沖縄工業高等専門学校(沖縄高専)の池松真也教授は、実習・実験、研究に役立てるため日立ハイテクの小型キャピラリー電気泳動シーケンサー DS3000を導入されました。きっかけとなったのは、2021年「GEAR 5.0未来技術人財」育成事業※1に採択されたことでしたが、日本で唯一、生物資源工学科を持つ沖縄高専は、バイオテクノロジー関連の装置・設備がさらに充実することになりました。本記事では、DS3000を導入したことによってさらに進化した沖縄高専の取り組みをご紹介します。
※ 1 GEAR 5.0
Society 5.0により実現する未来技術をリードする高専発!「Society 5.0型未来技術人財」育成事業が、令和2年度から開始。地域密着型・課題解決型・社会実装型などといった高専の従来型の特長を生かしつつ、産学官の連携体制という全国規模の面(基盤、ネットワーク)をつくることで、全国にある51校の国立高専の資源を駆使した新たな人材育成モデルの構築を図る、教育研究プロジェクト。沖縄高専はそのうちの防災・減災・防疫ユニットの中の、ライフサイエンス拠点構築ユニット。
沖縄工業高等専門学校
生物資源工学科
教授
池松 真也 博士(医学)
沖縄高専では、以前設置していたキャピラリーシーケンサーが老朽化し、廃棄して以降、DNA解析を外注に頼っていました。
その背景には、技術革新により次世代シーケンサーが登場したことによって、大型のキャピラリーシーケンサーの市場が大きく縮小したことが挙げられます。しかし、大学などの研究機関、医療・健康分野の研究など幅広い分野で、サンガー法に基づいたDNAシーケンスやゲノム解析、分子診断などに不可欠なツールとして、キャピラリーシーケンサーの需要は消えていませんでした。
沖縄高専は、以前から次世代シーケンサーを所有していましたが、主に高学年の挑戦的な研究に使われており、低学年から遺伝子解析の入門編としての装置が必要という課題もありました。
そうした中、2021年に日立ハイテクが小型キャピラリー電気泳動シーケンサー DS3000のデモ機2台を貸与し、授業を実施したことが転機となりました。
池松教授は、デモ機を使った「分析科学」の授業を振り返って、次のように語ります。
「学生が校内の土壌や植物から微生物を採取し、そのDNAを抽出・解析しました。わずか40分ほどで波形データが得られると教室は一気に活気づきました。『うまく読めた!』『こっちはダメだった!』と学生たちが口々に声を上げている光景を見て、これを毎年の授業として続けたいと思いました」 高学年の学生たちは、次世代シーケンサーを使って、すでに池松教授の研究を一緒に進めていたため、低学年でキャピラリーシーケンサーを用いた実験・実習を経験できれば、将来のテーマへシームレスにつながっていくと期待されたそうです。
その後、沖縄高専はGEAR 5.0の主幹校に採択され、2023年度、日立ハイテクのDS3000が正式に導入されました。現在は学生だけでなく、教職員の研究や地域貢献などにも活用されています。
沖縄高専は全国51校の国立高専の中で唯一、生物を専門的に学べる学科を持つ学校です。
地域の生物資源を活かした教育・研究拠点として、GEAR 5.0ではライフサイエンス研究基盤構築ユニットの主幹校にも選定されました。校内には、次世代シーケンサー、電子顕微鏡、ガスクロマトグラフ質量分析計、高速液体クロマトグラフ質量分析計、リアルタイムPCR装置、プレートリーダー、安全キャビネットなど充実した装置が整備されています。
池松教授は「これにより、沖縄の豊かな生物資源をはじめとする生物のゲノム・DNA・RNA・遺伝子の解析作業を一貫して実施するシステムが構築できました」とその狙いを話します。
低学年では、DS3000をDNAや遺伝子の基礎を学ぶ授業で利用し、サンプルの調製からデータ解析までを学生自ら一貫して体験します。高学年や専攻科、また教職員の研究には、次世代シーケンサーを活用して、より高度な研究に進むことができます。
「1~2年生のうちからDNA解析を自分の手で行える環境のおかげで、学びへのモチベーションが格段に高まります」と池松教授。
沖縄高専では全学生がノートパソコンを持ち、得られたデータをその場で解析することができます。データを見る、考える、次の仮説を立てる、そうしたプロセスの積み重ねが、学生の探究心を育てています。
教育で培われた技術は、地域に根ざした研究にもつながっています。
池松教授が取り組むのは、沖縄の長寿研究や地域生物資源の機能解析など、地域課題とライフサイエンスを結びつけたプロジェクトです。
その中でDS3000は、腸内細菌の分離・同定などに活用され、研究基盤を支える重要な機器となっています。
「沖縄の健康・長寿を支える腸内細菌叢を明らかにしたいと考えています。今後は県内外の大学や研究機関、さらに台湾などとも連携し、国際的な研究拠点をめざしていきたいです」と池松教授は語ります。
うるま市に新設されたライフサイエンス研究センターの研究室では、県内企業や自治体との共同研究も進んでおり、教育と地域産業の好循環はますます大きくなりつつあります。
日本一の長寿の村として知られる沖縄県大宜味村。この地で暮らす90歳以上の女性たちの腸内に、健康長寿のヒントが、そしてさらに新たながん治療への道も隠されているかもしれません。池松真也教授は、長寿者の腸内細菌叢の解析を通じて、その秘密を科学的に解き明かそうとしています。
大宜味村は人口約3,000人の小さな村ながら、90歳以上の高齢者が150人を超える長寿の村です。池松研究室では、令和3年度からこの村の長寿者の腸内細菌を調べています。
「最初は村の公民館で説明会を開いたのですが、30人来てくれるかどうか心配していたところ、予想を上回る60人以上が参加を希望してくださって。村ぐるみの大研究になりました」と池松教授は振り返ります。
研究の目的は、一人の長寿ではなく、長寿の村がどのようにして形成されたのかという、長寿の因子が代々伝わるメカニズムを腸内細菌叢から解明すること。この謎に挑むため、本格的な研究が動き出しました。
研究チームが真っ先に注目したのは、科学雑誌『Nature Medicine』などでも長寿菌として話題のアッカーマンシア※2という菌です。先行研究をもとに、関東地方に住む人々と大宜味村の長寿者たちを比べたところ、
「大宜味村の長寿者のほうが、アッカーマンシアの占有率(保持率)が圧倒的に高かったんです。統計的にもはっきりとした差が出ました。この『ブルーゾーン』と呼ばれる沖縄の長寿者に、アッカーマンシアが非常に多いことは間違いありません」
しかも驚くのは、この菌を多く持つ長寿者の腸内環境は非常にロバスト、つまり季節によってもほとんど変化しなかったことです。
「春・夏・秋と3回にわたってサンプルを採取しましたが、長寿者たちの腸内環境はほとんど変わりませんでした。若い世代では季節や生活リズムの影響が見られたのに対し、長寿者の腸内は非常に強靭でした」
この腸内細菌叢の揺らぎにくさが、健康長寿の秘密なのかもしれないと池松教授は考えています。
※2 アッカーマンシア菌
アッカーマンシア菌(正式名称は主にアッカーマンシア・ムシニフィラ)は、近年、健康との関連性で注目されている腸内細菌の一種です。欧米を中心に「ヤセ菌」として注目されており、肥満の人ほど少なく、痩せている人ほど多い傾向が多くの研究で示されています。抗肥満作用や血糖降下作用、インスリン抵抗性の改善への応用、腸管バリア機能の強化などの効果が期待され、2021年には、低温殺菌されたアッカーマンシア菌が「肥満をコントロールする食用菌」として欧州食品安全機関(EFSA)の承認を受け、海外ではサプリメントが販売されるようになっています。
研究では、長寿者とその子ども、孫の3世代の腸内細菌を比較する試みも行われました。
当初、池松教授はアッカーマンシアが3世代にわたり伝播(遺伝のように受け継がれている)していると考えていました。しかし、データ解析を担当した学生から、意外な指摘を受けます。
「先生、アッカーマンシアは全く伝播してないです」 おばあちゃんと子ども、あるいはおばあちゃんとお孫さんの両方にアッカーマンシアが存在するパターンはあったものの、学生たちがフルゲノムを解析していくと、「おばあちゃんの持つアッカーマンシアと、お孫さんの持つアッカーマンシアは、おそらく種が違うくらい違います」という結論に至りました。つまり、お孫さんはおばあちゃんからではなく、外部から別の系統の菌を新しく獲得している可能性が高まったのです。この伝播の否定から、池松教授は新たな仮説を立てました。
「アッカーマンシアが沖縄の長寿者に多いのは事実です。ならば、アッカーマンシアが増えるのを助けるある種の『コンパニオン』が、沖縄の人にだけいるのではないか? これを見つけることができれば、大きな発見になります」
アッカーマンシアは、酸素がない環境でしか生きられない偏性嫌気性の菌で、試験管やフラスコでの人工培養が困難とされてきました。しかし、もしそのコンパニオンがあれば、アッカーマンシアが増えることができるのだとしたら、コンパニオンを使うことで、人工的な培養が可能になるかもしれません。
この沖縄特有のコンパニオンを発見することができれば、健康長寿の秘密を解き明かすだけでなく、アッカーマンシアを誰でも摂取できる未来につながる、非常に重要なカギとなるのです。
このような仮説を明らかにするために活用されているのが、日立ハイテクの小型キャピラリー電気泳動シーケンサー DS3000です。次世代シーケンサーで読みきれない配列を、DS3000によって精密に補完。菌株の同定や比較に不可欠な役割を果たしています。
「DS3000は処理スピードが速く、私も学生も大変助かっています。次のステップに進むデシジョンをスピーディーに行えるのは、研究期間が限られている高専生には大きなメリットです。データ量も、ホモロジーサーチ※3にかけるには充分で、現在までのところ質的にも困ったことはありません」
※3 ホモロジーサーチ
ホモロジーサーチ(Homology Search、相同性検索)とは、生物情報学(バイオインフォマティクス)において、調べたい配列(クエリ配列:DNA配列またはアミノ酸配列)と類似した配列を、大規模な配列データベースの中から見つけ出すための基本的な計算機による検索手法です。
研究の初期、学生たちが長寿者の方たちに生活についてインタビューを行った際、池松教授は忘れられない証言を聞きました。
「結構な人数の方が、『うちの家系にはね、1人もがんになった人がいないんだよ』とおっしゃったんです。この言葉は強く印象に残りました」
この証言が、現在進めているがん治療への応用研究へとつながります。
今、がん治療の最後の砦として期待される免疫チェックポイント阻害剤(ICI)※4という薬は、がんの種類にもよりますが、残念ながら約10~30%の患者にしか効果がありません。そして、この奏効率と、お腹の中にアッカーマンシアがいるかどうかが関係しているという論文が発表されています。
※4 免疫チェックポイント阻害剤
近年のがん治療において画期的な効果をもたらしている新しいタイプのがん免疫療法薬です。私たちの免疫システムには、過剰な攻撃を防ぐために「免疫チェックポイント」と呼ばれるブレーキ役の分子が存在します。これは、アレルギーや自己免疫疾患を防ぐための重要な安全装置です。がん細胞はこの仕組みを悪用し、免疫細胞に対してこの「ブレーキ」を踏ませることで、自身への攻撃を回避しています。免疫チェックポイント阻害剤(Immune Checkpoint Inhibitor、略称:ICI)は、「がん細胞が免疫細胞の攻撃を逃れる仕組み」を解除し、体の免疫力(主にT細胞)を回復させてがんを攻撃させる治療薬です。従来の抗がん剤のようにがん細胞を直接攻撃するのではなく、免疫システムの「ブレーキ」を外すことで、患者さん自身の免疫応答を高め、抗腫瘍効果を発揮します。
池松教授の研究室では、長寿研究とは別のグループの学生たちが、病院の協力のもと、胃がんや食道がんの患者さんの便を調べました。その結果、アッカーマンシアを保有する患者さんは薬が奏功し、そうでない患者さんは残念ながら命を落とすケースが多いことがわかりました。
「現場の医師から、最後の砦であるICIが、お腹の中に菌がいないというだけでダメになるのは理不尽だという話を聞きました」
もし、アッカーマンシアを増やして患者さんの体内に届けられれば、新しいがんの治療法につながるかもしれません。池松教授は、長寿者の研究に加えて、がん治療という重いテーマにも、学生と共に挑戦しています。
池松教授の研究は、学術の枠を超え、社会実装へと踏み出しています。
研究に取り組んだ学生が医学部に進み、それとともに「アイウェルネス」というベンチャー企業を立ち上げました。この会社は、沖縄県内の企業に特化し、従業員向けの腸内細菌叢検査サービスを提供することをめざしています。
「これまで健康診断では血液や尿検査はされても、お腹の中(腸内細菌叢)は調べられていませんでした。しかし、腸内細菌は鬱などの疾患にも関わることが報告されています。従業員の健康管理サービスとして、適切な価格で腸内細菌のチェックを提供していきたいと考えています」
池松教授の最終的な目標は、沖縄の長寿の秘訣を日本全国、そして世界へと広げていくことです。
沖縄県内の長寿者だけでなく、本土の長寿者や、地理的に近い台湾の長寿者のデータも加えて、長寿の普遍的な秘密を解明すること。そのために、沖縄高専を核に、琉球大学、OISTといった沖縄の研究機関との連携を強化し、うるま市の研究センターを拠点に研究を推進することへ。
「沖縄高専から始まったこの挑戦が、いずれ日本、そして世界の健康長寿社会づくりにつながっていけばと願っています」
池松教授の視線は、広く世界までを見据えています。
沖縄高専の生物資源工学科では、小型キャピラリー電気泳動シーケンサー DS3000をDNA解析の入門機として活用しています。大学院生や研究職ではなく、高専の1~2年生、つまり中学校を出たばかりの学生が、自分の手で微生物のDNAを読み、解析する意義はとても大きいと想像できます。沖縄高専の生物資源工学科は、単に最新の設備を有しているだけでなく、実践的なカリキュラムと意欲ある学生を支援する環境が整っていることが見えてきました。
高専の大きな特徴は、一般的な高校と異なり、5年間一貫した専門教育を受けられる点です。池松教授の教育研究では、この利点を最大限に生かした環境整備が進められています。指導にあたる池松教授はこう語ります。
「低学年のうちからDNAを読むという体験ができるのは、学生にとって大きな財産です。高学年になって研究に取り組むとき、基礎の理解や解析の流れが身についているので、将来の進路を考える上でも、大きなアドバンテージになります」
沖縄高専では、学生一人ひとりがノートパソコンを持ち、得られたDNAデータを自ら解析しています。機器を使って終わりではなく、読み取った情報を活用するところまで一貫して学ぶのが特徴です。こうした教育環境は、県内でも先駆的なバイオインフォマティクス※5教育にもつながっています。
「2008年ごろ、沖縄県が全国に先駆けて次世代シーケンサーを導入した際、私もそれに関わっていたのですが、シーケンサーから得られる膨大なデータを有用なものにするためには、それを解析できるバイオインフォマティシャン(情報解析の専門家)が必要だと企業や研究者から指摘されました」
そこで、県と沖縄高専が連携し、バイオインフォマティクス人材育成講座をスタートさせました。その時期から沖縄高専の学生もバイオインフォマティクス学会の認定試験を受けるようになり、その結果、なんと当時15歳の1年生が最年少合格を果たしました。
「これには学会も相当驚いたようで、最年少合格者として認定を受け、表彰もしてくださいました」
その後も、沖縄高専の学生が記録を更新し続け、今では中学生でなければ更新できないほどになっていると言います。
「学生たちがこうして資格試験に取り組もうと思えるのは、やはりDS3000や次世代シーケンサーがある環境があるからだとも言えます。こういう装置を活用してコンテストに出たり、学会発表したりといった活動も活発です」
今では推薦入試の面接の際に、ほぼすべての受験者が「ここでバイオインフォマティクスを学びたい」と話すまでになり、装置は挑戦する意欲を育てることにも一役買っているようです。
※5 バイオインフォマティクス
バイオインフォマティクス(Bioinformatics)は、「生物学的な問い」を「情報科学的なアプローチ」で解決し、生命科学の新たな発見を可能にするための学問・技術体系です。生命が持つ膨大な「情報」を対象に、情報科学的な手法(アルゴリズム、統計学、コンピュータ技術)を用いて解析し、生命現象の謎を解き明かすことが目的です。
学生たちがDNAを読み解く対象は、身近な沖縄の自然に根ざしています。土壌中の微生物、サンゴ、昆虫、植物など地域の生物資源をテーマにした研究が次々と生まれています。
低学年で最新装置を使いこなし、遺伝子を読み取る経験を積むことは、学生のその後の学び方や将来の選択肢を広げることにもつながっています。
「DNAを読むという作業は、医療などのレッド・バイオテクノロジー※6に直結しそうですが、沖縄の場合、綺麗な海や豊かな自然の中で育った学生達の興味は、ブルー・バイオテクノロジーやグリーン・バイオテクノロジーへ向かうことも少なくありません。最近は、土壌中の細菌のDNAを読む学生も増えてきてグレー・バイオテクノロジーへの進路も出てきています」
学生からも「自分の手で1からDNAをシーケンスできる状態まで持っていく過程で、なぜこの反応が起こるのか、この操作は何のために行っているのか、考えるきっかけが増えます」「実習で、沖縄の多様な資源から採取した細菌の単離から同定までを行うことで、遺伝子解析の操作技術が身につくことが魅力」「シーケンス解析の経験を研究などに活用することで、研究の技術や知識の幅を広げることができます」といった声が聞かれ、自分たちの手で本格的なシーケンス解析が体験できる価値の高さがうかがえます。
こうして培われた技術と探究心は、卒業後の進路にも生きています。製薬企業で研究職に就く学生、大学院で分子生物学を極める学生など、道は多様です。
※6 バイオテクノロジーの「レッド」「ブルー」「グリーン」「ホワイト」「グ レー」それぞれ応用分野を示しています。
・レッド・バイオテクノロジー(医療・健康): 新薬、遺伝子診断、再生医療、抗体医薬の生産など、医療や健康に関連する技術を指します。
・ブルー・バイオテクノロジー(海洋): 海洋生物資源を活用する技術です。
・グリーン・バイオテクノロジー(農業・食糧): 品種改良、食糧生産、植物の成長特性を改良する技術など、農業分野での応用です。
・ホワイト・バイオテクノロジー(化学・工業): 微生物や生体触媒を活用して工業原料やエネルギーを生産する環境負荷の少ない技術です。
・グレー・バイオテクノロジー(環境): 排水処理や環境浄化など、環境問題の解決に役立つ技術です。
沖縄高専では、1年生から「創造研究」というカリキュラムが設けられています。学生は希望する教員のもとでテーマを選び、自ら課題を立て、実験を重ねます。かつてキャピラリーシーケンサーが校内になかった頃は、解析を外部に委託していたため、学生は自分の手でデータを得た実感を持てませんでした。
「理論を学ぶだけではなく、実際に手を動かし、失敗から学ぶことが高専の教育の特徴です。DS3000が導入されてからは、自分の手でDNAを読むという体験が可能になりました。結果がうまく出なくても、その試行錯誤こそが学びです」
学生たちの挑戦は、学内にとどまりません。
沖縄のパイナップルから単離した乳酸菌をもとに、県内企業と共同で乳酸菌飲料が商品化されたケースがありました。製品パッケージには「沖縄高専との共同研究」と明記され、学生たちは新聞やテレビの取材も受けました。
「自分たちが見つけた菌が実際の商品になるという経験は、何よりの励みになります。県内外で大きく報道されました」
研究の成果が社会に還元される手応えを、学生自身が実感しています。
池松教授は、DNA解析にはロマンがあると表現します。
「自分で調製したDNAをキャピラリーシーケンサーにかけて、A・G・T・Cが並んで出てくる瞬間の感動は、何度味わっても新鮮です。自分の手で生命の設計図を読み解く体験ほど、ワクワクすることはないでしょう」
教授自身も学生時代、フィルム現像で一晩待ちながら塩基配列を読み取っていたといいます。その時代から見れば、装置は長足の進歩をしていますが、教育では失敗を繰り返せる環境が何より大切だと語ります。
「最初から完璧に読む必要はありません。『ダメだった』の次に『読めた!』がある。その経験が研究者の出発点になるはずです」
沖縄高専では、技術を身につけるだけでなく、幅広い経験を積むことを重視しています。池松教授は学生にこう伝えています。
「ゲームでラスボスを倒すには、たくさんのアイテムを集めて経験値を上げる必要があります。研究も同じで、できるだけ多くの体験を積み重ねることが、夢の実現につながるのです」
低学年からDNA解析を体験し、地域の生物資源を研究し、仲間と学び合う。その積み重ねが、未来の技術者としての自信と情熱を育んでいます。
登録記事数 203件
まだまだあります。
沖縄高専の卒業生や先生方のコメント
[A君]
現・専攻科1年生(パリでiGEM参加中)
3年生の頃、日立ハイテクの方の講義を受けた時に初めて操作しました。試薬準備やサンプルセットが細かくて大変でしたが、解析結果が目に見えてわかることが興味深く、植物から乳酸菌を単離し、16S解析で同定できたことが印象に残っています。現在は、主に乳酸菌同定のための16S rRNA遺伝子の解析で利用しています。自分たちの手で本格的なシーケンス解析ができ、知識だけでない実践的な学びが得られると感じます。
[T君]
現・長岡技科大3年生(編入)
本来想定していなかったβカロテンを産生する微生物を単離できていることがシーケンスで分かった時から、より一層、シーケンス結果をBLAST検索するのが楽しくなりました。見た目が全く異なる生物でも、その姿形を定めるのは共通してDNAです。そのDNAを調べる強力なツールであるDS3000を使えるようになるのは、学生として非常に貴重な経験だと思います。
研究室メンバー(卒研生・専攻科生 修了生)
[Kさん]
専攻科2年生
(九州大学工学部・九州沖縄9高専連携教育プログラム生)
DS3000は、使用する試薬の交換の際にバーコードで登録し、使用回数が分かる点が新鮮でした。座学だけでは、理解できなかった箇所が実践を積むことで、より理解できることも魅力です。また、従来のシーケンサーよりも準備が簡単で、結果もその日のうちに確認することができ、成果が目に見えて実感できます。
[H君]
専攻科修了(現・企業研究者)
DS3000を使用することで、単離からPCRや細菌の同定まで遺伝子解析の操作技術を経験し、身につけることができました。はじめの頃は、土壌から単離した乳酸菌の同定の際に、他の細菌がよく混入しており、望んでいたデータが得られなかったのですが、乳酸菌の同定に初めて成功したときは達成感がありました。その結果、DS3000の操作技術も向上でき、研究に活かすことができました。
非常勤スタッフ
[M先生]
DNAを読み解く上で研究・教育において不可欠な装置だと思います。このようなDNAシーケンサーに早い段階から直接触れ、操作方法だけでなく、その原理や応用まで学べる事は、より実践的かつ即戦力となるスキルを身につけることができると思います。最初はとても難しそうと感じるかもしれませんが、「百行は一行に如かず」、是非いろいろ経験してほしいです。
[I先生]
自然環境(土壌)より単離した放線菌および酵母の同定に使用した際、目的のものだったので、達成感がありました(放線菌株5つほど単離同定できました)。学生でもしっかり指導すれば、一人で動かせるようになるほど、DS3000の操作は非常に簡略化されていると思います。