集会において教育(ランチョン)セミナー「集中治療領域のTDM最前線」を2024年3月15日、ロイトン札幌(北海道札幌市)において開催した。近年その有用性が増しているTDM(治療薬物モニタリング)であるが、本講演では、保険収載されていないβラクタム系抗菌薬のTDMについて、実践例を紹介いただいた。
演者は尾田一貴氏(熊本大学病院薬剤部/感染制御部 薬剤師)と橋本英樹氏(日立総合病院救急集中治療科/筑波大学附属病院日立社会連携教育研究センター感染症科 医師)が務め、座長を橋本氏が兼任した。
実施日 2024年3月15日(金)
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演題 1
尾田 一貴 氏 熊本大学病院薬剤部/感染制御部
2022年に改訂された「抗菌薬TDM臨床実践ガイドライン」では集中治療領域で頻用されTDMの診療報酬が得られるバンコマイシン、テイコプラニン、ボリコナゾール、アミノグリコシド系薬が紹介されている。一方で日本以外ではこれら抗菌薬にとどまらずTDMが行われることが少なくない。
近年Robertsらによって行われた国際多施設協働研究(DALI study)では、集中治療領域において様々なβラクタム系薬のTDMを行ったところ、患者によって血中濃度のばらつきがみられ、敗血症時の抗菌薬の濃度不足は許されないにもかかわらず16%が濃度不足であったと報告している。これに対し日本では、TDMを実施せずにこの濃度不足を防ぐため投与量の増量で対処しているが、濃度不足でない患者に対しては過剰投与になっている。
尾田氏は抗菌薬全般について、年々投与量は増加傾向にあり、救命のためとはいえこの方針を継続することには倫理的に問題があると指摘する。TDMを行うことでコストは生じるが、84%について過剰投与を減少させることで医療経済的なコストを回収できる可能性がある。
TDMではβラクタム系薬はTime Above MIC(%fT>MIC)を指標にし、これは微生物の最小発育阻止濃度(MIC)を超える時間の割合がどのぐらいあるか意味している。2000年代には40%を超えると殺菌効果が得られると考えられていたが、近年では国際的に100%が必要との意見が主流で、臨床研究でもその妥当性が確かめられている。
インドではTDMが活発に行われ、βラクタム系薬のうちメロペネムを投与した915名、ピペラシリンを投与した477名についてのルーチンデータ解析により行った後ろ向き研究では、推定死亡率50%に対してはTime Above MICが100%を超えると死亡率がより減少すると報告している。フランスではTime Above MIC 100%の4倍を推奨しているが、インドの研究ではこれによる死亡率の改善効果はなかった。
DALI studyで行われた治療効果に対する多変量解析では、Time Above MICを50%および100%のカットオフ値で解析すると有意な治療効果および死亡率の改善効果があるという結果が得られている。こうした知見をもとにTime Above MICが100%を超えるべきであるという意見は国際的に支持されている。
ではどのような形でどのような人にどういった目的でTDMを行うべきなのだろうか。2022年の報告では腎臓の悪い(eGFR値が低い)患者や、透析患者はオーバードーズ(過量摂取)になる傾向がある。また腎臓の良い(eGFR値が高い)患者や輸液が多い患者、過度の肥満患者などがアンダードーズ(適正用量を下回る低用量使用)になる傾向がある。そのためこれら傾向がある患者にはいずれもTDMを行うなどの対応がとられる。
2013年には腎臓の性能が一時的に非常によくなるARC(過大腎排泄)の患者では、Time Above MICの達成率が異なるという報告がなされている。61名の患者を対象に行った観察研究で、ARCがある患者はTime Above MICが100%に3割しか到達しなかった。こうした知見を踏まえ、フランスではポジションペーパー(エビデンスは十分ではないが専門家により検討された現段階での統一見解文書)でβラクタム系薬を推奨し、これにヨーロッパをはじめとした国際社会は追随している。このポジションペーパーでは投与開始後24〜48時間でトラフ値の測定や、可能であれば髄液の測定も推奨している。一方で、Time Above MICが100%×4(上限8倍)を目標としていることに関しては、まだエビデンスが不足していると共に、過剰な濃度による意識障害の発生への危惧があると尾田氏はいう。実際にヨーロッパでβラクタム系薬に対するTDMがどのくらい行われているかというと、例えばオランダのサーベイランスでは大学病院では2022年時点で40%以上が行われ、一般の病院でも10〜20%が行われ、この傾向は増加し続け、現在ではさらに増加していると推測されている。国際的にはTDMは実施を強化する方向に進み、特に欧州およびオーストラリアではその傾向が顕著で、研究も活発に進められているという。
尾田氏はTDMの研究を10年来続けており、「LM1010」の開発にも共同研究で関わってきた。近年TDMの重要性はますます増し、その中で特別なスキルを必要とせず30分程度でTDMを可能にする「LM1010」は、特に医療機器であることからより広範な薬物に対するTDMの普及を後押しするものと期待される。尾田氏は引き続き、より広範な抗菌薬を対象にすべくHPLC法による「LM1010」による測定値の評価を続けるという。施設内でより広くTDMを実施したいというユーザーの期待は高いと感じ、その声に応えるため研究を続けていくと述べた。
最後に、尾田氏は熊本大学病院でこれまで行ったβラクタム系薬のTDMを紹介した。
症例報告1は、既に有名な報告になっているカルバペネム系のアレルギーを持ち腎臓の数値が低い59歳女性の肺炎治療に、βラクタム系薬であるセフェピムの投与を開始して数日で意識障害が生じた症例で、既に論文化されている。主治医は脳神経内科等に相談したが意識障害の原因は不明だった。同患者では原因菌として緑膿菌が同定されており、他薬にしようとするも、タゾバクタム・ピペラシリン耐性、セフェピム感受性低下、トブラマイシン感受性ではあるがレボフロキサシン耐性で、治療の中心となる代替薬が無くセフェピムの継続が必要だった。
セフェピムは添付文書で、過剰投与することで意識障害、痙攣が生じ、特に腎機能障害患者では顕著であることが示されているが、日常臨床で生じやすいことが最近わかってきている。目標濃度はまだ確定していないが、少しずつ情報が集積されつつある。複数の報告から神経毒性発現のトラフ値としてセフェピムは効果が期待できるMIC値と、期待できないMIC値の分岐にあたるブレイクポイントが8 μg/mLであるため、先行研究の22 μg/mLという報告が妥当ではないかと考えられている。こうした知見をもとに意識障害の原因がセフェピムである可能性が考えられた。
感受性があるトブラマイシンの単剤投与は一般的に選択されず、治療の中心であるβラクタム系薬としてのセフェピムの継続が必要だったことから、この継続のためにTDMを実施した。するとセフェピム濃度が71.3 mg/Lと非常に高濃度だった。そこでセフェピムを減量し、トブラマイシンも投与することで意識障害が解消され治癒に至った。
症例報告2は、70歳男性のCOVID-19による肺炎患者のセフタジジムを測定した症例。同患者は1カ月ほどICUにて治療歴があり、血液培養で緑膿菌を検出し、治療するも血培陽性が継続した。いったんはセフタジジムの不足を予想されたが、TDMを行うとトラフ値56 μg/mLと異常に高濃度が示され、続けると意識障害が生じる可能性が高いことがわかった。減量して治療を1カ月継続したところ血培陰性化し、入院116日で転院に至った。
症例報告3は、心臓にEbstein奇形をもつ肺炎患者にドリペネム(カルバペネム系薬)を持続投与して救命に至った症例。緑膿菌による菌血症に至っておりドリペネム耐性と判定されたが代替薬は無く3 g/dayで高用量の持続投与し、トブラマイシン(2-6 mg/kg)を加えた。血中濃度を測定すると47 mg/Lないし33 mg/Lと高濃度だが、MICの4倍以上の血中濃度の維持を確認した上で治療を継続したところ炎症が低下し退院に至った。
最後の症例報告4は、他病院からTDMを依頼された症例で、透析患者へのセフトリアキソン投与で痙攣が生じた症例。TDMでセフトリアキソンの濃度を測定した結果、セフトリアキソンのMICは1-2 μg/mLであるのに対し、遊離型で100 μg/mLを超えていた。同濃度は毒性が発現する濃度で、髄液でも高い濃度が示され、セフトリアキソン脳症と症例報告されたという。
セフトリアキソンの添付文書には腎障害で血中濃度を頻回に測定できない場合には1 g/日を超えてはならないとある。一方でβラクタム系薬では現在、日本では欧州を追随する形で高用量投与が行われる傾向があり、過剰投与を避けることができない。欧州の高用量投与はあくまでもTDMを行っての投与量という前提がある。尾田氏は、TDMを行わない高用量投与がこうした症例を生じさせることを危惧しているという。
最後に尾田氏は「日本で耐性菌も踏まえて治療をしていく中で、有害事象の回避や耐性菌の治療に関してもTDMは有効だと言えると思います。不要なものをコストカットすることで機器のランニングコストも回収できるという先行例も出ておりますので、医療経済性の観点からも有用性は高いと考えております。私は現在もLM1010の臨床評価を進めておりますが、引き続き他のメソッドについても、多くの要望が寄せられておりますので、しっかり対応してこれからも研究を続けていきたいと考えております」と述べた。
演題 2
橋本 英樹 氏 日立総合病院救急集中治療科/筑波大学附属病院日立社会連携教育研究センター感染症科
橋本氏は、昨年(2023年)の夏に日立総合病院に「LM1010」を導入してからの経験と実感、集中治療領域におけるTDMの立ち位置について講演した。「LM1010」の登場以前は、TDMの重要性は理解しながら半ば諦めていたという。橋本氏は現在、主に敗血症の治療におけるTDMに「LM1010」を用いている。
日立総合病院は茨城県北地域に位置し、同病院救急センターは同地域で唯一の救命救急センターとして2012年に開設され、橋本氏は同救命センターでセンター長を務めている。同センターは年間約7千台の救急車を受け入れ、コロナ禍では茨城県内の重症患者の積極的な受け入れを行ってきた。感染症に関連した集中治療に強みを持ち、筑波大と連携して救急集中治療/感染症専門医をはじめとした専門医の養成に取り組んでいる。
橋本氏は日本救急医学会と日本集中治療医学会の合同委員会による敗血症のガイドライン「日本版敗血症診療ガイドライン2024」の作成委員を務めている。
同ガイドラインは4年に1回改訂され、改訂されるごとに治療は標準化し、死亡率の低下に貢献してきた。一方で、敗血症/敗血症性ショックの世界的な死亡率は、日本版のもととなる海外のガイドライン(SSCG)が作成・公開されて以降は2011年くらいまでは低下するも、ここ数年は20~30%の横ばい状態が報告され、日本でも約20%前後の横ばい状態が続いていることがコホート研究で報告されている。
こうしたトレンドに対し、最近の敗血症診療ではガイドラインの普及に加え、治療をもう1歩先に進め、重症の患者を救命することがテーマの1つとなっている。欧州の敗血症研究の大家であるJean-Louis Vincent氏は敗血症診療の3本柱として、「血行動態の管理」、「宿主免疫反応の調節」、「感染症コントロール」をあげている。橋本氏は敗血症診療をもう1歩進めることのできる可能性は、感染症コントロールで抗菌薬の血中濃度を保てているかを見ていくことだという。
一方で集中治療領域の患者の血中濃度は、様々な要因で変動が激しく読めないことも多々ある。例えば海外の報告ではあるが、ECMO下で、ピペラシリン、メロペネムについて目標血中濃度(100%fT>4×MIC)を達成できなかった割合を調べた研究では、薬剤の種類で差はあるものの、ピペラシリンでは約半数の患者で十分な血中濃度を保つことができなかった。そのため一定数の患者で血中濃度が不十分となる可能性が否定できず、その結果としてグレード2Bという弱い推奨でβラクタム系抗菌薬の持続/長時間投与は推奨されている。
日本ではTDMに関してエビデンスを積み上げている段階にあり、有用性は理解しても一般化はされていない状態にある。
それに対し世界的には集中治療領域で、メロペネム、ピペラシリン/タゾバクタムについては約60%が持続/長時間投与を行っている。また同領域のβラクタム系薬のTDMについては世界で約40%、地域別でみると、欧州だと58%、東アジアは18%、北米7%と地域差がある。欧州と日本では温度差があるが、TDMのエビデンスは集積しつつあり、欧州ではβラクタム系薬のTDMは弱く推奨されている。この根拠として、複数の観察研究およびランダム化比較試験(RCT)で、TDM群の方が血中濃度の維持が有意に高いことが示されている。一方で死亡率に関する研究が乏しく、現時点ではTDMの有無で死亡率に有意差はでていない。
最近のオランダの多施設ICUのRCTでは、ICUに入室して2日以上の抗菌薬投与を受ける患者398人の患者を対象に、TDMを用いて容量調整を行う群と標準治療群で血中濃度の推移をみたところ、両群について低心拍出量症候群の頻度や死亡率に有意差は無かった。
一方で、橋本氏は個別の患者に対しTDMの効果は確かにあることを実感しているという。こうした観察研究やRCTで有意差がでない原因として、集中治療領域の患者の多様さがあり、研究デザインに課題があることを指摘。これら研究では患者群の敗血症率が5割程度で、抗菌薬の投与日数も中央値が4日間と短く、TDMが必要な重症患者に対する重要性を捉えられていない可能性が高い。また初回の投与から測定までの中央値が20時間と長く、超急性期の患者の実情が反映されていない。解決には迅速に測定できる機器と、重症敗血症、人工呼吸器関連肺炎、MICの高めな感受性菌といった患者選定が必要だという。
日立総合病院救急集中治療科では昨年(2023年)、「LM1010」を導入した。ICUの一角に場所を確保し、ICUの専従薬剤師が測定に取り組んでいる。HPLCではトータルで300分を要していた計測が「LM1010」では30分で終了し、実臨床での使用に耐えることを実感しているという。
続いて、橋本氏は「LM1010」によりTDMを行った症例3件を紹介した。
症例1:糖尿病・肥満がある40代男性の重症市中肺炎患者で、敗血症性ショック・ARDS(急性呼吸窮迫症候群)で来院。緑膿菌を血液培養・喀痰で検出し、最終的にVV-ECMOで管理するに至った。腎機能は悪くないが、敗血症性ショックからの離脱が困難で、メロペネムの長期間投与を選択したが、十分な量なのか、また有害事象の懸念もありトラフ値でのTDMをICU薬剤師に依頼した。その結果、血中濃度は8.685 μg/mLと十分にMICを上回っていたことがわかった。
症例2:重症肺炎疑いの敗血症の30代女性で、ARC(過大腎排泄)の影響の大きさを実感した例。同患者は精神科の基礎疾患があり、腎機能は正常であったが、当直帯でメロペネム1 g、12時間ごとの投与が開始されていた。8時間ごとの投与が望ましく血中濃度の低さが疑われたためTDMを行ったところ、濃度が1.060 μg/mLとかなり低かった。当初は意識障害もあり、髄膜炎が疑われたため2 g、8時間ごとに変更し、最終的には8.283 μg/mLまで上がった。適切な用量用法選択の重要性を裏付ける例となった。
症例3:重症腸管虚血/消化管穿孔で敗血症性ショックのある70代女性の患者で、腎不全を合併し、CHDF(持続的血液濾過透析)管理中だった。メロペネム+バンコマイシンであったのを、バンコマイシンの有害事象と思われる皮疹が生じ、原因菌として腸球菌の可能性があったことからメロペネム+リネゾリドに変更した。当初は通常の投与量で行っていたがTDMを行った結果、23.752 μg/mLと高かった。リネゾリドは腎不全だと高値になりやすく、その場合血球減少などのリスクが報告され、TDMの重要性を示せた例になった。
橋本氏は導入以降、紹介した症例以外についても有用性を実感しているという。当初、TDMはハードルが高いと感じていたが、「LM1010」を自身でも操作してみることで、経験がなくとも迅速な測定が可能であることを確かめている。検査項目も随時アップデートされ、1台あることでパラダイムシフトが起こるという。ただ、同病院ではICU薬剤師が担当してくれることになったが、実務上、導入にあたり誰が担当するのかということについては、導入の課題になることが推測される。
最後に橋本氏は「特に敗血症ではリアルタイムの介入が望ましく、これは近年でてきた迅速診断検査とも共通した問題です。いかに迅速に微生物を同定し、いかに迅速に適切な用量調整を行い、そしてしっかり患者さんに最も良い治療を提供できるか、そういうところが今後の鍵になってくると思っています」と締め括った。
対 談
セミナー後に、橋本氏と尾田氏による対談が行われた。
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橋本氏
尾田氏
まず橋本氏から尾田氏に、TDMでは患者の選定が難しく導入の課題になると考えているが、実際に尾田氏がどういった枠組みでTDMを行ってい
るのか、もしくは理想とするTDMはどのようなものか質問した。
尾田氏は、施設ごとに事情があることが予想されるため、一施設の経験、また私見ではあるが、と前置きした上で、どのような患者にTDMを適用するかについては、敗血症では生死の瀬戸際にいる患者は間違いなく適用になり、講演でも述べたオーバードーズまたはアンダードーズになるようなリスクファクターに該当する患者は積極的に測定していくことが考えられるため、これをポジションペーパーに落とし込んでいく必要があると述べた。同病院ではTDMの測定をAST(抗菌薬適正使用支援チーム)の業務にしており、業務は増加するも、その重要性をチームが認識し円滑に導入している。理想的な運用方法については、むしろ今回の学会のようなコミュニティで議論していきたいという。
次に橋本氏は、自身は「LM1010」を使用し、迅速で簡便という印象を抱いているが、逆に他の測定機器を使用したことがないため従来の測定との違いについて聞いた。
尾田氏は、日常業務ではHPLCを用いているが、臨床で使用し継承していく上でHPLCには技術的に難易度が高く、「LM1010」にはこうした課題を全てクリアし、TDMの普及に貢献すると感じているという。
橋本氏は、普及の課題として、日常業務として同機器を運用する際の人材の調整があると意見を述べた。それに尾田氏は同意すると共に、従来の測定は技術者が行うものであったのが、それをクリアし、人と時間だけクリアできればというフェーズになった最近の技術革新に驚いているという。学生に測定を行わせても全く問題ない結果を得ており、現在17施設に設置が広がり運用できている実績を普及の機運として、協力体制で今後の1年も進めていけることを期待していると述べた。
また橋本氏は、本日の講演を通して、日本における普及にはエビデンスを作ることが大事だと痛感したという。
それに対し尾田氏は、これまで多施設で研究を行うストラテジーは全く無かったが、それが同装置の開発でクリアできたことは大きく、また装置を運用している施設との共同研究が実施できるのではないかと期待し、これからも普及啓発活動と研究に取り組みたいとの考えを述べた。また、欧州ではTDMのエビデンスは豊富である一方で「LM1010」のような装置は存在せず、研究も踏まえた臨床薬理部門を病院に設置して血中濃度を測定あるいは容量の調整を行ってきた歴史がある。毒性学や中毒の治療が先行したと推測され、日本とはTDMの成立の経緯が異なる。TDMの普及の地域差は、こうした背景の違いに由来し、また地域によって課題が異なる。例えば日本ではまれだが、欧州ではカルバペネム耐性菌が少し多く、中国では多剤耐性結核が多く、これら地域ではTDMの臨床の需要が高かったことも関係している。一方で、こうした状況は今後日本でも起こりえることで、今から研究あるいはエビデンスを出すことで対策を行って行く必要があると尾田氏は述べた。
橋本氏は、診療報酬がTDM普及のドライバーになることを期待しているという。
尾田氏はそれに同意するも、AST加算の枠組みの中でも多少は行ってもよいのではないかと考えていると述べた。
橋本氏は、今回の講演の質問では聞ききれなかった質問として、例えばASTで枠組みを作っていくなかでβラクタム系薬のTDMを測定して、治療介入に落とし込む際にはどのようにしているかについても尋ねた。
尾田氏は、βラクタム系薬については、Time Above MICを超えている時間の割合が降下の指標となり、それについては手計算では困難で、特にバンコマイシンなどのAUC(薬物血中濃度時間曲線下面積)はソフトウェアを使用しているという。一方で、MICを超えている濃度まで持って行くためにはトラフ値で判定するならば必ずしもソフトウェアは必要としない。ただ、その場面場面でソフトウェアを使った方が良い場合は必ずあり、そして日本の薬剤師はソフトウェアがあれば使いこなせると感じているという。尾田氏はバンコマイシンのソフトウェアをつくる研究にも取り組んでいる。
橋本氏は最後に、βラクタム系薬のTDMは黎明期にあるが、今後普及させるために尾田氏のような研究者が主導することを期待し、自身もエビデンス送出を積極的に行い「LM1010」をはじめとした機器の普及につなげたいとし、尾田氏に今後の意気込みを聞いた。
尾田氏は、自身の研究領域の研究者は日本にまだ少なく、その中で企業と協力体制を組むことができ地道な努力が実を結んだことに喜びを感じているという。また特にβラクタム系薬についてはまだ先進的で診療報酬がすぐつくかは不明で、薬剤師が院内にTDMを提案して導入するのは簡単でないことが推測され、それに対し薬剤師だけでなく多職種でとりくみ、まずは患者のニーズを医師から得て、それに呼応するかたちで対応し、自身がドライバーになれるよう講演等を行うと共に、研究に取り組みフィードバックすることで最終的によりよい治療につなげることを意識してこれからも動いていきたいという。
橋本は、ニッチな領域ではあるが大事な領域であるとの認識をもっており、尾田氏の言葉を胸に、医師として薬剤師や他のコメディカルと共に草の根で普及を続け、最終的に同装置によるTDMからの適切な治療を一般化していきたいと述べて締め括った。
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