Examining the Structural Contribution of Therapeutic Drug Monitoring to Hospital Management
— From the Establishment and Practice of an In-House Monitoring System —

弘前大学 大学院医学研究科
薬剤学講座·医学部附属病院 薬剤部
教授·薬剤部長
新岡 丈典 博士(医療薬学)
近年、日本の医療現場を取り巻く環境は大きく変化している。医師の働き方改革の本格施行により、長時間労働の是正や業務効率化が制度として求められている。一方で、高齢化の進展に伴い医療需要そのものは増大しており、限られた人的資源の中で医療の質を維持・向上させることが喫緊の課題となっている1)。さらに、物価高騰や人件費増加の影響を受け、多くの医療機関では病院経営の赤字構造が常態化しつつあり、従来型の業務運営の延長では持続可能性を担保できない状況に直面している2)。
こうした背景のもと、チーム医療の推進やタスクシフト・タスクシェアは、単なる業務負担軽減策にとどまらず、医療提供体制そのものを再設計するための重要な戦略として位置づけられている3)。とりわけ病院薬剤師には、調剤や服薬指導といった従来業務に加え、薬物療法の専門家として治療方針の意思決定を支援する役割が期待されている1)。しかし、業務の単純な分担や形式的な代替にとどまる関与では、医療の質向上や病院経営への本質的な付加価値を創出できない。病院薬剤師が専門性をいかに可視化し、継続的に診療へ関与していくかが問われている。
働き方改革の推進に伴い、若手医師の研究時間確保が困難になりつつあることは、研究成果の創出や次世代人材の育成に影響を及ぼし、医療機関の将来的な競争力や学術基盤そのものを脅かす要因となっている2)。また、病院薬剤師不足の慢性化は、薬剤師が本来専門性を発揮すべき業務に十分な時間を割くことを困難にしている1)。多職種が連携して診療と研究を支える体制を構築し、業務効率と人材育成をいかに両立させるかは、大学病院のみならず多くの基幹病院に共通する課題である。
このような状況下において、Therapeutic Drug Monitoring(TDM)は、薬剤師が医療安全と病院経営、さらには研究活動の活性化に貢献し得る数少ない専門業務の一つといえる。TDM は単なる薬物血中濃度の測定・確認ではなく、得られた結果を解析し、投与設計や治療方針の最適化を支援する意思決定支援プロセスであり、臨床研究にも発展し得る。さらに、その運用の在り方次第で病院経営にも波及する可能性を有している。
本稿では、TDM を病院内で実施・運用する意義を、医療安全文化の醸成を基盤とした経営面への波及効果という観点から整理するとともに、弘前大学医学部附属病院(以下、当院)における院内測定体制の構築と実践例を紹介する。TDMを通じて薬剤師が果たし得る役割を再考し、持続可能な医療提供体制に向けた一つの示唆を提示したい。
医療現場の高度化と業務の細分化が進む中で、病院薬剤師の業務は多岐にわたり、関与の在り方が断片化しやすい状況にある。したがって、単発的な支援や限定的な関与にとどまらず、患者の治療経過に伴走しながら、医療安全対策や病院経営に資する業務基盤が必要とされている。このような観点から、多面的に展開可能なTDMという基盤を、業務、教育、研究、地域連携の視点から整理する。
TDM は、病院薬剤師が日常診療の意思決定に直接関与できる実務である。薬物血中濃度という客観的指標に基づき、投与設計の提案を行うことで、薬物療法の安全性と有効性を同時に担保することが可能となる。また、当該薬物が特定薬剤管理料Ⅰの対象である場合には、TDM 業務が診療報酬上も評価される仕組みが整備されている4)。このようなTDM を基盤とした業務は、ハイリスク薬管理や病棟活動の質を高め、薬物有害事象の回避や治療逸脱の早期是正を通じて、医療安全の確保にも直接的に寄与する。
TDM は、薬学教育で学修した薬物動態学的知識を臨床現場で実装する貴重な機会を提供する。がん、感染症、臓器・造血幹細胞移植、精神神経科領域をはじめ、小児や腎機能低下患者に対する薬物療法など、多様な診療科・病態に横断的に関与できる点は、教育的価値が高い。これらの実践的経験は、学会認定薬剤師資格取得のための症例報告作成に資する。さらに、資格取得者が次世代の認定薬剤師教育を担うことで、実践に根ざした知識や判断基準が組織内で共有され、教育の循環が生まれる。このような循環を通じた教育水準の均質化は、各専門領域におけるチーム医療の質向上という観点からも重要な意義を有する。
日常診療の中で蓄積されるTDMデータは、適切な倫理的配慮のもとで解析することで、臨床的知見の創出につながる可能性を有している。薬物動態の個人差や治療反応性の検討など、実臨床に根ざした研究テーマを設定しやすい点は、TDMの大きな特長である。薬剤師が薬物血中濃度の測定および解析に主体的に関与することで、研究時間の確保が難しくなりつつある医師の研究活動を支援する形で共同研究が成立し得る5)。このような実務起点の研究活動は、公募研究費の獲得につながることもしばしばあり、外部資金の導入を通じて、結果的に病院経営の基盤強化に寄与する側面も有している。
TDM は、単一施設内に閉じた業務にとどまらず、地域医療との連携にも発展し得る。測定機器や専門人材を有する医療機関がハブとなり、院内測定が困難な施設を支援することで、地域全体の診療水準向上に寄与することが可能となる。こうした連携は、診療支援に加えて人材育成や多施設共同研究協力へと波及し、地域医療の持続可能性を支える専門的基盤の形成につながる。
このようにTDM は、業務、教育、研究、地域連携という複数の側面において、病院薬剤師の専門性を可視化する基盤となる。次章では、これらの活動が診療報酬制度やチーム医療を介して、どのように病院経営へと波及していくのかについて具体的に検討する。
TDM 業務を通じて病院経営に寄与する最も分かりやすい側面は、特定薬剤管理料Ⅰの算定であり、病院薬剤師が直接的に収益構造に関与できる数少ない業務の一つといえる4)。しかし、本算定のみを目的として、TDM を病院経営に資する業務と位置づけた場合、測定機器の導入費・維持費、試薬費、人件費を考慮すると、必ずしも十分な収益性を確保できるとは限らない。TDM の経営的視点から見た価値は、単一の診療報酬算定に帰結するものではなく、複数の診療報酬算定を通じて間接的な収益増が期待される点にある。
病院薬剤師がTDM を行うことにより、薬物血中濃度という客観的指標に基づき、処方設計や治療方針の決定にまで踏み込み、患者の服薬支援を実施できるようになる。これは、薬剤管理指導を単なる説明業務から、個別化医療を支える臨床判断支援へと質的に転換させるものである。薬物血中濃度データを踏まえた薬物療法支援は患者や医師の理解と納得を得やすく、結果として薬剤管理指導料算定件数増加にも寄与する。また、ハイリスク薬を中心としたTDM の実践は、薬剤師の病棟常駐や継続的介入の必然性を高める。これにより、病棟薬剤業務実施加算を形式的な配置要件としてではなく、実質的な医療安全対策強化活動として機能させるための基盤が形成される6)。投与量逸脱や副作用兆候を早期に検知し是正する体制は、重大な医療事故の回避につながり、結果として病院経営に寄与する。さらに、感染症領域におけるTDM は、治療効果の最大化と副作用回避の両立に寄与するだけでなく、抗菌薬適正使用を通じて耐性菌出現の抑制にもつながる7)。これは、感染対策向上加算や抗菌薬適正使用支援加算を実質的に支える活動であり、院内感染対策という病院運営の根幹を担う要素でもある8)。耐性菌対策は短期的な収益指標には表れにくいものの、病院の信頼性維持や地域医療における役割確保という観点から、長期的には重要な経営資源となる。
TDM 業務は、血中濃度測定を院内で実施する場合に限らず、外部委託による測定結果を用いても成立する。すなわち、TDM の本質は測定そのものではなく、得られた数値を臨床状況と照らし合わせて解釈し、投与設計や治療方針へ反映させる意思決定プロセスにある。
一方で、TDM を日常診療の中で継続的に機能させ、医師への処方提案や、プロトコールに基づく薬物治療管理(protocol-based pharmacotherapy management:PBPM)の枠組みの中で行われる検査オーダー代行入力などへ即時的に接続していくためには、測定結果がどの時間軸で、どの体制の中で共有されるかが重要となる。院内で測定からフィードバックまでを完結できる体制は、こうしたTDM の「臨床プロセスとしての実装」を支える基盤となり得る。外注測定と院内測定の違いを、TDM の業務・教育・研究・地域医療の視点から整理したものを表1に示す。TDM を院内で完結させる体制は、直接的な診療報酬算定にとどまらず、病院薬剤師業務の質的向上、チーム医療の実効性確保、卒後教育の充実、研究活動の推進、さらには医療安全文化の醸成を通じて、病院経営に多面的な波及効果をもたらす。
近年、薬剤師の実習受け入れおよび体系的な育成体制は、医療法に基づく特定機能病院の指定に関する「基礎的基準」の一つとして位置づけられる見通しとなっている9)。また、2024年度診療報酬改定で新設された薬剤業務向上加算は、病棟薬剤業務の質向上を目的とする加算であり、その施設基準には、免許取得直後の薬剤師を含む卒後教育・人材育成体制の整備が明確に盛り込まれている10)。このような制度的要請のもと、TDM 業務は、薬物療法の意思決定に直結する実務であると同時に、臨床薬学的判断力を涵養する教育機会としても位置づけられ、卒後教育や人材育成を支える実践的基盤の一つとなり得る。
表1 業務・教育・研究・地域医療の視点からみた薬物血中濃度の外注測定と院内測定の比較

これまでに述べてきたように、医療安全文化の醸成を基盤とした経営面への波及効果という視点に立てば、TDM が病院薬剤師業務の中で継続的に実践されてきた理由は、十分に納得できる。一方で、薬物血中濃度測定体制を日常診療として安定的に継続することは、必ずしも容易ではない。TDM 業務を効率的で経済的、かつ適正に運用するためには、自施設の診療体制および人的資源に見合った血中濃度測定手段を選択し運用していくことが重要となる。
TDM を院内で実施するための測定法としては、免疫測定法、液体クロマトグラフィー–タンデム質量分析法(liquid chromatography–tandem mass spectrometry:LC-MS/MS)法、ならびに高速液体クロマトグラフィー– 紫外可視吸光検出法(high-performance liquid chromatography with ultraviolet detection:HPLC-UV)法など、複数の選択肢が存在する。
免疫測定法は操作性に優れ、迅速な測定が可能である反面、測定対象薬物が限られること、新規の特定薬剤管理料Ⅰ対象薬物への適応拡大が難しいこと、交差反応など測定原理に起因する制約を有している。
LC-MS/MS 法は高感度・高選択性を有し、診療のみならず研究用途においても極めて有用である。一方で、装置導入および維持に要するコスト、測定や保守に必要な高度な専門性、特定の担当者に依存しやすい運用形態に陥りやすい点などから、多くの医療機関において、LC-MS/MS 法をTDM 業務において恒常的に運用することは依然としてハードルが高い。
このような中で、HPLC-UV 法は、日常診療においてTDM を運用していくための現実的な選択肢となり得る。HPLC-UV法はLC-MS/MS 法と比較して感度や網羅性では劣るものの、院内導入および維持が比較的容易であり、測定原理が理解しやすいという特長を有している。ただし、UV 検出では血中濃度域によっては測定感度が不十分となる薬物も存在することから(例:タクロリムスやシクロスポリン)、移植医療実施施設などでは、本機単独でのTDM 業務の運用は難しい。一方で、抗菌薬を対象とするTDM においては、血中濃度がμg/mLオーダーで推移することが多く、UV 検出法によって臨床的に十分な感度での定量が可能である。加えて、抗菌薬は、薬物動態学・薬力学(pharmacokinetics/pharmacodynamics:PK/PD)理論を適応しやすく11)、診療報酬算定の有無にかかわらず、臨床的意義の高いTDM を実践できる12)。HPLC-UV法は、こうした薬物に対して、比較的簡便かつ低コストで定量法を構築できる点で、日常診療との親和性が高い。
当院では、これらの背景を踏まえ、TDM を日常診療として安定的に運用するための測定基盤としてHPLC-UV 法である測定機器LM1010(株式会社日立ハイテク)を導入している。LM1010は、測定手技の簡便化や精度管理運用の確立、設置および維持のしやすさといった点で、院内TDM 体制の構築に寄与している。とくに、血液検体の前処理法が標準化され、その後の血中濃度測定工程が自動化されている点や、内部標準物質を用いずとも一定の測定精度が担保される設計は、日常診療においてTDM を継続的に運用するための重要な基盤要素となっている。
当院では、TDM を日常診療の意思決定に結び付けるために、院内で測定からフィードバックまでを完結できる体制を整備してきた。本章では、腎移植医療を実施する施設として臨床的必要性が高いミコフェノール酸(mycophenolic acid:MPA)を例に、院内測定体制の構築が診療連携と医療安全にどのように寄与したかを整理する。
MPA は免疫抑制療法の中核薬であり13)、曝露量の過不足が拒絶反応や感染症リスク、さらには長期的な移植腎機能に影響し得る。したがって、患者ごとの病態変化や併用薬、腎機能の推移を踏まえて、薬物曝露を適切に評価し、治療方針へ速やかに反映させることが重要である14)。
従来、外注測定に依存していた時期には、結果の返却までに時間を要するため、得られた濃度情報を「次の診療意思決定」に十分に接続できない場面があった。これに対し、院内測定へ切り替えたことで、MPA 血中濃度の情報を同日中(あるいは診療に間に合う時間軸)で共有できるようになり、泌尿器科や腎臓内科との連携が日常診療の業務プロセスとして成立しやすくなった。院内で結果を返すことの価値は、単なるスピードの向上ではない。薬物血中濃度情報が「診療の意思決定プロセス」に組み込まれ、病棟を担当する薬剤師が、投与設計や治療方針の検討に能動的に関与できる頻度が増える点に、院内測定体制の本質的な価値がある。
一方で、院内測定体制の構築は「測定を開始すること」がゴールではなく、「安定した測定体制を継続的に維持し続ける」ことが重要である。すなわち、薬物血中濃度の測定コンディションや測定者の技術差や業務環境の揺らぎが、測定結果の安定性や再現性に及ぼす影響を最小限に抑えることが重要となる。とくにMPA のように、血中濃度が投与量調節に直結しやすい薬物では、測定結果の妥当性を担保する運用(前処理・測定手順の標準化、異常値検出時の判断ルール)が日常業務として機能していることが重要である。
当院では、ミコフェノール酸(MPA)血中濃度測定を外注から LM1010を用いた院内測定へ移行するにあたり、精度評価の過程で顕在化した測定結果の安定性および再現性に関する課題に対して、前処理手順の最適化や運用上の工夫を段階的に検討してきた。具体的には、血漿の性状に応じた遠心分離条件の標準化や、固相抽出法とタンパク凝集法における回収率の比較検討などを行った。その結果、臨床現場で再現可能な安定したTDM 業務の運用が確立され、現在では腎移植患者におけるMPA 投与量の個別化を日常診療として継続的に支援できる体制が構築されている。
現在、当院に設置されている血中濃度測定機器に対応し得る免疫測定キットが市販化されている薬物については、検査部で測定を行っている。一方、これまで外注測定されていた薬物の血中濃度については、順次院内測定へと切り替え、LM1010やLC-MS/MS 用いて薬剤部で測定している。本運用において、いずれの部署においても測定精度管理は極めて重要となる。
測定結果そのものが臨床判断に直結する以上、測定精度や再現性が担保されていないTDM は、かえって医療安全上のリスクとなり得る。誤った測定結果は、不適切な投与量調整や治療方針の判断を招き、重篤な有害事象や医療事故の発生を通じて、結果的に病院経営にも悪影響を及ぼす可能性がある。したがって、TDM 業務の運用においては、「高精度であるか」という一点のみならず、「精度管理を日常業務として継続できるか」という視点が不可欠である。
また、TDM 業務には血中濃度測定結果を誤って解釈してしまう特有のピットフォールが存在する。予想外の測定結果が得られた場合には、採血が指示どおりの時間に実施されたか、患者の服薬アドヒアランスは良好であったか、腎・肝機能に変化がないか、薬物動態学的相互作用が生じていないかなど、臨床薬理学的視点からの検討が必要である。さらに、薬物血中濃度の測定結果には、検体の保存状態、測定環境、測定担当者の熟練度などの要因も複合的に影響する。これに加えて、分析化学的視点からも、当該薬物の検出ピークに夾雑ピークが重なっていないか、保持時間の変動が生じていないか、分析カラムの劣化やキャリーオーバーが影響していないかといった点を確認する必要がある。HPLC-UV 法では、クロマトグラムを直接確認することで、こうした測定上の異常やエラーを視覚的に把握できる点が特長である。このような測定結果の妥当性を多角的に評価する能力も、TDM 業務体制を強化するうえで求められる。
これらの要素を踏まえて構築した当院のTDM 業務体制を図1に示す。迅速性、信頼性、再現性、安全性、そして経済性がバランスよく担保されてはじめて、TDM は日常診療において持続的に機能し、結果として病院経営に資する業務となる。

図1 当院におけるTDM業務の流れ
本稿では、TDM を単なる血中濃度測定業務としてではなく、病院薬剤師が診療の意思決定に継続的に関与し、医療安全文化の醸成を基盤として病院経営にも波及し得る専門業務として、その意義と実践を論じてきた。TDM の価値は、特定薬剤管理料Ⅰの算定といった直接的評価にとどまらず、薬物療法の質向上やチーム医療の実効性確保、研究・教育への波及効果を通じて多面的に発揮される。
とくに日常診療の中でTDM 業務を持続的に運用するためには、各施設の診療特性や人的資源に見合った測定体制の構築が不可欠である。本稿で示したHPLC-UV 法は、すべての薬物のTDM に対応するものではないが、抗菌薬物療法などTDM を実施する臨床的意義の高い領域においては、現実的かつ継続可能な院内測定基盤となり得る。
TDM を院内で完結させる体制は、迅速なフィードバックを可能とし、病院薬剤師が処方設計や治療方針に主体的に関与する機会を拡大する。TDM を測定業務に矮小化することなく、専門性を可視化し続ける基盤業務として再定義することが、持続可能な医療提供体制を支える一助となることを期待したい。
参考文献
登録記事数 203件
まだまだあります。