急速凍結法や凍結乾燥のところですでに述べたように、物性の保存には凍結固定が優れているが、普通の凍結過程では電子顕微鏡レベルの微細構造の維持は難しい。この方法の実質的開発者であるChristensen AK(1971)は液体窒素で冷却した銅ブロックへの圧着凍結をおこない、圧着表面の凍結良好部分から切片を作り、凍結乾燥し構造観察をおこなった。微細構造はエポン包埋にはかなわないものの物性保存は優れており、その後X線微小分析や組織化学などに応用された。
今日、免疫細胞化学のための最良の方法として 誰もが活用できるようになったのは徳安清輝(Tokuyasu KT)博士の功績である。切片の作製から免疫標識に至るまで多くの点において改良というよりは開発し、凍結切片といえば徳安法というほど普及している。
アルコールによる脱水過程を経ないために、タンパク質の変性が極力抑えられること、および樹脂に包埋しないために抗体が抗原に対し、三次元的に作用できることから効率良い標識が可能である。
前章で解説した樹脂包埋試料の免疫標識に比べ、倍以上の効果があると言われている。一方、加圧凍結法など新しい急速凍結法の発展や、ごく最近の周辺技術の発展は、この凍結切片法にもおおききな変化をもたらしつつある。それはこの方法の開発当初から考えられていた構造解析のための凍結切片法の発達である。
急速凍結によりアモルファス氷に包埋された組織の超薄切片は、いっさいの前処理をしないで細胞内の超微細構造を観察できる唯一の試料作製法となる。勿論クライオトランスファーやクライオ電子顕微鏡など、特殊で高価な装置が必要であるが、単粒子解析やトモグラフィーと組み合わせることにより細胞内で機能中の分子構造を捉えることが出来る。
ここではまず古典的な免疫細胞化学のための徳安法を紹介し、次に新世代の凍結切片法について解説する。
ここでは組織を対象とするクラシカルな徳安法を基盤とした一般的な方法を解説する。固定、凍結、切片製作、免疫標識という一連の流れに沿って記述する。
準備するもの:
プロトコール:
1. 固定
脱水しないので比較的軽い固定をおこなう。
我々は前述のHEPESベースのNaHCa緩衝液(outside buffer)中に2%パラフォルムアルデヒドと0.1%グルタールアルデヒドを混ぜて、固定液として使用している。
GPIアンカータンパク質のように固定に弱いタンパク質は、グルタールアルデヒドを用いないで4%パラフォルムアルデヒド(緩衝液中)で固定する。固定時間は約2時間であるが、30分ほど経過したら、試料を1mm角ぐらいの大きさに細切する。
2. 凍結時における氷晶形成防止のためのショ糖液浸透
急速凍結ではなく、クラシカルな液体窒素への浸漬凍結では氷晶形成防止剤を使用する必要がある。
ここでは組織が軽く固定されていることと物性を保存するためにグリセロールなどは用いず、2.3 Mショ糖液を用いる。
3. 試料の凍結
ショ糖液に浸透させた試料を凍結切片用のミクロトーム試料台(ライカ社の場合はアルミ製で釘の頭のような形)に載せる(図1)。試料台の表面は紙やすりで少しざらつかせておくと、ショ糖液が金属表面に良くなじみ、切削中の試料の落下を防げる。
余分なショ糖液を濾紙で吸い取り、ただちに試料台ごと液体窒素につけ凍結する。凍結試料は液体窒素中で保存する。
4. 凍結切片の製作
クライオウルトラミクロトームのマニュアルに従い、凍結切片製作の準備を進め、凍結試料をミクロトームに装着する。トリミング用ナイフは硝子でも良いが、ダイアトーム製のトリミングナイフを勧める。
チャンバー内の温度は-100℃に設定する。まず、試料全面を200nm程度の厚さで切削し、試料全面を露出させる。その後、ナイフを左右に振り、試料も回転させ側面(エッジ)についても100µmほど削り、試料ブロックの全面とエッジ部分が鏡面状に仕上がっていることを確認する。試料表面の大きさは0.25×0.5mm位が切りやすい。
トリミングが完了したら、トリミング用ナイフを予めチャンバー内で冷却しておいた、クライオ超薄切片用のダイヤモンドナイフと交換し、超薄クライオ切片を作製する。この時チャンバー内の温度を少し下げ、-110℃にする。
切削速度は1~2mm/secとする。ゴールドの干渉色を示す70~100nmの厚さの切片がリボン状に繋がって切れてくれば成功である。
ダイヤモンドナイフの刃先角は切削時の圧縮を軽減するために35度を推奨する。また、リボン状に切片を導き出すコツは1~2枚、オプラート状の切片が出始めたら、図2のように超薄切片法でも使用した睫毛道具(eyelash tool)の先端で少し切片を持ち上げて、ナイフ斜面にくっつかないようゆっくり引くと、次々と切片が繋がって出てくる。
5. グリッドへのマウント
グリッドはフォルムバール支持膜を張りカーボン蒸着し、予め親水化処理をしておく。切片の構造を傷つけず乾式でグリッド上に載せるのは至難の技であったが、徳安法ではショ糖滴を使うことでこれを成し遂げた。
2~3mm 白金またはステンレスループでショ糖液をすくうと表面張力の関係で、球状になる。ショ糖滴はチャンバー内で1~2秒で凍結直前まで冷却される(5秒以上おくと表面から凍ってしまうので注意)。これを切片に軽く接触させると、切片は瞬間的にショ糖滴の表面へ乗り移る(図3)。うまくいくとリボン状の切片の並びを崩さずに、そっくり切片をショ糖滴に移すことができる。なお、この時ショ糖滴はナイフの斜面上に並ぶ切片を触る程度とし、刃先には触れないようにする。刃先に触れると次から切れなくなるので、ナイフを洗浄し最初からやり直すことになる。
さて、ショ糖滴に移った切片は多くの場合表面に存在するので、実体顕微鏡下で良く確認しながら(図4)、グリッドを近づけ、接触すると切片はグリッドに張り付く(図5)。切片を回収するショ糖液は純粋なものでも良いが後のことを考え、PBS中で2.3Mショ糖液と2%(v/v)メチルセルロース水溶液(蒸留水で溶解)を1:1で混ぜて使用している。
グリッド上にマウントされた切片はショ糖-メチルセルロースで覆われており、この溶液中に保存すると4℃で2週間ほど維持できる。
免疫標識は前章の樹脂包埋切片の免疫標識と同様に、パラフィルムを実験台に貼りその上に洗浄液あるいは抗体などの水滴を載せ、この水滴にグリッドを浸して反応させることになる。グリッドは水滴中に沈めないで浮かせた状態で反応させる。すなわち、切片は常に下面で水滴と接しており、上面は乾燥した状態になっている。
準備するもの:
プロトコール:
<メチルセルロース(ストック)液>
実験の数日前に作製しておくこと。
メチルセルロース2gを90℃まであたためた蒸留水98mLに投入し、撹拌して完全に溶解させる。さらに氷上で撹拌しながら10℃まで冷却する。その後はコールドルームやコールドチャンバー内で一晩撹拌する。その後は撹拌せず4℃で3日間ほど静置する。
この上澄みを保存液(stock solution)としてもいいが、できれば100,000gで遠心し、その上澄みを保存液とする。冷蔵庫内で3ヶ月間ぐらいは保存がきく。
4%ウラニルアセテート水溶液とメチルセルロース溶液を1:9の割合で混ぜてメチルセルロース/ウラニル液とする。(5mLのメチルセルロース/ウラニル液を作るためにはメチルセルロース(ストック)液4.5mLに0.5mLの4%ウラニルアセテート水溶液をまぜる)
参考文献