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日立ハイテク

九州大学大学院 医学研究院は、最適な治療の提供をめざして、病気の特性を研究し、診断法、治療法の改善に取り組まれています。その一つとして、同院の形態機能病理学教室では、骨軟部腫瘍の研究を行っています。骨軟部腫瘍のうち、悪性のものは「肉腫」と呼ばれ、その希少性に加え、多彩な組織像を示すため、病理診断や治療法の開発には、腫瘍の遺伝子異常を研究することが重要になっています。正確な診断と正しい治療の実現に向けて、実験とデータの抽出に取り組んでいる同教室の岩崎 健 准教授にお話をうかがいました。

九州大学大学院 医学研究院 形態機能病理学分野 九州大学病院 病理診断科・病理部 准教授 岩崎 健 博士(医学)

九州大学大学院 医学研究院
形態機能病理学分野
九州大学病院 病理診断科・病理部
准教授
岩崎 健 博士(医学)

特徴は希少性と多様性

骨軟部腫瘍とは、骨や筋肉、脂肪、神経、血管などの間葉系組織に発生する腫瘍の総称である。一般的に「がん」と聞くと、大腸がんや胃がんなどの上皮性腫瘍を思い浮かべる人が多いが、骨軟部腫瘍はそれとは異なる特徴を持つ。

九州大学大学院 医学研究院 形態機能病理学教室でこの領域を専門とする岩崎 健准教授は「例えば、大腸がんであれば、組織を顕微鏡で観察するだけで診断がつくことが多いのですが、骨軟部腫瘍は診断が非常に難しい疾患です」と話す。骨軟部腫瘍は多彩な組織像を示すため、単なる形態観察だけでは正確に疾患を分類するのが難しい。さらに、発生頻度が低いがゆえに、一般的な病院では患者数が少なく、専門家の数が限られるという問題もある。

治療の面にも多くの課題が

また、骨軟部腫瘍は治療の面でも課題が多い。胃がんや大腸がんは定期的な健康診断で発見されることも多いが、骨軟部腫瘍は「こぶができた」「足が腫れている」などの自覚症状から病院を受診し、偶然発見されるケースが多い。特に、体の奥深くにできる後腹膜腫瘍などは、外から見えず、非常に大きくなってから見つかることもある。
「まれな疾患であることから診断が遅れたり、特に肉腫において腫瘍がかなり大きくなってから気付いた場合には、より大きな範囲の切除が必要になったり、形成外科による再建術(筋皮弁や植皮)などが必要になることもあります。また、発見が遅く切除不能になった場合などは、予後不良のケースも少なくありません」

骨軟部腫瘍は小児から高齢者まで幅広い年齢層に発生し、また脂肪、筋肉、血管などさまざまな場所に発生することも特徴だ。近年、がん治療は分子標的薬の開発により進化している。例えば、乳がんや大腸がんでは、特定の分子異常を狙った治療薬が広く用いられるようになっている。
「しかし、骨軟部腫瘍は種類が多岐にわたるため、それぞれに特化した治療法の確立には至っていません」
近年は研究の成果として、遺伝子異常に基づく疾患分類が進んでいるが、依然として分類が難しい骨軟部腫瘍が多数存在する。研究の途上で未知の遺伝子異常が次々に見つかっている分野でもあり、いまだ腫瘍特異的な分子標的薬の数は限られている。

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最適な遺伝子解析の手法を模索

こうした課題に対し、岩崎准教授は新しい診断法や治療法の開発に貢献するため、骨軟部腫瘍の分子異常の研究に取り組んでいる。

研究において、まず一般的によく使われるのは免疫染色だ。これはタンパク質の発現を確認するのに優れた手法だが、遺伝子の異常を解析することはできない。そのため、最近では次世代シーケンサー(NGS)を活用した遺伝子パネル検査や網羅的なRNAシーケンスも行っているが、全ての研究ニーズに適しているわけではないと岩崎准教授は話す。
「FISH法、RT-PCR、サンガーシーケンス、MLPA法、NGSなどを利用して、より正確な診断方法の確立をめざしていますが、いずれの手法もコストやスピード、操作に要する手間など一長一短があり、何を解析したいか、目的によって使い分けが必要です」

遺伝子解析を行う際、従来は学内の受託共用施設に依頼していた。しかし、岩崎准教授の研究では特定の遺伝子異常のみを迅速に解析したい場面が頻繁にあり、自分たちのペースで研究を進める上では不便を強いられていた。

もう一つの障壁は、標本の劣化だ。
「九州大学病院は、九州管内の骨軟部腫瘍の診療・研究の拠点にもなっているため、全国的にも有数の症例数を誇ります。私が所属する形態機能病理学教室には過去からのアーカイブ標本がたくさんあり、共同研究先の施設からも提供いただいています。しかし、骨軟部腫瘍は疾患頻度が少ないために、30年近く前の標本を使わざるを得ないケースもあります。DNAが非常に断片化していることも多く、NGSによる解析が困難な場合がありました。こうした状況をなんとか改善したいと考えていたところ、紹介されたのがコンパクトなキャピラリーシーケンサーのDS3000でした」

特定の遺伝子異常を手元で迅速に解析

岩崎准教授にDS3000の導入を決めた経緯についてうかがうと、理由は作業性の高さとコストパフォーマンスだったと話す。
「全体的に使い勝手が良く、スムーズに作業が進められる点が決め手となりました。また、DS3000の消耗品は一体型ではなく、必要に応じて個別に交換できる設計になっています。消耗品がそれぞれ個別のカートリッジ方式で無駄なく簡単に交換でき、メンテナンスが楽で、コストを抑えながら柔軟に対応できるというメリットがありました。さらに、長年キャピラリーシーケンサーの開発に実績がある日立の製品であることも安心材料の一つでした」

実際に使用しているテクニカルスタッフの声についても、特に大きな不都合はないとのこと。
「初期の段階では操作に慣れるまで少し戸惑うこともありましたが、現在ではスムーズに作業できています。ただし、波形データの表示方法が従来使用していた機器と異なり、生データに近い形で表示されるため、初期の段階では、解釈に少し時間を要しました」
しかし、この点も別の機器を用いた確認作業を行うことで克服できているという。

「DS3000の導入は2024年12月でしたが、それ以前のデモ期間中から操作性や性能をしっかり検証できたことも非常にありがたかった点です」
岩崎准教授によれば、デモ期間が長く取られていたことで、短期間では気づきにくい利点や欠点を十分に把握し、購入の決断を下すことができたそうだ。
「特に研究機器は長期間使用するものなので、慎重に選定する必要があります。そのため、デモ期間を通じて十分な検証を行えたことは、導入にあたっての大きな安心材料となりました」

DS3000はコンパクトなサイズも大きな魅力だったと岩崎准教授。
「研究室は機材が増えて手狭になっており、大型機材の導入はスペースの問題がありました。しかし、DS3000は小型で、作業台の上に置いても圧迫感なく設置できました。今後の機材の増加を考えると、このコンパクトさは非常に重要な要素です」

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断片化が進んだDNA も解析可能に

先述した通り、研究で扱うホルマリン固定パラフィン包埋標本は、DNAの断片化が進んでいることも多く、解析が困難な場合がある。NGSで解析するケースもあるが、ライブラリー作成に失敗することもしばしばあった。
「そのようなケースでも、キャピラリーシーケンサー DS3000を用いた解析であればギリギリ解析が可能なことが多く、大変助かっています」
また、NGSで得られた結果を確認するためにサンガーシーケンスを活用することもあるそうだが、特定の変異が本当に存在するかを確かめるには、サンガーシーケンスの信頼性が高く、適しているとのことだ。
「研究費の制約の中で、解析コストを抑えつつ確実なデータを得るために、NGSとキャピラリーシーケンサーを適切に使い分けています。研究のスピードとコストのバランスを考えると、キャピラリーシーケンサーは今後も欠かせない技術であると確信しています。特に、迅速な結果が求められる場面では、その有用性が際立ちます」

より正確な診断方法の確立をめざして

「今回、新たなキャピラリーシーケンサーを導入したことで、外注に頼らず、自前で解析を進めることが可能になりました。これにより、従来のような時間的制約が緩和され、より自由度の高い研究が実現しています。受託共用施設では提出時間内に間に合わせることや配送のための準備が必要でしたが、今では機器にセットすれば、翌日に結果を確認できるようになりました。作業負担が増えることもなく、短いターゲット領域を確実に解析できるため、研究の効率にもつながっています」

骨軟部腫瘍の研究は、まだまだ未知の標的が数多く存在する分野だ。一方で、シーケンス技術の進歩により、解析手法は多様化し、人材の充実やコストの低下が進んでいる。特に、短時間かつ安価に解析ができるキャピラリーシーケンサーは、これからも有効と考えている。例えば、変異解析のみならず、融合遺伝子の検出やベクター構築時の確認、MLPA法を用いたメチル化解析やコピー数解析など、多岐にわたる用途があり、活用の幅はますます広がるだろう。

「これまでは、サンガーシーケンスやマルチプレックス解析を用いて細胞群の解析を行うことが主流でしたが、現在ではシングルセル解析の技術が急速に発展しつつあります。一細胞レベルでの解析が可能になることで、より詳細な情報を得ることができるようになっています。技術の進歩とともに、骨軟部腫瘍の研究は新たな段階へと進んでいます。未知の領域に挑戦し、より効果的な治療法を見出すために、これからもさまざまな解析手法を駆使しながら研究を発展させていきたいと考えています」

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形態機能病理学で100年以上の歴史を持つ九州大学は、構内に「人体・病理ミュージアム」が開設され、希少性の高い標本を160点展示。それに加えて珍しい模型や骨董的価値のある顕微鏡など、教室の枠を超えた医学史的遺産も展示されている。

取材日2025年3月13日(取材・記事:山口としなり、撮影:秋山由樹)

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