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ナノ材料の産業利用を支える計測ソリューションコンソーシアムの設立とAFMの役割

Establishment of “Consortium for Measurement Solutions for Industrial Use of Nanomaterials” and contribution of AFM

国立研究開発法人 産業技術総合研究所計量標準総合センター 分析計測標準研究部副研究部門長 時崎 高志(理学博士)

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
計量標準総合センター 分析計測標準研究部 副研究部門長
時崎 高志 (理学博士)

はじめに

今日の日本においては、材料・素材産業はものづくりの中核を担っており、その中でもナノ材料に関連したナノテクノロジーの重要性は高まっている。ナノ材料を活用するためには、その特性を正確に把握することが必要とされており、そのための評価手法開発が課題となっている。
一方、ナノ材料は新規性や革新性を持つがゆえに、人々に漫然とした不安を生じさせている。そのため、ナノ材料の活用には社会的受容性の向上という課題も付きまとう。ISO、IEC、OECDなどの国際機関においては、ナノテクノロジーの試験規格の制定や標準化作業が進められている。このような状況で、欧州を中心として、「危険性の分からないものには接触しなければよい」という予防原則を根底として、ナノ材料利用を規制する動きが進んでいる。2011年10月、欧州委員会は規制に用いるナノ材料の公式定義を発布し、フランスでは2013年より、この定義に基づいたナノ材料の輸出入に関する届け出義務が法令化されている(図1)。また、同様の規制の動きは欧州の幾つかの国に見られている。
今後もこのような規制は欧州だけでなく世界的に広がっていくことが予想される。このような動きに対応するためにも、ナノ材料の物理化学特性を正確に評価する手法は重要性を増してきていると言える。

EC によるナノ材料の定義と規制動向
図1 EC によるナノ材料の定義と規制動向

コンソーシアム(COMS-NANO)の活動

上記のようなナノ材料をめぐる評価技術の重要性に基づいて、「ナノ材料の産業利用を支える計測ソリューションコンソーシアム」(Consortium for Measurement Solutions for Industrial Use of Nanomaterials: COMS-NANO)は、株式会社島津製作所、日本電子株式会社、株式会社リガク、株式会社堀場製作所、株式会社日立ハイテクの5社と産業技術研究所により2013年6月1日に設立された。コンソーシアムでは、設立メンバーである分析計測機器メーカーだけでなく、素材・材料・化学産業、製造装置産業、大学・公的研究機関などからも広くメンバーを募り、ナノ材料の産業利用をオールジャパン体制で推進すべく、活動を開始した(図2)。

コンソーシアム(COMS-NANO)の組織構成
図2 コンソーシアム(COMS-NANO)の組織構成

本コンソーシアムでは、最初のターゲットとして第1期の3年間(2013-2015年度)に、上記の「欧州の規制に対応した、ナノ材料のサイズと濃度分布計測・評価手法とそのための計測装置の開発を進める」こととした。また、さらに研究成果を活用して、まだ国際的にも混沌としているナノ材料評価法のISO標準等の策定にも取り組んでいる。
一方、ナノ材料には規制対応の“ネガティブナノ”だけでなく、材料を高性能化する“ポジティブナノ”についても様々な課題が存在する。それらの問題を解決するためには、材料メーカーと分析計測機器メーカーがタッグを組んで取り組む必要があり、そのような場を創生することもCOMS-NANOの大きな目的である。2016年度からの第2期には、そのような活動をさらに広げていき、日本のものづくり産業の発展に寄与することを構想している。

ナノ材料のサイズとその分布の正確な評価手法の開発

前述の欧州委員会によるナノ材料の公式定義では、個数密度によりナノ材料を定義しているため、正確に粒子数をカウントする必要がある。しかし、一般的なナノ材料では粒径分布が広いために、計測機器が高い空間分解能を有していても正確な評価が困難となる場合が多い。例えば電子顕微鏡観察においては、大きな粒子の下に小さな粒子が隠れてしまい、小さな粒子をカウントできなくなる。また、動的光散乱法(DLS)を代表とする光散乱法などの場合は、大きな粒子から生じる信号に、より小さな粒子からの微小な信号が隠されてしまうことがある。これらの隠ぺい効果の問題は、単に計測機器の空間分解能や測定感度などの性能を向上するという方法だけで解決することは困難である(図3)。

ナノ材料の粒径分布計測における課題と分級の効果
図3 ナノ材料の粒径分布計測における課題と分級の効果

そこでCOMS-NANOでは、分級法を用いてナノ材料をサイズごとに大まかに区分したのちに各種計測方法により粒子数分布を求める手法を提案した。サイズをある程度区分することにより、前述の隠ぺい効果を防ぐことができ、粒径分布の広い試料にも対応することが可能となる。計測装置としては、当初、電子顕微鏡(SEM/TEM)、小角X線散乱(SAXS)、動的光散乱(DLS)、原子間力顕微鏡(AFM)、単一粒子誘導結合プラズマ質量分析(sp-ICP-MS)を取り上げており、分級装置との組み合わせにより、各種ナノ材料の正確な粒径分布評価を可能としている。
COMS-NANOにて最終的に開発するプロトタイプ計測機は、分級装置を中核として、上記の計測装置をすべて組み合わせた「ナノ粒子複合計測システム」であり(図4)、材料に合わせて計測機器を選別するなどして、材料開発段階などにおける多種多様な要望に応えることが可能である。一方、材料製造段階においてこのような複雑な測定機をいちいち使うのはコストや手間の点で問題となる。そこで、ナノ粒子複合計測システム(フルシステム)を用いて、各計測装置(個別計測モジュール)で得られる結果(平均粒径や分布幅など)の間の相関関係を取得し、さらに標準物質等を用いて校正を行うことで、個別計測モジュールにより得られた数値のトレーサビリティを確保する。その結果、日常的な製造工程等においては、一つの個別測定モジュールを用いて評価を行うだけで品質管理を行うことが可能となる。以上のような使い方により、出荷される材料やそれを用いた製品の精度、歩留まり率などが格段に向上することも期待される。

COMS-NANOにて開発中のナノ粒子複合計測システムの概要
図4 COMS-NANOにて開発中のナノ粒子複合計測システムの概要

ナノ材料のサイズとその分布の正確な評価手法の開発

原子間力顕微鏡(AFM)はナノメートルの高精度計測を大気中において可能とする、ナノ材料評価の有力な手法である。COMS-NANOにおいてもこの特長を生かして、ナノ粒子の粒径とその分布を測定する手法の一つとなっている。AFMでは粒子上を尖鋭なプローブチップによってなぞることで、その形状を3次元的に計測することが可能である。また、試料からプローブチップに掛かる微小な力を精密に測定することで、試料の表面状態や力学的特性も同時に計測できる。この方法を用いて混合材料の区別など、他の計測手法では測定できない情報が得られる特長も有しており、今後のナノ材料評価においても大きな役割が果たせると期待できる。
しかし、粒子径計測に話を限ると、プローブチップの先端は有限の曲率半径を有しており、また円錐状のプローブ形状は粒子の横方向の直径測定における大きな誤差要因となっている(図5)。

AFMによるナノ粒子径の計測
図5 AFMによるナノ粒子径の計測

そこで本プロジェクトにおける最初の測定においては、粒子の高さから粒子直径を見積もることとした。AFMでは一般的に超平坦基板上に分散されたナノ粒子を対象として計測を行う。その際、ナノ粒子と基板の相互作用が強い場合には、粒子の最も広い面が基板と接触することで安定するため、直径として最も小さな方向が高さとして計測されるはずである。前述のナノ粒子の定義では最小となる次元での直径を問題にしているので、当初はこれでもよい精度でナノ粒子径を評価できると考えている。
一方、粒径分布を正確に求めるためには統計学に基づいて、ある数以上の粒子を計測する必要がある。そのため、効率よく基板上にナノ粒子を分散する(粒子同士の重なりがなく、適度な密度の分散が必要)手法の確立、多数の粒子の高さを自動的に測定するソフトウェアシステム、プローブチップ形状評価とスキャナの校正、などの課題を解決する必要がある。COMS-NANOのAFMチームではこれらの課題について検討をすすめ、AFM装置(AFM-5400L)には必要なソフトウェアを実装し、さらに標準試料を用いてスキャナ等の校正を行えるようになっている。
図6に測定例を示す。試料は、呼び径102 nmのポリスチレン粒子(PSL)懸濁液をSi平坦基板上に滴下した後に自然乾燥したものである。AFM計測ではダイナミックフォースモードを使用している。解析では、画像の傾きを補正したのちに、画像の随所に見られる基板面から基板の高さを求め、各粒子の頂上位置の高さと基板面高さの差から粒子の直径を解析している。その際に、粒子が2層に重なっている部分などは手動で除去してある。上記の方法により評価可能な粒子の高さの表が自動的に得られ、その表を元に、ナノ粒子の平均粒径、分布幅などの情報を評価する。本測定では有効な粒子数526個を用いて、平均粒径 84.9±0.4 nm(95%信頼区間)と標準偏差4.51 nmが得られた。十分な粒子数を計測することにより、粒径分布の幅(標準偏差)の1/10程度の高い信頼度で平均粒径が求められている。

PSL 粒子試料(呼び径 102 nm)
図6 PSL粒子試料(呼び径102 nm)

今後は、ナノ材料試料の調製方法の確立、測定時間の短縮、測定・校正・解析作業の自動化などの課題が残されており、共同研究のもとで順次解決されていくものと考えている。さらに、ナノ粒子複合計測システムの各個別計測モジュールで同じ試料の測定を行うことにより、測定装置間の相関関係を明らかにしていく。

まとめ

ナノ材料の産業利用をさらに推進するために、オールジャパン体制で計測技術の開発・応用を進めるコンソーシアム(COMS-NANO)が設立された。コンソでは、当初、欧州を中心に進んでいるナノ規制に対応できる計測技術の確立とその国際標準化を目指している。この目標のもと、広い粒径分布を有するナノ材料の正確な評価を行うための“ナノ粒子複合計測システム”の開発を進めている。
このシステムの中でAFMは粒子の3次元形状ができ、また、同時に粒子表面の状態が計測できるなどの特長を有していることから、粒径分布の測定にとどまらず、今後のナノ材料評価においては欠かせない測定手法の一つとなっている。

謝辞

この原稿を執筆するにあたり、COMS-NANOのAFMチームとして共同研究を進めている株式会社日立ハイテクの安武正敏博士、株式会社日立製作所の橋詰富博博士、永田真斗様、株式会社日立ハイテクサイエンスの白川部喜春様、また、産総研側チームの共同研究者である井藤浩志博士、重藤知夫博士にはお世話になりました。また、COMS-NANOに参加している各社および産総研のメンバーの方々にも心より感謝いたします。

参考文献

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