ページの本文へ

日立ハイテク
  • ホーム
  • インタビュー
  • イオン液体が、ありふれた資源を未来の材料に変える ~イオン液体の研究を軸に、これからの社会が求める材料やデバイス、リサイクル技術を創造~

イオン液体が、ありふれた資源を未来の材料に変える

~イオン液体の研究を軸に、これからの社会が求める材料やデバイス、リサイクル技術を創造~

千葉大学大学院工学研究院の津田哲哉教授は、常温でも液体のまま存在する特殊な塩=イオン液体の研究を軸に、電池、高性能触媒、アルミニウムリサイクル、さらには宇宙利用まで、広い分野に応用を広げています。近年では、イオン液体を利用したワンポットプロセスによるハイエントロピー合金触媒の合成を実現し、複雑な製造工程の大幅な簡略化にも成功しました。また、電子顕微鏡によるオペランド観察によって電池の内部で起きている現象を可視化し、新たな知見を見いだしてもいます。材料開発と分析技術。その両輪で未来を切り拓く津田教授にお話をうかがいました。

千葉大学大学院 工学研究院 教授 津田 哲哉 博士(エネルギー科学)

千葉大学大学院
工学研究院
教授
津田 哲哉 博士(エネルギー科学)

大阪大学大学院工学研究科助教を経て、2022年より現職。電気化学会 電気化学普及委員会 委員長、溶融塩委員会 編集委員長などを歴任(現任)。表面科学会 技術賞(2010年)、大阪大学 総長奨励賞(2012、2014、2015)、電気化学会 溶融塩委員会 溶融塩賞(2025年)他、受賞歴多数。

室温で液体になる塩。その不思議さに魅せられて

通常、私たちが知る食塩などの塩は、室温では固体。しかし分子構造を工夫すると、室温付近でも液体のまま存在する塩をつくることができる。イオン液体とは、室温で液体になっている塩だ。そして、塩が持つ「燃えにくい」「揮発しにくい」といった特徴に加え、液体としての流動性を併せ持つ。さらに電気化学的な安定性が非常に高く、水系電解液と比べて4〜5倍広い分解電圧を有することから、高電圧電池や新しい電気化学プロセスへの応用が期待されている。津田教授はイオン液体の魅力について次のように語る。

「イオン液体の面白さは、電気化学窓が広い、イオン伝導度が比較的高い、使用温度域が広い、難帯電性といったさまざまな特徴を持つことです。これらの特徴を個々に持つ物質はありますが、すべて併せ持っていることがイオン液体の大きな魅力です」

この不思議な液体と津田教授との出会いは、学生時代にさかのぼる。研究室に配属になって初めて手にしたイオン液体は塩化アルミニウムと有機塩によるものだった。

「それぞれ室温では固体ですが、2つを混ぜた瞬間からじわじわと溶けていくわけです。これは不思議だ、面白いと。その瞬間、この物質をもっと探究したいと思いました」

思いは日本だけでは収まらず、米国ミシシッピ大学に留学し、イオン液体研究の第一人者であるチャールズ・L・ハッシー教授のもと、合成から応用まで幅広い研究に携わった。そして留学終盤には身近で安価な材料からイオン液体の類縁体をつくる研究に着手する。

「尿素と塩化コリン、肥料と養鶏の飼料に含まれる安全性の高い身近な物質でありながら、混ぜればイオン液体に近しいものができると知り、これは面白いと」

この経験が、汎用元素とイオン液体を組み合わせるという現在の研究アプローチの礎となっている。

イメージ

予想外の結果、それは研究が最も面白くなる瞬間

津田教授は、学生が悲壮な表情で研究室にやってくる場面を何度も見てきたという。

「先生、予想した結果と全然違いました」

そんな報告を受けるたび、津田教授がかける言葉は決まっている。

「予想外やね。これおもろいね」

その飾らない言葉に、想定外を楽しむ気持ちがにじむ。結果を予想し、仮説を立て、実験する。その半分程度は想定通りに進むが、残りは予想外の結果になるという。

イオン液体の機能性を向上させるために一般的に用いられる方法は、複雑な有機合成プロセスによる合成化学的手法だが、コストが高く、社会実装には課題が多い。

「そのため、身近にある安価な化合物や塩を巧みに組み合わせて、安価で汎用性の高いイオン液体を合成することに意義があります。誰もやっていない研究を、こういった結果が得られるのでは……と実験を進め、予想もしないような結果が出たときに『あ~、面白いな~。こんなことあるんや』と思います」

イオン液体は多彩な物性を持つため、想定外のデータは新しい応用への入り口になる。

「実はそこが一番エキサイティングなんです。学生には、『じゃあこうすればもっと面白いものができるんじゃない?』と励まします」

そこから学生や研究者とあれやこれやと議論を交わす時間が楽しいと語る津田教授。

津田教授の予想外を楽しむ原点についてたずねると、幼少期の「分解遊び」に行き当たった。

「子どもの頃は、親に内緒でいろいろなものを分解していました」と機械や電池、さらにはゴルフボールまで分解していたと笑う津田教授。その好奇心は、少年時代のまま研究者としての原動力になっているようだ。

イメージ

ハイエントロピー合金触媒を簡易に生成するワンポットプロセスを開発

近年注目を集めている津田研究室の成果の1つが、ハイエントロピー合金触媒のワンポット合成技術である。従来、ハイエントロピー合金ナノ粒子を合成する工程と、それを担体に固定する工程は別々に行う必要があった。しかし、津田研究室では、イオン液体を反応媒体として利用することで、原料を1つの容器に投入し、加熱・撹拌するだけで高品質な触媒を形成するワンポットプロセスを実現した。

「今まで少なくとも2段階必要だった工程がワンステップで完了しました。想定していたとはいえ、本当にできた時は驚きました」

このプロセスを支えるのもイオン液体ならではの特性である。イオン液体はバルク状態では高い流動性を保つ一方、薄い層になると固体に近い性質を示す。この特性により、イオン液体はナノ粒子の凝集を防ぐ安定化剤として働きながら、同時に担体への固定を助けるバインダーの役割まで果たす。そのため、カーボンナノチューブやグラフェンなどさまざまな担体上へ均一にナノ粒子を固定できるわけだ。さらに興味深いのは、イオン液体自体が触媒表面の電子状態を変化させることで、触媒性能そのものを向上させられる可能性があることも分かった。

イオン液体の性質は陽イオンと陰イオンの組み合わせに依存するため、目的や用途に合わせて物性がデザインできる液体としても注目を集め、現在は燃料電池、CO2還元、水電解など、多くの研究者によって応用が広がりつつある。

「今後は機械学習も活用しながら、最適な組み合わせを見つけていきたいと思っています」

イメージ

アルミニウムを本当の意味で循環させ国産資源に

近年、津田教授が特に力を入れているのが、アルミニウムのリサイクル技術だ。従来のアルミニウム製造法(ホールエルー法)は、原理的に二酸化炭素の排出が避けられない。しかもリサイクルを重ねるほど純度が下がり、最終的には多くが地中に廃棄されているという事実は、あまり知られていない。津田教授はここに着目し、イオン液体を電解液として用いることで、捨てられていたスクラップアルミニウムから直接、新地金レベルの純度のアルミニウムを再生する技術を確立した。

「炭素電極の代わりにスクラップアルミニウムを使うため、再生可能エネルギーで電気を供給すれば、CO2排出はほぼゼロになります。しかも従来法の10分の1程度の電力で新地金がつくれることも、ラボレベルで実証できています」

この技術が持つ意味は、環境面だけにとどまらない。日本はアルミニウムの新地金を100%輸入に依存しており、いわゆるジャパンプレミアムを支払い続けて新地金を輸入している構造がある。

「我々の方法を使えば、アルミニウムを国内だけで循環させることが可能になります。経済安全保障の観点からも、非常に重要な技術になっていくと考えています」

環境負荷低減と資源循環、その両方を実現する可能性を秘めた技術である。

「見える」ことで研究は変わる。電子顕微鏡が開いた新しい世界

イオン液体は難揮発性で帯電しにくいため、真空環境が必須である電子顕微鏡観察において、試料の前処理が格段に楽になるという利点がある。特にリチウムイオン電池の分野では、充放電時の電極の膨張・収縮挙動を実際に観察することで、従来の数値データだけでは見えなかった現象が明らかになった。

「電極の膨張は等方的に進行すると想定していたのですが、実際に見てみるとエッジの部分が極端に飛び出るように変形する。さらに電解液自体も動いていることが分かってきました」

リチウムイオン電池では、充放電時の電極膨張・収縮や電解液の挙動をリアルタイムで可視化することに成功した。数値だけでは分からなかった現象が、電池の設計指針の改善へとつながっている。

研究室ではデジタル顕微鏡と電子顕微鏡を使い分ける二段構えの観察体制を採用しているが、ナノスケールの詳細観察には電子顕微鏡が欠かせない。

「電子顕微鏡で得られた情報がないと、議論を深めることができないというのが正直なところです」

イオン液体を用いて作製した燃料電池用電極触媒の劣化挙動を、従来法による触媒と比較評価した際の日立ハイテクの技術者との共同作業について、印象深いエピソードを語ってくれた。

「従来法の触媒は炭素がボロボロになり、白金ナノ粒子がどんどん大きくなる様子がはっきり見えました。一方、我々の触媒はかなり改善されている様子が確認でき、他では観察できなかった劣化現象の過程をビデオクリップとして記録することができました。これにはとても驚きました」

イメージ

Planet 6.0が問いかける「その場でつくり、その場で調べる」技術

津田教授は現在、イオン液体を宇宙利用へ展開する可能性にも着目している。その背景にあるのが、月面開発をはじめとする次世代宇宙インフラ構想「Planet 6.0」である。現在、月面基地建設では、現地に存在するレゴリス(月の砂)から鉄などの構造材料を製造する研究が進められている。地球から大量の資材を運ぶには莫大な輸送コストがかかるため、現地調達は宇宙開発の基本的な考え方になっている。

「月へ1 kgの物資を運ぶだけでも非常に高いコストがかかります。だから現地にあるものを使う。その考え方は今後ますます重要になるでしょう」

現在、このようなプロセスには高温で利用する溶融塩が使われているが、津田教授はイオン液体にも十分な可能性があると考えている。イオン液体は蒸発しにくく、燃えにくく、真空中でも安定で、宇宙線耐性も期待できる。

「そうした特徴は宇宙環境でも十分活かせると思っています。私たちもその方向を見据えた研究を始めています」

さらに津田教授は、宇宙時代には分析技術も大きく変わると予測する。

「月面基地では人員も限られます。超小型で、一台で多様な分析ができる性能と自動化が重要になるでしょう」

そこで培われた技術は、やがて地上でも、より使いやすく効率的な分析機器へと還元されていくはずだ。最先端の分析技術は、地球と宇宙の双方を見据えることが必要なようだ。

イメージ

未来を変えるのは「知ること」を楽しめる人

最後に若い研究者へのメッセージを尋ねた。

「最近は何でもAIですが、それだけでは新しい発想は生まれません」

AIが得意なのは既存の知識を整理・生成することだが、研究の本質はこれまで存在しなかった切り口を生み出すことだ。そのためには専門分野だけでなく、数学、物理、生物、気象学など幅広い知識に触れ、好奇心を持ち続けることが欠かせないと津田教授は言う。

そして何より大切なのは、「サイエンスを楽しむ心です。楽しければ、多少しんどいことでも続けられます」

研究とは、誰も見たことのない世界へ踏み込む営みである。その第一歩は、やはり誰の心にもある「知りたい」という好奇心なのだ。

イメージ

編集後記

「とにかく知りたい」。

その原点は、身の回りのものを次々と分解し、見えなかった世界を知ることに夢中になった少年時代にある。2016年、リチウムイオン電池のオペランド解析で走査電子顕微鏡 SU5000が映し出した光景も、予想をはるかに超えるものだった。

津田教授が「面白い」「不思議やな」と心を躍らせるのは、仮説が覆る瞬間にこそある。津田教授にとって『知る』とは、単に知識を増やすことではなく、現象を自分の目で確かめ、予想外の出来事さえ価値へと転換する姿勢なのだと感じた。その積み重ねが、脱炭素社会や資源循環、さらには宇宙利用という未来を現実へ近づけていく。

『知ること』は楽しい、楽しいから『力』になる。

津田教授の『知る力』に希望をもらった取材だった。

(2026年7月10日 SI NEWS 編集部)

関連製品カテゴリ

関連する記事

登録記事数 203件
まだまだあります。

ページ先頭へ