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技術機関誌 SI NEWS日立ハイテク

病院内での薬物血中濃度分析のための実用的な
HPLCシステムの開発

Development of a Practical HPLC System for In-hospital Analysis of Blood Concentration of Various Medicines (and Related Compounds)

JA長野厚生連北信総合病院薬剤部 主任 森川 剛

JA長野厚生連北信総合病院薬剤部
主任
森川 剛

はじめに

著者は2012年4月に薬剤師として働き始めてから、治療薬物モニタリング(therapeutic drug monitoring, TDM)を行う必要のある薬剤のうち、病院内で血中濃度が定量できる薬剤は一部であり、多くの薬剤の分析が外注委託されている状況に気がついた。例えば、当院では生化学・免疫分析装置cobas®6000(ロシュ・ダイアグノスティックス)を用いているが、院内における薬物血中濃度測定は汎用される7薬剤に限っており、他の約40薬剤は外注委託している。外注委託は便利である反面、分析結果を得るのに数日~ 1週間程度かかり、委託費用も安くはない。一方で、それらの項目を院内で測定するために必要な検査装置の導入コストやランニングコストは市中病院には負担が大きすぎる。また、分析担当者の不在、人件費の削減などの問題もあるため、院内での血中濃度測定業務は全国的に縮小傾向にあった。
このような状況は、TDM を行うことの臨床的な有用性が十分に認識されていないことの現れでもある。著者には、「医療現場で誰もが使えるHPLC 法や装置」の開発が上記問題を解決する喫緊の課題であるように思われた。そこで、東京薬科大学の出身研究室(生体分析化学教室:柳田顕郎教授)の指導のもと、2012年9月から共同研究を開始した。
本稿では、まず、薬物血中濃度測定とHPLC の現状と課題について概説した後、(株)日立ハイテクサイエンスが共同開発した医療現場向けのHPLCシステムであるLM1010の開発経緯と今後の展望について述べる。

医療現場における薬物血中濃度測定の必要性と課題

現在、薬物治療には、患者個人毎に最適な治療方法を分析・選択・施行するプレシジョン・メディシン(precision medicine, 精密医療)が求められている。プレシジョン・メディシンを支援する有効なツールとして、遺伝子情報に基づいた 最適な薬物の選択や投与量設定を行うファーマコゲノミクス(pharmacogenomics, PGx)や、薬物血中濃度測定と解析を行い最適な投与量・投与方法の設定を行うTDM が挙げられる。
TDM においては、薬物血中濃度が治療効果と副作用発現に密接に関連するとき、薬物血中濃度の把握が投与設計の指標となる。もちろんすべての薬剤でTDM が必要という訳ではないが、TDM が必須もしくは有用な薬剤は多数存在する。TDM の実施が有用な薬剤服用者の薬物治療が無効で、その血中濃度が有効治療域下限未満であれば投与量を増量する。一方で薬物治療は有効だがその血中濃度が副作用発現域であれば、投与量の減量を考慮する。他にも薬物血中濃度の測定は、患者の服薬アドヒアランスの判断を可能とするし、多剤併用患者で薬物間相互作用の影響を検討する上などで役立つ。
また、中毒診療においても薬毒物の血中濃度測定が行われることがある。ただし、定量分析結果が診断・治療に有用なケースに限られており、日本中毒学会では15品目を「分析が有用な薬毒物」として提言している。
このように、薬物血中濃度を測定し、薬物動態学を用いて正しく解析することは、TDM や中毒診療において重要なファクターとなっていることは自明である。
しかしながら、薬物血中濃度測定は多くの病院で外部委託分析に依存している現状がある1-2)。血中薬物濃度は、刻一刻と変化する臨床所見や検査結果と併せて、リアルタイムで考察するからこそ意味があり、迅速に分析結果を提供できなければ、血中濃度の測定意義もまた薄れてしまう。逆説的に、それが臨床現場において薬物血中濃度測定が軽視されている要因の一つとも考えられる。

医療現場におけるHPLC法の現状と課題

日本では、保険診療(特定薬剤管理料)の対象薬として、1980年に炭酸リチウムが、翌年に抗てんかん剤とジギタリス製剤が認可された。それ以降、TDM の有用性が確認された薬剤は漸次拡大され、保険点数も引き上げられてきた。その薬物血中濃度分析において、1980年代~ 90年代にHPLC 法が果たした意義は大きかったが、リガンド結合法(Ligand-Binding Assay, LBA 法)を搭載した簡易な自動分析装置の普及と臨床検査項目の外部委託の推進によって、HPLC を保有する医療機関は減少の一途を辿ることとなった。
臨床薬毒物分析においても、1998年厚生省の補助によって救急救命センターに精密分析機器が配備されたが、多くは質量分析計を検出器とする高性能HPLC やGCシステムであり、汎用的で安価な紫外可視(UV)検出器を備えたHPLC を主力な装置として活用している施設はあまりない。
このように臨床現場において汎用型のHPLC 装置が普及しているとは言い難い状況ではあるが、果たしてLBA 法や質量分析計を用いた定量分析法だけで十分であるかというとそうではない。LBA 法は簡易である反面、抗体等の試薬や消耗品のランニングコストが高いため、院内での測定項目を限定したり、外注分析される事例が増えている。また、質量分析計を備えたLC-MS/MS やGC-MS は、導入コストの問題や高性能装置ゆえの特殊な機器操作や維持管理などの理由により、運用できる医療施設は限定される。
そのため、LBA 法やLC-MS/MS やGC-MS 法の欠点を補完し、汎用性や簡便性、迅速性、検査項目の拡張性のあるシ ステムであれば、HPLC 法は医療現場において再び活躍できるのではないか、と著者らは考えた。

病院内での血中濃度測定に向けた基礎検討3)

目的

これからの医療現場に必要なHPLC 法には、上記背景を加味すると以下の条件が求められるだろう。1)分析初心者でも扱える簡便なシステムであること、2)(質量分析計のような)高額な装置や(抗体等の)特殊な試薬は用いないこと、3)前処 理と分析条件はほぼ同一で、かつ多品目を測定できること、4)迅速性に優れたシステムであること、である。

測定

HPLC による薬物濃度定量に先立つ前処理手段として、固相抽出(solid-phase extraction, SPE)法を検討した。HPLC装置は、逆相カラム、オートサンプラー、多波長UV(ダイオードアレイ)検出器を備えたChromaster®を使用した。被検薬物の血中濃度定量は以下の手順で行った。1)薬物標準液をHPLC 分析して、一点検量線を作成した。2)薬物を含む血清を遠心スピンカラムでSPE 処理してから、溶出液をHPLC 分析して、前出の検量線から血中濃度を算出した。

使用機種
Chromaster®液体クロマトグラフ( 日立ハイテクサイエンス)
himac CT15E 小型遠心機(工機ホールディングス)

図 1 測定に使用した機器(Chromaster®)

図 1 測定に使用した機器(Chromaster®

結果・考察

病院内で血中濃度測定を行う実用性を重視して、SPE による前処理と逆相HPLC/UV 検出システムを組み合わせた血中薬物濃度の迅速定量法を構築した(図2)。1薬剤ごとに迅速性を重視した分析法のため、分離分析の必要があれば別途検討する必要があるが、初期検討としては行わなかった。本法の検出感度はUV 検出のため、ppmオーダーであるが、(現在論文で報告している)TDM 対象薬物14品目を含む15品目の薬物に対して、ほぼ同一の前処理手順で単一のHPLC 装置を用いた測定が可能であることを示した。
また、本法は(内標準法ではなく)絶対検量線法を用いており、しかも検量線は各薬剤の有効治療域内の最大濃度の1点検量線を用いた(図3)。これに関しては、3点検量線と1点検量線についてそれぞれ定量バリデーションを実施し、1点検量線による絶対検量線法は、定量値の真度や繰り返し精度の両面で、十分実用的な性能を有していると判断した。医薬品開発段階の薬物動態研究における生体試料中薬物濃度分析法(バイオアナリシス)のバリデーションのガイドラインから本法は逸脱しているという指摘を受けたことがあるが、このようなガイドラインは新薬開発時の臨床試験等を想定した指針であり、本法が目指している病院内でのTDM 等に活用できるレベルの分析精度を想定していない。さらに、本法のコンセプトからすべての薬剤の安定同位体標識体を内標準物質として用意するのは現実的ではなく、また、将来的にメーカー保証の1点検量線用の標準液が製作される可能性も考慮した。
本法を用いた臨床研究は、当院の臨床検査技師と薬剤師が、(カルバマゼピン、フェニトイン、ラモトリギン、ボリコナゾールの服用患者の)患者血清を用いた薬物血中濃度の院内測定が可能かどうか当院の倫理委員会の承認を経て実施したが、その成果は報告予定であることを付記しておく。

図2 本法の手順概要
図2 本法の手順概要

図3 本法の前処理手順と1点検量線による血中薬物濃度の算出手順
図3 本法の前処理手順と1点検量線による血中薬物濃度の算出手順

医療機器LM1010システムの共同開発

目的

上記HPLC 分析システムは、汎用HPLC を用いており、日々の業務で使い慣れている分析担当者であれば問題ないかもしれないが、医療現場で使用する観点からみると、臨床検査で汎用されている自動分析装置と比較して操作性の面で使いにくさがあった。また、日常の精度管理をどう運用していくかも課題であった。本検討は、上記HPLCシステムを基に、血中薬物測定に関するアプリケーション、製品開発を目的として行った。

測定

(株)日立ハイテクサイエンスが開発したLM1010システム(評価機、図4)、前処理キット、移動相、標準試料を使用した。当院の倫理委員会の承認を経て、臨床検査技師と薬剤師が本システムを用いて測定し、使用感を評価した。本システムの 性能については、標準添加血清を用いて、カルバマゼピン、フェニトイン、ラモトリギン、ボリコナゾールの血中濃度既知の試料を定量し、カルバマゼピン、フェニトインはラテックス免疫比濁法(外注委託)、ラモトリギンとボリコナゾールはLC-MS/MS(外注委託)で得られる結果も併せて比較評価した。また、定量可能な直線性についても評価した。

図4 測定に使用した機器(LM1010システム)

図4 測定に使用した機器(LM1010システム)
販売名:LM1010 高速液体クロマトグラフ
一般的名称:高速液体クロマトグラフィ分析装置
製造販売届出番号:22B3X10009000003
一般医療機器(特定保守管理医療機器)

結果・考察

LM1010システムは、分析前のコンディショニング、分析条件の設定、日常的な装置の性能確認などを自動で実施するソフトウェアが搭載されており、臨床検査技師が日常業務と並行して操作した結果、アプリケーション(制御部)はChromaster®と比較して操作しやすいものと評価した(図5)。システムは自動コンディショニング機能とQC(Quality Control)サンプル測定による日常のシステム最適化機能が搭載されており、日常の精度管理を行うのに十分であった。薬物血中濃度測定の1日あたりの検体数や導入コスト等を考慮した結果、前処理に一部手作業を残したが、分析担当者の知識や経験に左右されずに安定した結果が得られた。標準添加血清を用いたカルバマゼピン、フェニトイン、ラモトリギン、ボリコナゾールの血中濃度既知の試料を測定した結果、良好な相関性があった(図6)。また、定量可能な直線性に関するデータを表1に示す。吸光度検出では、一般に、Beer の法則が成り立つのは低濃度領域で、高濃度になると分子間相互作用によって吸光度は濃度に比例しなくなることが知られている。本検討により、高濃度側で吸光度レンジ(2AU)に達してピークの飽和が確認されたが、上記薬剤の血中濃度が中毒域であっても広範囲に直線性が保たれており、一般に臨床で想定される血中濃度範囲では、希釈等の作業の必要はないことが示唆された。

図5 LM1010システムの操作フローの一例
図5 LM1010システムの操作フローの一例

測定結果の結果⽐較(vs. ラテックス免疫比濁法①)
測定結果の結果⽐較(vs. ラテックス免疫比濁法②)
測定結果の結果⽐較(vs. LC/MS/MS ①)
測定結果の結果⽐較(vs. LC/MS/MS ②)
図6 各薬剤の標準添加血清を用いたLM1010システムの性能評価

表1 LM1010システムの直線性に関するデータ
表1 LM1010システムの直線性に関するデータ

今後の展望

通常のHPLC 分析はマニュアル操作が多く、それはHPLC 分析の汎用性を生みだしている一因ではあるが、「医療現場で使用する」という観点でみると、敬遠されやすい分析法であった。しかし、本システムのように、医療分野向けに特化した分析法を作る上でHPLC 法は有用であると考えられる。
以前から質量分析計を備えたHPLC-MS/MS はTDM の分野においてハイスループット技術として発展する可能性が注目されてきたが、高度な専門知識とノウハウが必要であり、その応用ができる医療機関は限定される4)。また、質量分析計を備えた高額な装置導入費用とランニングコスト、現在の病院経営状況等も考慮すると、やはり現時点で多くの病院に広めることは現実的ではない。
一方で近年、国際的にもHPLC-UV を見直す報告が散見される。特に抗菌薬領域はppmオーダーで測定できる薬剤が多く、その応用が報告されている5)。本邦の抗菌薬TDMガイドライン6)や海外の集中治療室における抗菌薬のTDM に関するポジションペーパー7)等で推奨される薬剤のTDM にHPLC が活用されていくと推察する。LM1010もこのような臨床現場の需要を踏まえた適応拡大が望まれる。
また、近年急性中毒症例が増えているカフェインなどの中毒起因物質においても本HPLCシステムが適応可能であることをすでに日本中毒学会で報告しており、これらの適応拡大も検討している。
すでに病院内で使用しているLBA 法とHPLC 法を組み合わせることで、院内での定量分析可能な薬剤が拡張し、HPLC はプレシジョン・メディシンや中毒診療を支援する手段の一つになるだろう。本HPLCシステムが広く臨床現場において有用に活用されることを期待する。

謝辞

今回紹介した汎用HPLC 法の開発は、東京薬科大学薬学部生体分析化学教室(柳田顕郎教授)との共同研究として遂行しました。また、株式会社日立ハイテクサイエンスのスタッフの皆様方にはHPLC 装置の貸与のご支援や分析システムの開発において多くのご協力を頂きました。この場を借りて心から感謝申し上げます。

参考文献

1)
辻 大樹ら,医療薬学,46,66-76( 2020).
2)
日本病院薬剤師会総務部,日本病院薬剤師会雑誌,55, 1390( 2019).
3)
森川 剛ら,分析化学,68,473-481( 2019).
4)
Michael Vogeser et al, Clin Biochem, 41, 649-62( 2008)
5)
Milla P et al, J Chromatogr B Analyt Technol Biomed Life Sci, 1148, 122151( 2020).
6)
日本化学療法学会/日本TDM 学会,抗菌薬TDM ガイドライン作成委員会編,“ 抗菌薬TDM ガイドライン改訂版”,公益社団法人日 本化学療法学会(2016).
7)
Abdul-Aziz MH et al, Intensive Care Med, 46, 1127-1153( 2020).

著者紹介

森川 剛
JA長野厚生連北信総合病院薬剤部 主任

医療現場のニーズにお応えする高速液体クロマトグラフ LM1010

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