吉原 真衣*1, 中村 光宏*2
走査電子顕微鏡(以下、SEM)は、試料を配置した試料室内部を真空引き後、電子線が試料表面上を走査することにより発生する二次電子や反射電子等の信号を検出し画像化する装置である。水分を含む試料をSEMにより観察する場合は、真空引きによる試料の変形を防ぐため、試料の乾燥または凍結等の前処理が必要である。一方で、様々な理由や背景から乾燥や凍結状態ではなく液中における材料の分散性や形態、生きた状態の微生物や細胞の形態観察などをSEMレベルの分解能で観察したいニーズがある。そのため、試料の溶液を維持しつつ観察が可能な手法としてカプセル型のホルダーを用いた液中観察法が開発されてきた。この手法では、電子線が透過する窒化ケイ素隔膜をホルダーに用いており、ホルダー内に液体試料を封入することで、試料を大気圧下に保持することができる。観察の際は高加速電圧と大電流の電子線が隔膜を通して試料に照射され、検出器で透過電子や反射電子を検出し画像化する。しかし、電子線照射により試料ダメージが発生する可能性があることや、軽元素からなる試料は明暗コントラストが付きにくいなどの課題があった。
上述の課題を解決するために、加速電圧や大電流の電子線を試料に照射せずに液中試料を画像化する観察手法が国立研究開発法人 産業技術総合研究所 小椋俊彦博士よって開発された。日立ハイテクは小椋博士との共同研究によって液中試料観察システムを開発し、2023年からVitro検出器として発売している。本稿では、Vitro検出器の原理と観察事例を紹介する。
Vitro検出器は、Vitroホルダーとステージ上のコネクターユニットから成る。図1は、Vitroホルダーの外観図と断面模式図である。液体試料を挟み込む2枚の隔膜のうち、上側の隔膜は、重金属がコーティングされている。試料は上側の隔膜とOリングによって真空環境から隔離され、大気圧下に保持できるため、液体の乾燥を防ぐことができる。また、下側の隔膜の直下に配置された検出電極はプリアンプに繋がり、プリアンプに接続されたコネクターユニットから信号を取り出すことができる。上述の構造により、液体試料を上側の窒化ケイ素隔膜に滴下し上下反転後、下側の隔膜で挟み込み、Vitroホルダーにセットすることで、試料が真空引きによって乾燥することなく液体状態での観察が可能となる。

図1 Vitroホルダーの外観図と断面模式図
Vitro検出器の原理を図2に示す。重金属がコーティングされた上側の窒化ケイ素隔膜の裏面に試料が密着した状態で、重金属層にバイアス電圧を印加すると、試料の形体を反映した電界強度の分布が窒化ケイ素隔膜の内部に形成される。そこに低エネルギーの電子線を重金属層側から照射すると、電子線は重金属層内で散乱し、エネルギーの大部分を失う。散乱した電子が窒化ケイ素隔膜に到達すると、局所的な電位変化が生じる。生成された電位変化は、液体試料を透過し、下側の電極で電気信号として検出される。このとき電気信号の強度は、上側の窒化ケイ素隔膜の内部の電界強度に依存しており、窒化ケイ素隔膜に挟まれた試料の形状を反映する。
Vitro検出器による試料の観察は、信号の検出に高加速電圧や大電流の電子線を必要としないため、試料への電子線によるダメージを抑制することができる。また、試料と直接の相互作用を必要としないことから、軽元素からなる試料に対しても固定や染色をせずに高コントラストの画像を取得することができる。

図2 検出原理概略図
以下に、Vitro検出器を用いて撮影した液体試料の観察事例を紹介する。
牛乳などの乳製品をそのままの状態で液中観察する際は、従来までの反射電子等による検出方法の場合、電子線照射によるダメージの影響で走査とともに脂肪成分の構造が変化してしまい、良好な画像を取得することは困難だった。図3は乳製品を液体状態のままVitroホルダーに封入し、観察した結果である(A1~2, C1~2:牛乳、B1~2:乳児用粉ミルク)1)。A1~2とB1~2のVitro検出器像で水分(w)の中に150 nm~3 μmの白い球状構造が見られ、これは脂肪成分(f)と考えられる。また、図3 A1~2の牛乳には多量の黒い粒子が見られ、参考文献2)と同様の構造であることから、カゼインミセル様粒子(c)と考えられる。図3 B2の粉ミルクにおいても、少量の黒い粒子(p)を確認した。粉ミルクの原料の牛乳中にカゼインたんぱく質が含まれており、粒子(p)もカゼインミセル粒子である可能性がある。本結果は「乳幼児にとってカゼインたんぱく質は消化吸収しづらいために、乳児向け粉ミルクはカゼインたんぱく質の量を母乳と同程度に減らしている」ことを示唆するデータと考えられる3,4)。一方、同時撮影した従来の反射電子等の液中観察像では、脂肪成分やカゼインミセル様粒子を明確に観察することが困難である(図3 C1~2)。

図3 乳製品の液中観察結果
(A-1)-(A-2):牛乳のVitro検出器像、(B-1)-(B-2):乳児用粉ミルクのVitro検出器像、(C-1)-(C-2):(A-1)(A-2)と同時撮影したSE検出器像
装置:SU5000、加速電圧:5 kV、倍率:(A-1)(B-1)(C-1) 10 k×,(A-2)(B-2)(C-2) 20 k×、f:脂肪成分、w:水分、c:カゼインミセル様粒子、p:粒子
次に、リポソームの観察事例について説明する。リポソームはリン脂質から構成される小胞で、小胞内に薬剤などの有効成分を内包することでドラックデリバリーシステムに応用することが可能である。リポソームを電顕で観察する手法に、クライオトランスファー法やネガティブ染色法などが用いられてきた5-7)。図4にVitroで観察したリポソームの結果を示す。本結果では、バッファー中に分散する数10~500 nmのリポソームを観察することができた。そのほかのバイオ試料では、小椋博士が光合成細菌、タンパク質抗体、培養細胞などを液中観察している8,9)。上述のとおり、Vitro検出器は軽元素で構成されるバイオ試料の場合も無固定や無染色での高コントラスト観察が可能である。

図4 リポソームの液中観察結果
装置:SU5000、加速電圧:3.5 kV、倍率:10 k×
次に、化粧品クリームの観察事例について説明する。化粧品クリームのようなエマルジョン試料は、前述した牛乳と同様に、油成分を多く含むため電子線照射による形態変化が生じやすい試料の一つである。図5に、日焼け止めクリームを液体状態のままVitroホルダーに封入し、SEM観察およびEDS分析した結果を示す10)。図5Aに示すVitro検出器像では油成分(o)、水分(w)、微細粒子(sp)、大型粒子(lp)を確認できた。同一視野を試料直上型のEDS検出器(Bruker社製QUANTAX FlatQUAD)で分析し得られたEDSマッピング像を図5Bに示す。油成分の箇所からは炭素(C)、水分の箇所からは酸素(O)、微細粒子からは亜鉛(Zn)、大型粒子からはチタン(Ti)が検出された。Vitro検出器と試料直上型のEDS検出器を組み合わせることで、電子線の影響を受けやすいエマルジョン試料においても、試料へのダメージを抑制し、液体状態のままSEM/EDS解析が可能である。

図5 日焼け止めクリームの液中解析結果
(A)Vitro検出器像、(B)EDSマッピング像
装置 SEM:SU5000、EDS:QUANTAX FlatQUAD(Bruker社)、加速電圧:12 kV、倍率:5 k×、o:油成分、w:水分、sp:微細粒子、lp:大型粒子
本稿では、日立SEMに搭載可能なVitro検出器の原理と観察事例を紹介した。Vitro検出器には、以下の特長がある。
今後、Vitro検出器がバイオ/食品/材料分野の液体試料の観察および分析に新たな知見をもたらすことが期待される。
謝辞
本稿の執筆及びデータ取得にあたり、国立研究開発法人 産業技術総合研究所 健康医工学研究部門 バイオイメージング研究グループ 小椋俊彦博士に貴重なご助言とご指導をいただきましたことを深く感謝申し上げます。
参考文献
著者紹介
*1 吉原 真衣
(株)日立ハイテク コアテクノロジー&ソリューション事業統括本部 CTシステム製品本部 CTソリューション開発部
**2 中村 光宏
(株)日立ハイテク コアテクノロジー&ソリューション事業統括本部 CTシステム製品本部 解析制御システム設計部