ページの本文へ

日立ハイテク

ガス雰囲気制御したSOEC電極触媒のその場STEM/SEM観察

In situ STEM/SEM Observation of Solid Oxide Electrolysis Cell Electrode Catalyst with Gas Atmosphere Control

松本 弘昭,稲田 博実

はじめに

エネルギー・環境分野におけるナノ材料の開発において、触媒材料の実動作環境に近い雰囲気下での微細構造変化を高分解能で、かつリアルタイムでその場(in situ)観察できる環境制御型透過電子顕微鏡(ETEM: Environmental TEM)の役割は重要であり、材料劣化の要因や反応メカニズムなどを解析する上で有効である1)- 4)。特に、水素、燃料電池分野の発電性能や耐久性向上、固体酸化物電解セル(SOEC)を用いた電気分解性能の向上には、様々なガス雰囲気下かつ加熱環境下での電極触媒の ETEM 解析に関心が高まり、そのニーズは増大している。今回、SOECカソード電極触媒の一つとして高い活性と安定性を有することで知られるペロブスカイト型酸化物に着目した。
SOEC は風力発電、太陽光発電などの再生エネルギー電力を使用して、二酸化炭素(CO2)を一酸化炭素(CO)や水素(H2)などの再生可能エネルギーに変換可能な高温電解システムで、CO2回収、資源化などカーボンニュートラルへの活用が期待されている5)。その CO2電気分解性能を高める手段として、ペロブスカイト表面に金属ナノ粒子を豊富に分散させた触媒構造が提案されている。そのために酸化還元反応下におけるペロブスカイト触媒表面の金属ナノ粒子の形成メカニズムを理解することが触媒活性の向上と安定性を制御する上で重要とされている6)
そこで今回、サブナノメートルオーダーでの試料表面観察が可能な二次電子(SE)観察機能を搭載した原子分解能収差補正その場観察技術を開発し、ガス雰囲気制御下での走査透過(STEM)像と SE 像の同時観察による内部構造と表面構造の同時高分解能その場観察を試みた。
本稿では、高分解能 STEM/SEM 観察が可能な、加速電圧200 kV 収差補正機構付きの透過電子顕微鏡(日立ハイテク製 HF5000)、周辺技術の概要と SOEC 電極触媒の解析事例を紹介する。なお本研究では STEMと SEM による環境制御型 STEM 観察手法であることから、ESTEMと呼ぶことにする。
本解析内容は、中国科学院大連化学物理研究所の共同研究者 Guoxiong Wang 教授、Houfu Lv 博士らが Nature Communications(Lv, H. et al., Nature Communications, 12, 5665 (2021)) で発表された内容を本誌のために図の一部を引用し再編集したものである6)
本装置を用いた SOECペロブスカイト電極触媒関連の解析事例は他にも報告されているので御参考いただきたい7),8)

環境制御型収差補正STEMの概要

分析電子顕微鏡

本研究では、高機能材料研究開発分野をはじめとしたナノから原子サイズにおける像観察、元素分析を行うため冷陰極電界放出形電子銃とプローブ用収差補正器を搭載し STEM における分解能78 pm(加速電圧200 kV)観察可能な分析用 TEM/STEM である日立ハイテク製 HF5000を用いた(図1)9)。収差補正器は電子レンズの球面収差を補正し、試料面上に照射される電子線のプローブサイズを原子レベルに絞り、また大きなプローブ電流を与えるため、STEM での観察分解能および EDX などの元素分析・マップの高感度化に寄与する。TEM 観察機能に加え、STEM 機能として円環状暗視野(ADF)と明視野(BF)、二次電子(SE)検出器を備えている。これら3信号からの画像を同時に記録できるため、原子番号依存コントラスト、試料の内部構造、表面形態情報を得ることができる。本装置の大きな特徴である、原子分解能での SE像観察ができるため10)- 12)、原子レベルでの表面情報が得られ、ナノ触媒粒子と担持体との3次元的な情報を得ることができる。元素分布の2次元マッピングは、2本のウィンドウレスタイプのシリコンドリフト型の X 線分析装置(EDX、Oxford Instruments 製 X-Max100LE 有効検出面積100 mm2)を備え、試料の方位依存性を最小に抑え軽元素に対しても高い検出感度を有する。また化学状態分析には、電子エネルギー損失分光器(EELS、Gatan 製 QuantumER Model 965)を用いた。

図1 日立ハイテク製HF5000 200kV FE-TEM/STEM/SEM外観図

図1 日立ハイテク製HF5000 200kV FE-TEM/STEM/SEM外観図

ガス導入その場環境観察 STEM

環境制御型透過電子顕微鏡法には、カーボンや窒化シリコンなどの薄膜をウィンドウ材として利用して試料周辺に気体を封じ込める隔膜型と、試料室周囲にオリフィスを配置して試料雰囲気に直接ガスを導入、漏洩する気体を真空ポンプで排気、試料室全体のガス環境と電子銃の高真空化の両立を図った差動排気型の2方式が存在する。
それらの ETEM は鏡体に設定する隔膜やオリフィス、真空排気系など専用に設計された装置が必要となる1)- 4)。隔膜型にはサイドエントリー方式の試料ホルダの試料搭載部の上下に隔膜を設け、TEM 本体には機構的に大きな変更を加えることなく容易にガス導入実験が可能である。しかしながら、電子線が隔膜を透過する際の散乱の影響を受け、像質の影響が懸念される。
差動排気型は、導入できるガスの量は制限されるため、隔膜型に比べて到達圧力は低くなるが、隔膜の影響による電子線の阻害が最小限に抑えられる。これは元素分析や表面観察の二次電子像観察が必要な ETEM では重要な要素である。
本装置では差動排気型を採用し、かつ行われてきた STEM での環境観察を原子レベルで解析することを目的として、収差補正を搭載した TEM/STEM の真空排気系を改良し、鏡体に直接ガスを導入する構造を備えた(図2)。試料室にガス導入ノズルを備え、ノズル先端と試料との距離は5 mm 以下に配置し、試料近傍に直接ガスを噴射できる。導入ガスと反応ガスは常にターボ分子ポンプで排気され、試料室近傍はフレッシュな反応ガス雰囲気(約10 Pa)が維持される。差動排気用のオリフィス位置は観察、分析に影響しない位置に設けた。導入ガスは GUI 上から容易に条件設定ができる。本装置では環境制御観察は特殊な位置づけでなく、通常の分析電子顕微鏡としての観察・分析機能は性能を維持したまま両立させた。ナノから原子レベルの表面観察ならびに分析を行うため、電子線を細いプローブに絞って観察する STEM を用いた ESTEM手法を採用した。

図2 TEM試料室部における試料と2個のEDX検出器、ガス導入ノズルの位置関係を示す模式図

図2 TEM試料室部における試料と2個のEDX検出器、ガス導入ノズルの位置関係を示す模式図

原子レベル評価用試料加熱ホルダ

図3は本実験で用いた MEMS 加熱試料ホルダである。半導体 MEMS 技術を応用し加熱部位は20 µm 程度の領域で最高加熱温度は1,100℃である13),14)。加熱領域が極小ゆえ、加熱による試料ドリフトはナノ粒子を十分観察分析できるほど安定している。MEMS 加熱チップは着脱可能式になっており、容易な取り扱いを提供する。温度制御は PC を介しソフト上からプログラムし、加熱温度、上昇、下降速度も任意に設定できる。チップは解析に応じ、窒化シリコン膜上に穴があるタイプと無いタイプのいずれかから選択する。
本装置でのガス加熱 in situ 観察のワークフローを示す(図4)。加熱用 MEMSチップを試料ホルダ先端に装着後、触媒粉体試料をエタノール分散法によりMEMSチップ上に分散する。試料ホルダを試料室に挿入後、観察視野の探索を行う。視野が確保されたら反応前の状態の画像を記録し、その後ガスを導入する。ガスの導入は TEM 本体のユーザインターフェースからフロー制御するとバルブが開き、試料近傍にガスが噴射される。ガスの圧力は鏡体に設けた真空ゲージの圧力数値を参考に制御する。試料近傍圧力はあらかじめ準備したマイクロプレッシャーゲージを用いて測定しており、鏡体圧力と試料近傍圧力は相関をとっている。ガス雰囲気下にて、試料を加熱した状態で、反応過程を STEM、SEM 像で観察、記録し、また EDX、EELS 分析を行った。

図3 原子レベル観察用MEMS加熱ホルダの外観写真と試料部の拡大写真

図3 原子レベル観察用MEMS加熱ホルダの外観写真と試料部の拡大写真
(a) 試料搭載部の全体写真、(b) MEMS製の試料加熱部の拡大SEM写真

図4 環境in-situ 観察実験のワークフロー

図4 環境in-situ観察実験のワークフロー

ペロブスカイト触媒の解析事例

試料および観察条件

Sr2Fe1.4Ru0.5Mo0.5O6-σ(SFRuM)ペロブスカイト酸化物を実験試料として用いた。SOEC の燃料極に用いられる SFRuMペロブスカイトは、CO2電気分解動作前に結晶表面にナノ粒子を析出させて触媒として働かせるための酸化還元 (Redox) 処理が必要である5),6)
Lvらの報告において6)、CO2電解評価(800℃、1.2 V)では、最初の還元処理後に性能が向上し、3回繰り返す酸化還元処理後まで還元プロセスの改善がみられた。繰り返される酸化還元処理後の粉末試料をそれぞれ SEM 観察した結果、最初の還元後に多くの粒子が表面に形成し、酸化プロセスでは粒子が消失、再還元後にはより多くの粒子が表面に析出している様子が確認できた。この結果は、ペロブスカイト表面に析出した粒子数の増加に伴うCO2電解性能の向上を示唆している。
そこでペロブスカイト触媒表面の金属ナノ粒子の形成メカニズムを検討するために、電子顕微鏡に水素、酸素ガスを導入しながら、試料近傍圧力~ 10 Pa、加熱温度200℃~ 850℃の範囲で、加速電圧200 kV、プローブ電流100 pA の条件で ESTEM/SEM in situ 観察を行った。さらに CO2電解を想定した CO2ガス雰囲気下でのその場観察も試みたので、評価結果について以下報告する。

水素雰囲気、金属ナノ粒子の析出過程

図5に、加熱温度800℃~ 850℃、SFRuM(O1)試料(初期試料を一回還元後(R1)に酸化処理した試料粉末を(O1)と示す)の水素雰囲気下での各還元プロセス中に取得した SE 像および高角度散乱環状暗視野(ADF:Annular Dark Field)-STEM 像と STEM-EDX 元素マップ像を示す。
加熱温度800℃、水素ガス導入開始10分~ 60分後には、ペロブスカイトの表面とエッジに沿って約3 nmサイズの Ruナノ粒子が析出し、ペロブスカイト結晶表面は1~2 nmの層状構造に変化した状態をSE像で明瞭にとらえた(図5(b)(c)(d))。850℃昇温15分後には、Ru 粒子表面に Fe がおおよそ0.5 nm で偏析している様子が EDXマップにて観察できた。このことは Fe で覆われた Ru 粒子が安定してペロブスカイト表面に分散している中間状態を表している(図5(e))。さらに反応を進め、加熱温度800℃/60分間+850℃/30分間還元後には、Ru 粒子は RuFe 合金への変化を EDX-map および in situ STEM-EELS 分析で確認した(図6)。

図5 800℃~850℃、水素雰囲気、SFRuM(O1)試料のその場観察結果

図5 800℃~850℃、水素雰囲気、SFRuM(O1)試料のその場観察結果
(a) 800℃、10分 (b) 800℃、60分 (c) 800℃、15分 (d) 800℃、15分 (e) 850℃、15分
(Lv, H. et al., Nature Communications, 12, 5665 (2021)より一部改変引用)

図6 水素雰囲気、800℃ , 60分/850 ℃ , 30分後のSFRuM(O1)試料のその場観察結果

図6 水素雰囲気、800℃ , 60分/850 ℃ , 30分後のSFRuM(O1)試料のその場観察結果
(a) ADF-STEM像 (b) EDX 元素マップ像 (c)STEM-EELS分析
(Lv, H. et al., Nature Communications, 12, 5665 (2021)より一部改変引用)

酸素雰囲気、金属ナノ粒子の溶解過程

図7に、加熱温度200℃、3-2. 項の RuFe 合金粒子を試料に用いて酸素雰囲気下で in situ 観察した STEM/SEM 像とEDX 元素マップ像を示す。図7(a)(b)で示した生成粒子に着目する。酸素ガス導入開始70秒後には、RuFe 粒子表面にFe の酸化物層の形成が観察された(図7(c)(e))。
加熱温度800℃、酸素ガス導入30分後、Ru 粒子は、SE 像から規則的なファセット形状を有し(図8(b)、結晶性に富んだ Ru 金属粒子(図8(c)(d))が観察された。その後、酸素雰囲気中800℃、60分後に Ru 粒子はペロブスカイト内部に完全溶解した。

図7 酸素雰囲気、RuFeナノ粒子のその場観察 (200℃、70秒後)

図7 酸素雰囲気、RuFeナノ粒子のその場観察 (200℃、70秒後)
(a) SEM像 (b) ADF-STEM像 (c) (d) (e) STEM-EDX マップ像
(Lv, H. et al., Nature Communications, 12, 5665 (2021)より一部改変引用)

図8 酸素雰囲気、Ruナノ粒子のその場観察 (800℃、30分間)

図8 酸素雰囲気、Ruナノ粒子のその場観察 (800℃、30分間)
(a) (b) SEM像 (c) BF-STEM像 (d) ADF-STEM像
(Lv, H. et al., Nature Communications, 12, 5665 (2021)より一部改変引用)

CO2 ガス雰囲気、RuFe/SFRuM 界面の観察

図9に、加熱温度200℃、CO2ガス導入30分後の RuFe 合金粒子 ( 水素雰囲気、加熱温度850℃で生成 ) の STEM/SEM像およびEDXマップ像を示す。RuFe/SFRuM界面には低コントラストのアモルファス物質が堆積される様子が見られた。このことは、RuFe/SFRuM 界面にて CO2ガスの吸着反応が起きていることを示唆している。

図9 CO2 雰囲気下(10 Pa)でのRuFe合金ナノ粒子のその場観察 (200℃、30分間)

図9 CO2 雰囲気下(10 Pa)でのRuFe合金ナノ粒子のその場観察 (200℃、30分間)
(a) BF-STEM像 (b) SEM像 (c) CとRuのEDX map overlay (d) EDX map像
(Lv, H. et al., Nature Communications, 12, 5665 (2021)より一部改変引用)

まとめ

以上、SOECペロブスカイト触媒の表面と内部構造の変化過程のその場観察技術として、ガス雰囲気制御可能な収差補正200 kV STEM/SEM HF5000とMEMS 加熱ホルダなどの周辺技術を活用した原子スケールでの in situ 解析方法を紹介した。本解析手法により、還元雰囲気下で、SFRuM の Ru 原子が優先的にペロブスカイト表面に移動し Ru 金属ナノ粒子を形成、次に Fe 原子が Ru 粒子の表面に移動して RuFe 金属間化合物が生成される反応過程と、酸化雰囲気下で、RuFe合金の Fe 原子が優先的に酸化されてペロブスカイトに戻り、その後 Ru 原子は SFRuM 表面へ移動する反応過程をその場観察し、繰り返される酸化還元処理で SFRuMペロブスカイト表面下に Ru が濃縮され、還元雰囲気下で RuFe 粒子の析出が促進されるメカニズムを解明できる。ESTEM/SEM その場観察手法は、ペロブスカイト電極触媒の評価のみでなく、様々な機能性ナノ材料、触媒への応用が可能であり、電気化学特性評価と組み合わせて材料開発への迅速なフィードバックなどに期待できる。

謝辞

本研究は、中国科学院大連化学物理研究所 Guoxiong Wang 教授、Houfu Lv 博士から試料を御提供頂き、共同実験の成果として御討論を頂きました。心から感謝申し上げます。

参考文献

1)
Kamino T. et al., J. Electron Microscopy, 54, 497–503 (2005).
2)
Yaguchi T. et al., J. Electron Microscopy, 60 (3), 217–225 (2011).
3)
Yaguchi T. et al., J. Electron Microscopy, 61 (4), 199–206 (2012).
4)
H. Matsumoto et al., Microscopy and Analysis, 27 (7), 13–18 (2013).
5)
Y. Song et al., Adv. Mater., 31, 1902033 (2019).
6)
Lv, H. et al., Nature Communications, 12, 5665 (2021).
7)
Lv, H. et al., Adv. Mater., 32, 1906193 (2020).
8)
Lv, H. et al., Angew. Chem. Int. Ed., 59, 15968–15973 (2020).
9)
稲田博実, S. I. NEWS, 61 (2), 5403–5410 (2018).(日立ハイテク技術解説 https://www.hitachi-hightech.com/jp/ja/sinews/technology/6120302/
10)
Zhu, Y. et al., Nature Mater. 8, 808–812 (2009).
11)
稲田他, 顕微鏡, 46 (2), 140–144 (2011).
12)
H. Inada et al., Ultramicroscopy, 111, 865 (2011).
13)
J. Howe et al., Microsc. Microanal., 23 (suppl 1), 66–67 (2017).
14)
M. Thompson et al., Meteoritics & Planetary Science, 52, 413–427 (2017).

出典

「燃料電池」Vol.21 No.3 (2022) p.14-19 より転載

著者紹介

松本 弘昭、稲田 博実
(株)日立ハイテク コアテクノロジー&ソリューション事業統括本部 CT システム製品本部

関連製品カテゴリ

ページ先頭へ