ページの本文へ

日立ハイテク

サステナビリティの視点から製品含有化学物質を考える

~RoHS指令における制限物質拡大と国際標準化の動向~

欧州RoHS指令の使用制限物質にフタル酸エステル類4物質が追加され、これまで使用制限されてきた6物質と合わせて10物質が規制対象となった。
この追加の背景や、今後の製品含有化学物質規制の動向について、また企業は化学物質とどのように向き合っていくべきか、電気・電子技術分野の国際標準化機関IECの専門技術委員会TC111(環境)の国際副議長を務める竹中みゆき氏に聞く。

IEC TC111(環境)国際副議長
理学博士
株式会社 日立ハイテク
主管技師
東京都市大学 客員教授
竹中 みゆき

IEC TC111(環境)国際副議長 理学博士 株式会社 日立ハイテク 主管技師 東京都市大学 客員教授 竹中 みゆき

フタル酸エステル類の特性と、RoHS2に製品を適合させる上の注意点

【Q】 欧州RoHS指令の禁止物質にフタル酸エステル類の4物質が新たに加えられた背景について教えてください。

【竹中】 欧州RoHS指令(※1)が最初に施行されたのは2006年7月1日で、その後も定期的に追加物質についての検討がなされてきました。今回もさまざまな物質が候補に挙げられていましたが、最終的に、電気・電子機器に多く含まれ、生殖毒性を有し内分泌かく乱物質として知られる4種のフタル酸エステル類(※2)が追加されることになりました。それぞれについて均質材料中0.1%を最大許容濃度とし、2019年7月22日からEUに上市されるすべての電気・電子機器(医療機器および監視制御機器を除く)への使用が制限されます。体外診断用医療機器を含む医療機器、産業用を含む監視制御機器に対しては、2021年7月22日から使用制限が適用されます。欧州RoHS指令は、一般的に旧RoHS指令と比較してRoHS2と呼ばれることが多いので、本稿ではこれ以降はRoHS2と呼びます。
内分泌かく乱物質は、生物に対してホルモンのように作用して健康を阻害する、あるいはその可能性のある物質で、すでに使用や製造が制限されているものも多くあります。フタル酸エステル類については、欧州REACH規則(※3)付属書XVII(制限物質)エントリー51として、DEHP、BBP、DBPを合計0.1 wt%(1,000 ppm)以上含有する育児・玩具製品のEUでの上市が制限されていました。2020年7月からはDIBPが追加され、また全ての成形品(一部例外を除く)への制限に拡大されるREACH規則付属書XVIIエントリー51として施行されます。このようにフタル酸エステル類の規制は世界的に非常に厳しくなっています。

【Q】 フタル酸エステル類はどのような製品に使用されているのでしょうか。

【竹中】 フタル酸エステル類は、主に樹脂やゴムなどに柔軟性を付与し成形加工をしやすくする可塑剤として使用され、塩化ビニルのようなごく身近な素材にも添加されています。塩化ビニルはケーブル類の被膜として用いられるため、電気・電子機器では電源コードをはじめとする配線材料、アダプターやコネクター、絶縁材、軟質樹脂部品などにフタル酸エステル類が含まれます。また、塗料、接着剤、ゴム部品など、電気・電子機器を構成する部品の広範囲に含まれています。
RoHS2におけるフタル酸エステル類の追加については2015年に公布されていますから、これまでの準備期間に産業界では代替材料への切り替えが進んでいます。電気・電子機器は数十万点におよぶ多種多様な部品で構成されるため、サプライチェーン全体で対応する必要があります。RoHS1で精力的に活動されてきた電機・電子4団体(※4)ではサプライチェーン上での円滑な対応を進めるためのフタル酸エステル類に関する注意点やガイドラインをまとめて公開し、関連業界全体での切り替えを支援していて、大変参考になるかと思います。

【Q】 RoHS2に製品を適合させる上で注意すべき点を教えてください。

【竹中】 フタル酸エステル類がこれまでの使用制限物質と大きく異なる点は、移行性が高いことです。部品・製品自体に使用していなくても、製造ラインの樹脂・ゴム部品や、輸送・保管の工程で用いられる包装資材などにフタル酸エステル類が含まれていると、接触によって汚染されてしまう可能性があります。そのため、製品だけでなく周辺の資材や備品も含めたリスク管理を徹底する必要があります。
また、RoHS指令はあくまでもEUに上市する製品を対象としており、今回、制限物質に加えられたフタル酸エステル類については、日本国内では禁止されていません。グローバリゼーションが浸透している中、多くの企業では材料の調達や製品の設計・仕様もグローバル共通化されていると思いますが、フタル酸エステル類が使用継続されている部品などを同じ工場内で扱っている場合には、混入や汚染防止に向けた管理体制の構築が求められます。
産業界ではこれまでにも、RoHS指令の整合規格であるEN50581(有害物質の使用制限に関する電気・電子製品の評価のための技術文書)とそれを国際規格化したIEC63000:2016を用いた適合性評価を行い、それぞれの企業が製品含有化学物質の管理を徹底してきました。フタル酸エステル類の規制はこれから始まりますが、RoHS1と同様に自社の製造工程や調達品における含有リスクを把握し、適合性を保っていくことが重要です。

【Q】 竹中さんは、2018年10月25日にIEC(International Electrotechnical Commission)の専門技術委員会TC111の国際副議長に就任されました。IEC TC111はどのような活動を行っている組織なのでしょうか。

【竹中】 IECは電気・電子技術分野の国際標準化を推進する機関で、さまざまな技術分野ごとに規格を開発するために、TC(Technical Committee)と呼ばれる専門技術委員会を多数設置しています。TC111はその中の電気・電子機器、システムの各種環境規格を策定する専門技術委員会として2004年10月に発足しました。当時はRoHS指令が公布され、REACH規則が検討されていた頃で、環境配慮型の製品を国際市場で流通させるために、世界共通の枠組みが求められていたのです。設立時から日本が国際議長を務めており、現在、投票権を持つメンバーとして25か国、オブザーバーメンバーとして10か国が参加しています。また、受託審議団体としてJEITA(一般社団法人 電子情報技術産業協会)がTC111の日本国内委員会を運営しています。
環境と一口に言っても、生物や環境に影響を及ぼす有害化学物質から、気候変動に関連する温室効果ガス、水や鉱物資源の枯渇などさまざまな課題があり、対象となる範囲も製品からシステムやサービスへと拡大しています。TC111で現在開発している国際規格を図1に示しました。例えば、化学物質分野では部品メーカーが有害物質不含有を宣言し、それをサプライチェーンの中で伝達するための枠組みや共通フォーマットの策定、規制物質の測定方法などの標準規格の開発に取り組んでいます。また、環境配慮設計や温室効果ガス排出量の算定方法、資源効率(リサイクル可能性)などの各分野においても、国際標準化活動の基本方針を踏まえた規格開発に取り組んでいます。

図1:環境問題とTC111国際規格の関係
図1:環境問題とTC111国際規格の関係

日本の優れた技術やシステムを国際規格の開発に活かしていく

【Q】 環境規格の国際標準化を進める意義について教えてください。また、竹中さんは国際副議長として標準化や企業の環境対応にどのように貢献していきたいとお考えでしょうか。

【竹中】 地球温暖化や海洋プラスチック問題に象徴されるように、環境問題は一国だけの問題ではなく地球全体の課題です。経済のグローバル化が進み、国境を越えてバリューチェーンが広がる時代においては、自社や自国の利益や利便性だけを考えるのではなく、広く価値を共有していくことが求められます。ただ一方で、規制制度のためにある国の産業が著しい不利益を被ることや、世界に貢献できる優れた技術があるのに活かせないといったことがあってはならないと思います。そうした意味で、世界の主要国が議論を尽くし、皆が納得して参加できる枠組みや規格をつくることの重要性はますます高まっています。特に、各国の強制法規で参照される技術基準や任意規格は、国際標準が存在する場合は国際規格を基礎とした国内規格の策定が原則となります。そのため、自国に有利な国際規格にすべく、各国から多くの専門家がTC111に積極的に参加しています。日本は優れた環境技術や環境配慮製品を有しています。このような取り組みを積極的に提案していくことは産業競争力の優位性を保つ上でも必要です。
例えば、IEC TC111では、電気・電子機器のサプライチェーン上での含有化学物質の情報伝達手順に関する国際規格(IEC62474)を開発し、関連する物質データベース(VT62474)を維持・管理しています。日本では、IEC62474に準拠した「chemSHERPA(ケムシェルパ)」の実務利用が2018年からスタートしました。国内外で情報伝達ツールの統一が進むと、サプライチェーンの中間に位置する部品メーカーは取引先に提示する情報のフォーマットを統一できるため、事務作業などの負担が大幅に軽減できます。
また、製品中の化学物質を評価する場合には、測定条件や試験方法の国際共通化を諮ることが必要であり、IEC TC111では試験方法に関する国際規格(IEC62321)を開発しています。IEC62321試験法の最大の特徴はスクリーニング分析法と精密分析法の2段階方式を基本として、要求精度を担保しつつ、時間・コストの面でもより合理的で実用的な方法を提案していることにあります。すでに規制されている6物質については、蛍光X線分析法(XRF)によるスクリーニング測定という日本が先行して開発を進めた技術が国際標準規格となり、広く工場などの現場管理として用いられてきました。フタル酸エステル類もPyroガスクロマトグラフ法(Py/TD GC-MS)の採用をはじめ、フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)、液体クロマトグラフィ(HPLC)、加熱脱離質量分析(TD-MS)などのスクリーニング技術を提案するなど、多くの優れた日本の技術をIEC TC111へ積極的に提案しています。
日本企業は、世界でも最も厳格にRoHS指令などの含有化学物質管理体制を構築していると言えます。そのため、日本の優れた技術やシステムを実際に国際規格の開発に活かせるよう、きちんと提案し、公正な議論をリードしていくことが重要です。それによって企業の環境への取り組みを後押しし、産業界全体に貢献したいと考えています。

今後、製品含有化学物質規制が強化されていくことは必須

【Q】 RoHS指令を含め、今後、製品含有化学物質の規制は強化されていくのでしょうか。それに対して企業はどう向き合っていくべきとお考えですか。

【竹中】 欧州ではRoHS指令の次なる追加物質として、TBBPA(テトラブロモビスフェノールA)、MCCPs(中鎖塩素化パラフィン)、三酸化アンチモン(Sb2O3)、ベリリウム(Be)およびその化合物、ニッケル化合物(NiSO4、Ni2SO3)、コバルト化合物(CoCl2、CoSO4)、インジウムリン(InP)の7物質が検討されています。REACH規則も含め、製品含有化学物質規制が強化されていくことは間違いありません。
また、欧州委員会は2015年にEU全体での新たなサステナビリティ戦略として「サーキュラー・エコノミー・パッケージ」を採択し、循環型経済システムの構築をめざしています。その一環として、CRM(Critical Raw Materials:重要な原材料)のリストを作成し、それらの製品含有情報の伝達を義務づける制度が設けられる見通しです。CRMリストには2017年現在、27鉱物(※5)が選定されています。つまり、これからは有害物質を使用しないというだけでなく、製品に含まれる原材料の循環利用にも配慮する必要が生じるのです。原材料情報は企業秘密にかかわる面もありますが、それを守りつつ情報共有する仕組みが、今後検討されていくと思われます。
さまざまな環境問題が顕在化している今日、サステナビリティへの対応は企業価値や事業の成否も左右します。製品含有化学物質は、国連のSDGs(持続可能な開発目標)の多くの目標に関係し、特に目標12の「つくる責任、つかう責任」と深く関わります。規制への対応にとどまらず、環境価値を意識した積極的な対策を打つことは企業価値向上につながります。
持続可能な循環型社会の構築に向けて、これからのモノづくりには有害物質を環境中に放出しないことはもちろん、設計段階からリユースやリサイクルなどの資源循環に配慮した製品開発が求められます(図2)。化学物質の使用や原材料の選定について、企業はこれまで以上に意識を高める必要があるでしょう。私たちIEC TC111も、適正な国際標準規格の開発を通じて、サステナビリティを重視し社会価値や環境価値の創造に取り組む企業の皆様を支援していくことをめざします。

図2:SDGs達成へ向けた更なる挑戦
図2:SDGs達成へ向けた更なる挑戦

(インタビュー・文:関 亜希子)

(※1)RoHS指令:RoHSはRestriction of Hazardous Substancesの略称。EU域内で流通する電気・電子機器に特定の有害物質の使用を制限する指令として2003年2月13日のEU官報で公布され、2006年7月1日に施行された。2011年7月21日に1回目の改正が行われ、対象製品の拡大とCEマークの製品貼付制度が開始された。これにより、旧RoHS指令(2002/95/EC 通称RoHS1)は2013年1月2日に廃止となり、翌1月3日から改正RoHS指令(2011/65/EU 通称RoHS2)に置き換わった。

(※2)4種のフタル酸エステル類:フタル酸ビス(2-エチルヘキシル):DEHP、フタル酸ブチルベンジル:BBP、フタル酸ジブチル:DBP、フタル酸ジイソブチル:DIBP

(※3)REACH規則:REACHはRegistration、Evaluation、Authorization and Restriction of Chemicalsの略称。2007年6月1日に発効したEUにおける化学物質の総合的な登録、評価、認可、制限に関する制度。

(※4)電機・電子4団体:一般社団法人日本電機工業会(JEMA)、一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)、一般社団法人情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)、一般社団法人ビジネス機械・情報システム産業協会(JBMIA)

(※5)CRMリスト(2017年現在):アンチモン、バライト、ベリリウム、ビスマス、ホウ酸塩、コバルト、原料炭、蛍石、ガリウム、ゲルマニウム、ハフニウム、ヘリウム、重希土類、インジウム、軽希土類、マグネシウム、天然黒鉛、天然ゴム、ニオブ、白金族、リン鉱石、リン、スカンジウム、金属シリコン、タンタル、タングステン、バナジウム

参考資料

RoHS2原文:DIRECTIVE 2011/65/EU OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 8 June 2011 on the restriction of the use of certain hazardous substances in electrical and electronic equipment (recast)

欧州RoHS制限物質追加官報原文:COMMISSION DELEGATED DIRECTIVE (EU) 2015/863 of 31 March 2015 amending Annex II to Directive 2011/65/EU of the European Parliament and of the Council as regards the list of restricted substances

REACH制限物質追加官報原文:COMMISSION REGULATION (EU) 2018/2005 of 17 December 2018 amending Annex XVII to Regulation (EC) No 1907/2006 of the European Parliament and of the Council concerning the Registration, Evaluation, Authorisation and Restriction of Chemicals (REACH) as regards bis(2-ethylhexyl) phthalate (DEHP), dibutyl phthalate (DBP), benzyl butyl phthalate (BBP) and diisobutyl phthalate (DIBP)

内分泌かく乱物質について

JEITA環境部会 RoHS関連情報

電機・電子4団体 EU RoHS指令制限対象フタル酸エステルに関する注意点(第三版)

JEITA電子部品部会 EU RoHS指令への適合を保証する管理体制における特定フタル酸エステル類の汚染防止対応ガイドライン

IEC TC111

IEC TC111国内事務局(JEITA)

chemSHERPA(ケムシェルパ)について

EN50581

RoHS3検討について

欧州Circular Economy、CRMの動向

関連する記事

さらに表示

ページ先頭へ