小室浩之*、坂上万里**
微細形態の評価に用いられる走査電子顕微鏡(以下SEM)は、現在、金属、鉱物、セラミックス、セメント、ガラス、プラスチック、ゴム、石油、塗料、半導体、電子部品、医生物など様々な分野の研究や開発において欠かすことのできない重要なツールになっている。
SEMは低倍率から高倍率まで試料の表面の微細形状の観察が可能であること、光学顕微鏡に比べて焦点深度が十分に深いことから、凹凸の大きい試料においてもその全体像を立体的に把握しやすいこと、さらにX 線分析装置との組み合せで、微小領域の組成分析ができることが特徴である。さらに低真空観察では、絶縁物試料や水分・油分を含んだ試料を無処理で観察・分析することが可能なことから、生物分野や食品関連、電子部品の品質管理などへ幅広く利用され、近年急速に普及している。この低真空観察を利用し、光学顕微鏡の延長として使用できる卓上型のSEMが開発された。コンパクトデジタルカメラに類似したGUIにより、誰でも直感的に操作でき、光学顕微鏡よりも高倍率での観察が簡単にできるようになった。
この卓上顕微鏡で得られた小型化技術と、本来の高性能なSEM技術の融合により、高性能をよりコンパクトにした装置であるFlexSEM1000を開発したので、以下に紹介する。
FlexSEM1000の外観写真を図1に示す。本装置では、顧客ごとの様々な設置シーンに対応するため、本体部と電源部に分かれるセパレート構造とし、据置きあるいは卓上への選択を可能としている。これを実現するため、SEMの性能を担う電子光学系部位については高分解能を維持しながら極限まで小型化している。真空排気システムについては真空度を可変できる低真空モードと高真空モードを兼ね備えて最適化した。
これら全ての制御系システムの小型・軽量化を図った。
図1 FlexSEM1000の外観写真(本体部および電源部組み合せ時)
ユーザーがSEMの操作をしやすいようにGUI全体をシンプルにし、タッチパネルに対応したボタン配置とした。一般的なSEM観察では、まず観察試料をSEMに挿入して真空排気し、電子ビームを照射する。像が出たら低倍率で明るさとフォーカスを調整した後、光軸などのアライメントを行い、目的の視野に移動して所望の倍率に設定し、再度フォーカスおよび非点を調整する。一連の観察作業の中で時間がかかってしまうのが、視野探し、アライメント、フォーカス・非点調整である。当装置では調整の手間を省くために、SEM像の観察位置を常に把握できるマップ機能、軸ずれの少ない電子光学系と自動アライメント機能、高速なオート機能を搭載した。反射電子像については視野探し改善のため、画像復元フィルターを採用した。それぞれの特徴を次に述べる。
GUI画面を図2に示す。機能は従来のSEMを継承し、GUIは卓上顕微鏡の操作感をベースに、押しボタン操作を主体とした新規のGUIを開発した。操作はマウスのクリックおよびドラッグ操作により可能となっている。操作ボタンは必要最小限に最適化し、直感的に使用できる配置とした。メインの画像表示(①)は1,280×960画素と大型化し、装置情報や機能ボタンを選択可能なセレクトパネル(②)、画像調整やステージ操作を行うオペレーションパネル(③)を配置した。オペレーションパネルやセレクトパネルでは、ユーザー自身で使用頻度の高い機能ボタンをカスタマイズ表示することができ、ルーチンワークなどのスループットが向上する。サブ画面(④)には別検出器の画像を表示することができる。また、サブ画面領域には、新ナビゲーション機能SEM MAPを選択表示でき、試料ステージの位置呼び出しや、試料全域に対する現在の観察位置を確認するナビゲーション操作ができる。(⑤)にはキャプチャー画像をサムネール表示するイメージリストを配置した構成となっている。
図2 FlexSEMのGUI写真
SEM MAP GUIの写真を図3に示す。SEM MAPは従来の電子顕微鏡で困難であった視野探しの手間を大幅に低減し、直観的な観察視野探しを実現する機能である。SEM観察では、サンプルを真空排気された試料室の内部に設置する必要があり、直接サンプルを見ることはできない。またSEM像は白黒画像であるため、変色部などカラー情報を元に観察するサンプルや、複数個の試料を一度に試料台に搭載した場合、見たい構造に移動するまで時間を要し、スループットの低下の要因となっていた。この問題を解決するためSEM MAPでは、試料室内部を模したマップによって、SEM試料台上のどの領域を現在観察しているか、常にユーザーに提示する機能を有する。当機能では、事前に取得した外部画像(デジカメ画像や光顕画像など)や、イメージナビ画像取得ボタンで取得したSEM画像を試料台の模式図に貼り付けることでナビゲーション用マップを作成する。SEMのステージによって視野を移動すると、作成したマップも連動して移動し、本来見ることのできないサンプルを直接目で見ているかのように表示される。
表示はステージの駆動と連動するだけではなく、ラスターローテーションによる画像の回転にも対応し、SEM画像の表示方向とSEM MAPでの画像の向きは常に一致するように表示される。
マップ上では、現在位置の表示のみでなく、マップ上のクリックした位置に移動することで、観察したい場所へ素早く移動することが可能である。また、ユーザーが記憶しておきたい座標や、キャプチャーで画像取得した位置を記憶し、SEM MAP上で表示することもできる。
取得したSEM画像はカメラナビゲーション画像に重ね合わせて表示される。さらに、倍率の異なるSEM画像も取り込み可能で、図4に示すように、SEM MAP上でマウスホイールを使用し拡大することで、自動で高倍率画像の表示に切り替わり、より正確な観察位置のナビゲーションが可能となる。ステージアシスト機能以外にも、X線分析を行う際に重要となる、サンプルに対する検出器の実装位置の表示や、各検出器ボタンをクリックすることで検出信号の切り替えを行うなどの直観的な操作ができる。
このように、SEM MAPを使用することで、ユーザーが観察したい構造物へ素早く直感的に移動でき、スループットの向上が期待できる。
図3 SEM MAPのGUI写真
図4 SEM MAP拡大イメージ
上位機種SU5000で採用された電子光学系の自動軸調整「オートキャリブレーション」をさらに発展させ、対物絞りのアライメント調整や、フィラメント交換後に実施する光軸や非点収差補正などの各種アライメントを自動化し、従来の煩雑な手動の軸調整を行わなくても分解能のよい像観察が可能となった。また、当自動軸調整では、試料に照射する電子ビーム量を可変させたときや加速電圧の変更時に発生する光軸ずれや視野ずれを抑制するように自動調整される。自動の明るさおよびフォーカス調整は従来機より高速化しおのおの約2秒、約3秒と従来比1/3の時間に短縮した。これにより、フォーカスの合った画像の取得までの時間が大幅に短縮され、ストレスを感じることの少ないSEM 観察を実現している。
反射電子画像の視野探し改善のため、画像復元フィルターを採用し、高速スキャンでの像流れを改善した。改善前後の画像を図5に示す。改善前は図5(a)のように像流れがあり、スロースキャンを使用しないと視野探しが困難であった。検出系およびプリアンプの特性に起因した像流れの劣化関数を求め、逆畳み込み処理により復元関数を作成する。像流れのある画像に復元関数をリアルタイムに演算することで、図5(b)のように像流れが低減し、高速スキャンにおいても、反射電子像での視野探しを可能にした。
図5 高速スキャンでの反射電子像
FlexSEM1000のSEM MAP機能を用いて、樹脂中異物の観察を行った例を図6に示す。
図6 SEM MAP機能を用いた観察例
図6(a)は樹脂中異物のSEM像、図6(b)は光学顕微鏡を用いたSEM MAP像で、リーダー線四角枠がSEM像の視野である。SEM画像には色彩情報がないが、SEM MAP画像を同時に見ることで、確認できる。SEM MAPを用いて、異物の一部を異物が白い樹脂の表層付近に含まれていることを高解像度のSEM像に置き換えることも可能である。SEM像を重ねた画像を用いて、詳細な観察位置の指定もできる。図6(c)は異物の拡大SEM画像で、図6(d)は光学顕微鏡画像にSEM画像を重ねたものである。異物の中に高コントラストの縞状構造があることが分かった。異物の混入原因究明のため、異物の組成を調べた結果を次に示す。図7は樹脂中異物をX線分析装置で分析した元素マッピング画像である。当社のイオンミリング装置IM4000で処理した試料を無蒸着で低真空X線分析を行った。異物からは酸素、チタン、亜鉛が検出された。反射電子像で高コントラストの縞模様に見える部分には亜鉛が偏析していた。チタンと亜鉛の酸化物(酸化チタン、酸化亜鉛)はどちらも白色顔料として使われており、樹脂成型の過程で白色顔料が混入したと推定される。
そのほかのアプリケーション例として、図8に酸化亜鉛の観察画像を示す。FlexSEM1000では、高分解能観察のため、低収差の対物レンズを使用しているため加速電圧5kVで5万倍という高倍率にて50nm程度の粒子の形状が観察できる。
図7 樹脂中異物のX線分析画像
図8 酸化亜鉛の画像
図9 Auボンディングの画像
図9にはAuボンディングの断面画像を示す。試料はイオンミリング装置で前処理して観察した。高感度反射電子検出器の採用により、試料のグレインコントラストが明瞭に得られる。図10にはタブレット菓子の画像を示す。タブレット菓子表面には、熱に弱く、チャージしやすい針状結晶が多数存在するが、低加速電圧にしてもエミッション電流が減少しないビームブライトネス機能や、積算スキャンを用いることで、チャージやダメージの影響なく、鮮明な画像が得られている。
図11にリレー基板樹脂の観察例を示す。樹脂は絶縁物であるが、低真空雰囲気下(50Pa)で、金属蒸着せずそのまま観察している。図11(a)は反射電子像で試料の組成情報が分かる。図11(b)は低真空用高感度二次電子検出器(UVD)を使用した像で、試料表面の微細な凹凸情報や、より立体的な画像が得られる。同一視野でも検出器により、異なる情報が得られることが分かる。
図10 タブレット菓子の画像
図11 リレー基板樹脂の画像
ここではコンパクトで高性能でありながら、初心者から熟練者まで幅広く使用可能な、新開発のFlexSEM1000の特徴や機能を紹介した。
観察事例として、樹脂および金属材料のアプリケーションデータを使い、装置の使いやすさや性能を紹介した。今後も最先端技術を搭載した装置を最前線の場に提供し、材料開発・解析に貢献していきたい。
出典
月刊誌「工業材料」4月号掲載
著者紹介
* 小室浩之
(株)日立ハイテク 科学・医用システム事業統括本部 科学システム製品本部 電子顕微鏡ソリューションシステム設計部
** 坂上万里
(株)日立ハイテク 科学・医用システム事業統括本部 科学システム製品本部 アプリケーション開発部
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